
西浦地区・元豆腐店再生の柑橘加工施設「かんきつ商社Aquamarine」
沼津市地域おこし協力隊員として移住した今田隼輔氏が、廃棄されていた規格外の西浦みかんに着目し、築60年の空き豆腐店をDIY改修してジュース加工施設を開設。小ロット受託加工により、大規模施設しか選べなかった周辺農家の受け皿にもなっている。
「かんきつ商社Aquamarine株式会社」は、静岡県沼津市西浦久連地区で、傷や規格外サイズのために廃棄されてきた「西浦みかん」を活用したジュース加工を行う小規模企業である。愛知県の自動車部品メーカーで事業企画職に従事していた今田隼輔氏(名古屋市出身)が、2023年5月に沼津市地域おこし協力隊員として移住したことから事業がスタートした。(参考:かんきつ商社Aquamarine株式会社 ABOUT US、沼津に小ロットのジュース加工施設 地域おこし協力隊員が手がける | 沼津経済新聞)
協力隊としての活動の中で、規格外を理由に大量のみかんが畑で廃棄されている状況を目の当たりにしたことをきっかけに、「もったいない」を新たな価値に転換する地域商社を目指す、という構想を固めた。当初は県外の業者に製造を委託していたが、輸送コストと開発の自由度の課題から自前の加工施設を持つことを決意。60年間地域に親しまれた豆腐店の空き物件をDIY中心で改修し、2025年11月末に清涼飲料水製造業の営業許可を取得、同年12月18日に本格稼働させた。100kg程度の小ロットから受託製造に対応することで、これまで大ロット対応の施設でしか加工できなかった周辺農家の新たな受け皿になっている。(参考:かんきつ商社Aquamarine株式会社 FACTORY、沼津経済新聞)
事業の起点は、2023年春に今田氏が西浦地区のみかん畑で大量の傷んだみかんを目にした経験だった。味には問題がなくても、傷や見た目、サイズの規格から外れることで出荷できず廃棄されるみかんが日常的に発生している実態に衝撃を受け、規格外品に付加価値を付けて販売する商品開発に着手した。これは行政計画から逆算した課題設定ではなく、協力隊としての現場活動の中で発見した一次情報が起点になっている点が特徴である。(参考:かんきつ商社Aquamarine株式会社 ABOUT US)
自社ブランド商品の販売を軌道に乗せた後、今田氏が直面したのは加工インフラの不足だった。静岡県の東部から伊豆にかけての一帯を見渡しても、果物を小規模に加工できる場所そのものが見当たらず、既存の受託加工施設は最小ロットが1〜2トン単位と大きいため、小規模な農家や個人事業主が利用できる選択肢がなかった。自社の主力商品も県外の複数の加工業者(山梨県・長野県・埼玉県など)に製造を委託・相談していたが、遠距離輸送に伴うコストが利益を圧迫し、商品開発の柔軟性も制約されるという課題を抱えていた。(参考:かんきつ商社Aquamarine株式会社 ジュース・ジャム加工施設立ち上げへの道①、地域おこし協力隊の3年間について総まとめ)
西浦地区固有の課題として、地域特産の柑橘「西浦レモネード」(ニュージーランド原産のマンダリンとレモンの交配種で、国内では沼津市西浦地区でのみ集約的に栽培される)は、総生産量の約2割が規格外となり活用されずにいた。この地域資源の未活用も、加工施設が必要とされる背景の一つだった。(参考:「Nishiura Lemonade non-alcoholic Sparkling」発売リリース | かんきつ商社Aquamarine株式会社)
協力隊着任後、今田氏はまず「地域産品を活用した商品開発・販路拡大」という協力隊のミッションのもとで事業コンセプトを固めた。初期費用約50万円を投じ、県外の業者への委託製造で「Mikan de Nishiura non-alcoholic Sparkling」を1,000本製造。手作業で一つずつ皮をむいてから搾汁することで雑味を抑え、特殊な炭酸注入機を用い、数日をかけて少しずつ気泡を含ませていくという、国内では珍しい製法で仕上げた100%ストレート果汁のノンアルコールスパークリングとして、2024年3月1日に250ml入り972円(税込)で発売した。発売時点で沼津市内15店舗に販路を確保し、発売から最初の1週間で1,000本の半数を超える本数が売れる、幸先の良い滑り出しとなった。(参考:「Mikan de Nishiura non-alcoholic Sparkling」発売リリース | かんきつ商社Aquamarine株式会社、沼津の企業が「みかんスパークリング」販売 | 沼津経済新聞、地域おこし協力隊の3年間について総まとめ)
自社製造の限界を感じた今田氏は、2024年8月に西浦久連地区で60年間営業していた豆腐店の空き物件を賃貸借契約した。資源ごみや埋め立てごみの月1回の収集日を活用しつつ、廃品回収業者にも一部を委ねることで、費用をかけずに残置物の片付けを自らの手で進めていった。並行して、西浦地区特産の希少柑橘「西浦レモネード」を使った「Nishiura Lemonade non-alcoholic Sparkling」を開発し、JAふじ伊豆と連携しながら2025年4月17日に250ml入り1,080円(税込)・1,500本限定で発売した。この取り組みは沼津市の令和6年度民間まちづくり活動支援事業(ソフト部門・スタート支援型)にも採択されている。(参考:地域おこし協力隊の3年間について総まとめ、ジュース・ジャム加工施設立ち上げへの道②、「Nishiura Lemonade non-alcoholic Sparkling」発売リリース、令和6年度民間まちづくり活動支援事業 採択事業一覧 | 沼津市公式サイト)
2025年4月、今田氏は協力隊在任中に「かんきつ商社Aquamarine株式会社」を法人化した。同年2〜3月に残置物の解体工事、4〜6月には壁の造作やドア設置、塗装といった内装のDIY施工を自ら実施し、7月からは専門業者による本格工事に移行。年季の入ったコンクリート製の床をすべて斫り取って処分し、電気配線・ガス管・給排水管も総取り替えするという、建物の基盤そのものを刷新する工事を経て、大型の回転釜や殺菌槽の上部には特注サイズの排気設備を据え付けた。設備投資額は同社の説明では約1,000万円、沼津経済新聞の報道では1,100万円とされる。(参考:ジュース加工施設立ち上げへの道③、ジュース加工施設立ち上げへの道④、沼津経済新聞)
工事と並行して、清涼飲料水製造業の営業許可取得に向けて保健所への事前相談を4〜5回重ね、指摘事項を反映した図面・書類の修正を繰り返した。この過程で「1つの製造室内では1つの営業許可しか出せない」という規制上の制約が判明し、当初計画の一部見直しを迫られた。さらに設備の納期が当初の見積もりより大幅に遅れ、みかんの最需要期である冬季を逃しかねない状況に直面したため、納入元との交渉で工期短縮を図った。資金面でも信用保証協会の創業融資審査に一度落ちる場面があったが、最終的に自己資金と金融機関からの融資で必要資金を賄い、2025年11月末に営業許可を取得、同年12月18日に施設が本格稼働した。(参考:清涼飲料水製造業の営業許可を取得するまで、地域おこし協力隊の3年間について総まとめ)
改修工事全体を業者に一括発注するのではなく、残置物の片付けや内装の下地作りといった専門技術を要しない工程は今田氏自身が担い、老朽化したインフラの総入れ替えなど専門性が必要な工程のみを業者に発注する形で進められた。総額1,000万円規模の投資でも初期段階の費用を最小限に抑えられたのは、着工前の1年以上をかけて自らの手で解体・清掃を進めたことによるところが大きい。
同施設は自社商品「Mikan de Nishiura」「Nishiura Lemonade」の製造拠点であると同時に、みかん・ポンカン・不知火・夏みかん・トマトなどを対象に、100kg程度からの受託加工サービスを提供している。既存の大型加工施設が最小1〜2トン単位のロットしか受け付けない中で、小規模農家や個人事業主でも利用できる加工拠点として設計されている点が、単なる自社商品開発にとどまらない特徴である。(参考:かんきつ商社Aquamarine株式会社 FACTORY)
コンセプト固めとテスト販売(1年目)、物件確保と下地づくり(2年目)、法人化と本格稼働(3年目)という3段階を、協力隊の委嘱期間とほぼ重ねて進めている点も特徴的である。任期終了と同時に事業をゼロから立ち上げるのではなく、在任中に法人化と施設稼働までを終え、任期満了後は経営に専念できる状態を整えている。
2025年12月の本格稼働後、2026年1〜3月の間に施設全体で約7.5トンの原料を加工した。冬季のみかんの最需要期に営業許可取得と稼働開始が間に合ったことで、初シーズンから一定量の加工実績を積むことができている。(参考:地域おこし協力隊の3年間について総まとめ)
自社ブランドとしては「Mikan de Nishiura non-alcoholic Sparkling」(2024年3月発売、発売時点で15店舗の販路)と「Nishiura Lemonade non-alcoholic Sparkling」(2025年4月発売、1,500本限定)の2商品を展開している。後者は松浦酒店やニュースタンドプラス、ららぽーと沼津内の沼津コート、三の浦総合案内所、淡島ホテルなど地域内の複数店舗に加え、自社ECサイトやふるさと納税でも取り扱われている。(参考:西浦レモネードのスパークリングドリンク 100%ストレート果汁を使用 | 沼津経済新聞)
営業許可取得から約3週間で、熱海市・東伊豆町稲取地区の農家や県外企業から受託加工の問い合わせが相次いだ。これは、静岡東部・伊豆エリアに小ロット対応の加工施設がなかったという課題が、西浦地区に限らず周辺地域にも共通して存在していたことを裏付けている。(参考:沼津経済新聞)
総務省の令和3年度調査によれば、地域おこし協力隊員の任期終了後、同一市町村に定住した隊員の進路のうち起業が41%と最も多く、6次産業関連での起業も112名にのぼる。本事例は、この統計が示す傾向を、コンセプト検討・物件確保・法人化という段階的なプロセスとして実際に体現したケースといえる。協力隊制度を「地域に住みながら試作・検証を重ねられる期間」と位置づけて活用する設計は、特定の地域資源や人物の属人性に依存せず、他の自治体でも制度上再現可能なアプローチである。(参考:地域おこし協力隊の任期後について実態を調査。起業が一番多い)
本事例が着目したのは、単に規格外品が廃棄されているという表面的な課題ではなく、「大ロット向けの加工施設しかなく、小規模農家が使える加工手段がない」というインフラの構造的な欠落だった。地域資源の未活用に取り組む際、生産者側の課題だけでなく、加工・流通側の受け皿の規模が実需とかみ合っていないかを検証する視点は、農産物に限らず他分野の地域資源活用にも応用できる。
老朽化したインフラの総入れ替えなど専門性と安全性が求められる工程は業者に委ね、それ以外の解体・清掃・内装の下地作りは自ら担うという役割分担は、限られた自己資金で小規模な加工拠点を整備しようとする他地域の事業者にとっても再現性のある手法である。一方で、本事例では設備の納入遅延や融資審査の不調など不確実性の高い局面にも直面しており、着工から稼働まで実質2年以上を要した点は、同様の取り組みを計画する際に見込むべき期間として参考になる。
2026年7月時点の調査内容に基づいて作成
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