
第2期 世田谷区認知症とともに生きる希望計画
令和2年施行の「認知症とともに生きる希望条例」に基づく世田谷区の第2期計画。国の認知症基本法に先駆けて当事者参加を制度化し、区内28地区の四者連携を基盤に、本人が主役の「アクションチーム」を全区へ広げる。本人視点の認知症まちづくりの到達点と課題を整理する。
「第2期世田谷区認知症とともに生きる希望計画」は、世田谷区が令和6年(2024年)3月に策定した3か年(令和6〜8年度/2024〜2026年度)の認知症施策の総合計画である。令和2年10月に施行された「世田谷区認知症とともに生きる希望条例」を根拠とし、「一人ひとりの希望及び権利が尊重され、ともに安心して自分らしく暮らせるまち、せたがや」の実現を目指す。国の「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(令和6年1月施行)に基づく市町村認知症施策推進計画としても位置づけられている。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編)、世田谷区公式サイト)
この計画の最大の特徴は、認知症の「本人」を支援の対象ではなく施策の担い手・発信者と位置づけ、当事者が計画策定にも進捗評価にも参画する点にある。区内28地区に張り巡らされた地域自治のネットワーク(まちづくりセンター等の「四者連携」)を土台に、本人を中心にした「アクションチーム」を各地区で立ち上げ、地域主体の活動として全区へ広げていく。福祉部門の単独事業ではなく、地域まちづくりの枠組みに認知症施策を組み込んでいることが、他の自治体計画との違いを生んでいる。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
2025年には65歳以上のおよそ2割が認知症になるとの推計があり、高齢化とともに認知症は特別な病気ではなく暮らしの身近な現実になりつつある。かつては認知症になると判断力や記憶がすべて失われると捉えられがちだったが、実際には診断後も本人の意思や感情は保たれ続けることが分かってきている。世田谷区はこの認識の変化(「認知症観の転換」)を土台に、本人が尊厳と希望を持って自分らしく生きられる地域づくりに取り組んできた。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
区は国の法整備に先んじて動いてきた。令和2年4月に世田谷区立保健医療福祉総合プラザ内へ「認知症在宅生活サポートセンター」を開設し、令和元年度から令和2年10月の条例施行までの間、検討委員会(計7回)やワークショップ(2回)で認知症の本人の意見を聴きながら条例を策定した。区長は第2期計画の冒頭で、令和6年に施行された国の認知症基本法の条文には「本区において認知症当事者の方も交えた話し合いの中から生まれた発想と重なる部分がたくさんあります」と述べており、世田谷の当事者参加の実践が国の法制化の方向性を先取りしていたことがうかがえる。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望条例、世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
一方で、第1期計画(令和3〜5年度)の振り返りからは、理念の浸透という点で大きな課題も明らかになった。世田谷区が2023年に行った区民意識調査でも、「認知症になっても自分らしく希望を持って暮らせると思う」と答えた人はおよそ24%にとどまり、第1期の目標「6割」には遠く届かなかった。会議やイベントへの本人参画率が10割に達し目標を上回った一方で、区民一般の「認知症観」を変えることの難しさが浮き彫りになったといえる。この意識のギャップをどう埋めるかが、第2期に引き継がれた中心的な課題である。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
第2期計画は、第1期から引き継いだ5つの取組み方針と4つの重点テーマ(「認知症観の転換」「本人の発信・参加、ともにつくる」「みんなが備える『私の希望ファイル』」「希望と人権を大切に、暮らしやすい地域をともにつくる」)を体系の骨格に据える。5本柱のうち「本人発信・社会参加の推進」を中心軸に据え、他の取組みと絡めながら進める体制をとる。施策展開の基本姿勢は、「本人の声を聴き、本人とともに」「小さく始めて、改善しながら、大きく広げる」「多世代・多分野の人たちが参加し、つながりながらともにつくる」といった、当事者起点かつ漸進的な考え方で貫かれている。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
地域展開の中核となるのが「アクションチーム」である。アクションチームとは、本人とパートナー(認知症の人に寄り添い、一緒に歩んでいく人)を中心に、近隣住民や商店、図書館、コミュニティカフェ、学生といった多様な立場の人が緩やかに集まり、それぞれの地域らしいやり方で活動を続けていく場を指す。各地区では、まちづくりセンター・あんしんすこやかセンター(地域包括支援センター)・社会福祉協議会地区事務局・児童館の「四者連携」を基盤に、本人を中心としたアクションを立ち上げる。区は地区(28地区)・地域(5地域の総合支所)・本庁の三層構造でこれを支える体制をとる。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
具体的な事業として、従来の認知症サポーター養成講座をリニューアルした「アクション講座(世田谷版認知症サポーター養成講座)」があり、専用テキスト「みんなでアクションガイド」を用いて本人の発信を組み込みながら区民の認知症観の転換を図る。本人同士が出会いピアサポートを育む「本人交流会」や認知症カフェ、備えのツールとして自分の希望や大切にしたいことを書き留める「私の希望ファイル」、本人の声を「希望のリーフ」に書いて「希望の木」に掲示し可視化する取り組みなども展開される。診断後の本人・家族への相談支援体制の強化、ケアマネジャー等の専門職とかかりつけ医・認知症サポート医との連携強化も進める。(参考:世田谷区の認知症に関わる取組み(事業一覧)、世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
進捗管理は、条例第18条により区長の下に置かれた「認知症施策評価委員会」がチェックする役割を担い、当事者委員も加わって審議した結果を区の施策運営にフィードバックする仕組みになっている。計画の実行主体は高齢福祉部介護予防・地域支援課と認知症在宅生活サポートセンターの二者で、本人・家族をはじめ医療・介護・福祉分野の関係者や地域づくりの推進役と協力しながら現場で計画を動かしている。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編)、世田谷区認知症とともに生きる希望条例)
第一の特徴は、「本人視点」を理念にとどめず制度に埋め込んでいる点である。条例そのものを認知症の本人が参加して制定し、計画策定にも本人・家族・パートナーが参画し、進捗を評価する委員会にも当事者委員が入る。誰か特定の熱心な担当者やリーダーに依存するのではなく、当事者参加が条例と委員会という「仕組み」で担保されているため、人が替わっても継続しやすい構造になっている。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望条例、世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
第二に、認知症施策を福祉の枠にとどめず、地域まちづくりのインフラに接続している点である。世田谷区は独自に区内28地区のまちづくりセンター等による四者連携という地域自治の基盤を持ち、この既存ネットワークにアクションチームを載せることで、認知症の取り組みを「福祉部門の事業」から「地域住民のまちづくり」へと転換している。太子堂地区の事例はその象徴だ。高尾山が好きだったのに認知症になって諦めかけていたという本人の一言をきっかけに、あんしんすこやかセンターと近隣住民が動いて登山部が生まれ、本人を先頭に実際に高尾山へ登った。以降も月例の集まりで本人の望みを軸に話し合いを重ね、一つずつ実現につなげている。支援の対象を「主役」に置き換える発想がよく表れている。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
第三に、成果を「意識(認知症観)」と「行動量(アクション)」の両輪で管理する設計である。「新しい認知症のイメージを持っている人の割合」や「希望を持って暮らせると思う人の割合」という主観的・態度的な指標と、講座受講者数やアクションチーム結成地区数という活動量の指標を併置し、意識変容を狙いつつその手段の実施状況も定量的に追う。目に見えにくい「認知症観の転換」という目標を、測定可能な形に落とし込もうとしている点は評価管理の工夫といえる。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
第1期計画(令和3〜5年度)では、成果に明暗があった。会議・検討会・講演会・イベント・交流会等への本人参画率は10割に達し、目標の9割を上回った。一方、意識面の指標である「認知症になってからも自分らしく希望を持って暮らせると思う人の割合」は24%(令和6年2月時点)にとどまり、目標の6割には届かなかった。世田谷版認知症サポーターの累計は令和5年12月時点で42,578人となり、目標の53,040人には及ばなかった。これは条例の趣旨に沿った新テキスト「みんなでアクションガイド」の完成が令和3年度末となり、養成の立ち上がりが遅れたことが要因とされる。アクションチームについては、令和5年度末の段階で全地区が活動の準備段階に入り、うち14地区で正式に発足した。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
第2期では、こうした到達点と課題を踏まえ、令和8年度に向けた具体的な数値目標(成果指標)が設定された。①条例に掲げる新しい認知症のイメージを持っている人の割合を38.2%(令和5年度)から51.4%へ、②認知症になってからも希望を持って暮らせると思う人の割合を24%から35.4%へ、③本人が参画するアクションチームの結成地区数を14地区から全28地区へ引き上げることを掲げる。加えて、重点的な取り組みの「行動量」として、アクション講座の累計受講者数を約6,730人(令和5年度見込み)から16,810人へ、小中学校等の教育分野でのアクション講座を年17回から37回へ、地域づくりの推進役(世田谷版キャラバン・メイト+認知症地域支援推進員)の育成累計を142人から226人へ増やすなど、8項目の目標を数値で明示している。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
意識指標の伸び悩み(24%)と、行動指標(本人参画率10割)の達成という対照は、この事例をフラットに読むうえで重要だ。当事者を巻き込む「場」はつくれても、区民一般の認知症観を動かすには相応の時間を要することを示している。第2期の意識目標(35.4%)は第1期の未達目標(6割)から現実的に引き下げられており、成果を過大に見せず着実な前進を狙う姿勢が読み取れる。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
第一に、既存の地域自治インフラに福祉・健康施策を「載せる」という発想の有効性である。世田谷区はまちづくりセンター等の四者連携という地域基盤をすでに持ち、そこにアクションチームを接続した。認知症を専門部署の縦割り事業にせず、地域住民のまちづくりへと横に広げられたのはこの構造ゆえである。自地域に近い基盤(地域包括支援センター、まちづくり協議会、地区社協など)がある自治体は、新たな仕組みを一から立ち上げるより、既存ネットワークに当事者起点のテーマを乗せる設計を検討する価値がある。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
第二に、当事者参加を「制度」として担保することの再現性である。特定の職員や当事者リーダーの熱意に頼る取り組みは属人的で継続が難しいが、世田谷区は条例で当事者参加を、附属機関である評価委員会への当事者委員参画で進捗評価を、それぞれ制度に組み込んだ。国の認知症基本法に先駆けた事実は、現場の当事者参加の積み重ねが上位の法制度を動かしうることも示唆しており、他自治体が条例・附属機関の設計を通じて参加を仕組み化する際の先行モデルとなる。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望条例、世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
第三に、「意識変容」を扱う施策の評価設計への示唆である。認知症観の転換のような態度指標は短期では動きにくく、世田谷区でも24%で足踏みしている。意識指標だけでは進捗が見えにくいため、講座回数やアクション地区数といった行動量を併走させ、手段の実施状況を可視化する二層の指標設計は、多文化共生・防災・健康づくりなど「人々の意識や関係性を変える」ことを目標に据えるまちづくり全般に応用できる。同時に、意識目標は現実的な水準に設定し、成果を誇張しないという運用姿勢も参考になる。(参考:世田谷区認知症とともに生きる希望計画(本編))
2026年7月時点の調査内容に基づいて作成
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