
長沼地区まちづくり委員会「100年後の子どもたちのために 今、できること」ワークショップ
令和元年東日本台風で千曲川堤防が決壊し人口・児童数の減少が続く長野市長沼地区で、住民有志が2025年2月に開催した将来ビジョン形成ワークショップ。栄村の学校統合プロセスや大学教授の協働理論を手がかりに、子どもを核としたまちづくりを住民自身が議論した。
2025年2月15日、令和元年東日本台風(台風19号)で千曲川堤防が決壊し甚大な被害を受けた長野市長沼地区で、長沼地区住民自治協議会内の任意組織「まちづくり委員会」が「100年後の子どもたちのために 今、できること」と題したワークショップを長沼支所仮設庁舎で開催した。参加者は地元の子どもから大人まで約20人だった。 (参考:100年後の長沼へ、思い熱く | 信濃毎日新聞デジタル、長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
被災から5年が経過してもなお人口・世帯数・児童数の減少が続く中、まちづくり委員会はパネルディスカッションとワークショップの二部構成でこの会を企画した。パネリストには小中学校統合を進める栄村の教育長と、長野大学社会福祉学部の研究者を招き、条件の異なる他地域の合意形成プロセスや協働まちづくりの理論を手がかりに、子どもを核とした地域の将来像について住民自身が意見を交わした。 (参考:長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
2019年10月13日の令和元年東日本台風により長野市の千曲川堤防が決壊し、長沼地区は甚大な浸水被害を受けた。信濃毎日新聞の集計では、被災直後の2020年1月1日時点で地区人口は2,181人となり、被災前(2019年10月1日)の2,318人から137人(5.9%)減少していたことが確認されている。区別では浸水被害がより大きかった赤沼区の減少率が9.1%と最も高く、被害の程度と人口流出が連動していたことがうかがえる。 (参考:千曲川決壊現場近くの長野・長沼地区 台風後 人口5・9%減る | 信濃毎日新聞デジタル)
被災から5年が経過した2025年1月時点では、世帯数が899世帯から806世帯(約10%減)、人口が2,318人から1,940人(被災前比84%)まで減少し、地元の長沼小学校の児童数も93人から76人へと17人(約18%)減少していることが、ワークショップの中で住民自治協議会側から共有された。被災直後の一時的な落ち込みにとどまらず、5年を経ても人口・児童減少に歯止めがかかっていない状況が、今回のワークショップ開催の直接的な背景となっている。 (参考:長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
長沼地区では2009年3月21日に「長沼地区住民自治協議会」が設立され、総務・まちづくり、安全防災、福祉健康、文化・青少年育成の4部会体制のもと、大町・穂保・津野・赤沼の4区にまたがる地区共通の課題に住民主体で取り組んできた。協議会は「自然と共存し、環境にやさしいまちづくり」「安心して暮らせる災害のないまちづくり」「子供から高齢者まで支えあい、ふれあいのあるまちづくり」「健全な心身と文化を育むまちづくり」という4つの目標を掲げ、地域振興計画「ホームタウンながぬま」も策定して活動の指針としてきた。台風被災後はこの既存の自治基盤が復旧・復興の受け皿としても機能してきた。今回のワークショップを主催した「まちづくり委員会」も、この住民自治協議会内の一部会として位置づけられる。 (参考:長沼地区住民自治協議会について | 長沼地区住民自治協議会、長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
ワークショップ前半はパネルディスカッション形式で進行し、パネリストの一人である下水内郡栄村の下育郎教育長が、人口1,551人・767世帯の同村が小中学校を統合した義務教育学校を開設する取り組みを紹介した。栄村では2022年6月から統合の検討を始め、2024年11月までに平日夜間(午後6時半〜8時半)に22回の話し合いを重ね、制服の廃止・服装の自由化・校内に村民が日常的に出入りできる空間の設置など、既存の学校の枠組みを画一的に踏襲しない「そろえない」方針で合意形成を進めてきたことが共有された。 (参考:長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
栄村の義務教育学校「さかえ小中学校」は、このワークショップから1年余り後の2026年4月6日に開校式を迎えている。校章デザインも、地元の子どもを含む村内外からの募集案をもとに、住民参加型のワークショップを通じて選定された。 (参考:栄村の「さかえ小中学校」校章、基本デザインが固まる | 信濃毎日新聞デジタル)
もう一人のパネリスト、長野大学社会福祉学部の早坂淳教授は、ウェルビーイング(幸福)、自己決定理論、協働という3つのキーワードを軸にレクチャーを行った。自己決定理論については、つながり(関係性)・有用感(有能感)・自律という3要素が同時に満たされたときに人は幸福を感じるという考え方を紹介し、異なる経験を持つ人同士が共通の目標でつながることで新たな活動が生まれる「協働」の重要性を説明した。あわせて、目標を共有するコミュニティが実践活動を積み重ね、日常の枠を越える「越境」を経験する中で、最初は依頼されて手伝う関わりから、手伝う仲間同士のつながりや新たな活動が生まれ、目指す子どもの姿という目標が言語化されてその解釈が次第に明確になり、最終的には依頼を待たず自発的に関わるようになる、という段階を経てコミュニティが発達していくモデルを示した。 (参考:長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
後半のワークショップでは、地元の子どもから大人まで約20人の参加者が、100年後を見据えて長沼地区がどうあってほしいかを議論した。参加者からは、地域への愛着、誰かの痛みにそっと寄り添える力、主体的に発信する力、移り変わる時代と地域の様子を同時につかむ視点などが、育ってほしい子どもの姿として挙げられた。「今、できること」としては、児童センターを拠点に地域の大人が常駐する仕組みづくり、長沼支所の交流スペースや整備が計画されている防災関連施設の活用、卒業生が在校生に関わる機会づくり、そして今回のようなワークショップ自体の継続開催が提案された。早坂教授からは、こうした取り組みが形骸化(マンネリ化)しないための工夫として、子ども自身の参加、SNSでの発信・記録、詳細な記録の保管が提案された。 (参考:長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
栄村は豪雪地帯かつ2011年の地震被災地であり、水害からの復興に取り組む長沼地区とは災害の種類も地理的条件も異なる。それにもかかわらずこの事例で参照されたのは、栄村の学校統合という結論そのものではなく、2022年から2年半にわたり22回の話し合いを重ねた合意形成のプロセスと、「そろえない」という意思決定の姿勢だった。復興後の地域像を模索する被災地区が、条件の異なる地域から具体的な解決策ではなく「話し合いの重ね方」を学ぶという横展開のあり方は、他の人口減少地域にとっても示唆的である。 (参考:長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
早坂教授が提示した自己決定理論やコミュニティ発達段階モデルは、住民が漠然と抱く「こんな子どもに育ってほしい」という思いを、つながり・有用感・自律といった具体的な言葉で捉え直す手がかりとなった。プロジェクト提案をいきなり求めるのではなく、まず理論的な語彙を共有した上で議論に入るパネルディスカッション→ワークショップという二部構成は、地域の将来像という抽象度の高いテーマを扱う際の進行設計として特徴的である。 (参考:長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
「100年後の子どもたちのために」というテーマでありながら、議論の場には子ども自身も参加者として加わっている。大人だけで子どもの将来を代弁するのではなく、子ども自身が自分たちの言葉で意見を述べる場として設計されている点は、多世代参加型のまちづくりを検討する他地域にとって参考になる。 (参考:長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
ワークショップの直接的な成果として確認できるのは、住民自治協議会がこれまで把握していた人口・世帯・児童数の減少データを住民同士で共有し、被災から5年を経てもなお進行する地域縮小という課題を、危機感の醸成にとどめず将来志向の議論のたたき台として提示できた点である。 (参考:長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
議論を通じて、児童センターを拠点とした地域の大人の常駐、既存施設(支所交流スペース、整備予定の防災関連施設)の活用、卒業生による在校生への関わりといった、複数のアイデアが生まれた。いずれも新たな施設整備を前提とせず、既存の人材・施設を組み合わせる発想である点で、被災後の限られた資源の中でも着手しやすい提案となっている。 (参考:長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
一方で、調査時点で確認できた公開情報は2025年2月のワークショップ単発の実施報告にとどまり、参加者から出された「継続開催」の提案が実際に第2回・第3回として実行されたかどうかを示す続報は確認できなかった。早坂教授自身が指摘した形骸化(マンネリ化)のリスクへの対応が実際に機能するかどうかは、この時点では未検証である。
人口・世帯・児童数といった縮小を示す定量データは、危機感をあおる材料としてだけでなく、住民が将来像を議論するための共通の出発点として提示することができる。長沼地区の事例は、被災後5年という節目のタイミングで改めてデータを可視化し、それを踏まえた対話の場を設計した点で、人口減少に直面する他の地域にも応用可能な手法を示している。 (参考:長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
他地域の事例を参照する際、条件が近い地域の成功事例をそのまま輸入しようとすると、属人的な条件の違いから再現性を欠くことが多い。長沼地区が栄村から借りたのは学校統合という結論ではなく、2年半・22回という対話の積み重ね方だった。条件の異なる地域からでも「意思決定のプロセス」であれば移植可能であることを示しており、他地域が事例を参考にする際の視点として再現性が高い。 (参考:長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
自治体や住民自治組織が長期的な将来像を議論する際、いきなり具体策を求めるのではなく、大学等の研究者から理論的な枠組み・語彙を提供してもらった上で対話に入るという二段階の進行は、住民の漠然とした思いを言語化する支援策として他地域でも再現しやすい。ただしこの点は長野大学という近隣の高等教育機関との関係性に依拠しており、同様の連携先を持たない地域では、代替の専門家・支援機関を確保できるかが実施可否を左右する。 (参考:長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
早坂教授が初回のワークショップの時点で早くも形骸化対策(子どもの参加、SNS発信、記録の保管)を提案した点は、単発イベントで終わらせないための工夫を最初から検討しておく重要性を示している。 (参考:長沼地区被災から5年「100年後のために今できることは」、栄村事例に学ぶ | ナガクル)
ただし、実際に継続開催が実現したかどうかは調査時点では確認できておらず、この設計思想が機能するかどうかの検証は今後の課題である。
2026年8月時点の調査内容に基づいて作成
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