
豊洲スマートシティ デジタルサービス実装(豊洲スマートパス・XRジオラマビジョン・エリア人流解析)
東京都江東区の豊洲エリアで、清水建設など民間13社と東京都・江東区が組む協議会が進めるスマートシティ。来街者の回遊性の低さを人流データで可視化し、電子チケット「豊洲スマートパス」やXR対話ツール、生成AIによる配信などを2024年12月に実装した事例。
豊洲スマートシティは、東京都江東区の豊洲エリア(豊洲1〜6丁目、面積約246ha、居住人口約3.7万人・就業人口約4万人)で展開されるスマートシティの取り組みである。清水建設・三井不動産・IHI・NTTデータ・NEC・東京メトロなど民間13社(発足時)を中心に、東京都・江東区を交えた「一般社団法人豊洲スマートシティ推進協議会」が推進主体となっている。2019年5月に国土交通省のスマートシティモデル事業の先行モデルプロジェクトに選定され、同年11月に協議会が設立された。事務局は清水建設が担う。(参考:国土交通省 豊洲スマートシティ概要、清水建設 まちづくりプロジェクト)
掲げるコンセプトは「課題解決+未来志向型」と「ミクストユース型スマートシティ」である。住民・ワーカー・来街者という性格の異なる利用者が混在し、なお開発が続く成長途上のエリアであるという豊洲の成り立ちを踏まえ、都市OS(データ連携基盤)を軸に観光・モビリティ・防災などのサービスを重ねていく構図をとる。東京都「スマート東京」のデータ連携・活用促進事業(タイプⅠ=データ連携型)の採択プロジェクトでもあり、2024年12月には「豊洲スマートパス」「XRジオラマビジョン」「エリア人流解析マーケティング/ターゲティング配信」「オウンドチャネルでの情報発信」の4つのデジタルサービスを実装した。(参考:TOYOSU SMART CITY 公式サイト、東京都 採択プロジェクト(豊洲))
豊洲は、タワーマンション群・オフィス・大型商業施設・エンターテインメント施設が併存する開発エリアであり、生活者・就業者・来街者という多様なステークホルダーが同居する。協議会が「ミクストユース型」を掲げる背景には、こうした利用者層の幅広さと、エリアがなお拡張を続けているという固有の事情がある。先進技術と都市OSを使って各層のニーズを満たしながら、共存・共栄する「ミクストユース型未来都市」を目指すというビジョンが据えられている。(参考:国土交通省 豊洲スマートシティ概要、TOYOSU SMART CITY 公式サイト)
中核となる課題は、来街者の「回遊性の低さ」である。東京都の採択プロジェクトページでは、電車で豊洲を訪れる人の約20%がアーバンドックららぽーと豊洲を来訪する一方、ららぽーと来訪者の約75%は利用後にそのまま直帰しており、移動範囲も豊洲駅周辺に集中していることが指摘されている。来街者は特定施設の単独利用にとどまり、エリア全体へのにぎわいの広がりに結びつきにくい。この「来てはいるが回遊しない」構造を、データで可視化しながら解きほぐすことが取り組みの出発点となっている。(参考:東京都 採択プロジェクト(豊洲))
合わせて、多言語での情報発信、地域連携の深化、観光・生活満足度の向上が課題として挙げられている。協議会はKPIとして、サービス導入数・利用者数といったアウトプット指標に加え、施設来訪者数・滞留時間・エリア内消費額・店舗売上高といったアウトカム指標を設定し、回遊と消費の両面で効果を測る枠組みを置いている。(参考:国土交通省 豊洲スマートシティ概要)
協議会は、データ基盤の整備と分野別の実証を積み重ねながら、最終的にサービスの常時運用へ移行していくプロセスを辿ってきた。
データ基盤の整備(2019年〜):エリアの3Dモデル上にセンサーや人流などのデータをマッピングする都市OS「バーチャル豊洲」の構築に着手し、2020年からは人流データ事業者unerryの「Beacon Bank」とのデータ連携が始まった。観光・モビリティ・データプラットフォームの3つのワーキンググループを置き、グルメ・ヘルスケア・防災といったサービス分野を横断的に検討する体制をとった。(参考:国土交通省 豊洲スマートシティ概要、NTTデータ 来街者ペルソナ実証)
モビリティ・ロボット分野の実証(2022年〜):2022年1月、協議会はLuupと連携協定を結び、豊洲エリアで電動キックボードとシェアサイクルのサービスを開始した。主な利用層は20〜30代で、豊洲市場・月島・勝どき・門前仲町などへの移動が見られ、移動データをまちづくりに活かす狙いが示された。同年4月にはメブクス豊洲で、清水建設の建物OS「DX-Core」を介して清掃ロボットや案内ロボットがエレベーター・自動ドアと連携する実証を実施した。(参考:Luup プレスリリース、清水建設 ニュースリリース)
観光・人流分野の実証(2022年〜2024年):2022年4月には、AR/MRグラスを使った場外マルシェ用のARナビゲーションアプリ(アップフロンティア・清水建設・インフォマティクスの共同開発)を実証し、後にデバイスをMagic Leap 2へ刷新して都市OS連携によるリアルタイム情報表示まで広げた。2022年12月〜2023年2月には、NTTデータとunerryが来街者のペルソナに応じたレコメンド情報配信を実証。さらに2023年12月〜2024年1月には、来訪者属性に合わせた広告を生成AIで作成・配信する取り組みへと発展させた。(参考:アップフロンティア ARナビ実証、アップフロンティア Magic Leap 2版、NTTデータ 生成AI広告配信)
防災連携とサービスの実装(2024年〜):2024年5月、協議会は江東区と防災支援協定を締結し、交通防災の社会実験や避難所運営サポーターとの連携などで相互協力する枠組みを整えた。そして2024年12月、東京都のデータ連携・活用促進事業のもとで「豊洲スマートパス(施設クーポンや謎解きコンテンツ、バイクシェア割引などを束ねた電子チケット)」「XRジオラマビジョン」「エリア人流解析マーケティング/ターゲティング配信」「LINE・ポータル・サイネージによる情報発信」の4サービスを実装した。2025年度には国土交通省のスマートシティ実装化支援事業の支援地区にも選定され、公開空地や広場などオープンスペースの利活用をデジタルで一元管理する取り組みへ広げている。(参考:江東区 防災支援協定、東京都 採択プロジェクト概要(PDF))
第一の特徴は、単発の実証実験で終わらせず、都市OS「バーチャル豊洲」というデータ基盤を軸に、複数年にわたる実証を経てサービスの常時運用へつなげている点である。モビリティ・観光・防災と分野を変えながら実証を重ね、得られた人流データや行動データを基盤に集約し、次のサービス設計に還流させる構造をとっている。(参考:国土交通省 豊洲スマートシティ概要)
第二に、XRジオラマビジョンの位置づけが特徴的である。これは街頭に情報を3次元表示する装置ではなく、XR空間に再現した豊洲の立体地図上で、利用者がメモやマーカーを書き込みながら意見を出し合えるようにし、地域イベントやまちづくりワークショップでの合意形成を後押しする「対話ツール」として位置づけられている。3D空間による感覚的な理解と、自由な視点・書き込みによって、住民がまちづくりに参加しやすい環境をつくる狙いがある。デジタルサービスを来街者向けの利便だけでなく、市民参加の手段として用いている点は、回遊促進策と並ぶもう一つの軸といえる。(参考:東京都 採択プロジェクト概要(PDF))
第三に、人流データと生成AIを組み合わせた配信の設計が挙げられる。unerryの人流データプラットフォームとNTTデータの人流分析を用いて来街者の行動を把握し、生成AIで広告クリエイティブを作成してSNSやアプリにターゲティング配信する。これにより、広告制作にかかる時間・労力・費用を抑えながら、来訪・回遊の行動変容を狙う。回遊という曖昧になりがちな課題を、人流データという測定可能な指標に落とし込んでいる点が、属人的な企画に依存しない再現可能性につながっている。(参考:NTTデータ 生成AI広告配信、東京都 採択プロジェクト概要(PDF))
第四に、エリア単独で完結させず、臨海副都心エリアや大手町・丸の内・有楽町(大丸有)エリアとのデータ連携を志向している点がある。実際にターゲティング配信では大丸有エリアでの「1day豊洲POPUP」など、エリアをまたいだ施策が試みられている。(参考:東京都 採択プロジェクト(豊洲))
2024年12月時点で、上記4サービスの実装が完了している。東京都が公開した2025年の概要資料では、各サービスについて定性的な手応えが報告されている。エリア人流解析/ターゲティング配信については「来訪頻度や回遊増に効果あり」とされ、広告作成のコスト軽減も挙げられている。豊洲スマートパスに含まれる謎解きコンテンツのアンケート分析からは、40〜50代に街歩きへのニーズが多いという来街者像が示された。XRジオラマビジョンについては、3次元空間を介して直感的に状況を把握できることや、住民のまちへの関心が高まる効果が指摘されている。(参考:東京都 採択プロジェクト概要(PDF))
一方で、回遊率の向上幅、来街者の増加数、満足度スコアといった定量的な成果値は、調査時点で確認できた公開資料には記載がない。各実証は開始時のプレスリリースは豊富だが、終了後の数値成果の公表は限られており、効果は主に定性的な評価にとどまっている。中核課題である「来訪者の約75%が直帰する」という回遊性の低さは2023年時点でも継続的に提示されており、抜本的な解決に至ったとする記述は確認できなかった。なお、国の評価という観点では、2019年の国交省モデル事業選定に続き、2025年度のスマートシティ実装化支援事業にも選定されており、継続的に政策支援の対象となっている。(参考:東京都 採択プロジェクト(豊洲)、国土交通省 豊洲スマートシティ概要)
この事例から得られる第一の示唆は、「回遊」のような捉えにくい課題を、人流データという測定可能な指標に翻訳してから施策を設計するアプローチである。豊洲では「来訪者の約20%がららぽーとを来訪し、その75%が直帰する」という具体的な数字で課題を定義したことで、誰に・どこへ・どう促すかという配信設計に落とし込めている。来街者の動きが課題になっている商業集積や観光地では、同様にデータで課題を可視化する手順が応用できる。(参考:東京都 採択プロジェクト(豊洲))
第二に、生成AIを使って広告制作のコストを抑える設計は、潤沢な広報予算を持たない中小規模のエリアマネジメント団体にも参考になる。属人的なクリエイティブ制作に頼らず、人流データに基づくペルソナ設定とAI生成を組み合わせる手順は、人手の限られる地域でも再現の余地がある。(参考:NTTデータ 生成AI広告配信)
第三に、XRを来街者向けの演出ではなく市民参加の対話ツールとして用いる発想は、まちづくりワークショップの活性化を考える地域にとって示唆的である。ただし、こうしたXR活用を他地域へ横展開する際には、PLATEAU(国土交通省の3D都市モデル)などの都市3Dモデルの整備が前提となる点には留意が必要であり、デジタル基盤の有無が応用可能性を左右する。(参考:東京都 採択プロジェクト概要(PDF))
一方で、この事例は留意すべき論点も提示している。実証段階のプレスリリースは多い反面、終了後の定量効果の検証・公表が乏しく、施策の有効性を外部から評価しづらい。当初計画にあったAI防災やエネルギーマネジメントなど一部の分野は実装の確証が得られず、観光・回遊とモビリティに取り組みが収斂している面もある。多分野を一度に掲げるよりも、効果を測れる領域に絞って成果を積み上げ、それを公表しながら信頼を形成していくことが、民間主導の協議会型まちづくりを持続させるうえで重要であることを、この事例は逆説的に示している。(参考:東京都 採択プロジェクト概要(PDF)、国土交通省 豊洲スマートシティ概要)
2026年6月時点の調査内容に基づいて作成
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