
阿佐ヶ谷駅北東地区土地区画整理事業
JR阿佐ヶ谷駅北東地区で河北総合病院と杉並第一小学校を連鎖的に移転させる「玉突き型」都市再編プロジェクト。400年の歴史を持つ欅屋敷の緑を保全しながら、防災・医療・教育機能を一体的に整備する官民共同施行の先進事例。
JR阿佐ヶ谷駅北東地区で進められている、病院・小学校・複合施設を連鎖的に整備する「玉突き型」都市再編プロジェクトである。約2.7haの施行面積を対象に、杉並区、社会医療法人河北医療財団、欅興産株式会社の3者が共同施行者となり、2019年8月の認可から2031年3月の完了を目指して事業を推進している。(参考:東京都都市整備局)
第1段階として、400年の歴史を持つ「欅屋敷」の敷地に河北総合病院が2025年7月に移転開院した。続いて第2段階では、旧病院跡地に創立150年の杉並第一小学校を移転し、2029年の開校を目指している。さらに第3段階として、旧小学校跡地には公民連携による複合施設を2030年度以降に整備する構想が示されている。(参考:杉並区公式)
河北総合病院は1928年に内科・小児科を標榜する30床の診療所として創業し、約100年にわたり地域医療を支えてきた。しかし、建物は築50年以上が経過して老朽化が深刻化し、1983年から施設更新が経営上の重要課題として位置づけられてきた。杉並区内最大の病床数407床を擁しながらも、現地での建て替えには敷地面積や周辺環境の制約があり、医療機能の拡充も困難な状況にあった。(参考:河北医療財団公式)
杉並第一小学校は1875年(明治8年)に馬橋清見寺本堂に開校した杉並区最古の公立小学校で、1884年に現在地へ移転した。しかし、最も古い校舎は築66年以上が経過し、老朽化が進んでいた。また、校庭は区内の小学校で最も狭く、教育環境の改善が求められていた。(参考:杉並区公式)
2016年8月、欅屋敷の土地を所有する欅興産株式会社が、河北医療財団に対して病院の移転建替えを申し入れた。相澤家が江戸開府以来400年近く守り続けてきた欅屋敷の敷地を病院用地として活用する提案は、複数の課題を同時に解決する契機となった。これを受けて杉並区は、現地改築が課題となっていた杉並第一小学校を旧病院跡地へ移転する「玉突き型」の再編案を策定し、2017年5月に「杉並第一小学校等施設整備等方針」を決定した。(参考:杉並区公式)
2016年8月の移転申し入れを受け、杉並区は小学校の現地改築案(A案)と病院跡地への移転案(B案)を比較検討した。教育環境の向上、首都直下地震に備えた防災性の向上、民間と連携したにぎわいの創出などを総合的に考慮し、2017年5月にB案を正式採用した。2019年8月30日には土地区画整理事業の認可を取得し、約2.7haの区域で事業が始動した。(参考:杉並区公式)
2020年3月5日、都市計画法に基づく手続きと杉並区都市計画審議会への諮問・答申を経て、阿佐ケ谷駅北東地区地区計画が都市計画決定された。この地区計画では「街並み誘導型地区計画」を活用し、前面道路の幅員による容積率制限や斜線制限の緩和を可能とした。対象区域は中杉通り沿道地区、医療施設地区、教育施設地区に区分され、それぞれの土地利用方針が定められている。(参考:杉並区公式)
2023年3月、清水建設による新病院の建設工事が開始された。設計施工一括発注により、免震構造・鉄骨造9階建て、延床面積32,844㎡の病院を約2年3ヶ月で竣工させた。2025年5月に竣工式・内覧会を実施し、同年7月1日に移転開院を迎えた。一日も休業することなく病院機能を移転させ、地域医療の継続性を確保した。(参考:河北医療財団公式)
2024年9月、杉並区教育委員会は「杉並区立杉並第一小学校併設1施設移転改築工事設計等業務委託」の公募型プロポーザルを実施した。3者が参加し、2025年1月に日総建が事業者として選定された。履行期間は2026年7月末までで、RC造延べ7,700㎡程度の新校舎を設計する。2026年度内に建設工事に着手し、2029年4月の開校を目指している。(参考:日総建公式)
2022年6月の区長選挙で岸本聡子区長が当選した。選挙公約に掲げた「地域住民との合意形成が不十分な再開発計画を再検討する」という方針に基づき、「まちづくりを振り返る会」やオープンハウスを実施して住民との対話を重ねた。住民からは「小学校は現在地に残すべき」「決定過程が不透明」という意見が出されていた。2024年1月22日、区長はYouTubeで方針を発表し、土地区画整理事業が既に進行中であることと現地改築では工事期間が長期化することを理由に、当初通りの玉突き移転を進める判断を示した。(参考:健美家)
杉並区、河北医療財団、欅興産の3者が対等な立場で共同施行者となり、それぞれの専門性を活かした役割分担を実現している。行政の財政負担を抑えつつ民間の機動力を活用し、約11年間にわたる段階的事業を推進する体制が構築されている。(参考:杉並区公式)
限られた駅前エリアで大規模な施設更新を実現するため、病院が欅屋敷へ移転し、その跡地に小学校が移転し、さらに小学校跡地を複合施設化するという連鎖的な土地活用を採用した。各施設が営業・運営を継続しながら順次移転することで、サービスの中断を回避している。(参考:杉並区公式)
江戸開府以来400年近く続く欅屋敷の屋敷林を保全しながら、最新の免震構造病院を建設した。「森の中の病院」として自然環境との調和を図りつつ、手術支援ロボットや放射線治療設備など先進医療機器を導入している。(参考:河北医療財団公式)
新病院は一次エネルギー消費量34%削減を達成し、急性期医療を担う病院施設としてZEB Oriented認証を取得した事例は東京都で初めてであり、国内全体でも3番目の取得例となった。パッシブ建築計画・空調換気で12%、照明で14%、給湯で3%、コジェネレーションシステムで5%の削減を実現している。年間の環境負荷低減効果として、二酸化炭素排出量を約1,260トン抑制し、光熱費等の運用コストを約3,700万円圧縮できると試算されている。(参考:清水建設公式、PR TIMES)
河北総合病院は2025年7月1日に新病院へ移転開院した。病床数は407床から353床に効率化し、38診療科を標榜する。手術支援ロボット「ダヴィンチ」の導入やがん放射線治療(腫瘍放射線科)の新規開始により、杉並区内で不足していた高度医療機能を整備した。半径5km圏内約100万人の医療アクセス改善と、地域医療支援病院としての機能強化が実現している。(参考:河北医療財団公式)
旧河北総合病院跡地への移転により、杉並第一小学校の校庭面積は約1.5倍に拡大する見込みである。また、新校舎は最新の耐震基準に適合し、首都直下地震への備えとして地域の防災拠点機能も担う計画となっている。(参考:杉並区公式)
道路拡幅による歩行者空間の確保、防災性・安全性の向上に資する道路基盤の整備が進行中である。2024年8月1日には事業計画の変更が認可され、完了予定が2030年3月から2031年3月に延長された。(参考:杉並区公式)
岸本区長は旧小学校跡地について「タワーマンションや大型商業施設は整備しない」と明言し、「みどり・防災・医療・文化の拠点」とする構想を示している。2030年度以降の着手を予定しており、具体的な計画は今後策定される。(参考:健美家)
本事例は、行政・医療法人・地権者という異なる主体が共同施行者となることで、複雑な利害調整を内部化し、事業を円滑に推進できることを示している。各主体の専門性と資源を活かした役割分担は、財政制約のある自治体にとって参考となる手法である。
駅前の限られた敷地で複数の大規模施設を更新する際、玉突き型の連鎖移転は有効な選択肢となる。ただし、全体計画の策定から完了まで10年以上を要するため、長期的な合意形成と事業継続の仕組みが不可欠である。
急性期病院でZEB Oriented認証を取得した本事例は、高度な医療機能と環境配慮が両立可能であることを実証している。年間約3,700万円のランニングコスト削減効果は、医療機関の経営持続性にも寄与する知見として他地域にも適用可能である。
区長交代を機に住民対話を重ねた経緯は、計画の進捗中であっても住民の声に向き合うことの重要性を示している。最終的に当初計画を継続する判断となったが、対話を通じて跡地活用の方針を明確化するなど、住民の懸念に応える姿勢が示された。
2026年3月時点の調査内容に基づいて作成
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