
2035年「日立市の公共交通の将来像」グランドデザイン策定
茨城県日立市と日立製作所が共創プロジェクトの一環として2024年11月に発表した、2035年を目標年とする公共交通の将来像。市民ワークショップで理想の移動像を描き、そこから10のモビリティソリューションを逆算して構想化。発表翌月には次世代モビリティの試乗実証を行った。
茨城県日立市と株式会社日立製作所は、2024年11月22日に2035年を目標年とする「日立市の公共交通の将来像」をグランドデザインとして発表した。両者が2023年12月に締結した「次世代未来都市(スマートシティ)の実現に向けた共創プロジェクト」の先行3テーマのうち、「公共交通のスマート化」分野で最初に公開された将来像にあたる。
特徴は、個別の交通施策を積み上げるのではなく、市民視点のワークショップで「2035年にどのような移動ができていてほしいか」という理想像を先に描き、そこから逆算してオンデマンド型自動運転カー、高齢者向け次世代モビリティ、統合アプリなど10のモビリティソリューションを構想として整理した点にある。「多様な移動手段を組み合わせた誰もが移動しやすいまち」をビジョンに掲げ、交通課題の解決と、移動の活性化によるまちの賑わい創出の両立をめざす。発表の翌月、2024年12月7〜8日には日立駅前新都市広場周辺で次世代モビリティの試乗実証「ひたち次世代モビリティフェス」を実施し、構想を市民の体験に接続する第一歩とした。 (参考:グランドデザイン〜2035年の「日立市の公共交通の将来像」〜(日立市公式)、日立製作所プレスリリース(2024年11月22日))
日立市は太平洋と阿武隈山地に挟まれて南北に細長く伸びる地形を持ち、市街地と交通網が南北方向に集中している。このため特に朝夕を中心に主要幹線で慢性的な交通渋滞が発生してきた。一方で宅地開発は、鉄道やバス路線から離れた西側の丘陵地(山側住宅団地)で進んだ経緯があり、公共交通でアクセスしにくいエリアに住宅地が広がっているという構造的な課題を抱えている。 (参考:BRT/日立市 沿線住民の支持を固めて延伸へ(日経BP・新公民連携最前線)、日立市の2035年の公共交通の未来は、日立製作所とビジョン描く(MONOist))
加えて人口減少と高齢化が進む。かつて20万人を超えた人口は減少を続け、共創プロジェクトの基礎資料では2024年4月時点で約16万6,000人、高齢化率は34.6%に達している。山側住宅団地では住民の高齢化により、坂道の多い地形での移動や、自宅から最寄りの交通拠点までのいわゆる「ラストマイル」の確保が切実な課題となっている。 (参考:日本経済研究所・共創型イノベーション事例分析)
こうした課題に対し、市は早くから公共交通の再構築に着手してきた。廃線となった旧日立電鉄線の跡地をバス専用道として整備し、公設民営の「ひたちBRT」を2013年3月に市南部のJR大甕駅以南で開業(第1期区間3.2km)、その後沿線を北へ延伸してきた。BRTは専用道を走ることで渋滞に左右されずに移動できる手段として機能し、市は沿線への住み替え誘導によってコンパクトシティ化を進める方針をとってきた。グランドデザインは、こうした既存の取り組みを土台にしつつ、自動運転やライドシェアといった技術潮流を取り込み、10年先を見据えて公共交通全体を描き直す試みとして位置づけられる。 (参考:BRT/日立市 沿線住民の支持を固めて延伸へ(日経BP・新公民連携最前線)、新交通(BRT)導入(日立市公式))
グランドデザインの策定では、施策ありきではなく「2035年にどのような移動ができていてほしいか」という利用者起点の議論から出発した。市民視点に立ったワークショップを継続的に開催し、理想的な未来のビジョンをイメージしたうえで、具体的な「利用シーン」や「移動サービス」へと落とし込んでいった。あわせて交通事業者や有識者の意見も取り込み、自動運転やライドシェアなどの社会潮流を踏まえて将来像を組み立てた。 (参考:グランドデザイン〜2035年の「日立市の公共交通の将来像」〜(日立市公式)、日立製作所プレスリリース(2024年11月22日))
ワークショップで描いた理想像から逆算する形で、将来像は10のモビリティソリューションとして整理された。主な内容は以下のとおりである。
これらは単独の乗り物の置き換えではなく、自宅から目的地までの一連の移動を、複数の手段を組み合わせて切れ目なくつなぐことを意図した構成になっている。 (参考:グランドデザイン〜2035年の「日立市の公共交通の将来像」〜(日立市公式)、日立市と日立製作所が、2035年の「日立市の公共交通の将来像」としてグランドデザインを描きました(日立市公式))
グランドデザイン実現に向けた取り組みの第一弾として、発表翌月の2024年12月7日(土)〜8日(日)の10時〜16時、日立駅前新都市広場周辺で「ひたち次世代モビリティフェス」が開催された。歩道用のベンチ型自動走行モビリティと立ち乗り・座り乗り型パーソナルモビリティ、車道用の電動キックボード、カート型自動走行モビリティの試乗体験が市民に提供され、自動運転車両の展示も行われた。高齢者向け・通勤者向けの新たな移動手段の導入可能性を、市民が実際に体験しながら検討する場として設計された。 (参考:日立製作所プレスリリース(2024年11月22日)、日立市と日立製作所が、2035年の「日立市の公共交通の将来像」としてグランドデザインを描きました(日立市公式))
第一の特徴は、将来像を先に描き、そこから施策を逆算する「バックキャスティング」の方法論を、公共交通という具体テーマで実践している点である。多くの自治体の交通計画が現状の路線網や事業の延長線上で組まれがちなのに対し、本事例は「2035年の理想の移動」という到達点を市民とともに設定し、その実現に必要な手段として10のソリューションを位置づけた。構想→市民対話→実証という順序が明確に設計されている。 (参考:グランドデザイン〜2035年の「日立市の公共交通の将来像」〜(日立市公式))
第二に、個別の乗り物ではなく移動全体を一気通貫で捉えている点がある。オンデマンド自動運転、ラストマイル支援、モビリティハブ、統合アプリ、ハンズフリー決済といった要素を組み合わせ、「自宅から目的地まで」を切れ目なくつなぐことを志向している。山側住宅団地のラストマイルと、幹線の大量輸送、駅前のウォーカブル空間という異なるスケールの移動を一つの将来像の中に並べている点が、地形に起因する日立市固有の課題への応答になっている。
第三に、ビジョンが交通課題の解決にとどまらず「まちの賑わい創出」まで射程に含めている点である。ウォーカブル空間や移動型店舗のように、移動手段の改善を歩行者中心の空間づくりや沿道のにぎわいへとつなげる発想が組み込まれており、公共交通の再構築を都市の活性化策として位置づけている。 (参考:日立市と日立製作所が、2035年の「日立市の公共交通の将来像」としてグランドデザインを描きました(日立市公式))
2026年6月時点で確認できるのは、計画策定とその初動段階の成果である。2024年11月22日に2035年を目標年とする公共交通のグランドデザインが公開され、ビジョンと10のモビリティソリューションが市民・関係者に向けて提示された。これは共創プロジェクトの先行3テーマの中で最初に公開された将来像であり、その後2025年6月に健康・医療分野のグランドデザインが続いた。 (参考:日立製作所プレスリリース(2024年11月22日))
実装の初動としては、発表翌月の「ひたち次世代モビリティフェス」で4種類の次世代モビリティ試乗体験が提供され、構想を市民が体験できる形で示した。グランドデザインはあくまで2035年に向けた将来像であり、本記事の調査時点では各ソリューションの本格運用には至っていない。今後はステークホルダーからの意見収集と市民参加型の施策検討を重ね、グリーン産業・健康医療など他テーマとデジタルで連動させながら段階的に具体化していく方針が示されている。 (参考:グランドデザイン〜2035年の「日立市の公共交通の将来像」〜(日立市公式)、日立製作所プレスリリース(2024年11月22日))
「将来像を先に描く」公共交通計画の組み立て方。現行の路線・ダイヤを起点に改善を積み上げるのではなく、市民と「10年後の理想の移動」を描いてから手段を逆算する進め方は、特定の企業や技術に依存しない汎用的な方法論である。理想像の言語化を市民ワークショップで行い、それを利用シーンとして具体化してから技術選択に落とす順序は、合意形成と施策設計を同時に進めたい自治体にとって参照価値がある。
地形に応じた移動のレイヤー設計。海と山に挟まれて南北に細長く、山側に高齢化した住宅団地を抱えるという日立市の条件は、ラストマイル(団地〜拠点)・幹線輸送・駅前空間という異なるスケールの移動を一つの構想に束ねる必要性を生んだ。同様に拠点と居住地が離れた地方都市にとって、移動を単一手段ではなく階層として設計し、モビリティハブで接続する発想は応用しやすい。
構想と体験を間を置かずつなぐ初動設計。グランドデザイン発表の翌月に試乗実証を行い、抽象的なビジョンを市民が触れられる体験へ素早く接続した点は、長期計画にありがちな「絵に描いた餅」化を避ける工夫として参考になる。一方で、本事例は調査時点では将来像の提示と初動実証の段階にあり、各ソリューションの社会実装や費用負担、事業者との役割分担といった実現フェーズの検証はこれからである。長期ビジョンを掲げる他地域にとっては、構想の魅力と並行して実装の道筋をどう担保するかが共通の論点となる。
2026年6月時点の調査内容に基づいて作成
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