
山側住宅団地向け高齢者次世代モビリティ(日立市)
日立市と日立製作所の共創プロジェクト「公共交通のスマート化」の一環として、急坂が多く高齢化が進む山側住宅団地を対象に、自宅から最寄りのモビリティハブまでをつなぐ高齢者向け次世代モビリティの導入をめざす取り組み。歩道を低速で自動走行するベンチ型モビリティなどの実証を進めている。
本事例は、日立市と株式会社日立製作所が進める「次世代未来都市 共創プロジェクト」のテーマの一つ「公共交通のスマート化」に位置づけられた、高齢者向け次世代モビリティの導入をめざす取り組みである。急な坂が多く高齢化が進む山側住宅団地では、自宅から路線バス停までの距離が遠く、移動をあきらめて外出を控える高齢者が増えている。この「家から最寄りの交通結節点まで」のラストマイルを、自動走行モビリティでつなぐことが狙いである。 (参考:最寄りのモビリティハブまでをつなぐ高齢者向け次世代モビリティ(日立市))
構想では、急な坂道を走行できる次世代モビリティの実証実験を行い、その結果をもとにモビリティを導入して、自宅から最寄りのモビリティハブ(バス停や駅などの交通結節点)までを接続する。ハブから先は既存のバスや電車に乗り継ぐことで、買い物や通院といった長距離の移動も可能になる。2024年12月の日立駅前での試乗イベントを皮切りに、住民へのヒアリングや車両の実証を重ねながら社会実装をめざす段階にある。 (参考:テーマ:公共交通のスマート化(日立市)、活気ある日立市の再構築をめざす「公共交通のスマート化」の取り組み(前編)(日立 Digital Evolution Headline))
日立市は太平洋に面した海岸沿いの低地から、急峻な山地へと斜面が立ち上がる地形をもつ。市街地の西側に広がる山側住宅団地は、こうした傾斜地を造成して開発された経緯から急な坂が多く、加齢とともに徒歩や自転車での移動が負担になりやすい。市の地域公共交通計画でも、中里地区など中山間部や市街地西側の山側団地で人口減少と高齢化が顕著であり、「車がないと生活しづらい」交通の不便さが課題として指摘されている。 (参考:日立市地域公共交通計画(素案)(日立市))
この地形と高齢化が重なることで、自宅から最寄りのバス停までの数百メートルの坂道が、外出そのものをためらわせる障壁になっている。免許を返納した高齢者にとっては、その「最初のひと区間」を埋める手段がないために、路線バスや鉄道という幹線の公共交通にアクセスできない。市全体では、慢性的な幹線道路の渋滞と並んで、山側住宅団地における高齢者・免許返納者の移動手段の確保が、交通施策の重点課題に位置づけられている。 (参考:テーマ:公共交通のスマート化(日立市)、最寄りのモビリティハブまでをつなぐ高齢者向け次世代モビリティ(日立市))
こうした課題に対し、日立市と日立製作所は2023年12月の包括連携協定に基づく「次世代未来都市 共創プロジェクト」を立ち上げ、その柱の一つ「公共交通のスマート化」で交通課題に取り組むこととした。2024年11月には2035年の「日立市の公共交通の将来像」を示すグランドデザインを策定し、「多様な移動手段を組み合わせた誰もが移動しやすいまち」を掲げた。グランドデザインは、公共交通をつなぐ統合アプリ、通勤者向けの次世代モビリティ、そして本事例の高齢者向け次世代モビリティという三つの施策で構成されている。 (参考:日立市と日立製作所が、2035年の「日立市の公共交通の将来像」としてグランドデザインを描きました(日立製作所)、日立市の2035年の公共交通の未来は、日立製作所とビジョン描く(MONOist))
取り組みは、住民の移動ニーズの把握から始まっている。山側住宅団地に住む高齢者へのヒアリングやアンケートを実施し、どこへ、どのような頻度で移動したいのか、どの区間の移動が特に困難なのかを分析しながら、最適な移動手段を検討する段階にある。机上で車両を導入するのではなく、坂道での実際の使われ方を起点に設計しようとしている点が、プロセスの出発点になっている。 (参考:活気ある日立市の再構築をめざす「公共交通のスマート化」の取り組み(前編)(日立 Digital Evolution Headline))
導入が検討されている車両の一つが、歩道を自動走行するベンチ型モビリティである。これは時速2〜3kmという歩く程度の速度で、決められたルートを移動するもので、自宅から最寄りのバス停などの交通結節点までの短距離移動を担う想定だ。高速で長距離を走る乗り物ではなく、坂道に暮らす高齢者がゆっくり安全に移動できることを優先した設計思想がうかがえる。あわせて、中里地区のような中山間の高齢者が多いエリアでは、公共版ライドシェア方式のオンデマンド交通がすでに運用され、買い物や通院のアクセスを支えている。次世代モビリティは、こうした既存の地域交通を補完する位置づけで検討されている。 (参考:活気ある日立市の再構築をめざす「公共交通のスマート化」の取り組み(前編)(日立 Digital Evolution Headline))
実証の第一弾として、2024年12月7〜8日に日立駅前の新都市広場周辺で「ひたち次世代モビリティフェス」が開催された。市民や来訪者が多様なモビリティを実際に試乗できるイベントで、歩道を自動走行するベンチ型モビリティ(時速3km・約200mの直線コースを6〜7分)、立ち乗り・座り乗り型のパーソナルモビリティ、電動キックボード、車道を自動走行するカート型・乗用車型モビリティ(時速20km・約1kmの周回コース)などが用意された。日立市内の公道で次世代モビリティを走行させるのはこのフェスが初めてで、高齢者向け・通勤者向けの新たな移動手段の導入可能性を、市民の反応を確かめながら検証する場となった。 (参考:日立市でモビリティの未来を体験する「ひたち次世代モビリティフェス」を開催(日立 Digital Highlights))
第一の特徴は、「地形」を起点に移動手段を設計している点である。多くのラストマイル交通が平坦な市街地での回遊性向上を狙うのに対し、本事例は急な坂という物理的な障壁そのものを正面から課題に据え、「坂道を走れること」「歩く速度で安全に移動できること」を車両選定の条件にしている。同じ高齢者の足の確保でも、平地のコミュニティバスやデマンド交通とは異なる解を必要とする、傾斜地特有の課題設定がこの事例の独自性である。 (参考:最寄りのモビリティハブまでをつなぐ高齢者向け次世代モビリティ(日立市))
第二の特徴は、ラストマイルを単独で完結させるのではなく、既存の公共交通ネットワークへの「接続」として位置づけている点である。自宅からモビリティハブまでをベンチ型モビリティでつなぎ、そこから先はバスや鉄道へ乗り継ぐという役割分担を明確にすることで、既存路線の利用者を奪うのではなく、利用できなかった人を幹線交通へ送り込む補完関係を設計している。統合アプリや通勤者向けモビリティと合わせて、移動手段の組み合わせ全体を一つのグランドデザインの中で描いている点が、個別の実証実験にとどまらない構えを示している。 (参考:テーマ:公共交通のスマート化(日立市)、日立市と日立製作所が、2035年の「日立市の公共交通の将来像」としてグランドデザインを描きました(日立製作所))
現時点では本事例は実証・検討の段階にあり、団地への本格導入や移動量の変化といった定量的な効果は確認されていない。確認できる成果は、課題の特定と施策化、そして実証の第一歩としてのニーズ把握である。山側住宅団地の高齢者移動課題が、共創プロジェクトのグランドデザインに正式な施策として位置づけられ、住民へのヒアリング・アンケートと車両の試乗という形で検証が動き出している。 (参考:活気ある日立市の再構築をめざす「公共交通のスマート化」の取り組み(前編)(日立 Digital Evolution Headline))
2024年12月の「ひたち次世代モビリティフェス」では、2日間で試乗者が合計345名、スタンプラリー参加者が約500名にのぼり、カート型モビリティには延べ65名が試乗した。市民が次世代モビリティに直接触れ、その反応や使い勝手を主催者側が観察する機会となり、社会実装に向けたニーズ把握という当初の目的に対して一定の手応えを得た段階といえる。日立市内の公道での走行という制度・運用面の一歩を踏み出した点も、今後の本格導入に向けた前進にあたる。 (参考:日立市でモビリティの未来を体験する「ひたち次世代モビリティフェス」を開催(日立 Digital Highlights))
第一に、高齢者の移動課題を「平均的な高齢者」ではなく、地形という地域固有の条件に即して捉え直す視点が参考になる。急坂の団地、豪雪地、狭隘な路地など、移動を阻む物理的条件は地域ごとに異なる。日立市の事例は、その障壁を具体的に言語化したうえで、歩く速度・坂道走行可能といった車両要件に落とし込んでいる。汎用的なデマンド交通の導入を検討する前に、自地域の「最初のひと区間」を阻んでいる条件は何かを問い直す手がかりになる。
第二に、ラストマイルを既存交通の「代替」ではなく「接続」として設計する発想が、再現性のある教訓となる。新しいモビリティを単体で導入すると既存路線と利用者を奪い合うことになりかねないが、自宅からハブまでの短距離に役割を限定し、そこから先を幹線に委ねる役割分担にすれば、これまで公共交通を使えなかった層を新たな利用者として取り込める。モビリティハブを結節点として位置づける考え方は、特定の車両技術に依存せず、コミュニティバスやデマンド交通など各地の既存資源と組み合わせて応用できる。
第三に、車両ありきではなく住民ヒアリングと公道での試乗から始めるプロセスそのものが示唆的である。低速の自動走行モビリティは新規性が高く、住民が実際に受け入れるかは机上では判断しにくい。市民が触れて反応を返せる場を先に設け、そこで得た観察を導入判断につなげる順序は、新規性の高い技術を地域に実装しようとする他地域にとって、合意形成と仕様検討を同時に進める現実的な進め方を示している。
2026年6月時点の調査内容に基づいて作成
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