
長野市営バス AIオンデマンド交通(中山間地域路線の再編)
長野市が中山間地域の市営バスを、路線図・時刻表を定めずAIが最適経路を決定する予約制交通へ順次転換する取り組み。2022年の信州新町地区での実証運行を経て2024年に本格運行を開始し、2025年に戸隠・鬼無里地区へ、2026年にはさらに2地区へ拡大予定。
長野市は、人口減少が進む中山間地域の市営バスを、決まった経路や運行時刻を持たず、利用者からの予約に応じてAIがそのつど最適な走行順路を組み立てる仕組みのオンデマンド交通へ、地区単位で段階的に転換している。2022年11月に信州新町地区で実証運行を開始し、2024年4月に隣接する中条地区と統合した「信州新町・中条線」として本格運行に移行、2025年4月には戸隠地区と鬼無里地区を統合した「戸隠・鬼無里線」を開始した。2026年4月にはさらに七二会・小田切地区、信里・信更地区でも運行開始が予定されている。 (参考:市営バスでオンデマンド交通システム運行をしています - 長野市公式ホームページ)
利用者は乗車の14日前から2時間前までインターネットまたは電話で予約し、AIが予約状況に応じて地区内の停留所を結ぶ経路をリアルタイムに算出する。運行は地元のタクシー事業者に委託されており、事前の利用者登録と登録カードの交付を経て利用する仕組みになっている。 (参考:市営バスでオンデマンド交通システム運行をしています - 長野市公式ホームページ)
中山間地域では人口減少と高齢化が同時に進み、従来の固定路線・固定ダイヤの市営バスは利用者が乗らないまま定時運行を続ける非効率な状態に陥っていた。信州新町地区では、こうした状況を受けて2022年11月から実証運行としてオンデマンド化に着手した。 (参考:長野市、信州新町地区のバスをオンデマンド化 AI活用 - 日本経済新聞)
背景にはバス運転士の不足という全国共通の課題もある。大型二種免許保有者の減少・高齢化に加え、拘束時間規制の厳格化により運転可能時間が減少しており、長野市内でも民間バス事業者の路線維持が難しくなっている。2025年3月、アルピコ交通と長電バスが運転士不足や利用者減少、大型二種免許保有者の減少・高齢化などを理由に、牟礼線・県道戸隠線・篠ノ井新町線・鬼無里線・新町大原橋線・高府線の市内6路線について、2025年9月末での廃止を申し入れた。市はこのうち3路線を乗合タクシー化し、残る3路線は2026年3月末までアルピコ交通が運行を継続したうえで、2026年4月から市営バスとして運行を引き継ぐ方針を示している。 (参考:市内バス路線廃止に伴う対応について - 長野市公式ホームページ、市内バス路線廃止に伴う対応 R705 - ドクセル)
こうした限られた運転士・車両資源のなかで地域の移動手段を維持するには、決まった時間に空気を運ぶ固定ダイヤ運行から、需要のあるところにだけ車両を向かわせる仕組みへの転換が必要になっていた。国土交通省も2023年以降、「地域の公共交通リ・デザイン実現会議」を設置してAIオンデマンド交通の普及を政策課題に位置づけ、2027年度までに活用自治体数500団体を目標に掲げており、長野市の取り組みはこうした全国的な政策潮流とも重なっている。 (参考:地域交通のリ・デザインとAIオンデマンド交通について - 国土交通省)
1. 信州新町地区での実証運行(2022年11月〜2023年2月)
信州新町地区内の複数の固定路線を集約し、「しんまち号」として実証運行を開始した。地区内に約220か所の乗降ポイントを設定し(その後さらに拡大)、平日7時から19時30分まで、29人乗り・14人乗り・10人乗りの車両計10台を運行。運行は地元の「ひじり観光タクシー」に委託し、AIが配車予約と車両位置から経路を決定した。予約はウェブ・電話・タブレットで乗車1時間前まで受け付け、運賃は大人200円・小人100円・シニア110円とした。 (参考:信州新町地区のAIオンデマンド交通を視察 - 長野市議・布目由喜雄)
2. 本格運行への移行と中条地区への統合(2023年〜2024年4月)
実証運行の利用実績を踏まえ、市は運行区域を隣接する中条地区へ広げるための関連条例改正案を市議会に提出し、2023年12月13日、市議会総務委員会での審議を経て可決に至った。2024年4月1日、信州新町地区と中条地区の運行区域を一体化した「信州新町・中条線」として本格運行が始まり、予約受付期間は乗車14日前から2時間前までに改められた。 (参考:長野市のAIオンデマンドバス、来年度から中条地区に拡大して運行 - 信濃毎日新聞デジタル)
3. 戸隠・鬼無里地区への拡大(2025年4月)
従来は定路線で運行していた戸隠地区の市バスをデマンド型に切り替え、鬼無里地区と運行区域を統合した「戸隠・鬼無里線」として2025年4月1日に運行を開始した。運行委託先は「長野タクシー」で、利用には新たに事前登録が必須となった。運賃体系は信州新町・中条線と同様に、地区内は大人200円・小人100円、地区をまたぐ場合は大人400円・小人200円とし、障害者割引や高齢者向けの「おでかけパスポート」割引も適用される。 (参考:長野の戸隠・鬼無里にAIオンデマンドバス 25年4月から運行 - 中日新聞Web、戸隠地区市バス - 長野市公式ホームページ)
4. 周辺路線網の再編と2026年4月からのさらなる拡大
市は、民間バス事業者による路線廃止への対応(乗合タクシー化・市営バス転換)とあわせて、七二会・小田切地区、信里・信更地区でも2026年4月からAIオンデマンド運行を開始する方針を示している。これにより、当初1地区の実証運行として始まった取り組みが、4年間で4つの運行区域(8地区)へと段階的に拡大されることになる。 (参考:市営バスでオンデマンド交通システム運行をしています - 長野市公式ホームページ)
1. 実証運行→暫定運行→本格運行という段階的な検証プロセス
信州新町地区ではまず2022年11月から実証運行を行い、利用実態を確認したうえで、予約受付期間を「乗車1時間前まで」から「乗車14日前〜2時間前まで」に見直すなど運用ルールを調整してから、2024年4月の本格運行に移行した。いきなり制度を確定させるのではなく、実証データに基づいてルールを修正してから展開する手順を踏んでいる点が特徴である。 (参考:信州新町地区のAIオンデマンド交通を視察 - 長野市議・布目由喜雄、長野市のAIオンデマンドバス、来年度から中条地区に拡大して運行 - 信濃毎日新聞デジタル)
2. 隣接地区をまたぐ運行区域の統合
従来は信州新町線・中条線、戸隠線・鬼無里線としてそれぞれ別々に運行されていた路線を、一つの運行区域に統合した点も特徴である。地区をまたぐ利用の場合のみ運賃を倍額(大人400円)に設定することで、統合による移動範囲の拡大と運行コストとの整合を図っている。 (参考:戸隠地区市バス - 長野市公式ホームページ)
3. 地元タクシー事業者への運行委託によるリソース活用
大型二種免許を持つバス運転士の確保が難しいなか、地区ごとに地元のタクシー会社(ひじり観光タクシー、長野タクシー)に運行を委託し、普通免許で運転できる10〜14人乗り中心の車両を活用している。新たなバス車両への投資や大型免許保有者の確保に頼らず、既存のタクシー事業者の車両・人員を転用して立ち上げた運行体制といえる。 (参考:信州新町地区のAIオンデマンド交通を視察 - 長野市議・布目由喜雄、戸隠地区市バス - 長野市公式ホームページ)
4. 民間路線バス撤退への受け皿としての位置づけ
2025年9月末に民間バス事業者が複数路線の廃止を申し入れた際、市は乗合タクシー化・市営バス転換とあわせて、AIオンデマンド区域の拡大を選択肢の一つとして活用した。単独の先進事例として孤立させるのではなく、市内バス網全体の再編プロセスに組み込んで運用している点が特徴である。 (参考:市内バス路線廃止に伴う対応について - 長野市公式ホームページ)
実証運行段階での利用実績と裏返しの課題
信州新町地区の実証運行では、開始から約8か月後の2023年7月時点で「しんまち号」の延べ利用者数が1万人を突破した。一方で、運行を受託したタクシー事業者側では、自社の一般タクシー営業への影響や人手不足による負担増が課題として報じられており、利用の伸びが運行事業者の負担増と表裏一体で生じている実態がうかがえる。 (参考:信州新町オンデマンドバス利用好調 運行業者の人出不足や負担が課題 - 中日新聞Web)
登録率・予約手段からみる高齢者利用の実態
実証運行期間(2022年11月〜12月)のデータでは、登録者数が地区人口3,524人に対し507人(14.4%)に達し、日々の予約は電話がウェブを大きく上回った。AIによる経路最適化という先端技術を導入しつつも、実際の利用の入口は電話予約が中心になっていたことは、高齢者の多い中山間地域における利用実態を示す数値といえる。 (参考:信州新町地区のAIオンデマンド交通を視察 - 長野市議・布目由喜雄)
段階的な運行区域拡大の実現
2022年に1地区(信州新町)で始まった実証運行は、2024年4月に2地区(信州新町・中条)、2025年4月にさらに2地区(戸隠・鬼無里)へと拡大し、2026年4月には追加で2地区(七二会・小田切、信里・信更)への展開が予定されている。単発の実証実験で終わらせず、4年間で対象地区を段階的に広げてきたこと自体が、この取り組みの継続性を裏付ける成果といえる。 (参考:市営バスでオンデマンド交通システム運行をしています - 長野市公式ホームページ)
実証→ルール調整→本格運行という導入手順の再現性
いきなり全域に本格導入するのではなく、まず1地区で実証運行を行い、登録率や予約手段の内訳といった利用実態を確認したうえで予約ルールを調整してから本格運行に移行するプロセスは、AIオンデマンド交通の導入を検討する他の中山間地域にもそのまま応用できる手順である。
タクシー事業者への委託というリソース制約下での選択肢
バス運転士(大型二種免許保有者)の不足が全国的な課題となるなか、普通免許で運行できる小型車両とタクシー事業者を活用することで、新規のバス車両投資や大型免許保有者の確保に頼らずサービスを立ち上げられる点は、同様の運転士不足に直面する他地域にとって参考になる。ただし、信州新町地区の実証運行では受託タクシー事業者側の負担増という課題も同時に生じており、委託先事業者の持続可能性を制度設計の初期段階から考慮する必要がある。
高齢者比率の高い地域でのデジタル・非デジタル併用設計
予約手段として電話がウェブを上回った実証データは、AIやアプリといった先端技術を導入する際にも、高齢者比率の高い地域では電話予約や紙の申請書といった非デジタルな入口を並行して維持することが、実際の利用率を左右することを示している。
民間路線撤退への「吸収先」としての制度設計
長野市では、民間バス事業者の路線撤退表明とAIオンデマンド区域の拡大がほぼ同時並行で進んでいる。単独の先進事例としてではなく、既存の路線網が縮小していく過程で生じる「代替の受け皿」の一つとしてオンデマンド交通を位置づける発想は、同様に路線バスの撤退に直面する他の自治体にとっても、路線再編全体の選択肢の一つとして参考になる。
2026年8月時点の調査内容に基づいて作成
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