
妊婦支援給付金と第3期子ども・子育て支援プラン
全国一律の現金給付である妊婦支援給付金を、つくば市は妊娠届出・産後訪問などの面談の「接点」として使い、児童福祉と母子保健を統合したこども未来センターで受け止める。あわせて「子どもがまんなか」を掲げ子どもの権利と参加を基本目標の第一に据えた第3期子ども・子育て支援プランを策定した。給付という点を伴走の線・政策の面へ編み込んだ、児童人口が増え続ける街の事例。
つくば市は2025年4月1日、妊婦に計10万円を支給する「妊婦のための支援給付(妊婦支援給付金)」と、面談を通じて相談に応じる「妊婦等包括相談支援事業」を同時に開始した。前者は2024年6月に成立した改正子ども・子育て支援法に基づく国の制度で、給付額も枠組みも全国で共通している。つまり、現金給付そのものはつくば市の独自施策ではない。本事例で見るべきは、この全国一律の給付を、市がどのような相談・支援の体制に「乗せて」運用し、どのような政策の体系に位置づけているか、という運用の設計にある。 (参考:妊婦のための支援給付(妊婦支援給付金) - つくば市、2025年4月から始まる!妊婦のための支援給付 - 日本産後ケア協会)
給付金は、妊娠届出時の面談後に5万円、生後4か月頃までの「あかちゃん訪問」での産婦面談後に5万円(多胎は胎児1人につき5万円)を支給する。重要なのは、給付の各回が必ず保健師等との面談に紐づいている点である。市は2024年4月に児童福祉と母子保健を一つにした「こども未来センター」を立ち上げており、給付という経済的支援を、この一体化した窓口での伴走型相談支援の「入口」として使う構図になっている。さらに同時期、市は子どもの権利擁護と子ども・若者支援を前面に出した「第3期つくば市子ども・子育て支援プラン」(2025〜2029年度)を策定した。給付という「点」を、伴走支援という「線」と、計画という「面」に編み込んだ三層の組み立てとして読み解ける事例である。 (参考:妊婦等包括相談支援事業 - つくば市、第3期つくば市子ども・子育て支援プラン 概要版 - つくば市)
制度面の背景には、国の子育て支援の枠組みの転換がある。国は2022年度に「出産・子育て応援交付金」を創設し、妊娠期と出産後に各5万円相当を支給する経済的支援と、面談などで継続的に寄り添う「伴走型相談支援」を組み合わせる方式を始めた。これを恒久的な制度に格上げしたのが、2024年6月成立の改正子ども・子育て支援法であり、2025年4月から「妊婦のための支援給付」として法律上の給付となった。あわせて伴走型相談支援は児童福祉法上の「妊婦等包括相談支援事業」として位置づけられ、給付と効果的に組み合わせて行うものとされた。所得制限はなく、流産・死産・人工妊娠中絶の場合も対象に含まれる。 (参考:2025年4月から始まる!妊婦のための支援給付 - 日本産後ケア協会、子ども・子育て支援法等の一部を改正する法律の概要 - 厚生労働省、妊婦のための支援給付(妊婦支援給付金) - つくば市)
つくば市に固有の背景として見逃せないのが、この街の人口動態である。全国の多くの自治体が少子化と人口減に直面するなか、つくば市は子どもの数が増え続けている例外的な都市にあたる。市の集計では、17歳までの児童人口は令和6年(2024年)4月時点で47,051人で、平成27年(2015年)以降、増加傾向が続いている。背景にはつくばエクスプレス(TX)沿線の宅地開発による子育て世代の流入があり、市の人口は2035年頃に水戸市を上回って県内最大になるとの見通しも報じられている。 (参考:第3期つくば市子ども・子育て支援プラン 概要版 - つくば市、つくば市の人口、35年に水戸市を逆転 県内最大都市に - 日本経済新聞)
このため、つくば市の子育て支援が向き合う課題は、家族を呼び込むための少子化対策というより、増え続ける子どもと家庭に支援の量と質をどう追いつかせるか、という性格を帯びる。実際、市が掲げる目標には保育所等・放課後児童クラブの待機児童ゼロの「維持」が並ぶ。同時に、もう一つの課題が浮かび上がっていた。2023年にこども基本法が施行され、国が「こども大綱」で年齢で途切れない支援と子どもの意見の尊重を打ち出すなか、給付や保育の「量」を整える従来型の子育て支援を、子どもの権利と参加を軸にした体系へどう描き直すか、である。妊婦支援給付金の開始と第3期プランの策定は、この二つの課題に同じ時期に応えようとする動きとして重なっている。 (参考:計画(子ども・子育て) - つくば市、第3期つくば市子ども・子育て支援プラン 概要版 - つくば市)
給付と相談を結ぶ土台として、市は2024年4月、市役所2階に「こども未来センター」を開設した。これは改正児童福祉法に基づく「こども家庭センター」にあたり、それまで別々の部署が担っていた母子保健(妊娠・出産・乳幼児の健康)と児童福祉(子どもや家庭の福祉的な相談)を一つの窓口に統合したものである。社会福祉士、保健師、公認心理師、管理栄養士、子ども家庭支援員、母子保健コーディネーターといった専門職が配置され、妊産婦・子育て世帯・18歳未満の子どもを対象に、匿名での相談にも応じる。妊娠期から子育て期までを「切れ目なく」支えるという理念を、組織の形として実装した点が、後述する給付と伴走支援の運用を成り立たせる前提になっている。 (参考:つくば市こども未来センター - つくば市)
妊婦支援給付金は、現金を渡すこと自体が目的ではなく、すべての妊産婦と必ず会う「接点」をつくる仕組みとして運用されている。給付を受け取るには面談が必要であり、その面談が妊婦等包括相談支援事業の中身を成す。市が設けた接点は大きく三段階である。 (参考:妊婦等包括相談支援事業 - つくば市)
第一の接点は妊娠届出時で、保健師等が面談し、妊娠中に使えるサービスを案内しながら、本人と一緒に「セルフプラン(子育てガイド)」を作成する。ここで給付金1回目(5万円)の申請が案内される。第二の接点は妊娠8か月頃で、市は全妊婦にアンケートを送付し、希望者には面談を行う。回答がない場合や、回答内容から支援が必要と判断された場合には、地区担当の保健センターから連絡を入れる。受け身で待つだけでなく、声を上げにくい人に市側から手を伸ばす、プッシュ型のセーフティネットが組み込まれている。第三の接点は産後の「あかちゃん訪問」で、生後4か月頃までのすべての赤ちゃんの家庭を対象に、保健師・助産師・看護師が45分〜1時間かけて訪問する。体重測定や発育発達相談、予防接種の説明、産後の体調相談などを行い、ここで給付金2回目(胎児1人につき5万円)が案内される。 (参考:妊婦等包括相談支援事業 - つくば市、妊婦のための支援給付(妊婦支援給付金) - つくば市)
個々の給付や面談を、市は2025年3月策定の「第3期つくば市子ども・子育て支援プラン」(計画期間2025〜2029年度の5か年)という政策体系に束ねた。このプランは、子ども・子育て支援法に基づく事業計画に、次世代育成支援対策推進法の行動計画と、子ども・若者育成支援推進法に基づく子ども・若者計画を一体化して策定された点に特徴がある。0歳の乳児から若者まで、年齢でぶつ切りにせず一つの計画で扱う構えである。掲げる基本理念は「子どもが まんなか つくばのまち」で、こども大綱が示す「年齢で途切れない支援」と「子どもの意見の尊重」を地域に引き取っている。 (参考:第3期つくば市子ども・子育て支援プラン 概要版 - つくば市、計画(子ども・子育て) - つくば市)
プランは5つの基本目標で構成される。注目すべきは、その第一に「子どもの意見の尊重及び権利を守る」が置かれていることである。続いて「たしかな生命と元気を育む(妊娠期からの切れ目ない支援)」「楽しく着実に育ち学ぶ力を育む(幼児教育・保育)」「主体的にして広く豊かな経験を育む(放課後・地域での活動)」「子ども・若者の育成支援(ヤングケアラー支援や自殺対策を含む)」が並ぶ。妊婦支援給付金や産後ケアは第二の目標の下に位置づき、妊娠期の経済的支援と伴走が、子どもの権利を起点とする全体像のなかの一要素として整理されている。なお市は同じ2025年4月、子育て総合支援センターの「子育て親子のつどいの場(けやき広場)」を日曜も開館するなど、増える利用に合わせた身近なサービスの拡充も並行して進めている。 (参考:第3期つくば市子ども・子育て支援プラン 概要版 - つくば市、子育て総合支援センター「子育て親子のつどいの場」が日曜日も開館します - つくば市)
第一の特徴は、全国一律の現金給付を「点」のまま終わらせず、伴走支援の「線」と政策計画の「面」に編み込んでいる点である。妊婦支援給付金は、給付額(計10万円)も対象も全国で共通し、市の裁量はほとんどない。つくば市は、その給付を妊娠届出・妊娠8か月・あかちゃん訪問という三つの面談に紐づけ、一体化したこども未来センターで受け止め、第3期プランの体系に位置づけた。給付そのものでは差がつかないからこそ、給付を「すべての妊産婦に必ず会う接点」へと変換し、相談・支援につなぐ運用の質で勝負する設計になっている。 (参考:妊婦等包括相談支援事業 - つくば市、つくば市こども未来センター - つくば市)
第二に、課題設定が多くの自治体と逆向きである点である。子育て支援は人口減・少子化対策として語られることが多いが、つくば市は児童人口が増え続ける街であり、その関心は「家族を呼び込む」ことより「増える需要に量と質を追いつかせる」ことに置かれている。待機児童ゼロの維持、地域子育て支援拠点の増設、日曜開館などはこの文脈にある。人口が増える地域でも子育て支援の手を緩められないという、見落とされがちな現実をこの事例は示している。 (参考:第3期つくば市子ども・子育て支援プラン 概要版 - つくば市、つくば市の人口、35年に水戸市を逆転 - 日本経済新聞)
第三に、子育て支援を「供給」から「権利・参加」へと描き直している点である。第3期プランは基本目標の第一に子どもの権利と意見表明を据え、「子どもの権利条約」の認知率や「親や家族にもっと意見を聞いてほしいと思う小学生の割合」といった、子どもの権利・参加に関わる項目を具体的な数値目標に設定した。給付・保育・施設という供給の充実だけでなく、子ども自身の声を聴き、市政に反映する仕組みづくりを政策目標として可視化した点に、こども基本法時代の計画としての新しさがある。 (参考:第3期つくば市子ども・子育て支援プラン 概要版 - つくば市)
調査時点(2026年6月)で確認できる成果は、まず制度と組織の基盤が短期間でそろったことである。2024年4月にこども未来センターが児童福祉と母子保健を統合する形で開設され、2025年3月に第3期プランが策定、同年4月に妊婦支援給付金・妊婦等包括相談支援事業が開始し、子育て総合支援センターの日曜開館も始まった。妊娠期から子育て期までを一体の窓口と計画で支える体制が、約1年で立ち上がった。 (参考:つくば市こども未来センター - つくば市、第3期つくば市子ども・子育て支援プラン 概要版 - つくば市)
第3期プランは、達成度を測るための出発点となる現状値(ベースライン)と目標値を明示している。たとえば「子どもの権利条約」の内容を知っている保護者の割合は、計画策定時で就学前児童29.2%・小学生27.3%であり、これを2029年度に各50.0%へ引き上げる。「親や家族にもっと意見を聞いてほしいと思う小学生」は24.8%から10.0%へ、「つくば市は子育てしやすいまちだと思う保護者」は55.6%から70.5%へ、「子育てに非常に不安や負担を感じる保護者」は13.6%から6.2%へ、「自分にはよいところがあると思う小学生」は74.9%から85.0%へ、といった目標が並ぶ。保育所等・放課後児童クラブの待機児童はいずれも策定時0人で、これを維持する。これらは現時点での到達点ではなく、子どもの権利の浸透度や自己肯定感までを指標化して進捗を追う設計になっていること自体が、計画の特徴を裏づけている。 (参考:第3期つくば市子ども・子育て支援プラン 概要版 - つくば市)
支援の規模面では、妊婦等包括相談支援事業の量の見込みが初年度(2025年度)で6,335回、産後ケア事業が499回(2029年度には640回へ拡充見込み)と見積もられ、これら妊娠期前後の伴走支援が一定の量で計画に織り込まれている。また、児童人口が増加傾向を続けていること自体は、子育て世代に選ばれる環境が保たれていることの間接的な傍証といえる。ただし、その要因は住宅供給や交通利便、雇用など複合的であり、給付や相談支援の効果と単純に結びつけることはできない。一方で、妊婦支援給付金そのものの利用実績(受給件数や面談実施率)や、伴走支援がもたらした効果に関する定量的な評価は、制度開始から日が浅く、調査時点で公表された数値を確認できなかった。基盤は整ったが、その実効性の検証はこれからの段階にある。 (参考:第3期つくば市子ども・子育て支援プラン 概要版 - つくば市、妊婦のための支援給付(妊婦支援給付金) - つくば市)
最も再現性のある学びは、全国一律の給付を「接点」に変える発想である。妊婦支援給付金は全国の市町村が同じ条件で実施するため、給付額では差がつかない。だが、給付の受け取りを面談に紐づけ、全戸訪問やアンケート未回答者へのプッシュ型フォローと組み合わせれば、すべての妊産婦と確実に会い、支援が必要な人を取りこぼさない運用に変えられる。差が生まれるのは現金の多寡ではなく、「会う接点をどれだけ確実に設計し、その面談を相談・支援につなげるか」である。これは特別な立地や財源を前提とせず、多くの自治体が応用できる視点といえる。
二つ目は、子育て支援を「供給」から「権利・参加」へ広げる際の、目標の立て方である。つくば市は、子どもの権利条約の認知率や「もっと意見を聞いてほしい」と感じる子どもの割合といった、これまで数値化されにくかった項目を計画の目標値に据えた。こども基本法やこども大綱の理念を、抽象的な宣言で終わらせず、測定可能な指標に落として進捗を追う。理念をどう運用可能な目標に翻訳するかという点で、他自治体のこども計画づくりの参考になる。
三つ目は、縦割りを窓口の形で解消する意味である。妊娠・出産の母子保健と、家庭の福祉的支援の児童福祉は、従来別々の部署が担い、支援が分断されやすかった。つくば市はこれをこども未来センターという一体の窓口に統合した。給付や伴走支援の効果は、それを受け止める組織が分断されていないことに支えられている。給付制度の導入だけを切り出すのではなく、それを受ける窓口と計画をセットで設計するという順序が、再現する際の要点になる。
留意すべき点もある。給付額や制度の骨格は全国共通であり、それ自体はつくば市の独自性ではない。また、児童人口が増えるという恵まれた条件は、TX沿線の開発という地域固有の事情に支えられており、すべての自治体に当てはまるわけではない。むしろ移植できるのは、給付という「点」を伴走の「線」と計画の「面」に編み込む設計思想と、子どもの権利・参加を測定可能な目標に翻訳する手法である。それらは、人口が増える街でも減る街でも、共通して立てられる問いといえる。
2026年6月時点の調査内容に基づいて作成
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