
玉川高島屋S・C 西館ストリート再生とフードコート「P.」 ― 歩道と店を一体化し、通りを地域の広場に変える
玉川高島屋S・Cを運営する東神開発が、西館前の石畳通りを再生し、店舗をセットバックして広げた歩道と一体化するフードコート「P.」を2025年に開業した事例。引き戸や張り出すカウンターで内外の境界を曖昧にし、買い物の通り道を誰もが立ち寄れる広場へと変え、2025年度グッドデザイン金賞を受賞した。
玉川高島屋S・C(東京都世田谷区玉川、東急田園都市線・大井町線二子玉川駅前)を運営する東神開発は、2025年4月29日、西館前を通る石畳の「西館ストリート」(通称アレーナ通り)を再生し、その象徴として西館1階にフードコート「P.」を開業した。国道246号から一本入ったこの通りは、かつてラグジュアリーブランドの路面区画が並び、買い物客が通り抜けるだけの歩道にすぎなかった。東神開発は歩道を一部拡張して植栽帯を一新し、「公園のように居心地よく過ごせる石畳の新しい通り」へと作り替えた。(参考:東神開発プレスリリース、流通ニュース)
「P.」は、店舗と歩道の境界を意図的に曖昧にした点に最大の特徴がある。飲食4店(Mini Massif、ADICURRY、Mikkeller Burger、PIZZA SLICE)が入り、大型の引き戸を開け放てば店内と通りが地続きになり、通りへ張り出す「P」字型のカウンターがそのまま歩道の居場所になる。単なる商業テナントの集積ではなく「地域の広場」をつくる試みは高く評価され、2025年度グッドデザイン金賞を受賞した。(参考:AXIS、東神開発(PR TIMES))
玉川高島屋S・Cは1969年、日本で初めての本格的な郊外型ショッピングセンターの一つとして二子玉川に開業したとされる。高島屋を核に衣食住のテナントを集めた業態は全国のSCの原型となり、開業から半世紀で営業面積は約3倍の8万5千㎡超、店舗数は約340店、売上高は約936億円(2018年度)まで拡大した。二子玉川は、この施設を軸に「買い物のまち」として発展してきた。(参考:WWDJAPAN、東神開発 玉川エリア)
しかし二子玉川の街の重心は、2011年に開業した東急の大規模再開発「二子玉川ライズ」(約12.1ha、約170店)によって、駅の東側・多摩川方面へと移った。EC(ネット通販)の普及や生活様式の変化もあり、駅前の商業施設が「モノを売る点」であり続けることは難しくなっている。人が回遊し、時間を過ごしたくなる「面」としての街をどうつくるかが、老舗SCの課題として浮上した。(参考:二子玉川ライズ、ITmedia)
この課題に対し、東神開発は「建物ではなく通りをつくる」発想を以前から重ねてきた。2004年には、SCの館内では表現しにくい風情ある裏路地として、京町家を思わせる石畳の路地エリア「柳小路」を開発し、街に奥行きを与えている(2018年には飲食集積「柳小路 南角」も開業)。西館ストリートの再生は、この「通りをつくる」系譜の延長線上にある。西館前の歩道は、隣接する二子玉川商店街や柳小路、さらに多摩川へと人を運ぶ結節点になりうる場所でありながら、買い物客が素通りするだけの空間にとどまっていた。(参考:繊研新聞、流通ニュース(柳小路南角))
通りそのものを再生する
:東神開発はまず、国道246号の裏手にあたるアレーナ通り(西館ストリート)で、歩道の幅を部分的に広げた。要となったのは、通りに面する4店舗の外構を建物側へセットバックさせ、その分だけ歩道幅を広げる手法である。既存の植栽帯を一新して低木のタマリュウなどを植え、腰かけられる高さに整えた植え込みを配することで、通り抜けるための歩道を「公園や広場のように居心地よく過ごせる石畳の通り」へと変えた。再生の対象は西館1階に沿う約150mにおよぶ。(参考:東神開発プレスリリース、東神開発(PR TIMES))
内と外の境界を消す空間設計
:象徴施設のフードコート「P.」(西館1階、店舗面積約45坪)は、通りと一体化するよう設計された。空間デザインを担当した元木大輔(DDAA)は、どこからでも出入りできる大型の引き戸と、開けると内外のカウンターがつながる回転窓を設けた。床材も通りと共通の石畳をそのまま延長し、店内と歩道のあいだに段差や仕切りを感じさせない設えとした。空間の核となるのは、通りに向かって大きく突き出したテラコッタ色のP字型カウンターである。かつて駐車場だったことを物語るオレンジ色の柱や薄れた路面標示を撤去せずに残し、その場が歩んできた時間を空間に留めている。(参考:AXIS、futakoloco)
「P.」という器と4つの担い手
:名称の「P.」は、Public(公共)を起点にPark、People、Path、Play、Place、Parkingなどの言葉を重ね、末尾のピリオドで「あらゆる意味を含む省略記号」を表す。入居するのは、朝はコーヒーとペイストリー・昼以降はナチュラルワインを出す「Mini Massif」、モダンネパール料理の「ADICURRY」、和牛のスマッシュバーガーとクラフトビールの「Mikkeller Burger」、ニューヨークスタイルの「PIZZA SLICE」の4店。カウンター90席・ソファ30席は共用で、どの店で買っても好きな席で自由に飲食でき、複数店が厨房をシェアして一つの場を回す運営とした。全店キャッシュレス決済・テイクアウト対応で、購入した料理を多摩川の河川敷などへ持ち出すこともできる。(参考:二子玉川経済新聞、流通ニュース(レポート))
デザインチームと多年計画
:プロジェクト全体のディレクションとグラフィックは安田昂弘(CEKAI)、飲食のディレクションはMax Houtzager(Terrain)が担い、外部の作家性を積極的に取り込んだ。西館ストリートの再生は単独の施策ではなく、玉川高島屋S・C全体の多年リニューアルの一環でもある。本館地下1階の食料品フロア(百貨店・専門店あわせて約7,000㎡)も3期に分けて改装され、2027年6月のグランドオープンが予定されている。(参考:AXIS、東神開発プレスリリース(食料品フロア))
第一の特徴は、民間デベロッパーが自社の商業空間を「公共の通り」として設計対象に組み込んだ点である。通常、商業施設のリニューアルは売場面積あたりの収益最大化に向かうが、この事例では逆に店舗をセットバックして歩道を広げ、私的な商業床の一部を街に開いた。グッドデザイン金賞の審査では、歩道と店舗を一体化することで「さまざまな振る舞いが混ざり合う魅力的な居場所」が実現している点、複数店が厨房をシェアする運営が「一つの大きな場の営みとして風景化している」点が評価された。(参考:東神開発(PR TIMES))
第二に、「フードコートをつくる」のではなく「地域をつなぐストリートをつくる」ことを主目的に据えた点である。東神開発の担当者は、西館ストリートを「二子玉川の街と玉川高島屋S・Cがつながる場として育てたい」と語る。西館前の通りは、東神開発が自ら育ててきた路地「柳小路」、独立系の「二子玉川商店街」、そして多摩川の水辺という、性格の異なる街の資源を結ぶ結節点にあたる。自社施設への囲い込みではなく、周辺へ人を送り出す「架け橋」を志向している点が、通常の集客型リニューアルと異なる。(参考:二子玉川経済新聞、futakoloco)
第三に、かつてのラグジュアリーブランド区画という「閉じた高級空間」を、誰もが気軽に立ち寄れるカジュアルな場へ反転させた点である。担当者は「百貨店内には気軽に入れる飲食店が少ない」という認識を語っており、朝9時から夜23時まで、犬の散歩や多摩川への行き帰りにコーヒー一杯で立ち寄れる敷居の低さを意図的に設計している。高級路線からの転換によって、来街者の層と滞在の目的そのものを広げようとしている。(参考:流通ニュース(レポート)、ITmedia)
もっとも明確な成果は、2025年度グッドデザイン金賞(グッドデザイン賞の上位賞)の受賞である(2025年11月発表)。受賞対象は「西館ストリート/フードコート『P.』」で、単体の店舗デザインではなく、歩道の拡張から運営方式までを含めた「通りの再生」全体が評価された。商業施設の一角を都市の公共空間として設計した取り組みが、第三者の審査を通じて評価された点は、同種の試みを検討する事業者にとって一つの参照点になる。(参考:東神開発(PR TIMES))
運営面では、2025年4月29日の開業以降、性格の異なる4店が共用席と共用厨房のもとで営業を続けている。朝はコーヒー、昼夜はワインやビール、ピザ、カレーと、時間帯によって通りの表情が変わる設計は、「朝・昼・晩で異なる顔を持つ公共スペース」という当初のコンセプトを具体化したものといえる。(参考:東神開発プレスリリース、二子玉川経済新聞)
一方で、来街者数や回遊行動の変化、周辺商店街への波及といった定量的な効果は、調査時点では公表されていない。回遊の「架け橋」という狙いがどこまで実現したかは、今後の検証を待つ段階にある。西館ストリートの再生は、2027年6月にグランドオープンを予定する本館食料品フロアの大規模改装へと続く多年計画の入口でもあり、施設全体のまちづくりとしての評価は、これらが出そろってから定まる性質のものである。(参考:東神開発プレスリリース(食料品フロア)、ITmedia)
再現性の高いポイントは、「店舗をセットバックして歩道を広げ、その境界を開く」という空間手法である。大規模な公共事業を待たず、民間が自らの敷地の一部を後退させるだけで、通り抜けるだけの歩道を滞在できる居場所へ変えられることを示している。引き戸・回転窓・張り出すカウンター・通りと同じ床材といった、内外の境界を消す個々の工夫は、商業施設に限らず、路面店や公共施設のファサード改修にも応用が利く。(参考:AXIS、東神開発(PR TIMES))
もう一つの示唆は、商業拠点を「集客の点」ではなく「回遊の結節点」として位置づけ直す発想である。自社アセット(柳小路)と独立系の商店街、自然(多摩川)という異質な資源を一本の通りで結ぶ設計は、核となる大型施設を抱えつつ周辺の商店街が地盤沈下しがちな地域にとって、施設と街を共存させる一つの型になりうる。囲い込みではなく人を送り出すことが、結果として施設自身の価値にも返ってくるという考え方である。(参考:futakoloco、二子玉川経済新聞)
ただし前提条件にも留意が必要である。この取り組みは、収益床を削ってでも通りに投資できる民間デベロッパーの経営体力と、二子玉川という高い集客力を持つ立地に支えられている面がある。担い手や来街需要が限られる地域では、同じ手法をそのまま移植しても成立しにくい。まず街を回遊する目的地(商店街・水辺・文化資源など)が周囲にあること、そして削った床の分を長期の街の価値で回収するという経営判断が伴って、はじめて機能する仕組みである点は押さえておきたい。(参考:ITmedia、WWDJAPAN)
2026年7月時点の調査内容に基づいて作成
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