
江東区×豊洲スマートシティ推進協議会「防災支援協定」(産官学民の地域防災を支える制度基盤)
東京都江東区が民間主導のまちづくり組織「豊洲スマートシティ推進協議会」と2024年5月に締結した防災支援協定。物資供給など従来型の災害協力協定とは異なり、産官学民連携の交通防災社会実験や防災コミュニティ体制の構築、避難所運営サポーターとの連携を行政と民間が継続的に協働するための制度基盤を整えた事例。
「防災支援協定」は、東京都江東区と、豊洲ゆかりの企業が官民連携で組成したまちづくり組織「一般社団法人豊洲スマートシティ推進協議会」が、地域防災での継続的な協働を進めるために締結した協定である。2024年5月9日に締結され、調印には大久保朋果区長が臨んだ。協定の内容は、江東区によれば「産官学民連携による交通防災社会実験の開催や防災コミュニティ体制構築等の防災支援業務に関する相互連携・支援協力」、そして「防災イベントでの避難所運営サポーターとの連携」である。 (参考:江東区「5月9日 豊洲スマートシティ推進協議会と防災支援協定を締結しました」)
この協定の位置づけを一言でいえば、豊洲エリアで個別に積み上げられてきた防災の取り組みを、行政と民間の「公式なパートナーシップ」として束ねる制度的な土台である。協議会が東京大学などと続けてきた交通防災社会実験「明日の危機」、住民参加型の地域防災プロジェクト「みんなで考える、とよすの防災」、避難所運営をテーマにした地域防災訓練といった一連の活動は、この協定によって、自治体の防災行政と正式に接続される枠組みを得た。物資供給や施設提供といった「資源を出し合う」従来型の災害協力協定とは性格が異なり、継続的な協働そのものを取り決めた点に、この協定の特徴がある。 (参考:江東区「豊洲スマートシティ推進協議会と防災支援協定」、シミズの次世代まちづくり「防災」)
江東区は、その大半が埋立地・盛土地からなる低地のまちであり、荒川・江戸川に挟まれた海抜ゼロメートル地帯を抱える。首都直下地震では区内のほぼ全域で震度6強以上が想定され、大規模水害時には浸水域の外へ逃げる「広域避難」が課題となる。一方で豊洲エリアは、再開発で生まれた比較的新しいタワーマンションが多く、建物が堅牢で「在宅避難」が現実的な選択肢となる地域でもある。災害リスクの性格が区内でも一様でないことが、防災の難しさの出発点にある。 (参考:江東区の災害と防災対策について(江東区))
こうしたまちで重い課題となるのが、住民同士の助け合い=「共助」の担い手をどう確保するかである。江東区は「自分たちのまちは自分たちで守る」という考え方に基づき、マンション管理組合や自治会単位で自主防災組織「災害協力隊」を結成・支援してきた。しかし区自身も認めるように、隊員の高齢化やなり手の減少が進み、地域によっては避難所の立ち上げ・運営を中心になって支えることが難しくなりつつある。とりわけ豊洲のように新しい住民が多く、町会・管理組合のつながりが行き渡りにくいまちでは、共助の基盤づくりが構造的な弱点になりやすい。 (参考:自主防災組織(災害協力隊)について(江東区)、江東区避難所運営サポーターの募集について(江東区))
他方で、豊洲スマートシティ推進協議会は、2017年度からの地域防災訓練、2020年からのデジタルを活用した全住民参加型の防災実験、東京大学と連携した交通防災社会実験「明日の危機」(2022年〜)など、行政とは別の主体として継続的な防災活動を蓄積してきた。問題は、こうした民間主導の継続的な取り組みと、自治体の防災体制とが、制度的に明確に接続されていなかった点にある。社会実験を一過性のイベントで終わらせず、避難所運営や担い手育成といった行政の中核業務とつなげていくには、両者の関係を公式に位置づける枠組みが必要だった。防災支援協定は、この「つなぎ目」を整えるものとして結ばれている。 (参考:シミズの次世代まちづくり「防災」、江東区「豊洲スマートシティ推進協議会と防災支援協定」)
協定の相手方である豊洲スマートシティ推進協議会は、2019年に清水建設を代表企業として、三井不動産、IHI、NTTデータ、東京ガス不動産、東京地下鉄、NEC、三菱地所など豊洲に関わる複数企業と、東京都・江東区が連携して設立された一般社団法人である。「課題解決+未来志向型」「ミクストユース型スマートシティ」をコンセプトに、観光・モビリティ・データプラットフォームなどのワーキンググループを設けて活動しており、防災もその主要テーマの一つに位置づけられている。防災分野では清水建設やNECが中心となり、研究面で東京大学が、情報インフラ面でLINEなどのデジタル基盤が活用される産官学民の体制が組まれてきた。 (参考:豊洲スマートシティについて | TOYOSU SMART CITY、シミズの次世代まちづくり「防災」)
協議会は協定締結以前から、防災の実績を段階的に積み上げてきた。2020年9月には、ウェザーニューズなどが手がける防災チャットボットをLINE上で用いて、住民・就労者が安否や被災状況を登録・共有する全住民参加型の防災訓練を実施。2022年からは東京大学との社会連携講座のもとで、海抜ゼロメートル地帯からの広域避難をバスやモビリティで検証する交通防災社会実験「明日の危機」を、テーマを更新しながら継続してきた。こうした活動の蓄積が、自治体と正式な協定を結ぶ前提となっている。 (参考:とよすと「豊洲スマートシティ推進協議会、全住民参加型の実験」、シミズの次世代まちづくり「防災」)
2024年5月9日、江東区と協議会は防災支援協定を締結した。協定が相互連携・支援協力の対象として掲げる柱は、大きく三つに整理できる。
第一に、産官学民が連携して交通防災社会実験を開催することである。これは協議会と東京大学が続けてきた「明日の危機」のような、避難ルートの実走検証や要支援者輸送の実証といった社会実験を、区との連携のもとで開催していくことを指す。第二に、防災コミュニティの体制づくりをはじめとする防災支援業務である。住民を巻き込んだ地域防災の体制づくりを、行政と民間が協働で進める。そして第三に、防災イベントの場を通じて避難所運営サポーターと連携することである。 (参考:江東区「豊洲スマートシティ推進協議会と防災支援協定」)
三つめの柱が指す「避難所運営サポーター」は、江東区が設けている制度で、区内在住の18〜39歳を対象とする。区の補助で防災士資格を取り、訓練に参加して災害対応の力を養い、いざというときには避難所の立ち上げや運営をボランティアとして手伝う担い手である。高齢化が進む災害協力隊を補完し、避難所運営の中心を担える人材を若い世代から育てる狙いがある。協定にこの連携が明記されたことで、協議会の防災イベントが、区のサポーター制度と住民をつなぐ接点として位置づけられた点は重要である。 (参考:江東区避難所運営サポーターの募集について(江東区))
協定締結後も、その枠組みを土台にした活動が続いている。2024年9月から10月にかけては交通防災社会実験「明日の危機 〜産・官・学・民 連携〜」の第4回がメブクス豊洲で開催され、2024年度から2025年度にかけては住民参加型プロジェクト「みんなで考える、とよすの防災」が在宅避難・避難所運営をテーマに展開された。2025年9月には避難所運営をテーマにした地域防災訓練が開かれ、江東区防災計画課の講義や災害協力隊・一般住民の参加のもとで、避難所運営の具体的な論点が議論されている。協定は、これら一連の取り組みを支える基盤として機能している。 (参考:とよすと「『明日の危機 〜産・官・学・民 連携〜』がメブクス豊洲で計8日間開催へ」、豊洲スマートシティ推進協議会|みんなで考える、とよすの防災(my groove))
江東区は、復旧・復興、活動協力、医療救護、物資供給・輸送、施設、自治体間の相互応援といったカテゴリーで、多数の災害時協力協定を企業・団体と結んでいる。その大半は、災害時に物資・医薬品・避難施設・専門サービスといった「資源」を提供してもらう、用途を特定した取り決めである。これに対し、本協定は、民間主導のまちづくり団体と「交通防災社会実験」「防災コミュニティ体制構築」「人材育成制度との連携」といった継続的な協働活動を取り決めている。災害時の資源調達にとどまらず、平時から地域防災を一緒に育てていく協定へと、協定の役割が一歩広がっている点が特徴である。 (参考:災害時における協力協定(江東区)、江東区「豊洲スマートシティ推進協議会と防災支援協定」)
協定の相手方が、防災を主たる目的とする団体ではなく、観光・モビリティ・データ活用などを手がけるスマートシティのまちづくり協議会である点も独自性が高い。協議会が持つ会員企業のネットワーク、東京大学との研究連携、デジタル基盤、そしてイベントを通じた住民との継続的な接点といった多面的なリソースを、防災という公共目的に正式に動員できる関係を築いている。エリアマネジメントの担い手を、にぎわい創出だけでなく地域の安全を支える主体として位置づけ直す発想といえる。 (参考:豊洲スマートシティについて | TOYOSU SMART CITY、江東区「豊洲スマートシティ推進協議会と防災支援協定」)
最も示唆的なのは、「防災イベントでの避難所運営サポーターとの連携」という条項である。江東区は、災害協力隊の高齢化という共助の担い手不足に対し、若い世代を避難所運営サポーターとして育てる制度で応えようとしているが、制度を整えるだけでは住民への入口が細い。一方、協議会の防災イベントには、防災訓練だけでは出会えない層も含めて住民が集まる。協定はこの両者を結びつけ、民間の「場(イベント)」を、行政の「制度(サポーター育成)」への接点として機能させようとしている。行政側の制度的課題と、民間側の住民接点を、協定という形でつなぐ橋渡しの設計になっている。 (参考:江東区避難所運営サポーターの募集について(江東区)、江東区「豊洲スマートシティ推進協議会と防災支援協定」)
本協定はそれ自体が継続的な活動の「基盤」であるため、協定単独の定量的効果を示すことは難しい。確認できる成果は、主に次の点に整理できる。
継続的協働の制度化:2024年5月9日の締結により、それまで協議会が個別に積み上げてきた防災活動が、自治体との公式なパートナーシップとして位置づけられた。交通防災社会実験の開催、防災コミュニティ体制の構築、避難所運営サポーターとの連携という協働の方向性が、文書として明確化された。 (参考:江東区「豊洲スマートシティ推進協議会と防災支援協定」)
協定後の活動の継続:協定を土台に、2024年9月の「明日の危機」第4回、2024〜2025年度の「みんなで考える、とよすの防災」、2025年9月の避難所運営訓練といった具体的な活動が継続している。とりわけ避難所運営訓練では、参加者の多くが共助の担い手である災害協力隊への意識に変化があったと回答するなど、協定が掲げる「担い手育成」の方向に沿う反応が確認されている。 (参考:とよすと「『明日の危機 〜産・官・学・民 連携〜』」、みんなで考える、とよすの防災(my groove))
協定類型の拡張:物資・施設・医療など資源提供型が中心だった江東区の災害協力協定の体系に、「民間主導のまちづくり団体との継続的協働協定」という新しい類型が加わった。 (参考:災害時における協力協定(江東区))
一方で、協定の締結によって共助の担い手がどれだけ増えたか、避難所運営の実効性がどの程度高まったかといった、制度の最終的な効果を示す定量データは、公表情報からは確認できなかった。基盤協定の真価は、それに支えられた下流の活動が積み重なって初めて評価できる性質のものであり、今後の継続的な検証が求められる。
社会実験や住民参加型の防災活動は、担当者の熱意や単年度の予算に依存すると、一過性で途切れやすい。江東区の事例は、こうした継続的な協働を自治体と民間のあいだで協定として明文化することで、活動に正統性と継続性の根拠を与えるアプローチを示している。協定があることで、社会実験の開催やコミュニティ体制づくりが「特定のイベント」ではなく「公式な協働事業」として位置づけられ、年度や担当者を越えて引き継ぎやすくなる。資源提供を約束するだけでなく、平時からの協働関係そのものを協定に書き込むという発想は、多くの自治体で応用できる。
新しい住民が多く町会・自治会の基盤が弱い地域では、従来型の地縁組織だけで共助を支えるのは難しい。江東区は、にぎわいやまちづくりを担うスマートシティ協議会を防災の公式パートナーに迎えることで、その住民接点・企業ネットワーク・専門知を地域防災に取り込んだ。再開発エリアや大規模団地など、エリアマネジメント団体やまちづくり協議会が存在する地域では、それを防災の担い手として位置づけ直すことが、共助の基盤を補う選択肢になりうる。
本協定の核心は、民間の防災イベントを、行政の避難所運営サポーター制度という担い手育成の仕組みへの「入口」として接続した点にある。制度を用意するだけでは住民の参加が広がりにくいという課題に対し、人が集まる場と公的な制度を協定で橋渡しする設計は、共助の担い手不足に悩む多くの自治体にとって参考になる。防災訓練に来ない層にも届く接点(イベント)と、継続的な役割(登録制度)を意図的につなぐ発想が要点である。
ただし、この仕組みは、複数の有力企業・大学・行政が参画する力のあるまちづくり協議会が、防災の素地をすでに積み上げていたからこそ成立している面がある。同様の担い手を持たない地域では、まず継続的な協働の相手となる組織をどう育てるか、あるいは既存の地縁組織・NPO・大学とどのような協働関係を結ぶかという土台づくりが先決となる。協定はあくまで関係を公式化する器であり、その器に中身を満たし続ける主体の存在が、横展開の前提条件である。
2026年6月時点の調査内容に基づいて作成
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