
日立市 23小学校区100%の自主防災組織と防災・減災連携
茨城県日立市が全23の学区コミュニティで自主防災組織を100%維持し、住民主導の防災訓練・防災士育成・地区別防災マップを束ねて地域防災力を高める事例。学区=コミュニティという既存の地域自治の枠組みを防災の単位に重ねた、産学官住連携のモデル。
茨城県日立市は、市内全23の小学校区(学区)すべてで自主防災組織を結成・運用し、その設置率を100%で維持している。各学区の自主防災組織は、避難経路を確認する避難訓練、初期消火訓練、AEDの使い方を学ぶ応急救護訓練、避難所で食料を供給する炊き出し訓練などを、地域住民が協力しながら自主的に実施している。市の防災対策課は「23の小学校区における自主防災組織は100%機能しており、各地域ごとの避難訓練や講習会など、自主的に防災への取り組みを進めてもらっている」と説明する。 (参考:自主防災訓練の開催日程について(令和7年度)(日立市)、茨城県日立市様(ゼンリン事例))
この事例の本質は、「100%」という数値の達成そのものではなく、日立市にもともと存在する「学区=コミュニティ」という地域自治の単位を、そのまま防災の運用単位として機能させている点にある。市は東日本大震災(2011年)と令和元年東日本台風(2019年)の教訓を踏まえ、避難所のWi-Fiや蓄電池といったハード整備と、住民・大学・行政が連携するソフト施策を組み合わせ、令和4年8月改訂の地域防災計画のもとで継続的に地域防災力を高めている。 (参考:茨城県日立市様(ゼンリン事例)、日立市地域防災計画(日立市))
日立市は太平洋に面し、海岸線と山地に挟まれた南北に細長い市域を持つ。そのため洪水・内水・土砂災害・津波という複数の災害リスクが地区ごとに異なる形で重なり合う地形条件にある。市はこれらのリスクを一覧できるよう、市域を8つの地区に分けた防災マップを整備しており、地区によって備えるべき災害像が大きく違うことが、地域単位での防災対応を必要とする構造的な前提になっている。 (参考:地区別防災マップ・総合防災マップのご案内(日立市))
直接の契機となったのは、2011年の東日本大震災と2019年の令和元年東日本台風という2つの大災害である。地震・津波と風水害という性質の異なる災害を相次いで経験したことで、行政の初動だけでは避難や避難所運営をまかないきれず、地域の住民組織が果たす役割の重要性が改めて認識された。日立市の地域防災計画は災害対策基本法に基づき、総則・風水害対策・地震災害対策・津波災害対策・事故災害対策・原子力災害対策・資料の6編で構成されており、これらの教訓を反映する形で令和4年8月に改訂されている。 (参考:日立市地域防災計画(日立市))
もっとも、日立市の場合は「災害を受けてゼロから組織化を始めた」のではない。市の説明によれば、東日本大震災以前から日立市は自主防災組織の活動が盛んな地域であり、行政が働きかけずとも、住民が主体となって避難訓練や講習会を実施する文化があった。課題はむしろ、この既存の地域力をいかに全学区で途切れさせず維持し、ハード・ソフト両面の支援で底上げしていくかという「継続と高度化」にあったと言える。 (参考:茨城県日立市様(ゼンリン事例))
土台となっているのは、市内23か所に置かれた学区単位のコミュニティ組織である。日立市では各学区・地区のコミュニティの会長23名で構成される「日立市コミュニティ推進協議会」があり、市内23か所の交流センターを拠点に、環境活動・子育て支援・地域福祉・生涯学習といった地域活動が展開されている。自主防災組織は、この既存のコミュニティ(学区)の枠組みと重なる形で全23学区に組織されており、防災を新たな専門組織ではなく地域自治の延長線上に位置づけている点が出発点になっている。 (参考:日立市コミュニティ推進協議会、自主防災訓練の開催日程について(令和7年度)(日立市))
各学区の自主防災組織は、年間を通じて自主防災訓練を実施する。令和7年度の日程を見ると、6月の豊浦学区・久慈学区から、10月の助川学区・滑川学区、11月の中小路学区、翌2月の田尻学区まで、学区ごとに小学校や交流センターを会場に訓練が分散して開かれている。訓練の内容は、いざというときに避難先までの道のりを体で覚える訓練、出火直後に火を消し止める練習、けが人への手当てやAED操作の習得、被災者へ温かい食事を届ける炊き出しなど実地に即したメニューで構成され、住民が自分の暮らす地域の訓練に参加する形をとる。 (参考:自主防災訓練の開催日程について(令和7年度)(日立市))
これと並行して、市は地域防災のリーダーを育てる仕組みを用意している。地域の防災リーダーとして活躍が期待される「防災士」の資格取得を支援する防災士養成講座を開講し、資格試験や認証登録などの費用を市が負担している。受講者は約1か月の自宅学習と普通救命講習を経て、2日間の養成講座と資格試験に臨む。訓練を担う人材を地域内に継続的に増やすことで、自主防災組織の活動を属人化させず次世代へ引き継ぐ狙いがある。 (参考:令和6年度日立市防災士養成講座(日立市)、総務部防災対策課(日立市))
ハード面では、市は避難所への無線LAN(Wi-Fi)導入や非常用電源となる蓄電池の配備を進め、各世帯には非常持ち出し品をまとめた袋も配ってきた。さらに2022年11月にはおおむね5年ごとの総合防災訓練を実施し、要配慮者の移送訓練なども取り入れている。ソフト面では地元大学との防災ワークショップを行うなど、住民・行政・教育機関が連携する取り組みも組み合わせている。 (参考:茨城県日立市様(ゼンリン事例))
住民が自分たちの地域の危険を「自分ごと」として把握するための基盤づくりも進んだ。市は令和5年3月20日号の市報と同時に、市域を8地区に分けた地区別防災マップを全戸に配布した。表面に洪水・内水・土砂災害・津波のハザードエリアを1枚に統合して示し、裏面に防災情報を掲載するもので、全地区のマップに防災基礎知識を加えた48ページの総合防災マップや、パソコン・スマートフォンから災害リスクや避難場所を確認できるWEB版ハザードマップも整備されている。住宅地図と各種ハザード情報を重ねて地域のリスクを可視化する手法は、町内会や自主防災組織が地図上で災害を想像し対策を話し合う災害図上訓練(DIG)とも親和性が高い。 (参考:地区別防災マップ・総合防災マップのご案内(日立市)、日立市WEB版ハザードマップ(日立市)、DIG地図(株式会社ゼンリン))
第一の特徴は、防災の組織単位を新設せず、既存の「学区=コミュニティ」という地域自治の枠組みにそのまま重ねている点である。日立市では23学区それぞれにコミュニティ推進会と交流センターが対応し、コミュニティ会長が運営の中心を担う統治構造がすでにできあがっている。自主防災組織はこの単位に沿って組織されているため、住民にとって「どの集まりに参加すればよいか」が日常の地域活動と地続きになっている。防災を特別な活動として切り出すのではなく、生涯学習や地域福祉と同じ土俵に乗せていることが、100%という設置率を支える土台になっている。 (参考:日立市コミュニティ推進協議会)
第二に、「行政が主導してつくらせた組織」ではなく「もともと活発だった住民活動を行政が支える」という関係性である。市の防災対策課自身が、震災以前から住民主導の防災文化があったと認めており、行政の役割は号令ではなく、訓練の場づくり・人材育成(防災士)・情報基盤(防災マップ)・避難所のハード整備といった下支えに置かれている。トップダウンの数値目標管理とは逆向きの、住民の自発性を制度で補強するアプローチになっている。 (参考:茨城県日立市様(ゼンリン事例))
第三に、ソフトとハードを一体で回している点である。訓練と人材育成(ソフト)だけでも、Wi-Fi・蓄電池・防災マップ(ハード/情報基盤)だけでも地域防災は完結しない。日立市はこの両輪を、地域防災計画という上位計画のもとで継続運用しており、単発のイベントではなく毎年の訓練サイクルとして定着させている。地元大学との防災ワークショップという産学官住の連携も、この継続運用の中に組み込まれている。 (参考:日立市地域防災計画(日立市)、茨城県日立市様(ゼンリン事例))
確認できる最も明確な成果は、市内全23小学校区での自主防災組織の100%設置・運用が維持されていることである。これは単に組織が「存在する」だけでなく、令和7年度の訓練日程に見られるように、学区ごとに会場と日程を割り当てた訓練が実際のスケジュールとして運用されている点に裏づけられている。市の防災対策課も、各組織が100%「機能している」と表現している。 (参考:自主防災訓練の開催日程について(令和7年度)(日立市)、茨城県日立市様(ゼンリン事例))
情報・ハード面では、令和5年3月の地区別防災マップ全戸配布、48ページの総合防災マップ、WEB版ハザードマップの運用開始、避難所へのWi-Fi・蓄電池整備、非常用持ち出し袋の配布といった具体的な整備が進められた。これらは住民がリスクを把握し、避難所が停電・通信途絶下でも一定機能するための基盤づくりであり、ソフト施策(訓練・防災士育成)と組み合わせて運用されている。 (参考:地区別防災マップ・総合防災マップのご案内(日立市)、茨城県日立市様(ゼンリン事例))
一方で、訓練ごとの参加者数や住民の防災知識の到達度、世帯別の備蓄率といった「地域防災力の質」を示す定量指標は、公開情報からは確認しづらい。100%という設置率は組織の網羅性を示すが、各組織の活動の濃淡や担い手の高齢化といった運用面の課題までは、現時点の公表資料では見通せない。成果は「全学区での組織化と訓練サイクルの定着」として捉えるのが、根拠に照らして妥当である。 (参考:自主防災訓練の開催日程について(令和7年度)(日立市))
第一に、防災組織を一から立ち上げるのではなく、既存の地域自治の単位に重ねるという設計思想は、多くの自治体で応用可能である。学区・町内会・自治会・公民館圏域など、地域にはすでに住民が帰属意識を持つ単位が存在する。そこに防災機能を付加する方が、新たな防災専門組織を別途立ち上げるより住民の参加コストが低く、活動も日常の地域活動と連動しやすい。日立市が交流センターという生涯学習・地域福祉の拠点と防災を同じ単位で運用していることは、その具体例として参考になる。
第二に、「設置率100%」という到達点をゴールにしないという視点である。日立市の事例は、組織の網羅性(ハード的な100%)と、訓練・人材育成・情報基盤による運用の継続(ソフト的な実効性)を分けて考えることの重要性を示している。他地域が設置率を追う際にも、設置後の訓練頻度・担い手育成・避難所の機能維持までを一体で設計しなければ、数値だけが先行しかねない。防災士養成費用を市が負担して担い手を継続供給する仕組みは、属人化を避ける現実的な打ち手として横展開しやすい。
第三に、住民の自発性が前提となる事例だからこそ、「自発性が乏しい地域でどう着火するか」という問いが逆照射される。日立市は震災以前から防災文化が根づいていた地域であり、その意味で前提条件に恵まれていた面がある。自発性が弱い地域では、地区別ハザードマップの全戸配布やDIGのような「自分の地域の危険を可視化する体験」を入り口に据え、まず関心を地域単位で立ち上げるところから始める、という順序が現実的な示唆になる。日立市の構成要素(地域単位・人材育成・情報基盤・ハード整備)は、地域の出発点に応じて組み合わせ直せる部品として読み解ける。
2026年6月時点の調査内容に基づいて作成
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