
世田谷区 防災塾による住民主体の地区防災計画づくり(令和7年修正)
世田谷区が全28地区のまちづくりセンター単位で「防災塾」を継続開催し、住民主体で地区防災計画を策定・検証・修正し続ける取り組み。「発災後72時間は地区の力で乗り切る」を掲げ、令和7年修正で全地区の計画を地区防災計画編として公表した事例。
東京都世田谷区は、区内を28の地区に分け、それぞれに置かれた「まちづくりセンター」を単位として、住民が主体となって防災を考える場「防災塾」を継続的に開催している。防災塾には町会・自治会など幅広い地域活動団体が加わり、「発災後72時間は地区の力で乗り切る」を共通テーマに、地区ごとの災害対応上の課題を洗い出し、対応策を検討する。その成果は全28地区分の「地区防災計画」として結実し、令和7年(2025年)修正の世田谷区地域防災計画に「地区防災計画編」として反映・公表した。
特徴は、計画づくりが一度きりのイベントではなく、平成26年度(2014年度)から10年以上にわたり「作成→検証→修正→取組み」というサイクルを回し続けている点にある。全国的には地区防災計画の策定が思うように進まない自治体が多いなかで、世田谷区は既存の地域行政インフラであるまちづくりセンターを活用し、区内全域で計画を継続的に更新する仕組みを定着させている。 (参考:世田谷区地域防災計画[令和7年修正]地区防災計画編について、防災塾について(世田谷区))
地区防災計画は、東日本大震災の教訓を受けて平成25年(2013年)の災害対策基本法改正で創設され、平成26年(2014年)4月に施行された比較的新しい制度である。国の「防災基本計画」、都道府県・市町村の「地域防災計画」に続く第三の層として、市町村内の特定の地区に暮らす住民や事業者が、自発的に防災活動の計画を立て、市町村の防災会議に提案できる仕組みだ。大規模災害では自助・共助・公助が連携して初めて対策が機能するという認識に基づき、地域を最もよく知る住民自身がボトムアップで計画をつくることを狙いとしている。 (参考:みんなでつくる地区防災計画(内閣府)、地区防災計画ガイドライン(内閣府))
しかし制度の理念とは裏腹に、全国での策定は進みにくいのが実情だった。内閣府は毎年策定状況を調査しているが、策定の進め方の分かりにくさや取り組みへのハードルの高さが壁となり、地区防災計画が市町村の地域防災計画に位置づけられた件数は、制度創設からしばらく経っても限られていた。住民の善意や関心だけでは、計画を「立ち上げ、書き上げ、実効性を保つ」ところまで到達しにくいという構造的な課題がある。 (参考:みんなでつくる地区防災計画(内閣府))
世田谷区は約92万人が暮らす特別区最大級の人口を抱え、木造住宅密集地域を含む多様な市街地から成る。首都直下地震では、発災直後は人命救助が最優先されて人的支援が遅れ、インフラの被災によって物資などの物的支援も届きにくくなることが想定される。こうしたなかで、住民一人ひとりに「公的な支援が来るまでの間は、集まった避難者が協力し合い、地域の力で乗り切る必要がある」という現実を共有し、計画を絵に描いた餅で終わらせないための継続的な仕組みが求められていた。 (参考:防災塾について(世田谷区)、世田谷区地域防災計画[令和7年修正]地区防災計画編について)
世田谷区の中核的な仕掛けが、平成26年度(2014年度)に始まった「防災塾」である。運営は区の危機管理部災害対策課が担い、区内全28地区のまちづくりセンターごとに開催される。参加するのは、各地区の防災を担う「地区情報連絡会」のメンバーに加え、公募で集まった区民などで、町会・自治会をはじめとする地縁組織が横につながる場となっている。防災塾では「発災後72時間は地区の力で乗り切る」というテーマを共有したうえで、地区の課題を抽出し、対応策を検討・議論しながら、地区防災計画を練り上げていく。 (参考:防災塾について(世田谷区))
このプロセスの要点は、年度ごとに段階を踏み、一巡したら検証・修正して次の計画に反映する循環型の運用にある。区が公表している防災塾の歩みをたどると、初期は「課題の発見(平成26年度)→対応策の検討(平成27年度)→地区防災計画案の作成(平成28年度)→計画の検証(平成29〜令和元年度)」と段階的に計画を立ち上げ、令和2年度に最初の修正を行った。その後は「修正計画に基づく取組み(令和3年度)→点検と改善の積み重ね(令和4〜5年度)→修正(令和6年度)→修正計画に基づく取組み(令和7年度)」と、作成・実践・検証・修正のサイクルを継続している。つまり地域防災計画本体の修正(令和3年修正、令和7年修正)の節目に合わせて、地区防災計画も更新される設計になっている。 (参考:防災塾について(世田谷区)、世田谷区地域防災計画[令和7年修正]本編について)
令和7年修正の背景には、東京都が令和4年に示した新たな被害想定と、翌令和5年の都地域防災計画見直しがあり、これらを反映して2025年4月に区の計画も更新された。本編は災害の種類に応じて「震災編」と「風水害編・富士山等噴火降灰対策編・大規模事故対策編」に再編され、より詳細な対策が示された。この本体修正と歩調を合わせ、全28地区(池尻・三宿、太子堂、若林・三軒茶屋、上町、経堂、下馬、上馬、梅丘、代沢、新代田、北沢、松原、松沢、奥沢、九品仏、等々力、上野毛、用賀、二子玉川、深沢、祖師谷、成城、船橋、喜多見、砧、上北沢、上祖師谷、烏山)で取りまとめた計画が「地区防災計画編」として公表された。地区によっては、その後も内容を随時更新している。 (参考:世田谷区地域防災計画[令和7年修正]本編について、世田谷区地域防災計画[令和7年修正]地区防災計画編について)
計画づくりの土台となるのが、まちづくりセンターという既存の地域拠点である。世田谷区の28か所のまちづくりセンター(通称「まちセン」)は、区役所本庁や総合支所より住民の生活圏に近い場所にあり、地域のつながりづくりや住民主体の取り組みを後押しする拠点として機能している。避難所の運営訓練や地区の防災訓練についても後方支援を担っている。さらに各センターには高齢者福祉の窓口となる地域包括支援センター(あんしんすこやかセンター)や社会福祉協議会の地区担当も同居しており、福祉相談の機能も兼ね備えている。防災塾は、こうした顔の見える関係や福祉との接点を持つ拠点の上に載ることで、要配慮者への目配りを含めた実践的な議論をしやすくしている。 (参考:区内全28地区のまちづくりセンター(世田谷区))
第一の特徴は、防災計画づくりを「常設の仕組み」に落とし込んでいる点である。多くの地域で地区防災計画が単発のワークショップや一度の策定で止まりがちなのに対し、世田谷区は防災塾という毎年開催の場を10年以上維持し、「作成→実践→検証→修正」を繰り返している。計画は完成品ではなく更新され続ける生き物として扱われており、地域防災計画本体の修正サイクルと連動させることで、更新のタイミングと動機づけが制度的に担保されている。 (参考:防災塾について(世田谷区))
第二に、防災専用の新組織を立ち上げるのではなく、既存のまちづくりセンターと地区情報連絡会という地域自治の枠組みを土台にしている点である。コミュニティ醸成・福祉相談・住民活動支援を束ねる拠点を防災計画づくりのプラットフォームとして活用することで、担い手や場を新たにゼロから確保する負担を抑え、日常のまちづくりと防災を地続きにしている。 (参考:区内全28地区のまちづくりセンター(世田谷区))
第三に、「発災後72時間は地区の力で乗り切る」という明快なテーマ設定である。発災初動期には人的・物的な公的支援が遅れるという前提を最初に共有することで、「行政が助けに来る」という期待からではなく、自助・共助で何をどこまで担うのかという現実的な議論に住民を導いている。抽象的な防災意識の啓発ではなく、時間軸を切った具体的な問いが、地区ごとの当事者的な検討を促している。 (参考:防災塾について(世田谷区)、世田谷区地域防災計画[令和7年修正]地区防災計画編について)
こうした共通の枠組みの上で、各地区は地域特性に応じた独自の工夫を持ち込んでいる。地域メディアの報道によれば、ペット同行避難の訓練、中学生が防災技術を教える取り組み、商店街や福祉施設との連携、女性・子ども・障がい者の視点を取り入れた活動、乳幼児連れの保護者向け講習会など、地区ごとに多様な活動が展開されているという。共通のテーマと運営の型を持ちながら、中身は地区に委ねる「型は共通、中身は多様」の設計が読み取れる。 (参考:世田谷区の地区防災計画を知って安心!(ローカログ))
最も明確な成果は、区内全28地区のすべてで地区防災計画が取りまとめられ、令和7年修正の地域防災計画に「地区防災計画編」として位置づけられたことである。地区防災計画の策定が全国的に伸び悩むなかで、政令市に匹敵する人口規模の自治体が域内全域をカバーして計画を整え、さらに複数回の修正を経て更新し続けている状態は、制度の理念を区内全域で面的に実装した先行事例の一つといえる。 (参考:世田谷区地域防災計画[令和7年修正]地区防災計画編について、みんなでつくる地区防災計画(内閣府))
もう一つの成果は、計画づくりのプロセスそのものが定着したことである。平成26年度の開始から令和7年度に至るまで、課題発見・計画案作成・検証・修正という段階が途切れず継続され、地域防災計画本体の令和3年修正・令和7年修正の双方に地区の成果が反映されている。単発で終わらず二巡目・三巡目の更新まで到達している事実は、この取り組みが一過性のブームではなく運用として根づいていることを示している。 (参考:防災塾について(世田谷区)、世田谷区地域防災計画[令和7年修正]本編について)
なお、防災塾の参加人数や地区ごとの活動の効果測定といった定量データは、公開情報からは十分に確認できない。計画づくりが「実際の災害対応力」をどれだけ高めたかを客観的な指標で評価することは、この種の取り組みに共通する今後の課題として残る。
第一に、地区防災計画は「つくって終わり」ではなく「更新し続ける」ものとして設計することの重要性である。世田谷区の防災塾は、地域防災計画本体の修正サイクルに地区の計画更新を紐づけることで、更新の期日と動機づけを制度に組み込んでいる。住民の熱意に依存しがちな計画づくりを、年度単位のルーティンと本体計画との連動によって持続させる発想は、策定後に形骸化しやすい他地域の取り組みにそのまま応用できる。
第二に、防災のために新しい組織や場をゼロから立ち上げるのではなく、既存の地域行政インフラを活用する道筋である。世田谷区はまちづくりセンターという住民に身近な拠点と、地区情報連絡会という既存の地域ネットワークを土台に防災塾を運営している。地域包括支援や社協との連携が同じ拠点に同居している点も、要配慮者対応を含む実践的な検討を支えている。同様の地域拠点を持つ自治体であれば、防災を「別立ての事業」ではなく既存の地域自治に接続する形で展開できる。
第三に、「発災後72時間は地区の力で乗り切る」のような、時間軸を切った具体的な共通テーマの効用である。公助の限界を前提として最初に提示することで、抽象的な防災啓発ではなく「誰が・いつまでに・何をするか」という当事者的な議論を引き出せる。共通の型(開催単位・テーマ・進め方)を用意しつつ、活動の中身は各地区の実情に委ねる「型は共通・中身は多様」のバランスは、多数の地区を抱える自治体が全域展開する際の設計指針になり得る。
一方で留意すべきは、全域展開には行政側の継続的な運営体制(世田谷区の場合は危機管理部災害対策課による毎年の伴走)と、28地区分の拠点・人員という下支えが必要な点である。人口規模や職員体制が異なる自治体がそのまま横展開するのは容易ではないため、まずは重点地区でサイクルの型を確立し、既存の地域拠点に段階的に広げていく現実的な移植が想定される。
2026年07月時点の調査内容に基づいて作成
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