
「住めば健康になるまち」グランドデザイン策定(日立市・日立製作所)
日立市と日立製作所が共創プロジェクトの一環として描いた、2031年にめざす「住めば健康になるまち」のグランドデザイン。地域医療のデジタル化・健康データのAI活用・地域包括ケアの3本柱で、健康・医療・介護の社会課題をデジタルで解決する将来像を可視化した事例。
茨城県日立市と株式会社日立製作所は、2025年6月17日、「住めば健康になるまち」と題したグランドデザインを公表した。これは両者が進める「次世代未来都市(スマートシティ)共創プロジェクト」の重点テーマの一つ「デジタル健康・医療・介護の推進」について、日立市総合計画の最終年度である2031年にめざす将来像を、市民や医療・介護従事者の視点から具体的なシーンとして描き出したものである。
グランドデザインの特徴は、抽象的なビジョンの宣言にとどまらず、「地域医療のデジタル化」「健康データの集約・活用」「地域包括ケアシステムの構築」という3つの取り組みを軸に据え、それぞれがすでに実証や事業として動き始めている点にある。通院の負担や待ち時間の軽減、自分の身体の状態を知ったうえでの健康行動の選択、専門職間での医療・介護情報の連携といった、住民が日常で体感できる変化を「めざす姿」として可視化した。 (参考:日立製作所プレスリリース、グランドデザイン(日立市公式))
日立市は日立製作所の企業城下町として発展してきた工業都市だが、近年は人口減少と高齢化が進み、自治体単独では解決が難しい社会課題に直面している。両者は2023年に協定を結び、「デジタル技術の活用と共創活動の推進を通じて、市全体の活性化およびすべての人が豊かに生活できる安全・安心なまち」をめざす次世代未来都市共創プロジェクトを開始した。プロジェクトは「グリーン産業都市の構築」「デジタル健康・医療・介護の推進」「公共交通のスマート化」の3領域を重点に据え、将来的には住民参加・子育て・教育・社会インフラなどへ対象を広げる構想を持つ。 (参考:次世代未来都市共創プロジェクト(日立市公式)、日立製作所プレスリリース)
健康・医療・介護領域における具体的な困りごとは、市民側と従事者側の双方にある。市民にとっては、子どもの急な発熱時に夜間・休日の受診先に迷う、通院に時間と負担がかかる、自分の健康リスクが見えにくいといった課題がある。一方、医療・介護の現場では救急外来の逼迫や、在宅で要介護者を支える多職種(医師・看護師・ケアマネジャー・介護事業者など)の間で情報がうまく共有されないといった課題が存在する。グランドデザインは、こうした両者の困りごとを起点に、「デジタルの力で解決した先にある暮らし」を描くという構成をとっている。 (参考:グランドデザイン(日立市公式)、薬事日報)
最も早く市民の手元に届いたのが、子育て世帯向けのオンライン医療である。2025年4月から「ひたち小児オンライン医療サービス」が始まり、中学3年生までの子どもがいる日立市民の世帯(1世帯5人まで)が、自宅にいながらスマートフォンやパソコンで医師に相談・受診できるようになった。テキストチャットによる医療相談は24時間365日無料で利用でき、オンライン診療(ビデオ通話による診察と薬の処方)は平日・土曜18〜22時、日曜・祝日9〜13時/14〜22時に対応する。診療費はクレジットカードで支払った後、日立市の小児マル福(医療費助成)により全額還付される仕組みで、利用者の実質負担はほぼ通信料のみとなる。運営は医療相談アプリ「LEBER(リーバー)」を提供する株式会社リーバーが担う。 (参考:ひたち小児オンライン医療サービス(日立市公式)、日立製作所プレスリリース)
2つ目の柱は、市民の健康データを統計的に活用する取り組みである。2025年度から、日立市民が加入する5つの保険者(国民健康保険、後期高齢者医療制度、全国健康保険協会茨城支部、日立健康保険組合、茨城県市町村職員共済組合)の健診データやレセプト(診療報酬明細)を、統計化された数値情報として集約・分析する実証が始まった。対象となるのは40〜79歳の約6万6千人で、地域全体の健康状態や疾病傾向を把握し、施策立案に活かすことを狙う。あわせて、本人の同意に基づいて提供された健診データをもとに、健康アプリでAIが疾病の発症リスクを予測し、一人ひとりに合ったアドバイスをフィードバックする実証も開始された。狙いは、病気にかかりにくくし、悪化や再発も抑えることで、市民が健康に過ごせる期間を延ばすことにある。 (参考:日立製作所プレスリリース、PR TIMES(日立製作所))
3つ目の柱は、在宅で療養・介護を受ける人を支える多職種連携の基盤づくりである。2024年9月からモデル事業が始まっており、要介護者などの生活状況をICTツールで在宅医療・介護事業者が共有することで、複数の専門職が情報を共有し合いながら現場の業務負担も軽減するという二つの効果を同時にねらう。2025年度はモデル事業の参加者・事業所を拡大し、病院の地域連携室も連携の輪に加えることで、入院・転院・退院といった生活の節目で切れ目なくサービスを届けられるかどうかの価値検証を進める段階に入っている。 (参考:日立製作所プレスリリース、PR TIMES(日立製作所))
第一の特徴は、グランドデザインが「絵に描いた将来像」ではなく、すでに走っている実証・事業の積み上げの上に描かれている点である。オンライン医療(2025年4月開始)、健康データ集約とAI予測の実証(2025年度開始)、地域包括ケアのモデル事業(2024年9月開始)と、3つの柱それぞれに具体的な着手時期がある。ビジョンを掲げてから施策を考えるのではなく、動いている取り組みの「行き着く先」を市民にわかりやすく示すという順序になっている。 (参考:日立製作所プレスリリース)
第二の特徴は、対象世代を絞らず、子育て世帯から高齢者・要介護者までライフステージ全体をカバーしている点である。オンライン医療は子育て世帯、健康データ活用は40〜79歳の中高年層、地域包括ケアは高齢者・要介護者と、3つの柱がそれぞれ異なる世代の困りごとに対応し、全体として「全世代型のヘルスケア」を構成している。 (参考:日立製作所プレスリリース、PR TIMES(日立製作所))
第三の特徴は、自治体と大企業の共創という座組みである。日立市にとっては地域医療・介護の現場とデータ、日立製作所にとってはデジタル技術と実装力という、それぞれの強みを持ち寄る関係になっている。グランドデザインを2031年という総合計画の最終年度に合わせて設定することで、市の長期計画と企業の事業推進のタイムラインを揃えている点も、共創の継続性を担保する工夫といえる。 (参考:グランドデザイン(日立市公式)、日立製作所プレスリリース)
2026年6月時点で確認できるのは、グランドデザインという「めざす姿」の公表(2025年6月)と、それを構成する各施策の着手である。具体的には、ひたち小児オンライン医療サービスが2025年4月に稼働を開始し、日立市の公式サイトでは利用者の体験談が継続的に発信されている。健康データの集約・分析とAI疾病発症予測の実証、および地域包括ケアのモデル事業の拡大も、2025年度から進行している。 (参考:ひたち小児オンライン医療サービス(日立市公式)、日立製作所プレスリリース)
一方で、健康寿命の延伸や救急外来の逼迫軽減といった最終的な成果指標は、2031年に向けた中長期の取り組みであり、本グランドデザインはその達成を保証するものではなく、あくまで到達したい将来像を描いたものである点には留意が必要である。現時点での「成果」は、ビジョンの可視化と各施策の立ち上がりであり、効果検証はこれから本格化する段階にある。
この事例から汲み取れる第一の示唆は、ビジョンを「シーン」で描くことの有効性である。「住めば健康になるまち」は、抽象的な政策目標ではなく、通院の負担が減る・自分の身体の状態がわかる・専門職と情報が連携されている、といった住民が体感できる場面として将来像を提示している。総合計画やまちづくりビジョンが住民に伝わりにくいという課題は多くの自治体に共通するが、めざす姿を生活シーンに翻訳する手法は再現性が高い。
第二の示唆は、ビジョンと実装の順序である。本事例は、先に動かした実証・モデル事業を束ね、その延長線上にグランドデザインを置いた。「構想だけが先行して施策が伴わない」という陥りがちな失敗を避けるうえで、走っている取り組みを起点にビジョンを描く進め方は参考になる。
第三の示唆は、健康・医療・介護データを行政区域単位で束ねる発想である。複数の保険者にまたがる健診・レセプトデータを統計情報として集約する取り組みは、地域全体の健康課題を可視化し、世代横断の施策設計につなげうる。ただし、これは大企業の技術力と自治体のデータ・現場の双方が揃って初めて成立する面があり、同様の座組みを持たない地域がそのまま再現するには、データ連携を担う事業者や個人情報の取り扱い体制の確保が前提条件となる。共創の相手や役割分担をどう設計するかが、横展開の鍵を握ると考えられる。 (参考:グランドデザイン(日立市公式)、日本経済新聞)
2026年6月時点の調査内容に基づいて作成
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