
ゼロカーボンシティ宣言と脱炭素先行地域づくり
つくば市が2023年11月に茨城県内初の環境省「脱炭素先行地域」に選定された事例。TXつくば駅周辺の中心市街地を対象に、研究学園都市の既存共同溝を活用したマイクログリッドやグリーン水素で2030年度の民生電力CO2実質ゼロを目指す。無作為抽出の市民による「気候市民会議」の74提言をロードマップで政策化し、脱炭素を中心市街地活性化の手段に位置づけた。
つくば市は2023年11月7日、環境省の「脱炭素先行地域」に茨城県内で初めて選定された。脱炭素先行地域は、2030年度までに民生部門(家庭・業務など)の電力消費に伴うCO2排出を実質ゼロにし、全国に脱炭素の先行モデルをつくることを国が後押しする制度である。つくば市の対象エリアはTX(つくばエクスプレス)つくば駅を中心におおむね半径500メートルの中心市街地で、研究学園都市として地下に整備された既存の「共同溝」を活用したマイクログリッドや、地域資源を使ったバイオマス・グリーン水素によって、まちの中心部のエネルギーを脱炭素化する計画である。 (参考:【茨城県内初】環境省「脱炭素先行地域」に選定されました - つくば市プレスリリース、【脱炭素先行地域】つくば市の計画 - つくば市)
本稿が注目するのは、この先行地域事業が単独の技術プロジェクトとして立ち上がったのではなく、市民の熟議とロードマップを介して都市政策に組み込まれている点である。つくば市は2022年2月にゼロカーボンシティを宣言したのち、無作為に選ばれた市民が議論する「気候市民会議つくば2023」を開き、その74件の提言を「ゼロカーボンで住みよいつくば市へのロードマップ」に落とし込んだ。市民のボトムアップの熟議と、6者の公民連携による大型インフラ整備という二つの層が、ロードマップでつながれている構図に独自性がある。 (参考:つくば市ゼロカーボンシティ宣言 - つくば市、気候市民会議つくば2023・ロードマップ - つくば市)
つくば市は1960年代以降、国の政策によって計画的に建設された研究学園都市であり、現在も国・民間の研究機関が集積する「科学のまち」である。その一方で、TXつくば駅周辺の中心市街地は大型商業施設の撤退などで活気の低下が課題となっていた。市は、脱炭素を環境施策にとどめず、研究成果のビジネス化・若者の定着・中心市街地の再生といった都市経営上の課題を同時に解く手立てとして位置づける必要に直面していた。市の担当者はこの取り組みを、中心市街地活性化に向けた「4本目の矢」として脱炭素の視点を据えるものと説明している。 (参考:つくば市、電気・熱を同時に脱炭素化 ポイントは既存インフラの活用 - 環境ビジネスオンライン、【茨城県内初】環境省「脱炭素先行地域」に選定されました - つくば市プレスリリース)
環境分野でのつくば市の歩みは長い。2013年に国の「環境モデル都市」に選定されて「つくば環境スタイル」を掲げ、2018年6月には最初の29自治体の一つ、かつ当時茨城県で唯一の「SDGs未来都市」に選ばれた。経済・社会・環境の三側面を統合的に扱う都市像を描き、地球温暖化対策実行計画(区域施策編)を策定してきた延長線上で、2022年2月14日の市議会定例会において「2050年までに二酸化炭素排出量を実質ゼロにする」ゼロカーボンシティ宣言を表明している。 (参考:SDGs未来都市 - つくば市、つくば市ゼロカーボンシティ宣言 - つくば市)
しかし「2050年実質ゼロ」という長期の目標宣言は、それ自体では市民の日常の行動や具体的な事業に結びつきにくい。気候変動対策は効果が見えづらく、行政の旗振りだけでは「自分ごと」になりにくいテーマである。誰が、いつまでに、何をするのかという実装の道筋と、市民を当事者として巻き込む仕組みをどう設計するかが、宣言後のつくば市に残された課題となった。 (参考:気候市民会議つくば2023・ロードマップ - つくば市)
市民を当事者として巻き込む装置として、市は2023年に「気候市民会議つくば2023」を開いた。これは、性別・年齢・居住地区などが市全体の縮図となるよう無作為抽出で選ばれた市民が、気候変動対策を熟議する「ミニ・パブリックス」と呼ばれる手法である。市は16歳以上の市民5,000人に案内状を送り、応募した569人の中から抽選で50名を選定した。研究機関が集積する地の利を生かし、つくば市に加えて産業技術総合研究所・国立環境研究所・筑波大学が共催に名を連ね、会議の設計と運営そのものに研究者が関わった。 (参考:気候市民会議つくば2023・ロードマップ - つくば市、気候市民会議つくばで市の縮図となる参加者をどうやって選んだか - 国立環境研究所)
参加者の選び方には工夫が凝らされた。年齢を7区分に分け、性別・3つの地区分類に加えて「気候変動への関心の度合い」まで加味し、Web上の市民抽選ツールを使って申込者の偏りを調整し、市全体の構成に近づけている。関心の高い層に偏らないよう設計した点が、世論調査の縮図づくりとは異なる。広報や設計の工夫により、案内に対する応諾率は11.4%と、3%程度にとどまっていた国内の先行事例を大きく上回り、「類を見ないほど多くの参加申し込み」を集めたと報告されている。 (参考:気候市民会議つくばで市の縮図となる参加者をどうやって選んだか - 国立環境研究所、気候市民会議つくば2023の設計と運営 - 国立環境研究所)
会議は2023年9月3日から12月10日まで全6回開かれた。参加者は4〜5人のグループに分かれ、移動やまちづくり、住まい・建物、暮らしや消費といった分野ごとに、専門家からの情報提供を受けながら議論を重ねた。約750件のアイデアを出し合い、それらを整理・統合したうえで投票を行い、最終的に74件の提言にまとめた。提言には「水素を中心としたまちづくりの推進」「自転車移動を増やすためのレンタルサイクルの拡充」などが含まれ、2023年12月10日に五十嵐立青市長へ手渡された。市は会議に先立って、提言を政策に反映することをあらかじめ約束していた。 (参考:74件の提言まとめる 気候市民会議つくば - NEWSつくば、気候市民会議つくば2023の設計と運営 - 国立環境研究所)
市民会議の提言は、「ゼロカーボンで住みよいつくば市へのロードマップ〜気候市民会議つくばの提言実現を目指して〜」として政策文書に翻訳された。ロードマップの個票編(2025改訂版)では、提言ごとに、市や市民が実施する内容と課題、そして実施手順を段階(フェーズ)に分けて整理している。74の提言を一過性の意見聴取で終わらせず、誰が何をいつ行うかという実行計画に落とし込み、達成度を継続的に確認していく仕組みとした点に、熟議と政策の接続がある。 (参考:気候市民会議つくば2023・ロードマップ - つくば市、ゼロカーボンで住みよいつくば市へのロードマップ〜個票編(2025改訂版)〜 - つくば市)
ロードマップづくりと並行して、市は中心市街地のエネルギー脱炭素化を一気に進める枠組みとして、環境省の脱炭素先行地域に応募した。2023年8月末の第4回募集には全国62団体から54件の計画提案があり、同年11月7日につくば市を含む12件が選定された。これにより、つくば市は茨城県内で初めての脱炭素先行地域となった。計画名は「脱炭素がもたらすスーパーシティの加速化とスタートアップ創出・企業誘致による中心市街地の活性化」で、対象はTXつくば駅を中心に半径約500メートルの中心市街地である。目標は、2030年度までにこのエリアの民生部門の電力消費由来CO2排出を実質ゼロにし、その他の温室効果ガスも国の2030年度目標に整合する形で削減することにある。 (参考:環境省、つくば市を「脱炭素先行地域」に選定 - 日本経済新聞、【脱炭素先行地域】つくば市の計画 - つくば市)
事業は、つくば市と5つの民間事業者――ミライデザインパワー、中部電力ミライズ、常陽銀行、大和ハウス工業茨城支店、ニッスイつくば工場――の計6者が連携協定を結んで推進する体制をとった。事業期間は2024年度から2028年度までの5年間で、対象は商業施設や小学校、集合住宅など38施設(民間21施設・公共14施設・マンション3棟656戸)に及び、計13の取り組みを実施する。総事業費は5年間で75億円規模とされる。地域の金融機関や住宅・エネルギー・食品の企業が一体となって取り組む、地域ぐるみの公民連携が特徴である。 (参考:「脱炭素先行地域」共同提案6者が協定 つくば駅周辺で75億円規模の事業 - NEWSつくば、「脱炭素先行地域」への選定について - 中部電力ミライズ)
エネルギー基盤の中核は、研究学園都市の地下に張りめぐらされた既存の「共同溝」を活用したマイクログリッドである。共同溝は、電気・電話・上下水道・地域冷暖房などの管路をまとめて収める地下トンネルで、つくばが計画都市として整備された際に敷設されたものだ。この既存インフラを使って約2.6キロメートルの自営線網を構築し、太陽光発電と蓄電池を組み合わせて、電気と熱を同時に脱炭素化しながらエリア内で融通する。災害時にも電力を確保できるレジリエンスの強化も狙う。 (参考:「脱炭素先行地域」共同提案6者が協定 つくば駅周辺で75億円規模の事業 - NEWSつくば、つくば市「脱炭素先行地域」選定でマイクログリッドやクリーン水素へ取り組む - 国立環境研究所 環境展望台)
電源には地域資源とグリーン水素を組み合わせる。市内で回収した廃食用油を燃料とするボイラの新設、廃棄していた剪定枝や刈った芝のバイオマス利用、ニッスイつくば工場で発生する魚油の活用に加え、再生可能エネルギーで水を電気分解して製造するグリーン水素を混焼できるコージェネレーション(CGS)を導入する。あわせて、対象施設の照明のLED化、省エネ型空調への更新、断熱性の向上などの省エネ対策を進め、エリア全体の電力使用量を約3分の1削減することを見込んでいる。対象エリアの現状は、電力消費が年間約3,800万キロワット時、これに伴うCO2排出が年間約1万6,000トンと見積もられている。 (参考:「脱炭素先行地域」共同提案6者が協定 つくば駅周辺で75億円規模の事業 - NEWSつくば、「脱炭素先行地域」への選定について - 中部電力ミライズ)
第一の特徴は、研究学園都市として整備された既存インフラを、脱炭素の基盤に転用した点である。共同溝はもともと電気・通信・上下水道・地域冷暖房の管路を地下にまとめるために計画都市の建設時に敷設されたものだが、つくば市はこれをマイクログリッドの敷設空間として再利用する。新たに道路を掘り返さずに自営線網を引けるため、既存ストックを生かして電気と熱を同時に脱炭素化できる。計画的に造られた都市の「遺産」を、脱炭素時代の資産として読み替えた発想である。 (参考:つくば市、電気・熱を同時に脱炭素化 ポイントは既存インフラの活用 - 環境ビジネスオンライン、つくば市「脱炭素先行地域」選定でマイクログリッドやクリーン水素へ取り組む - 国立環境研究所 環境展望台)
第二に、市民の熟議そのものを、研究機関の知見を使って精密に設計した点である。気候市民会議は、産業技術総合研究所・国立環境研究所・筑波大学が共催し、参加者の抽出方法や情報提供のあり方が研究対象として検討された。関心の度合いまで含めて市の縮図をつくり、Web抽選ツールで偏りを補正し、応諾率を従来の数倍に高めた手続きは、「市民の声を聞いた」というアリバイ的な参加に陥らないための具体的な工夫である。科学のまちの強みを、エネルギー技術だけでなく民主的な合意形成のプロセスにも投入した点に独自性がある。 (参考:気候市民会議つくばで市の縮図となる参加者をどうやって選んだか - 国立環境研究所、気候市民会議つくば2023の設計と運営 - 国立環境研究所)
第三に、ボトムアップの市民熟議とトップダウンの大型インフラ事業を、ロードマップという中間装置でつないだ二層構造である。気候市民会議の74提言(市民の行動変容と暮らしの転換)と、6者連携による先行地域事業(エネルギー供給側の転換)は、本来は時間軸も主体も異なる別々の取り組みになりやすい。つくば市は、提言の実現を明示的に掲げたロードマップを介在させることで、市民の側の「需要の脱炭素」と事業者の側の「供給の脱炭素」を一つの政策体系の中に位置づけている。実際、市民会議が掲げた「水素を中心としたまちづくり」という提言は、先行地域事業のグリーン水素導入と方向性を共有している。 (参考:74件の提言まとめる 気候市民会議つくば - NEWSつくば、気候市民会議つくば2023・ロードマップ - つくば市)
第四に、脱炭素を環境部門に閉じず、中心市街地の活性化と企業誘致という都市経営の文脈に統合した点である。計画名が「スーパーシティの加速化」「スタートアップ創出・企業誘致」「中心市街地の活性化」を前面に出している通り、市はクリーンエネルギーの安定供給を都市のブランド化につなげ、脱炭素エリアであること自体を企業や人を呼び込む誘因に転化しようとしている。CO2を減らすことを目的の終点に置くのではなく、まちの再生のための手段として組み込んだ整理である。 (参考:【脱炭素先行地域】つくば市の計画 - つくば市、【茨城県内初】環境省「脱炭素先行地域」に選定されました - つくば市プレスリリース)
2026年6月の調査時点で確認できるのは、主に「枠組みを整え、実行に着手した」段階の成果である。脱炭素先行地域事業は2024年度から2028年度の5年間で進行中であり、エリア全体のCO2削減という最終的な効果は今後のモニタリングで検証される段階にある。
一方で、成否の核心はこれからである。気候市民会議の74提言がロードマップのフェーズ通りに実現していくか、共同溝マイクログリッドやグリーン水素混焼といった技術が計画通りに稼働しエリア全体で電力消費を約3分の1削減できるか、そして半径500メートルの先行エリアで得た成果を市全域や中心市街地の活性化へどう波及させるかは、事業期間(2028年度まで)以降の検証を待つ必要がある。本事例は、宣言から実装への移行を設計した段階の取り組みとして読むのが妥当である。 (参考:【脱炭素先行地域】つくば市の計画 - つくば市)
既存インフラを「脱炭素の資産」として棚卸しする。 つくば市の最大の工夫は、最先端の技術を新設したことよりも、計画都市の時代に敷設された共同溝という既存ストックを、マイクログリッドの敷設空間として読み替えた点にある。道路を掘り返さずに自営線を通せるこの発想は、共同溝に限らず、廃棄物処理施設の発電、未利用の廃食用油や剪定枝、工場の排熱・副産物など、地域に既にあるインフラや資源を脱炭素の文脈で棚卸しする視点として、多くの自治体に応用できる。ゼロから整えるより、足元の資産を生かす道がないかを問うことが出発点になる。 (参考:つくば市、電気・熱を同時に脱炭素化 ポイントは既存インフラの活用 - 環境ビジネスオンライン、「脱炭素先行地域」への選定について - 中部電力ミライズ)
「2050年宣言」を、市民の縮図による熟議で自分ごとに変える。 ゼロカーボンシティ宣言は全国の多くの自治体が行っているが、宣言が市民の行動につながらないことが共通の課題である。つくば市は、無作為抽出で市の縮図をつくり、関心の薄い層も含めて議論に巻き込む気候市民会議を開き、その提言を政策化することで、トップダウンの目標を市民発の実行計画に翻訳した。応諾率を高める広報・謝礼・抽選ツールの設計まで含めて、熟議を「アリバイ」にしない手続きは再現性がある。聞きっぱなしにせず、提言の実現を事前に約束し、ロードマップで進捗を追う点が肝になる。 (参考:気候市民会議つくばで市の縮図となる参加者をどうやって選んだか - 国立環境研究所、気候市民会議つくば2023・ロードマップ - つくば市)
需要側の熟議と供給側の事業を、中間装置でつなぐ。 市民の行動変容(需要の脱炭素)と、事業者によるエネルギー供給の転換(供給の脱炭素)は、別々に進めると噛み合わないことが多い。つくば市は、市民会議の提言とインフラ整備事業の双方を「提言の実現を目指す」ロードマップの下に位置づけ、両者を一つの政策体系で束ねた。住民参加と公民連携事業を別個のプロジェクトとして走らせがちな自治体にとって、両者を接続する中間の計画文書を置くという設計は参考になる。 (参考:74件の提言まとめる 気候市民会議つくば - NEWSつくば、ゼロカーボンで住みよいつくば市へのロードマップ〜個票編(2025改訂版)〜 - つくば市)
脱炭素を、まちの再生戦略の文脈に接続する。 つくば市は脱炭素を環境部門の単独施策とせず、中心市街地の活性化・企業誘致・スタートアップ創出という都市経営の目標と一体で語っている。クリーンエネルギーの安定供給とレジリエンスを、立地企業や住民を呼び込む地域ブランドへと転化する整理は、CO2削減が住民の暮らしや地域経済にどう得をもたらすのかを示す点で、合意形成と事業の持続性を支える。脱炭素を「我慢」ではなく「まちの魅力づくり」として位置づける枠組みは、他地域でも応用が利く。 (参考:【脱炭素先行地域】つくば市の計画 - つくば市、【茨城県内初】環境省「脱炭素先行地域」に選定されました - つくば市プレスリリース)
2026年6月時点の調査内容に基づいて作成
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