
阿佐谷南・高円寺南地区防災まちづくり計画
東京都杉並区の木造住宅密集地域で四半世紀続く防災まちづくり。建築規制による面的な不燃化が進む一方、任意買収に頼る道路拡幅は14年で約191メートル。規制と用地取得の速度差が数値で可視化された長期事例。
阿佐谷南・高円寺南地区防災まちづくり計画は、東京都杉並区東部の木造住宅密集地域を対象に、2009年(平成21年)2月に策定された防災まちづくり計画である。対象区域は約93.5ヘクタールで、外周をJR中央線・中杉通り・青梅街道・高南通りの四本が形作る。四隅にはそれぞれ阿佐ヶ谷駅、高円寺駅、南阿佐ヶ谷駅、新高円寺駅があり、区役所も区域の南西端にあるという、交通利便性の高い都心近郊の住宅市街地である。 (参考:住宅市街地整備計画書(阿佐谷南・高円寺南地区))
計画は、約20年後を見据えた将来像を示す「防災まちづくり整備構想」と、区の具体的な取り組みを定める「実行計画」の二層構成をとる。区域全体のうち震災救援所である杉並第六小学校の周辺約46.7ヘクタールを重点整備地区として絞り込み、馬橋通りの拡幅、公園・広場用地の確保、建築物の不燃化という三つの柱で進めてきた。実行計画は2020年度と2025年度の二度にわたって延伸され、事業期間は2029年度(令和11年度)までとなっている。 (参考:阿佐谷南・高円寺南地区防災まちづくり計画(テキスト版))
起点をたどると、2000年(平成12年)に公募住民で構成された協議会の設立まで遡る。四半世紀を超えて継続してきた取り組みであり、その間に何がどれだけ動いたかが公開資料から追跡できる点が、この事例の資料的な価値になっている。 (参考:住宅市街地整備計画書(阿佐谷南・高円寺南地区))
この地区の市街地は、災害を契機に形成された。明治から大正初期にかけては、青梅街道沿いにわずかな家屋が並ぶのみで、大半は農地と雑木林の広がる土地だったが、1923年(大正12年)の関東大震災の後、都心部からの移住者が流入して急速に市街化した。第二次世界大戦の空襲で高円寺一帯は焼け野原になるものの、戦後は基盤が未整備のまま再び人口が急増し、現在の高密な住宅市街地ができあがった。災害からの避難先として発展した土地が、その後の災害に脆弱な市街地になったという経緯である。 (参考:住宅市街地整備計画書(阿佐谷南・高円寺南地区))
2000年3月の「杉並区防災都市づくり(基礎)調査報告書」は、この地区について建物損壊危険度・木防建ぺい率・道路閉塞危険度のいずれもが高く、区内で防災まちづくりの優先度が最も高い地域だと結論づけた。東京都の「防災都市づくり推進計画」上、この区域は最も危険度の高い区分である「整備地域」全域に該当し、なかでも杉並第六小学校周辺は一段階上の「重点整備地域」に指定されている。国も同地区を、大規模火災の危険がある「重点密集市街地」として公表した。区・都・国の三層すべてから危険地域と名指しされた地区だといえる。 (参考:阿佐谷南・高円寺南地区防災まちづくり計画(テキスト版))
課題は具体的な数値で示されている。区域内には幅員4メートル未満の狭あい道路が延長比で6割を超えて存在し、幅員6.5メートル以上の道路はほとんどない。このため震災時に消防車が入れない「消防活動困難区域」が地区中央部に広がっていた。一方で馬橋通りなど通り抜けできる道路には幹線道路の抜け道として自動車交通が集中し、幅員が足りないまま歩行者が危険にさらされるという、平常時の問題も抱えていた。防災と日常の安全が同じ道路上で衝突している構図である。 (参考:住宅市街地整備計画書(阿佐谷南・高円寺南地区))
公園の不足も深刻だった。区域内に公園は12か所あるものの、一人当たりの公園面積はわずか0.61平方メートルにとどまり、杉並区全体の平均2.27平方メートルの3割に満たず、区の目標値である5平方メートルには遠く及ばない。公園は延焼を遅らせる空地であり、震災時の一時集合・避難や資機材・貯水槽の設置場所でもあるため、その不足はそのまま防災上の弱点となる。 (参考:住宅市街地整備計画書(阿佐谷南・高円寺南地区))
さらに、この地区には都市計画道路という「切り札」がなかった。区域中央部の南北方向には補助128号線、東西方向には補助226号線が計画決定されているが、いずれも東京都及び特別区の第四次事業化計画で優先整備路線に位置づけられておらず、当面事業化の予定がない。新しい道路をつくることを前提にできない以上、既存道路の拡幅と狭あい道路の改善で対応するほかないという制約が、計画の設計を強く方向づけた。 (参考:住宅市街地整備計画書(阿佐谷南・高円寺南地区))
1. 住民協議会の設立から計画策定まで(2000〜2009年)
出発点は行政計画ではなく住民組織だった。2000年に公募住民によって「阿佐谷・高円寺地域防災まちづくり協議会」が設立され、防災のためのまちづくりの検討が始まる。2002年(平成14年)、協議会は検討結果をまとめた「阿佐谷・高円寺地域防災まちづくり基本構想」を区に提出した。区はこれを踏まえ、馬橋通り沿道の権利者との懇談会や杉並第六小学校周辺での住民説明会を重ねたうえで、2009年2月に防災まちづくり計画を策定している。住民提言から行政計画の策定まで、およそ7年を要した。 (参考:住宅市街地整備計画書(阿佐谷南・高円寺南地区)、防災まちづくりニュース第1号)
2. 計画の構造と数値目標
策定された計画は、目指すべき将来像を「住宅地の落ち着きと商店街の賑わいが共存する、暮らしやすく災害に強い安全なまち」と定め、災害への強さ・環境の潤い・地域への愛着という三つの目標を掲げた。特徴的なのは、20年先までの数値目標を三指標で明示した点である。耐震性を満たす建物の割合を2006年度の72.39パーセントから2028年度に97パーセントへ、耐火・準耐火構造の建物の割合を同43.44パーセントから90パーセントへ、地震時に道路が閉塞する確率を同83.75パーセントから70パーセントへ、という設定だった。 (参考:阿佐谷南・高円寺南地区防災まちづくり計画(テキスト版)、防災まちづくりニュース第1号)
3. 建築規制の先行導入(2004年)
計画策定に先立つ2004年(平成16年)6月、区域のほぼ全域が東京都建築安全条例による「新たな防火規制」の区域に指定された(同年9月施行)。地区の大半を占める準防火地域では、この規制により建て替え時に耐火性能の低い建物を新築できなくなった。同時に、商業系用途地域を除く全域で敷地面積の最低限度を60平方メートルとする都市計画も決定され、敷地の細分化に歯止めがかけられた。計画本体より5年早く、建替えのたびに自動的に効く仕組みが先に据えられていたことになる。 (参考:住宅市街地整備計画書(阿佐谷南・高円寺南地区))
4. 密集事業の導入と重点整備地区への集中(2010年〜)
2010年度(平成22年度)、区は国の住宅市街地総合整備事業(密集住宅市街地整備型)を導入した。これは、老朽建物の除却や道路・公園の整備を進める自治体に国が財政支援を行う仕組みで、権利者一人ひとりの合意を得ながら区が土地を買い取っていく方式をとり、強制的な収用は行わない点が明記されている。事業施行予定期間は2010年度から2029年度までの20年間である。補助対象となる重点整備地区は震災救援所(杉並第六小学校)周辺に限定され、区域全体で行う施策(建替え助成、耐震化促進、情報共有、住民組織支援、二項道路の拡幅)と、重点整備地区に限って行う施策(公園・まちかど広場の整備、行き止まり道路の解消、緑道化・避難路化)が明確に切り分けられた。 (参考:防災まちづくりニュース第1号、阿佐谷南・高円寺南地区防災まちづくり計画(テキスト版))
5. 馬橋通りの拡幅
道路整備の中心は、馬橋通りの杉並第六小学校から青梅街道に至る区間を、現況5.45メートルから6.5メートルへ両側拡幅する事業である。この6.5メートルという数値は、東京消防庁の調査が定める震災時に消防車両が通行できる道路幅の基準にもとづく。対象区間は延長約423メートルにおよび、沿道26件の敷地前で拡幅を進める計画で、必要な用地面積は約394平方メートル。拡幅部分は歩行者に配慮した空間として整備する方針がとられ、2018年(平成30年)にはカラー舗装とイメージハンプが施された。用地取得は沿道建物の建替えなどの機会を捉えて個別に交渉する方式で進められている。 (参考:不燃化推進特定整備地区整備プログラム(杉並第六小学校周辺地区)、防災まちづくりニュース第32号)
6. 助成制度の重層化(2012年〜2014年)
2012年度(平成24年度)に区独自の建築物不燃化助成が始まり、同年には馬橋通りで最初の拡幅整備も実現した。2014年(平成26年)4月には重点整備地区が東京都の不燃化推進特定整備地区(不燃化特区)の指定を受け、老朽建築物の除却や準耐火・耐火建築物への建替えに対する助成、固定資産税・都市計画税の減免、一級建築士やファイナンシャルプランナーによる無料個別相談などが加わった。指定期間は2031年3月末までとされている。耐震改修助成についても、この地区は「特に耐震化を促進する地域」として他地域より手厚い扱いを受けている。 (参考:不燃化特区(杉並第六小学校周辺地区・方南一丁目地区)、防災まちづくりニュース第1号)
7. 公園用地の「情報提供の呼びかけ」による確保
公園整備では、区が用地を探すのではなく、住民に売却予定の情報提供を呼びかける手法がとられている。防災まちづくりニュースには毎号のように「公園・広場用地の情報提供をお願いします」という記事が掲載され、不燃化特区の区域内で土地の売却予定がある地権者からの連絡を求めている。この方式により、2019年(平成31年)3月に馬橋ほんむら公園(高円寺南3丁目、615.74平方メートル)、2023年(令和5年)3月に馬橋えんがわ公園(阿佐谷南1丁目、361.81平方メートル)の2か所が開園した。いずれもかまどベンチ(一部はかまどスツール)や井戸といった防災設備を備える。 (参考:防災まちづくりニュース第31号、施設案内 馬橋えんがわ公園、施設案内 馬橋ほんむら公園)
8. まちづくりを進める会による継続的な活動(2009年〜)
計画策定と同じ2009年、住民組織「阿佐谷南・高円寺南地区まちづくりを進める会」が発足した。区と住民・事業者をつなぐ橋渡し役として位置づけられ、区は活動支援を継続している。2011年度には地区内6町会を対象とした「防災まちあるきマップ」を作成したほか、防災講演会への参加、防災まちづくりイベント、他自治体の視察などを重ねてきた。2025年3月時点で通算63回の話し合いが行われている。 (参考:防災まちづくりニュース第32号、阿佐谷南・高円寺南地区のまちづくり)
規制を先に置き、事業を後から重ねた順序
一般に防災まちづくりは計画策定が起点になるが、この地区では2004年の新たな防火規制と敷地面積最低限度の指定が、2009年の計画策定より5年早い。規制は建替えというイベントが起きるたびに自動的に作用し、行政の交渉コストをほとんど必要としない。一方、道路や公園の整備は一件ごとの合意形成が要る。作用の仕方が異なる二つの手段のうち、コストのかからない側を先に効かせ、その上に事業を重ねる順序になっている。
強制力を持たない用地取得に徹した設計
密集事業は権利者の協力に基づく任意の用地取得を前提としており、道路も公園も任意買収に依存する。都市計画道路が当面事業化されない以上、収用を背景にした整備は選択肢になかった。この制約下で区がとったのは、沿道建物の建替えという権利者側のタイミングに合わせて交渉する機会主義的な用地取得と、公園用地については住民からの売却情報を待つ受け身の確保である。速度を犠牲にする代わりに、合意なき執行を避けた設計といえる。
震災救援所を中心とした同心円状の優先順位
区域全体93.5ヘクタールのうち、震災救援所である杉並第六小学校の周辺46.7ヘクタール(およそ半分)を重点整備地区に絞り、そこにだけ用地取得を伴う施策を投入している。避難先となる施設への到達性を最優先に据え、そこから外へ効果を波及させるという考え方である。整備構想の段階では小学校で十字に交わる南北・東西の「十字道路」構想が描かれていたが、実行計画で着手されたのはそのうち馬橋通りの一部区間に限られており、構想と実行の粒度が意図的に分けられている。 (参考:阿佐谷南・高円寺南地区防災まちづくり計画(テキスト版))
進捗が数値で公開され続けている
計画では「事業の進捗にあわせて、不燃領域率等の数値を地域住民等に周知する」ことが施策として明記され、防災まちづくりニュースは第32号まで発行されている。区の事務事業評価シートには目標値と実績値の乖離やその原因分析まで記載されており、うまくいっていない部分も含めて外部から検証できる状態にある。長期事業では進捗の不透明化が起こりやすいが、この事例はその逆の運用になっている。 (参考:令和6年度杉並区事務事業評価シート、阿佐谷南・高円寺南地区防災まちづくりニュース)
建築物の不燃化は明確に進行
最も明瞭な成果は建物の更新である。2005年から2023年の19年間で新たに建てられた建物は約1,250棟(地区内全建物の約26パーセント)にのぼり、内訳は耐火建築物が約16パーセント、準耐火建築物が約84パーセントだった。事業開始当初と直近を比べると、老朽木造建物棟数率は42.4パーセントから18.9パーセントへ半分以下に低下し、木造建物棟数率も71.8パーセントから66.3パーセントへ下がっている。不燃領域率は東京都基準で50.4パーセントから61.6パーセントへ11ポイント余り上昇した。区は防災まちづくりニュースで、この上昇速度が他区と比べても区内の他地区と比べても速いと説明している。 (参考:住宅市街地整備計画書(阿佐谷南・高円寺南地区)、防災まちづくりニュース第32号)
道路拡幅の進捗は限定的
対照的に、馬橋通りの拡幅は緩やかである。2012年に最初の整備が行われて以降、2024年2月時点で9か所・約191メートル、2025年3月時点で10か所の拡幅が完了した。用地取得ベースで見ると、必要な約394平方メートルのうち2019年度末時点で整備済みは約100平方メートル、およそ4分の1にとどまる。狭あい道路率(延長比)も62.8パーセントから55.6パーセントへの改善で、依然として5割を超える。区自身も整備計画書で「依然として狭あい道路率が高い状況」と認めている。 (参考:防災まちづくりニュース第31号、防災まちづくりニュース第32号、不燃化推進特定整備地区整備プログラム(杉並第六小学校周辺地区))
公園面積はほぼ横ばい
公園2か所・計約978平方メートルの新規開園にもかかわらず、住民一人当たりの公園面積は0.58平方メートルから0.61平方メートルへの微増にとどまった。人口が増加基調にあるなかで分母も動いているためで、区全体平均2.27平方メートル、区目標5平方メートルとの差は依然として大きい。防災空地としての機能は増えたが、指標上の改善としては限定的である。 (参考:住宅市街地整備計画書(阿佐谷南・高円寺南地区))
危険度ランクの一部改善と残る課題
東京都の地震に関する地域危険度測定調査では、2018年と2022年の比較で阿佐谷南二丁目と高円寺南二丁目の総合危険度ランクが改善した。ただし第9回調査(2022年)の火災危険度は、阿佐谷南一丁目と高円寺南三丁目が5段階中のランク4、阿佐谷南二丁目がランク3であり、延焼火災の危険性が高い水準に据え置かれている。不燃化特区の整備プログラムが掲げる不燃領域率の到達目標も、最終的に目指す70パーセントに対し、2025年度末時点では58.9パーセント以上という設定である。 (参考:住宅市街地整備計画書(阿佐谷南・高円寺南地区)、不燃化推進特定整備地区整備プログラム(杉並第六小学校周辺地区)、防災まちづくりニュース第32号)
助成制度の利用は目標を大きく下回った
2023年度(令和5年度)の「震災救援所周辺等の助成件数」は、計画値145件に対し実績28件で、達成率は19.3パーセントにとどまった。前々年度の90件、前年度の52件からの連続した減少である。区はその原因として、建築資材の高騰による建替え件数そのものの低迷に加え、耐火建築物等に適用される建ぺい率緩和の利用による影響を挙げている。防火地域で耐火建築物を建てれば建ぺい率が緩和されるため、助成を使わなくても不燃化建替えが成立しうるという構造である。同年度の不燃化助成等の実施は不燃化特区支援と合わせて計78件だった。 (参考:令和6年度杉並区事務事業評価シート)
事業期間の再延伸
当初10年間の実行計画は、2020年度に2024年度までの5年延伸を経て、2025年4月にさらに2029年度までの5年延伸と時点修正が行われた。区は2025年度、係争中だった馬橋通り沿いの用地を1件取得して道路整備を進めるとともに、まちづくりを進める会との話し合いを引き続き実施する方針を示している(委託によらない直営実施への切り替え)。あわせて、2026年度以降を見据えた助成制度の見直しも検討課題として挙げている。 (参考:令和6年度杉並区事務事業評価シート、阿佐谷南・高円寺南地区防災まちづくり計画(テキスト版))
規制と用地取得は時間軸が一桁違うことを前提に計画を組む
この事例が数値で示したのは、同じ「防災性の向上」を目指す手段でも、進行速度がまったく異なるという事実である。建替えのたびに作用する建築規制は19年間で全建物の約26パーセントを更新させ、老朽木造建物棟数率を半分以下にした。一方、任意買収に依存する道路拡幅は、密集事業の導入から14年で約191メートル、用地取得ベースでは必要量の4分の1程度である。木造住宅密集地域の改善に取り組む自治体にとって、両者を同じスケジュール感で計画に並べると、遅い側が全体の進捗評価を引き下げ、事業の正当性が揺らぐ。規制系施策は面的・自動的に効くもの、用地取得系は点的・機会依存で効くものとして、それぞれ別の時間軸と別の指標で管理する設計が現実的である。
助成件数を成果指標に置くことの落とし穴
助成件数が計画の2割程度に落ち込んだ一因として、区は建ぺい率緩和の利用を挙げている。これは政策目的(不燃化建替えの促進)が達成されつつ、指標(助成件数)が悪化しうることを意味する。複数のインセンティブが併存する領域では、行政の関与量を測る指標と、市街地の状態を測る指標を混同しない設計が必要になる。この事例では不燃領域率という状態指標が併置されていたため、助成件数の落ち込みを事業失敗と読み違えずに済んでいる。
「用地を探す」のではなく「売却情報を待つ」公園確保
公園用地について、区は探索するのではなく、広報紙で住民に売却予定の情報提供を継続的に呼びかける方式をとった。相続や住み替えといった権利者側の事情が動くタイミングは行政側から制御できないため、常時窓口を開けておき、機会が生じたときに拾える体制を維持するという発想である。密集市街地でまとまった空地を確保しにくい地域では、用地取得を「事業」ではなく「常設の受付」として運用する選択肢がありうる。
住民組織の価値は開催頻度ではなく継続年数に表れる
まちづくりを進める会は2009年の発足から16年で63回、年平均約4回の開催である。頻度としては決して高くないが、事業期間20年という時間軸では、この程度の頻度で継続できることのほうが重要になる。2025年度に区が意見交換会を委託によらず直営で継続する方針を示した点も、長期にわたる住民との関係維持を委託費に依存させない運用として参考になる。短期集中型のワークショップとは異なる、超長期事業に耐える住民協働の形といえる。
都市計画道路に頼れない地区の代替戦略
計画決定済みの都市計画道路が優先整備路線から外れている地区は少なくない。この事例は、その状況下で既存の主要道路一本に絞って幅員6.5メートルという明確な基準(震災時通行可能道路の幅員)を設定し、消防活動困難区域の縮減という単一目的に用地取得を集中させる戦略をとった。総花的に狭あい道路全体を改善するのではなく、震災救援所への到達性という一点で優先順位を決めたことで、限られた交渉資源の投入先が明確になっている。
進捗の遅れを公開したまま計画を延伸するという選択
実行計画は二度延伸され、当初10年の計画は20年になった。その過程で区は、目標未達の数値や原因分析を事務事業評価シートや広報紙で公開し続けている。長期事業では計画期間の延長が形骸化の兆候と受け取られやすいが、この事例のように達成状況を開示したうえで延伸する運用は、住民に対する説明可能性を保ちながら事業を継続する方法として参照できる。
2026年8月時点の調査内容に基づいて作成
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