
日立市 移住促進・関係人口創出(移住支援金の「就農」要件化とひたちファンクラブ)
人口減少が続く企業城下町・日立市が、移住支援金の関係人口要件を令和7年度に「農林水産業就業・認定就農者」へ絞り込み、LINE登録型の関係人口基盤「ひたちファンクラブ」を新設。移住の入口要件を質的に組み替えた事例。
茨城県日立市の移住促進・関係人口創出施策は、東京圏からの移住を後押しする「移住支援金」と、市外の応援者をゆるやかに束ねる「関係人口」づくりを組み合わせた取り組みである。中核となる移住支援金は、茨城県と県内市町村が共同で実施する「わくわく茨城生活実現事業」の日立市実施分で、2人以上世帯・単身世帯への給付に加え、18歳未満の子どもがいる世帯向けの加算が用意されている。 (参考:移住支援金(日立市)、わくわく茨城生活実現事業(茨城県))
この施策で注目されるのは、令和7年度(2025年度)に支援対象の要件が組み替えられた点である。従来は施設利用などのゆるやかな関わりも「関係人口」として移住支援金の対象に含めていたが、県制度の改定により、関係人口ルートでは県内の農林水産業(専業)への就業・承継、もしくは認定新規就農者・認定農業者であることが必須化された(新要件は2026年4月1日以降の転入者から適用される)。あわせてテレワーク移住者には週20時間以上の恒常的なテレワーク実施と市内での住宅の新築・購入が求められるようになった。支援の「入口」を絞り込むことで、移住者と地域とのつながりの質を高めようとする設計になっている。 (参考:令和7年度の日立市の移住支援(ひたちぐらし)、わくわく茨城生活実現事業(茨城県))
なお、移住・定住の所管は都市建設部住政策推進課、関係人口・シティプロモーションは市長公室広報戦略課が担っている。移住ポータルサイト「ひたちぐらし」と、令和7年(2025年)10月に発足したLINE登録型の「ひたちファンクラブ」が、それぞれ移住検討者と市外応援者への窓口として機能している。 (参考:ひたちぐらし(日立市移住ポータル)、ひたちファンクラブ(日立市))
日立市は日立製作所の創業地として発展した企業城下町で、人口は高度成長期にピークを迎えた後、長期にわたり減少が続いている。市の立地適正化計画によれば、人口は1983年(昭和58年)の206,260人をピークに減少に転じ、1995年に20万人を割り込んだ。2004年の十王町との合併で一時的に回復したものの、2020年(令和2年)の国勢調査では174,508人、2024年(令和6年)4月1日現在の常住人口は164,538人まで減少している。ピーク比でおよそ2割の減少である。 (参考:日立市立地適正化計画 第2章(日立市))
人口減少は自然減と社会減の両面で進んでいる。出生数は減少を続け、2024年の出生数は644人、自然増減は約2,012人の減少となった。社会面でも1970年代半ばから転出超過が常態化しており、2024年は転入3,884人に対し転出5,215人で、約1,331人の社会減を記録している。とりわけ20〜30代、なかでも女性や子育て世代の流出が目立ち、転出先は東京を含む首都圏に加え、県内の水戸市・ひたちなか市・つくば市などが多いとされる。流出の主な理由は「しごと」と「住まい」に集約される。 (参考:日立市まち・ひと・しごと創生推進計画(第2期)地域再生計画(内閣府)、日立市立地適正化計画 第2章(日立市))
こうした状況を受け、市は令和7年度(2025年度)から「第3期日立市まち・ひと・しごと創生総合戦略」(計画期間2025〜2029年度)に基づき施策を展開している。第3期では人口ビジョンを改訂し、国立社会保障・人口問題研究所の推計(2040年に約125,845人)に約1万人を上乗せした2040年度13万5,000人を将来目標に据えた。移住・定住・関係人口は4つの基本目標のうち「新しいひとの流れをつくる」に位置づけられ、社会増減数を令和2〜6年平均の約1,145人の減から令和7〜11年平均で約840人の減へと抑制する目標が設定されている。移住支援金の要件改定は、この戦略の枠組みのなかで行われている。 (参考:第3期日立市まち・ひと・しごと創生総合戦略(日立市)、日立市総合戦略策定 40年度人口13万5000人(茨城新聞))
農林水産業を移住・関係人口の要件に据えた背景には、市内農業の担い手不足がある。市の農業ビジョンによれば、日立市の農地は市全体の約6.6%にとどまり、中心部の都市化により農地は北部・西部・南部に分散している。水田は1戸あたり面積が小さく湿田が多いうえ、兼業化・高齢化の進行で農作業の委託希望が増える一方、後継者不足により受託する農家が少なく、農地の流動化が進まず荒廃が進んでいると明記されている。担い手の確保は、移住政策と農業政策の双方にまたがる地域課題となっている。 (参考:令和6年度 日立市農業再生協議会 水田収益力強化ビジョン(農林水産省関東農政局))
移住支援金は、東京圏からの移住者を対象とする国の制度を土台に、茨城県の「わくわく茨城生活実現事業」として運用されている。移住元の要件は、住民票を移す直前の10年間で通算5年以上、かつ直前1年以上連続して東京23区内に在住、または東京圏(東京・神奈川・千葉・埼玉の条件不利地域を除く)に在住して23区へ通勤していたことである。これに加えて、就業・起業・テレワーク・関係人口などのいずれかの支給要件を満たす必要がある。申請には転入日から1年以内という期限があり、いずれのルートでも転入前に市の移住相談窓口へ来訪して事前相談を行うことが前提となっている。 (参考:移住支援金(日立市)、わくわく茨城生活実現事業(茨城県))
令和7年度の改定の核心は、関係人口ルートの要件である。改定後の関係人口要件では、(ア)転入前に日立市の移住相談窓口へ来訪して相談したことに加え、(イ)県内の農林水産業(専業に限る)への就業・承継、または(ウ)市町村・県・国から認定新規就農者もしくは認定農業者の認定を受けていること、のいずれかが求められる。従来この枠組みには、市が関与する関係人口創出拠点の利用など、より緩やかな関わりも含まれていたが、改定によって農林水産業への実質的な従事が必須要件へと引き上げられた。 (参考:令和7年度の日立市の移住支援(ひたちぐらし)、わくわく茨城生活実現事業(茨城県))
テレワーク移住のルートも明確化された。移住者が自らの意思で生活の本拠を日立市へ移したうえで、通勤を前提とせず、移住前の仕事を週20時間以上オンラインで継続することが条件とされている。さらに2024年4月以降の県制度共通要件として、市内で住宅を新築または購入することが加えられた。就業ルートでは、県の求人マッチングサイト「いばらき就職チャレンジナビ」掲載求人への就業(週20時間以上の無期雇用など)、プロフェッショナル人材事業・先導的人材マッチング事業の活用、県の地域課題解決型起業支援金の交付決定などが対象となる。 (参考:移住支援金(日立市)、令和7年度の日立市の移住支援(ひたちぐらし))
移住検討者への入口としては、2021年12月に開設された移住ポータルサイト「ひたちぐらし」が機能している。運営は日立市移住促進協議会(事務局は住政策推進課)で、住まい・仕事・子育て・各種支援制度・移住者インタビューなどの情報を集約し、電話やIP電話による移住相談窓口、現地コーディネーターによるサポートを案内している。お試し移住の場としては、海を望む一軒家をリノベーションした体験滞在施設「ひたちトライアルステイ(海の見える家)」が2022年1月から運用されてきた(令和6年度をもって一旦休止)。 (参考:ひたちぐらし(日立市移住ポータル)、ひたちトライアルステイ「海の見える家」(日立市))
関係人口づくりの面では、令和7年(2025年)10月12日に「ひたちファンクラブ」が発足した。専用LINEアカウントに友だち登録するだけで無料で参加でき、市外居住者も対象となる。月次のLINEクーポンや地域情報の配信を通じて市外の応援者とのつながりを維持する仕組みで、令和8年(2026年)1月24日には市役所の大屋根広場で関連イベント「ひたち万博」を開催するなど、リアルな接点づくりも進められている。移住支援金が「移住」という到達点を、ひたちファンクラブが市外からの「ゆるやかな関わり」を、それぞれ担う構図になっている。 (参考:ひたちファンクラブ(日立市)、ひたちぐらし(日立市移住ポータル))
第一の特徴は、移住支援金の「関係人口要件」を、ゆるやかな関わりから農林水産業への実質的な従事へと組み替えた点である。多くの自治体の移住支援金が就業・起業・テレワークを主な支給要件とするなか、日立市(茨城県制度)は関係人口ルートを地域の担い手不足という具体的な課題に接続し直した。施設利用などの形式的な関わりではなく、就農や農業承継という地域に根を張る関わり方を支援の条件に据えたことで、支援対象を「地域に定着し得る移住者」へ絞り込む設計になっている。 (参考:令和7年度の日立市の移住支援(ひたちぐらし)、わくわく茨城生活実現事業(茨城県))
第二の特徴は、移住の「入口」を二段構えで設計していることである。移住支援金がハードルの高い定着型の支援であるのに対し、ひたちファンクラブはLINE登録のみで参加できる極めて低い参加障壁を持つ。市外の人がまず気軽にファンクラブで関わり、関心が深まれば移住相談窓口やお試し移住へ進み、最終的に移住支援金にたどり着くという段階的な動線を、関係人口施策と移住施策の役割分担によって用意している。 (参考:ひたちファンクラブ(日立市)、ひたちぐらし(日立市移住ポータル))
第三の特徴は、転入前の事前相談を全ルートで必須としている点である。移住支援金の申請には、転入する前に市の移住相談窓口へ来訪して相談することが要件として課されている。これにより、市は移住者と転入前から接点を持ち、要件確認や地域情報の提供を行える。支援金という金銭給付を、窓口を介した人的接触とセットにしている点は、移住後のミスマッチや早期転出を抑える運用上の工夫といえる。 (参考:移住支援金(日立市))
移住相談の実績については、茨城県の集計(総務省統計ベース)を引用した報道系の情報によると、2023年度の日立市の移住相談件数は514件で、境町(1,045件)に次ぐ県内第2位だった。茨城県全体の相談件数は2023年度に4,759件と前年度比1.2倍に増えており、境町・日立市・古河市の3市で県全体の約半数を占めたとされる。日立市が県内でも相談需要の大きい自治体であることがうかがえる。 (参考:2023年度の茨城県内移住相談件数(むらもとひたち))
関係人口づくりでは、ひたちファンクラブが発足直後から一定の規模を確保している。発足時期である2025年10月時点で、地域メディアや報道では会員数が4,500〜5,500名規模に達したと伝えられている(数値は時点・出典により幅がある)。第3期総合戦略では、関係人口に関連する代理指標として「ひたちファンクラブ会員数」を掲げ、令和11年度(2029年度)に25,000人とする目標を設定している。 (参考:ひたちファンクラブ(日立市)、第3期日立市まち・ひと・しごと創生総合戦略(日立市))
一方、移住支援金の交付件数や移住者数そのものの年度別確定値を示す一次情報は、調査時点では確認できなかった。第3期総合戦略は移住者数を直接の目標値として掲げるのではなく、社会増減数(令和7〜11年平均で約840人の減を目標)、20〜39歳人口、奨学生ふるさと定住促進補助人数(基準195人→750人)、戸建て住宅着工戸数、ひたちファンクラブ会員数といった指標群で施策の進捗を測る構成になっている。要件改定による効果は、これらの指標の今後の推移を通じて検証される段階にある。 (参考:第3期日立市まち・ひと・しごと創生総合戦略(日立市))
なお、移住者の受け皿として、市は子育て・住まいの支援を厚く整えている。学校給食費の完全無償化(令和5年4月から)、所得制限のない高校生相当年齢までの医療費助成、結婚新生活支援、子育て世帯・若年夫婦向けの住み替え支援などが用意され、移住支援金の子育て加算と合わせて、子育て世代の流出抑制と流入促進を意図した支援群が形成されている。 (参考:ひたちぐらし 支援制度一覧(日立市移住ポータル))
第一に、移住支援金の「関係人口要件」を地域固有の担い手不足に結びつけて設計し直すという発想は、他地域にも応用が利く。多くの自治体が移住支援金を国・県の枠組みのまま運用するなかで、日立市の事例(茨城県制度)は、関係人口ルートの要件を就農・農業承継という地域課題に焦点化した。支援の対象を「数」ではなく「地域に必要とされる関わり方」で定義し直す視点は、農業に限らず、福祉・伝統産業・特定の人材分野など、各地域が抱える担い手不足の領域に置き換えて検討できる。 (参考:令和7年度の日立市の移住支援(ひたちぐらし))
第二に、参加障壁の異なる施策を段階的に並べることの有効性が示唆される。LINE登録のみで参加できるファンクラブから、お試し移住、移住相談、移住支援金へと続く動線は、関わりの深さに応じた複数の入口を用意することで、いきなり「移住」を求めずに関係を育てる発想に立っている。関係人口施策を移住施策の前段に明確に位置づける役割分担は、関係人口の出口が見えにくいと指摘されがちな自治体施策にとって参考になる。 (参考:ひたちファンクラブ(日立市)、ひたちぐらし(日立市移住ポータル))
一方で、要件の厳格化には留意点もある。関係人口ルートを農林水産業従事へ絞り込むことは支援対象の質を高める反面、対象者の母数を狭め、テレワーク移住への住宅取得要件と相まって支援の門戸を狭める側面を持つ。実際の移住支援金の交付実績は調査時点で公表が確認できず、要件改定が移住者の「質」と「量」にどう作用するかは今後の検証課題である。支援要件を絞り込む施策を検討する地域にとっては、絞り込みの効果を測る指標を移住者数だけでなく定着率や地域課題への貢献度まで含めて設計しておくことが、示唆として読み取れる。 (参考:第3期日立市まち・ひと・しごと創生総合戦略(日立市)、わくわく茨城生活実現事業(茨城県))
2026年6月時点の調査内容に基づいて作成
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