
世田谷区マンション管理適正化推進計画・マンション管理計画認定制度
都内最多の約3,100棟の分譲マンションを抱える世田谷区が、実態調査で判明した「2つの老い」と小規模マンション問題を踏まえ策定した管理適正化推進計画。国基準の認定制度で優良な管理を可視化しつつ、届出制度とアウトリーチ型支援で管理不全を予防する、二層構えの分譲マンション政策の事例。
世田谷区マンション管理適正化推進計画は、「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」(マンション管理適正化法)に基づき、区が令和5年(2023)10月に策定した計画である。世田谷区は分譲マンションが概ね3,100棟・10.1万戸以上と特別区で最も多く、持ち家の戸建てとほぼ同数に達する主要な居住形態になっている。計画は、これらのマンションの管理水準を底上げし、建物と居住者双方の老いによる「管理不全」を予防することを目的とする。計画期間は令和5年10月から令和8年3月までの2年6か月で、区の「第四次住宅整備方針」が重点施策として掲げる「マンションの維持・再生と適正な管理」を具体化する位置づけにある。(参考:世田谷区マンション管理適正化推進計画)
計画の中核をなす施策が、同法の改正により令和4年4月から全国で始まったマンション管理計画認定制度である。管理組合が作成する管理計画が、総会の定期開催・管理規約・長期修繕計画・修繕積立金などに関する国の基準を満たせば、区が「適正に管理されたマンション」として認定する仕組みで、世田谷区は令和5年10月31日に運用を開始した。ただし区の政策は、認定という「手を挙げた優良マンションを可視化する」仕組みだけで完結しているわけではない。認定制度が届きにくい小規模・高経年のマンションに対して、既存の管理状況届出制度や個別訪問・伴走支援を組み合わせる二層構えをとっている点に、この事例の特徴がある。(参考:世田谷区 マンション管理計画認定制度、国土交通省 管理計画認定制度)
世田谷区は人口90万人を超える住宅都市であり、昭和30年代後半からマンションの建設が続いてきた。区が令和4年度に実施した分譲マンション実態調査によると、区内の分譲マンションは概ね3,100棟に上るが、その姿は「タワーマンションが林立する都心」のイメージとは異なる。アンケートに回答したマンションの約6割が30戸以下の小規模マンションで、住宅街に溶け込む形で点在しているのが世田谷の特色である。小規模マンションは、一戸あたりの修繕費や管理費の人件費が割高になりやすく、管理業務の委託や専門知識の確保が難しいという構造的な弱さを抱えている。(参考:世田谷区分譲マンション実態調査報告書(令和4年度)、同 本編(第1〜5章))
さらに深刻なのが、建物の老朽化と居住者の高齢化が同時に進む「2つの老い」である。実態調査では、築40年以上の高経年マンションが874棟(全体の27.9%)を数え、20年後の2042年には2,267棟へ、うち築50年以上は1,546棟へと増える見込みが示された。居住者側でも、分譲マンションに住む世帯主の36.5%が65歳以上で、築年が古いマンションほど高齢者の割合が高い。この「2つの老い」は管理の担い手不足に直結しており、高経年マンションでは「理事会役員のなり手が不足している」が48.5%、「組合員の高齢化によるなり手不足」が47.5%と、全体平均を大きく上回った。管理会社に委託せず住民だけで運営する「自主管理」の割合も、全体では12.2%だが高経年マンションでは24.9%と約2倍に高まり、専門知識や資金面での支援が届きにくい層に負担が偏っている実態が浮かび上がった。(参考:世田谷区分譲マンション実態調査報告書(令和4年度))
管理組合そのものは、区内マンションの約9割(法人登記なし84.0%、法人登記済9.8%)に設置されており、管理規約の保有率も94.9%と、基礎的な管理体制は総じて整っている。しかし裏を返せば、管理組合のないマンションが3.9%、10戸以下の小規模マンションに限れば管理組合の設置率が76.5%まで下がるなど、管理体制の薄い一群が確かに存在する。放置すれば管理不全に陥りかねないこの層に、行政としてどう手を届かせるか——それが、法改正で自治体に新たな手段が与えられたことを機に、区が推進計画の策定に踏み切った背景である。マンション管理適正化法の令和2年改正(令和4年4月施行)により、推進計画を策定した市区は管理計画認定制度を運用できるようになり、世田谷区もこの枠組みを活用することになった。(参考:世田谷区分譲マンション実態調査報告書(令和4年度)、国土交通省 管理計画認定制度)
世田谷区のマンション施策は、いきなり認定制度から始まったわけではない。世田谷区は平成14年度に区内全棟を対象とした最初の実態調査を実施し、平成28年度に追跡調査、令和4年度には対象を分譲マンション全体に広げた3回目の調査を行っている。令和4年度調査は3,128棟を対象に案内を送り、712件(743棟)から回答を得ている(回収率24.1%)。「まず実態を把握し、その傾向をもとに施策を設計する」という順序が、世田谷の一貫した進め方である。この調査で確認された「2つの老い」と小規模マンションの課題が、推進計画の内容を方向づけた。(参考:世田谷区分譲マンション実態調査報告書(令和4年度)、同 本編(第1〜5章))
制度面の土台として、区にはすでに管理状況届出制度があった。これは東京都の「東京におけるマンションの適正な管理の促進に関する条例」に基づき令和2年4月に始まったもので、昭和58年(1983)12月31日以前に新築された6戸以上のマンションに管理状況の届出を義務づけ、届け出た内容に応じて区が助言・支援を行い、管理不全の予防を図る仕組みである。届出制度が「古いマンションを行政が把握し、必要なら手を差し伸べる」入口を担ってきたところに、令和5年10月策定の推進計画と、10月31日に運用を開始した管理計画認定制度が重ねられた形になる。(参考:世田谷区マンション管理適正化推進計画、世田谷区分譲マンション実態調査報告書(令和4年度))
認定制度の運用にあたって、世田谷区は審査基準に区独自の上乗せをせず、国土交通省が定めた統一基準に準拠している。管理組合はまず公益財団法人マンション管理センターの事前確認手続を経て「適合証」を取得し、その上で区に申請する。認定を受けるには、総会の定期開催や管理規約の整備といった運営面の要件に加え、長期修繕計画の計画期間が30年以上で残存期間内に大規模修繕工事が2回以上含まれること、借入金の残高のない計画であることなど、計画性と財政の健全性が問われる。認定を受けたマンションには、住宅金融支援機構「フラット35」の金利引下げやマンション共用部分リフォーム融資の優遇、「マンションすまい・る債」の利率加算、大規模修繕時の「マンション長寿命化促進税制」による固定資産税の減額といった金融・税制上のメリットが用意され、管理の実態が外部から把握しやすくなることも、認定を受けたマンションが市場で評価されやすくなる一因とされている。(参考:世田谷区 マンション管理計画認定制度、国土交通省 管理計画認定制度)
推進計画は、この認定制度を「管理水準の底上げ」の手段と位置づけつつ、その周辺に幅広い支援メニューを束ねている。管理組合と専門家、区が協働する「世田谷区マンション交流会」(平成24年3月設立の非営利団体)は、管理組合同士が運営の悩みや事例を共有する場として、区と共催でセミナーや無料相談会を重ねてきた。区は東京都マンション管理士会世田谷支部と協力して、防災・再生・法律などをテーマにしたマンション管理講座(会場定員75名、オンライン参加可)を年数回開き、同日にマンション管理士による30分間の個別無料相談を併設している。令和5年10月には分譲マンションの所有者に区の施策情報を届ける広報誌「マンション通信」の第1号を発行し、以後も号を重ねている。このほか、東京都の「マンション建替え・改修アドバイザー制度」の周知や、区のマンション管理アドバイザー制度利用助成なども整えられている。なお、マンション管理適正化法に基づくマンション管理適正化支援法人について、世田谷区は登録を行っていない。(参考:世田谷区マンション交流会、世田谷区 マンション管理講座・相談会、世田谷区 マンション通信、世田谷区 マンション管理アドバイザー制度利用助成)
そして計画は、認定制度では届かない層への対応を明確に書き込んでいる。管理組合が存在しないなど管理不全の兆しがあるマンションには専門家による個別訪問や助言を行い、より支援を要する管理組合には実情に即した継続的な伴走のあり方を検討する、という二段構えの対応を計画は示している——実態調査の報告書はこれを「アウトリーチ型伴走支援」と表現した。行政が申請を待つのではなく、課題を抱えたマンションへ自ら働きかけていく姿勢である。あわせて、災害時に地域と助け合う体制づくりや、組合員・居住者名簿の作成・更新、防災マニュアルの整備や資機材の備蓄など、防災とコミュニティ形成も計画の柱に据えられている。(参考:世田谷区マンション管理適正化推進計画、世田谷区分譲マンション実態調査報告書(令和4年度))
第一の特徴は、施策の設計が実態調査の結果に強く紐づいている点である。区は認定制度という「全国共通のメニュー」を導入するにあたり、それをそのまま置くのではなく、令和4年度調査で明らかになった「2つの老い」と小規模マンションという自区の弱点を起点に施策を組み立てた。実態調査の報告書自体が、小規模マンションには交流会やセミナー・相談会の活用を促し、高経年マンションには届出制度による把握と訪問・助言、届出対象外にはリーフレット送付など「必要な人に情報が届く手法」を検討すべきだと、次の施策の方向性を具体的に提示している。調査→計画→施策という因果の鎖が明示されているのが世田谷のやり方である。(参考:世田谷区分譲マンション実態調査報告書(令和4年度))
第二に、認定制度に区独自基準を上乗せしなかった選択である。区の付加価値を「認定のハードルの高さ」で示すのではなく、国基準に揃えることで申請の障壁を下げ、他自治体のマンションと比較可能な「見える化」を担保している。そのうえで区が力を注ぐのは、認定そのものよりも、交流会・講座・相談会・アドバイザー・届出制度といった支援の“ラップ”の厚みである。認定制度を制度の目的ではなく、より広い管理適正化施策を動かすための一つの手段として扱っている構図が読み取れる。(参考:世田谷区マンション管理適正化推進計画、世田谷区 マンション管理計画認定制度)
第三に、特徴的なのは、性格の異なる二つの制度を上下二層で組み合わせた設計である。管理計画認定制度は、管理組合が自ら手を挙げて申請する任意の仕組みであり、基準を満たせる体力のある優良な管理組合を可視化し、金融・税制の恩恵で報いる「上向きの引き上げ」に働く。一方、管理状況届出制度は昭和58年以前の古いマンションに届出を義務づけ、区が管理状況を把握して助言・支援につなげる「下支え」に働く。前者が天井を上げ、後者と伴走支援が底を守る。認定という“アメ”と、届出+アウトリーチという“セーフティネット”を役割分担させることで、優良層と脆弱層の双方に手を届かせようとしている点が、単に認定制度を導入しただけの取り組みと一線を画す。(参考:世田谷区マンション管理適正化推進計画、世田谷区分譲マンション実態調査報告書(令和4年度))
制度の稼働という点では、認定は着実に積み上がっている。区が公表する認定マンション一覧によれば、最初の認定は運用開始から約4か月後の令和6年2月22日(パークホームズ駒沢大学)で、その後も月に数件のペースで増え、令和8年6月末までに110件が認定された(直近の認定は令和8年6月10日)。管理計画認定制度は全国で令和6年6月時点でも認定856件という立ち上がり途上の制度であり、そのなかで区単独で110件は、区内マンション数の多さを差し引いても相応の実績といえる。支援基盤も定着してきており、「マンション通信」は令和5年10月の第1号から令和7年8月の第3号まで発行が続き、管理講座・無料相談会や交流会イベントも継続的に開催されている。(参考:世田谷区 管理計画認定マンション一覧、世田谷区 マンション通信、世田谷区マンション交流会)
一方で、フラットに見れば認定制度の“射程”には限界も見える。認定110件は約3,100棟のストックの3〜4%にとどまり、認定を受けたマンションには大手分譲事業者ブランドの比較的新しい物件が多く含まれる傾向がうかがえる。これは制度の性質を素直に映している。認定基準が求める「30年以上の長期修繕計画」「残存期間内に大規模修繕2回以上」「借入金残高のない計画」といった要件は、修繕積立金や計画性がすでに整った管理組合ほど満たしやすく、逆に、実態調査で課題が集中していた小規模・高経年・自主管理のマンション——役員のなり手が足りず、大規模修繕の資金見込みも立ちにくい層——ほど認定のハードルは高い。実態調査は「修繕積立金が不足している」を高経年マンションの課題として挙げ、大規模修繕の資金を「修繕積立金でほぼ全額負担できる」とする割合が全体より低いことを示しており、この層が認定に手が届きにくい構造を裏づけている。区が認定制度と並行して届出制度・アウトリーチ支援を用意しているのは、まさにこの“届かない層”を制度の外に取りこぼさないためであり、その部分の成果は認定件数のように数字で見えにくいだけに、今後の継続的な検証が求められる。(参考:世田谷区 管理計画認定マンション一覧、世田谷区分譲マンション実態調査報告書(令和4年度)、国土交通省 管理計画認定制度)
なお、修繕積立金の水準そのものは、世田谷では全国平均より高めに設定されている。実態調査では月額の徴収額(専有面積あたり)が「201〜400円/㎡月」の帯に世田谷の52.1%が集まり、全国調査の13.7%を大きく上回った(平均は249円/㎡月)。積立方式も、将来の値上げを前提とせず初めから一定額を積む「均等積立方式」が69.7%を占める。管理体制の基礎が総じて整っている世田谷だからこそ、課題は“平均の底上げ”よりも、管理体制の薄い一部のマンションをいかに取りこぼさないかに絞り込まれている、という見立てが成り立つ。(参考:世田谷区分譲マンション実態調査報告書(令和4年度))
第一に、認定制度を「導入すること」自体を目的化しない設計思想が参考になる。管理計画認定制度は全国共通の枠組みで、令和7年4月には全国のマンションのほぼすべてが利用できる状態に広がる見通しだが、制度を置けば管理不全が防げるわけではない。世田谷の事例は、任意申請の認定制度が構造的に「すでに管理の良いマンション」を引き上げる方向に働き、本当に支援が要る小規模・高経年・自主管理のマンションには届きにくいという“制度の非対称性”を、認定件数の顔ぶれという形で可視化している。自区で認定制度を運用しようとする自治体にとって、これは「認定制度=管理不全対策」と短絡しないための実証的な教訓になる。(参考:国土交通省 管理計画認定制度、世田谷区 管理計画認定マンション一覧)
第二に、その非対称性を埋めるための「アメとセーフティネットの二層構え」は、他分野にも応用できる汎用性を持つ。手を挙げた優良な主体を認定・優遇して底上げを図る仕組みと、義務的な把握(届出)+行政からの働きかけ(アウトリーチ)で脆弱な主体を下支えする仕組みを役割分担させる発想は、空き家対策や事業者の適正化支援など、「意欲ある層」と「支援が必要だが動きにくい層」が併存するあらゆる政策領域で有効になり得る。認定制度のような“待ちの制度”だけでなく、課題を抱える対象へ自ら出向く“攻めの支援”を併走させることが、政策の網の目からの取りこぼしを減らす鍵になる。(参考:世田谷区マンション管理適正化推進計画、世田谷区分譲マンション実態調査報告書(令和4年度))
第三に、施策設計を実態調査に接続する順序と、支援を制度パッケージとして束ねる非属人性は、再現性の観点で示唆的である。世田谷は概ね5年ごとに実態調査を行い、そのデータから課題を特定して計画に落とし込むサイクルを持つ。特定の職員やカリスマ的な担い手の力量ではなく、調査・計画・認定制度・届出制度・支援メニューという交換可能な部品の組み合わせで動いているため、他自治体が同じ骨格を移植しやすい。ただし一点、留意すべきは支援の“ラップ”の育成には時間がかかることである。世田谷区マンション交流会は平成24年の設立から10年以上をかけて区との協働関係を築いてきた組織であり、こうした住民主体の情報交換の場は制度を作れば直ちに機能するものではない。認定制度の運用開始という“点”の裏に、実態把握と支援基盤づくりという“長い助走”があったことを含めて捉えることが、この事例を自地域に引き寄せる際の現実的な前提になる。(参考:世田谷区マンション交流会、世田谷区分譲マンション実態調査報告書(令和4年度))
2026年07月時点の調査内容に基づいて作成
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