
台東区まちづくりに係る総合的な条例
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東京都台東区が2026年7月・10月に段階施行した「まちづくりに係る総合的な条例」。まちづくり団体の登録・認定制度、地区まちづくり方針・ルールの策定、大規模建築物の事前届出、審議会設置を通じ、公民連携によるまちづくりの制度的基盤を整備した事例。
台東区は2026年7月1日から段階的に施行し、同年10月1日に全面施行した「東京都台東区まちづくりに係る総合的な条例」を制定した。都市計画マスタープランに掲げる将来像の実現を目的に、区・区民等・事業者それぞれの責務を明文化した上で、まちづくり活動を担う団体を「登録まちづくり活動グループ」「認定まちづくり団体」の二段階で位置づける制度、認定団体が地区単位の方針・ルールを提案・策定できる仕組み、一定規模以上の建築を計画する事業者に早期の構想届出を義務付ける制度、区長の附属機関としての「まちづくり審議会」の設置を、全6章36条にわたって体系的に規定している。 (参考:東京都台東区まちづくりに係る総合的な条例を制定しました - 台東区)
2023年3月に策定した「台東区まちづくり誘導方針」の実効性を高めることを目的に検討が進められ、区民等との意見交換や外部専門機関による検討支援を経て条例化された。既存の集合住宅・大規模建築物に関する条例を廃止せず、その手続の前段に本条例の届出・確認プロセスを接続する設計となっている点が特徴である。 (参考:(仮称)まちづくりに係る総合的な条例に関する意見交換会を開催しました - 台東区)
条例第1条は、その目的を「台東区基本構想(平成30年10月25日議決)に即した台東区都市計画マスタープランに掲げる将来像の実現に寄与すること」と定めている。2018年に区議会で議決された基本構想を頂点とする計画体系の中で、都市計画マスタープランに描かれた将来像を区民等・事業者との協働によって具体化するための制度的な受け皿が不足しているという認識が、条例制定の出発点にあった。 (参考:東京都台東区まちづくりに係る総合的な条例(条例本文)- 台東区)
台東区は公式発表の中で、「近年、社会経済情勢の変化とともに区内では急速な土地利用の変化が進みつつあり、多様な活動や交流を生むための公民連携によるまちづくりをさらに進めていく必要がある」と条例制定の背景を説明している。個別の開発事業が積み重なる中で、地域コミュニティの形成や地域特性に応じた土地利用をどう実現するかが課題として意識されていた。 (参考:東京都台東区まちづくりに係る総合的な条例を制定しました - 台東区)
区は2023年3月、「魅力的かつ持続可能な都市の構築」と「ひと中心の空間形成」を掲げる「台東区まちづくり誘導方針」を策定した。都市計画マスタープランやウォーカブルなまちづくりの社会的潮流を踏まえ、土地利用の誘導や市街地更新といった整備面の取り組みと、公園・公開空地の活用という空間デザイン面の取り組みという、二つの異なる角度から、民間主導のまちづくりを行政がどう誘導・支援するかという考え方を示したものである。ただしこの誘導方針自体には法的な裏付けがなく、まちづくり活動への参画の仕組みや支援策を制度化する条例の検討が、方針策定とほぼ同時に始まっていた。 (参考:台東区まちづくり誘導方針とは - 台東区)
条例の素案が示された2024年7月時点で、区議会会派の一つである日本共産党台東区議団は、投機的な底地の売買による地価高騰が区民参加を伴うまちづくりを難しくしていると指摘し、条例が「投機的な土地利用を持続可能なものに切り替えていけるかどうかの重要な転機」になるとの見方を示していた。区の公式見解ではないものの、条例が対応しようとしている土地利用転換の一側面を示す指摘といえる。 (参考:まちづくりに係る総合的な条例 素案の骨格が明らかに - 日本共産党台東区議団)
区は条例の検討にあたり、外部の都市計画コンサルタントに「まちづくりに係る総合的な条例等検討支援業務」を委託した。受託者は区内全域でワークショップを開催し、まちづくり団体や区民から実際の声を直接ヒアリングするとともに、他自治体の先行事例を調査し、台東区に導入する際の論点を整理した。この業務は関係部署間の調整や専門家の知見を統合する役割も担い、2025年度都市計画コンサルタント優良業務登録事業(e-job事業)認定を受けている。 (参考:台東区/まちづくりに係る総合的な条例等検討支援業務 - 日建設計総合研究所)
並行して区は、2024年7月18日、10月30日、11月20日、12月13日の4回にわたり「(仮称)まちづくりに係る総合的な条例に関する意見交換会」を開催した。条例が目指す方向性やその運用イメージについて、区民等から直接意見を募る場として位置づけられ、各回の説明資料と当日の意見が区のウェブサイトで公開されている。2024年7月時点では、素案が「総則」「まちづくりプラットフォーム」「多様な主体によるまちづくり」「まちづくり審議会」「まちづくり活動の促進」「適切な土地利用の形成」の6つの柱で構成されていることも明らかになっていた。 (参考:(仮称)まちづくりに係る総合的な条例に関する意見交換会を開催しました - 台東区、まちづくりに係る総合的な条例 素案の骨格が明らかに - 日本共産党台東区議団)
制定された条例では、公民連携まちづくり活動を行う区民等の団体は、まず「登録まちづくり活動グループ」として区長の登録を受けることができる。登録の要件は、特定の者の利害を図る活動や営利活動を目的としないことなどであり、比較的間口の広い仕組みになっている。 (参考:東京都台東区まちづくりに係る総合的な条例(条例本文)- 台東区)
その先に、地区まちづくり方針の原案提案や地区まちづくりルールの策定を担う「認定まちづくり団体」の制度がある。認定を受けるには、活動地区の区民等で構成されていること、活動地区の区民等の多数の支持を得ていることなど、より実質的な要件を満たす必要があり、区長は認定にあたって事前にまちづくり審議会の意見を聴く。認定まちづくり団体は原則として1活動地区に1団体とされ、地域の意見の一本化を図る設計になっている。 (参考:東京都台東区まちづくりに係る総合的な条例(条例本文)- 台東区)
認定まちづくり団体は地区まちづくり方針の原案を作成し、あらかじめ活動地区内の区民等に周知して理解を得た上で区長に提案する。区長は審議会の意見を聴いて原案を審査し、区民等からの意見聴取と審議会への諮問を経て方針を策定・公表する。地区まちづくりルールについても同様に、認定団体による案の作成、区民等への周知、区長による審査、審議会への諮問というプロセスを経て認定され、地区計画になじむ内容は地区計画の案に反映するよう努めることとされている。事業者は、ルールの対象地区で開発事業を行う際にルールを尊重する義務を負い、建築等一定の行為については認定団体との事前協議も求められる。 (参考:東京都台東区まちづくりに係る総合的な条例(条例本文)- 台東区)
条例第28条は、区が公民連携まちづくり活動を推進するために行う取組みとして、区民等・事業者への知識普及、活動の担い手育成、活動推進に必要な情報提供、登録まちづくり活動グループ・認定まちづくり団体への相談員・専門家の派遣、活動の場や交流機会の提供、認定まちづくり団体の運営に必要な経費等への補助を列挙している。個々の支援策の対象や水準は台東区規則に委ねられており、条例自体は区が担うべき支援メニューの骨格を定める位置づけである。 (参考:東京都台東区まちづくりに係る総合的な条例(条例本文)- 台東区)
条例第4章は、近隣商業地域・商業地域・準工業地域では敷地面積1,000平方メートル以上かつ延べ面積5,000平方メートル以上、それ以外の用途地域では敷地面積500平方メートル以上かつ延べ面積1,000平方メートル以上の建築を目的とする土地の売買や土地利用の変更(建替えを含む)を行おうとする事業者に対し、土地の権利移転契約の締結前など計画変更が可能な段階で「建築構想」を区長に届け出るよう義務付けている。区長は届出内容を公表して区民等の意見を募り、対象地区に認定まちづくり団体があればその意見を、必要に応じてまちづくり審議会の意見を聴いた上で、都市計画マスタープランや地区まちづくり方針・ルールに適合しているかを確認し、適合していなければ事業者に指導・助言を行う。高度利用地区や特定街区、再開発等促進区など都市開発諸制度の適用を受ける建築物については、容積緩和分の用途などを区長と協議する、より踏み込んだ手続が別途定められている。 (参考:東京都台東区まちづくりに係る総合的な条例(条例本文)- 台東区)
区は2005年制定の「東京都台東区集合住宅及び大規模建築物の建築及び管理に関する条例」に基づく事前の届出・協議制度を既に運用してきたが、2026年10月1日以降は、この集合住宅条例に基づく届出・協議を行う前に、まちづくり条例に基づく確認・協議を完了しなければならないと定められた。既存条例を統合・廃止するのではなく、その手前に新しいレイヤーを挿入する形が取られている。 (参考:(令和8年10月1日施行)まちづくり条例に係る新たな届出について - 台東区、集合住宅の建築及び管理に関する条例 - 台東区)
条例第34条により、公民連携まちづくりを適切に推進するための区長の附属機関として「東京都台東区まちづくり審議会」が設置された。審議会は区長の諮問に応じて条例に定める事項や公民連携まちづくりの基本的な事項を調査審議し、区長に意見を述べる。委員は区長が委嘱する10人以内で構成され、任期は2年(再任可)である。附則では条例の施行日を待たずに審議会設置の準備行為を行えると定められており、2026年9月時点で区民3人・学識経験者3人の計6人の委員が委嘱されている。 (参考:東京都台東区まちづくり審議会について - 台東区、東京都台東区まちづくりに係る総合的な条例(条例本文)- 台東区)
多くの自治体では、まちづくり条例を新設する際に既存の個別条例を統合・改廃することが多いが、台東区は2005年制定の集合住宅条例を存続させたまま、その届出・協議の前段に本条例の確認・協議プロセスを挿入するという設計を選んだ。事業者からみれば手続が二重化する面はあるが、既存の実務的な審査基準(住戸面積や集会室設置基準など)と、都市計画マスタープランへの適合性というまちづくり方針レベルの視点を、別々の制度として機能させたまま接続できる。既に個別の建築規制条例を持つ自治体が、それを廃止せずにまちづくり方針との整合性チェックを追加したい場合の設計として参考になる。 (参考:(令和8年10月1日施行)まちづくり条例に係る新たな届出について - 台東区)
第29条の建築構想届出は、建築確認申請の段階ではなく、土地の所有権・地上権・賃借権の移転や設定に関する契約を締結する前、あるいは土地利用変更(建替えを含む)を行う前という、事業計画の初期段階での届出を求めている。設計が固まった後の建築確認段階で意見を述べても計画変更の余地は乏しいが、土地取引そのものが成立する前に区や地域の意見を届ける仕組みは、開発圧力の強いエリアで住民合意形成の時間を確保する狙いがあると読み取れる。 (参考:東京都台東区まちづくりに係る総合的な条例(条例本文)- 台東区)
「登録まちづくり活動グループ」は営利目的でないことなど緩やかな要件で区長の登録を受けられるのに対し、地区まちづくり方針・ルールという実質的な権限を伴う「認定まちづくり団体」には、活動地区の多数の支持を得ていることという、より高いハードルが課される。すそ野の広い登録制度で活動の裾野を広げつつ、地区単位のルールづくりという重い権限は実績・支持基盤のある団体に絞るという段階的な設計は、まちづくり団体の乱立や代表性の希薄化を避けながら担い手を育成する仕組みとして特徴的である。 (参考:東京都台東区まちづくりに係る総合的な条例(条例本文)- 台東区)
条例には罰則規定がなく、事業者が届出や協議に応じない場合、区長はまず期限を定めて勧告を行い、正当な理由なく勧告に従わない場合に限ってその旨を公表できるという規定にとどめている(第35条)。強制力を持たない代わりに社会的な信用への影響を通じて実効性を担保する設計であり、罰則を科す条例改正が政治的・実務的にハードルの高い自治体でも採用しやすい手法といえる。 (参考:東京都台東区まちづくりに係る総合的な条例(条例本文)- 台東区)
条例は2026年7月1日に第4章(大規模建築物の事前届出制度)を除く部分が施行され、同年10月1日に全面施行されたばかりであり、2026年9月時点では制度の運用実績を示す定量的なデータは確認できない。まちづくり審議会も、区長が委嘱した6人の委員(区民3人、学識経験者3人)で構成されているものの、審議会のページでは会議の開催実績はまだないことが示されている。 (参考:東京都台東区まちづくり審議会について - 台東区)
一方で、条例制定に至るプロセス面ではいくつかの成果が確認できる。2024年7月から12月にかけて4回シリーズで開催された意見交換会は、条例の考え方を区民等に説明し意見を集める機会として完遂され、各回の資料が公開されている。また、区が委託した検討支援業務は、区内全域でのワークショップ実施や先行事例調査を経て、2025年度のまちづくりコンサルタント優良登録表彰の対象に選ばれるなど、検討プロセス自体が外部から一定の評価を受けている。 (参考:(仮称)まちづくりに係る総合的な条例に関する意見交換会を開催しました - 台東区、台東区/まちづくりに係る総合的な条例等検討支援業務 - 日建設計総合研究所)
制度面の成果としては、1990年制定の「東京都台東区定住基金条例」と1991年制定の「東京都台東区定住まちづくりに関する基本条例」という、人口の定住促進を主眼とした高度経済成長期以降の条例体系を、本条例の施行と同時に廃止したことが挙げられる。これは区のまちづくり施策の重心を「定住促進」から「公民連携によるまちづくり」へと明確に転換したことを意味し、条例の附則に明記された制度上の区切りとして確認できる。 (参考:東京都台東区まちづくりに係る総合的な条例(条例本文)- 台東区)
集合住宅条例のような個別の建築規制条例をすでに持つ自治体は少なくない。台東区の事例は、それらを廃止・統合する大掛かりな条例改正を行わずに、まちづくり方針との整合性を確認する新しいレイヤーを手前に挿入するという選択肢を示している。既存の実務基準を維持したまま、都市計画マスタープランとの整合性チェックという政策的な視点を追加したい自治体にとって、着手のハードルを下げる設計として参考になる。
建築確認申請よりも早い、土地取引契約前の段階での届出義務化は、地価上昇や再開発需要が強く、計画が固まってからでは住民が意見を反映しにくい地域ほど意味を持つ。都心区や観光地区、再開発が集中するエリアを抱える自治体では、同様の早期関与の仕組みを検討する価値がある。
まちづくり団体の乱立や、声の大きい一部の団体が地域を代表するかのように扱われてしまう問題は、多くの自治体で共通する悩みである。緩やかな登録制度で参加のハードルを下げつつ、地区ルール策定という重い権限は「活動地区の区民等の多数の支持」を要件とする認定団体に限るという二段階の設計は、代表性の担保と参加の裾野拡大を両立させる一つのモデルとなりうる。
勧告と公表にとどめる実効性担保の手法は、罰則規定の制定・運用に伴う法務的な負担や、事業者との対立を避けたい自治体にとって導入のハードルが比較的低い。ただし、公表による社会的圧力がどこまで実効性を持つかは、施行後の運用実績を見なければ評価できない。
条例は制定から日が浅く、大規模建築物の事前届出制度に至っては2026年10月に施行されたばかりである。届出件数、事業者への指導・助言の実例、地区まちづくりルールの認定実績、審議会の審議内容といった運用データは今後の公表を待つ必要があり、本記事の内容は制度設計の段階での評価にとどまる点に留意されたい。
2026年9月時点の調査内容に基づいて作成
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