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世田谷区基本計画(令和6〜13年度)・実施計画と「学習する都市」推進予算
世田谷区基本計画(令和6〜13年度)・実施計画と「学習する都市」推進予算

世田谷区基本計画(令和6〜13年度)・実施計画と「学習する都市」推進予算

世田谷区基本計画(令和6〜13年度)・実施計画と「学習する都市」推進予算

東京都
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東京都世田谷区が、区政の最上位計画である基本計画(令和6〜13年度)と実施計画を参加型で策定し、令和7年度当初予算を「学習する都市」推進予算と名づけた事例。予算を政策分野ではなく「学び」という統治の理念で束ね、参加と協働を地域全体の学び合いとして捉え直す枠組みを紹介する。

概要

世田谷区は人口約92万人を抱える東京23区で最も人口の多い自治体である。その区政運営の最上位に立つのが、令和6年度(2024年度)から令和13年度(2031年度)までの8年間を見通す「世田谷区基本計画」であり、その具体化を担うのが令和6〜9年度(2024〜2027年度)を期間とする「実施計画」である。基本計画は「参加と協働を基盤とする」ことを筆頭の理念に掲げ、6つの理念と6つの重点政策で区が向こう8年間に力を入れる方向性を示す。(参考:世田谷区「基本計画(令和6年度〜令和13年度)・実施計画(令和6年度〜令和9年度)」

この事例で特に注目したいのは、区がこの計画を実際の予算に落とし込む際の「名づけ方」である。令和7年度(2025年度)の当初予算を、区は「『学習する都市』推進予算」と位置づけた。福祉予算・子育て予算といった政策分野の名前ではなく、「学び」という区政運営の姿勢そのものを予算全体のテーマに据えた点にこの事例の独自性がある。区長の保坂展人は、「学習する都市」に「生涯学習を含め地域で学ぶ環境を充実させるとともに、区民が主体的に知恵を出し合いコミュニティを改善していけるまち」という意味を込めたと説明する。基本計画の理念「参加と協働」を、住民が意見を述べる場としてではなく、地域全体が学び合う場として捉え直そうとする試みといえる。(参考:区のおしらせ「せたがや」令和7年4月15日号

本記事で扱う基本計画・実施計画・「学習する都市」推進予算は、成城のまちづくりキャンバスや区内大学との連携、グリーンインフラ、地域コミュニティづくりといった、区内各地で進む個別の取り組みを束ねる「上位フレーム」にあたる。個々の現場の実践が、区全体の計画と予算のなかでどう位置づけられているのかを俯瞰するための土台として整理する。

背景・課題

世田谷区は、平成26年度(2014年度)から令和5年度(2023年度)までを期間とする前の基本計画が満了を迎えるにあたり、次の8年間を見通す新たな最上位計画を必要としていた。少子高齢化と人口構成の変化、気候危機と脱炭素への対応、新型コロナ禍を経た地域社会のつながりの再構築、そして人口92万人規模の自治体を持続的に運営するための財政の健全性——こうした複合的な課題を、単発の施策ではなく区政全体の方向性として束ね直すことが、計画改定の出発点にあった。(参考:世田谷区「基本計画(平成26年度〜令和5年度)」世田谷区「次期基本計画(令和6年度〜令和13年度)の検討」

もう一つの背景に、「参加と協働」をどう実質化するかという、世田谷区に固有の問題意識がある。世田谷区は住民参加のまちづくりを長く区政の看板に掲げてきた自治体であり、教育ジャーナリスト出身の保坂展人区長(2011年就任・4期目)は、市民参加と対話を一貫して重視してきた。しかし「参加」は、ともすれば行政が用意した案に住民が意見を寄せる一方向の手続きに留まりやすい。参加を、単なる意見聴取ではなく、住民と行政が互いに学び合いながら地域を改善していく双方向のプロセスへとどう深めるか。これが計画と予算に通底する課題であった。(参考:世田谷区「区長プロフィール」保坂展人(Wikipedia)

さらに、区政の方向性を約4,000億円という巨大な予算として編成しても、その規模の数字は区民にとって具体的なイメージを結びにくいという、コミュニケーション上の課題もある。予算の全体像を、区民が自分ごととして受け取れる言葉にどう翻訳するか。世田谷区は近年、当初予算に毎年テーマ名を冠する手法をとってきており(令和5年度は「子ども全力応援予算」)、令和7年度の「学習する都市」推進予算も、この予算に物語を与える試みの延長線上にある。(参考:世田谷区「令和5年度当初予算概要(子ども全力応援予算)」

取り組みのプロセス

参加でつくった最上位計画

基本計画の策定そのものが、参加型の手続きを踏んで進められた。区は次期基本計画の検討にあたり、専門的見地から意見を出す区民検討会議、区長の諮問に答える基本計画審議会を設けたうえで、区民ワークショップを開催し、区議会での議論やステークホルダーからの意見集約も重ねた。素案・骨子の各段階では、パブリックコメントに加えて、区が運営するデジタル参加プラットフォーム「Decidim(デシディム)」を使ったオンラインでの意見交換を実施している。計画の内容として「参加と協働」を掲げるだけでなく、計画をつくる過程自体を参加型にすることで、理念を手続きの面から体現しようとした。(参考:世田谷区「次期基本計画(令和6年度〜令和13年度)の検討」世田谷区「デジタルプラットフォーム(Decidim)を活用した基本計画(素案)に対する区民意見交換」

こうしてまとまった基本計画は、「持続可能な未来を確保し、あらゆる世代が安心して住み続けられる世田谷をともにつくる」を基本方針に据える。その土台として、基本計画は計画全体を貫く6つの理念を次のように明記する——(1)参加と協働を基盤とする、(2)区民の生命と健康を守る、(3)子ども・若者を中心に据える、(4)多様性を尊重し活かす、(5)地区・地域の特性を踏まえる、(6)日常生活と災害対策・環境対策を結びつける。そのうえで、特に重点的に取り組む政策として、計画が掲げる6つの重点政策——(1)子ども・若者が笑顔で過ごせる環境の整備、(2)新たな学校教育と生涯を通じた学びの充実、(3)多様な人が出会い、支え合い、活動できるコミュニティの醸成、(4)誰もが取り残されることなく生き生きと暮らせるための支援の強化、(5)自然との共生と脱炭素社会の構築、(6)安全で魅力的な街づくりと産業連関による新たな価値の創出——を挙げている。(参考:世田谷区「基本計画(令和6年度〜令和13年度)・実施計画(令和6年度〜令和9年度)」世田谷区「みんなに知ってほしい!世田谷区基本計画」

8年のビジョンを4年の実行計画群で支える

基本計画は8年という長い射程を持つが、その分だけ社会情勢の変化に対して硬直しやすい。世田谷区はこの弱点を、長期ビジョンと短期の実行計画を入れ子にする構造で補っている。8年間の基本計画に対し、その具体的な取り組みを定める「実施計画」は令和6〜9年度の4年間を期間とし、計画期間の中間で見直しを行うことで、状況に応じた機動的な運営を可能にしている。(参考:世田谷区「基本計画(令和6年度〜令和13年度)・実施計画(令和6年度〜令和9年度)」世田谷区「実施計画」

実施計画には、性格の異なる二つの計画が並走する。一つは、区を28の地区に分け、地区・地域の課題解決に住民・団体・事業者の参加を得て協働で取り組む体制を強化する「地域行政推進計画」であり、もう一つは、最上位計画の実現を財政・組織の面から支える「新たな行政経営への移行実現プラン(令和6〜9年度)」である。ビジョンを描く基本計画、暮らしに近い地区レベルの自治を担う地域行政推進計画、行政の足腰を強化する行政経営プラン——という役割分担で、抽象的な理念を地区の現場と組織運営の両面から支える構成になっている。(参考:世田谷区「新たな行政経営への移行実現プラン(令和6年度〜令和9年度)」

予算に物語を与える——「学習する都市」推進予算

計画が定めた方向性は、毎年度の予算として実行に移される。区は令和7年度(2025年度)の一般会計当初予算3,996億1,700万円(前年度比280億6,600万円・7.6%増)を「『学習する都市』推進予算」と名づけ、区民が学び続ける環境の整備と、参加と協働による地域全体での学びを進める予算として編成した。政策分野ではなく「学び」という姿勢を予算全体のテーマに掲げることで、基本計画の理念を単年度の財政運営にも一本の筋として通そうとしている。(参考:区のおしらせ「せたがや」令和7年4月15日号

「学習する都市」というテーマのもとで、予算には性格の異なる事業が具体的に位置づけられた。学校教育の分野では、不登校の子どものための「学びの多様化学校」の開設準備、特別な配慮を必要とする子どもへの支援、教員の多忙化を解消する負担軽減が並ぶ。子ども・若者の参加では、子どもの意見表明と区政参加の仕組みづくりが進む。地域の学びと担い手づくりの面では、旧池尻中学校跡地を活用する「HOME/WORK VILLAGE」の開設や、地域コミュニティの担い手づくり支援が盛り込まれた。さらに、マンション防災の共助を促す事業や、脱炭素地域づくり事業なども重点に据えられている。教育・子ども・コミュニティ・防災・環境という一見ばらばらの領域を、「区民が学び、知恵を出し合ってまちを良くする」という一つの物語で束ねている点が、この予算編成の骨格である。(参考:区のおしらせ「せたがや」令和7年4月15日号世田谷区「教育委員会の予算(令和7年度当初予算)」

この事例の特徴

第一の特徴は、予算を「政策分野」ではなく「統治のモード」で名づけた点にある。多くの自治体が予算を福祉・教育・都市整備といった分野別に説明するのに対し、世田谷区は「学習する都市」という、行政と住民がどう関わり合うかという姿勢そのものを予算全体のテーマに据えた。これにより、「参加と協働」が、行政案への意見聴取という受け身の手続きから、住民と行政が互いに学び合いながら地域を改善していく能動的なプロセスへと再定義される。学びは誰かが誰かに一方的に与えるものではなく、参加者全員が変わっていく双方向の営みであり、この語を選ぶこと自体が参加観の転換を含意している。(参考:区のおしらせ「せたがや」令和7年4月15日号

第二に、計画づくりの過程それ自体が、掲げる理念を体現している点が挙げられる。区民ワークショップやデジタルプラットフォームDecidimを通じて住民の意見を計画に織り込むプロセスは、「参加と協働」「学び合い」を、完成した計画の文言としてではなく、計画を生み出す手続きの中で先取りして実践している。理念を掲げる文書が、その理念に沿った作られ方をしているという整合性が、この取り組みの説得力を支えている。(参考:世田谷区「デジタルプラットフォーム(Decidim)を活用した基本計画(素案)に対する区民意見交換」

第三に、8年の基本計画・4年の実施計画・28地区の地域行政・行政経営プランという入れ子の計画体系によって、抽象的な最上位理念を地区レベルの現場につなぐ回路を用意している点である。「学習する都市」という一見つかみどころのない理念も、地域行政の28地区という単位や、HOME/WORK VILLAGEのような具体的な拠点に落ちることで、住民が体感できる実践に接続していく。教育ジャーナリストとして管理教育の是正に取り組み、著書『88万人のコミュニティデザイン』で地域主導のまちづくりを論じてきた保坂区政の文脈が、「学び」を軸に据える予算編成の背景にあると読み取れる。(参考:世田谷区「区長プロフィール」保坂展人(Wikipedia)世田谷区「新たな行政経営への移行実現プラン(令和6年度〜令和9年度)」

調査時点の成果

調査時点で確認できる到達点は、まず計画と予算という「枠組み」が実際に整い、稼働し始めていることである。8年間の基本計画と4年間の実施計画は令和6年度(2024年度)から運用が始まり、令和7年度(2025年度)にはそれを「学習する都市」推進予算として3,996億1,700万円規模で具体化した。計画の策定にあたっては区民ワークショップやDecidimによるオンライン参加が実施され、理念に沿った参加型の手続きが手続きとして機能したことも確認できる。方向性を示す文書と、それを実行に移す予算と、それを支える参加の仕組みが、一つの体系として組み上がったこと自体が、現時点での成果といえる。(参考:世田谷区「基本計画(令和6年度〜令和13年度)・実施計画(令和6年度〜令和9年度)」区のおしらせ「せたがや」令和7年4月15日号

一方で、この事例は本質的に計画・予算という「入口」の段階にあり、「学習する都市」が実際にどれだけ地域を変えたかという成果は、これから積み上がる下流の実践に委ねられている点は冷静に押さえておく必要がある。予算にテーマ名を冠する手法は、区政の方向性を区民に伝えるコミュニケーションとしては優れているが、その言葉が個々の事業の中身を伴わなければ、スローガンに留まるリスクも併せ持つ。実際、世田谷区の他分野では、みどり率のように長期目標と実測値の間に開きが生じている例もあり、掲げた理念と現実の到達度のギャップは、この計画についても継続的に検証されるべき論点である。(参考:世田谷区「実施計画」

なお、「学習する都市(ラーニングシティ)」という概念は、ユネスコが構築する「学習都市に関するグローバルネットワーク(GNLC)」など国際的な文脈にも存在するが、世田谷区の「学習する都市」はそうした対外的な認証や加盟を指すものではなく、区が自らの区政・予算の理念として用いている独自の表現である点は、事実として区別しておきたい。(参考:文部科学省「ユネスコ学習都市に関するグローバルネットワークについて」

他地域への示唆

第一に、区政の方向性や巨額の予算を、区民に伝わる一つの物語(テーマ)へと翻訳するコミュニケーション手法は、多くの自治体に応用できる。約4,000億円という数字の羅列は住民の実感を結びにくいが、「学習する都市」という一語は、その年の区政がどこを向いているのかを直感的に伝える。予算にテーマ名を冠し、個別事業をその物語のもとに配置し直すことで、財政運営という硬い営みを、住民が自分ごととして受け取れる形に開いていく——この編集の作法は、予算規模の大小を問わず参考になる。(参考:区のおしらせ「せたがや」令和7年4月15日号

第二に、「参加と協働」を「学び」という枠組みで捉え直す発想は、参加疲れという多くの自治体が抱える課題への一つの答えになりうる。住民参加を、行政案への賛否を問う手続きとして運用し続けると、住民も行政も消耗しやすい。これを、双方が知恵を出し合い、互いに変わっていく学び合いの過程として位置づけ直せば、参加は負担ではなく地域の力を育てる正の営みへと意味が変わる。参加を「合意形成の手段」からさらに一歩進めて「地域の学習能力を高める営み」として設計する視点は、他地域の参加施策を組み立て直す際の切り口になる。(参考:世田谷区「みんなに知ってほしい!世田谷区基本計画」

第三に、長期ビジョンを短期の実行計画群と中間見直しで支える計画アーキテクチャは、8年という長い計画期間を持ちながら変化に対応したい自治体にとって実用的なモデルとなる。ビジョンを描く基本計画、暮らしに近い地区の自治を担う地域行政計画、組織・財政を支える行政経営プランへと役割を分け、そのすべてを毎年度の予算で束ねる構成は、最上位計画が「掲げただけ」で終わらないための骨組みを与える。理念・実行・現場・財政のどこが弱いのかを分けて点検できる点も、この入れ子構造の利点である。(参考:世田谷区「新たな行政経営への移行実現プラン(令和6年度〜令和9年度)」

最後に、留意点として、こうした理念先行の枠組みは、リーダーの個性やビジョンに支えられやすいという属人性の弱点を併せ持つ。「学習する都市」という理念は、教育ジャーナリスト出身で参加と対話を重視してきた区長の発想と不可分であり、他地域がテーマ名だけを模倣しても、それを支える策定過程の参加設計や計画体系、そして事業の中身が伴わなければ空回りしかねない。理念を旗印として掲げると同時に、その理念を誰が変わっても回り続ける手続きと制度に落とし込めるかどうかが、応用にあたっての本質的な課題となる。(参考:世田谷区「区長プロフィール」保坂展人(Wikipedia)

参照元


2026年7月時点の調査内容に基づいて作成

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