
成城みつ池緑地(神明の森みつ池)の保全活動
東京23区で数少ないゲンジボタルの自生地・国分寺崖線の湧水を、世田谷区・世田谷トラストまちづくり・市民ボランティア「成城みつ池を育てる会」の三者協働で守る特別保護区の保全事例。非公開のサンクチュアリと旧山田邸の展望デッキで保全と公開を両立させる工夫を紹介する。
成城みつ池緑地(神明の森みつ池)は、東京都世田谷区成城4丁目、国分寺崖線の斜面に広がる約1.3ヘクタールの緑地である。斜面林の谷あいには4か所の湧水がわき、その水は野川へと注ぐ。緑地の中核をなす約6,056平方メートルは「神明の森みつ池特別保護区」に指定され、東京23区内で2か所しか自生地が確認されていないゲンジボタルや、キンラン・ギンランなど絶滅危惧種を含む多様な動植物が残る、都市に囲まれた保護区(サンクチュアリ)となっている。(参考:世田谷区「成城みつ池緑地」、世田谷区「特別保護区」)
この緑地は、世田谷区(制度・所有)、一般財団法人世田谷トラストまちづくり(管理運営)、市民ボランティア団体「成城みつ池を育てる会」(現場の保全)という三者の協働で維持されている。特別保護区は原則非公開だが、緑地の一角にある区指定有形文化財「旧山田家住宅(旧山田邸)」を2017年に公開し、その展望デッキから来訪者が緑地を眺められる仕組みを整えた。厳格な保全と一般の享受を空間的に両立させている点が、この事例の中心的な特徴である。(参考:世田谷トラストまちづくり「成城みつ池緑地・旧山田邸」)
国分寺崖線は、多摩川がつくった台地の縁に連なる崖の連なりで、崖下からは各所で湧水がわく。成城のみつ池一帯はこの崖線上に位置し、戦前には薪や炭の材を得る雑木林として使われていた斜面林と湿地が、宅地化の進む住宅地のなかに残された。一帯には集落跡である上神明遺跡や、水神を祀る祠も残り、自然環境と地域の歴史が重なり合う場所である。(参考:Wikipedia「神明の森みつ池」)
こうした湧水湿地と斜面林は、都市化のなかで真っ先に失われやすい環境である。世田谷区は1977年から緑地としての事業に着手し、1978年(昭和53年)に都市緑地保全法(当時)にもとづく特別緑地保全地区、同年10月には区の条例にもとづく特別保護区に指定して、民有地の貴重な自然を制度的に囲い込んだ。特別保護区は、樹林地・水辺・生きものの生息地がまとまって残り、特別に守る価値があると区が判断した民有地を対象とし、動植物の採取や指定日以外の立ち入りは禁止される。(参考:世田谷区「特別保護区」、世田谷トラストまちづくり「特別保護区」)
課題は、制度で囲うだけでは生態系が守れないことにある。湧水湿地とそこに依存するゲンジボタルの生息環境は、水量・水質、餌となるカワニナの個体数、下草や落ち葉の管理状態など、人の手が入り続けることで初めて維持される。加えて、都市住宅地に隣接するがゆえの固有の脅威として「光害」がある。区議会での議論によれば、みつ池のホタルは満月程度の明るさ(約0.2ルクス)でも飛翔・発光が大きく減り、0.1ルクスのLED光でも繁殖に悪影響が確認されている。街灯や隣家の明かり、見物客のカメラフラッシュが、200個体程度とされる貴重な群れを脅かす要因となってきた。(参考:世田谷区議会議員 上川あや(2015年)ホタルに関する質問)
区は保全の方向性を行政単独で決めるのではなく、多くの区民の参加を得て「成城みつ池緑地整備方針」を策定した。この検討過程(2001年ごろから)に集まった住民が母体となり、2003年(平成15年)に市民ボランティア団体「成城みつ池を育てる会」が発足した。整備方針を市民参加で決め、その実践の担い手となる団体を同じ住民層から立ち上げる――計画と担い手を一体化させた点が、活動の起点になっている。(参考:世田谷トラストまちづくり「成城みつ池を育てる会」、世田谷区「成城みつ池緑地」)
育てる会は世田谷トラストまちづくりと連携し、毎月定例で現場作業を続けている。活動日は毎月第1・第3土曜日と第2・第4木曜日で、第1土曜の午前には財団のビジターセンターで定例会を開く。作業は下草刈りや落ち葉かき、腐葉土づくりなど樹林の手入れが中心で、あわせて植物の開花状況や植生、生きもの、周辺環境を継続的に記録している。湧水については水温・水量を継続的に計測し、活動報告書としてまとめている。(参考:世田谷トラストまちづくり「成城みつ池を育てる会」、あなたの知らない世田谷「成城みつ池緑地」)
ホタルの保全は、この場所に固有の脅威に合わせて設計されている。餌となるカワニナを増殖させて生息地内へ移動させる取り組みのほか、光害への対策、フラッシュ撮影の抑制などが講じられてきた。湧水量やホタルの生息条件を維持するための下草・樹木管理も、単なる景観整備ではなく生態系の要件から逆算して行われている。(参考:世田谷区議会議員 上川あや(2015年)ホタルに関する質問、あなたの知らない世田谷「成城みつ池緑地」)
保全と並行して、緑地を地域が体験できる仕組みも整えられた。特別保護区そのものは原則非公開で、開放は年数回の自然観察会(みつ池体験教室)に限られる。一方、緑地の一角に建つ旧山田家住宅を2016年に区指定有形文化財に指定し、2017年5月に緑地の一部として一般公開した。1937年ごろに建てられた洋館で、来訪者は建物内部を見学できるほか、展望デッキから非公開のサンクチュアリを眺望できる。(参考:世田谷トラストまちづくり「成城みつ池緑地・旧山田邸」、世田谷区「成城みつ池緑地」)
第一の特徴は、「立ち入り禁止の保全」と「公開・享受」という相反しがちな要求を、空間の設計で両立させた点にある。生態系保全の観点からはサンクチュアリへの人の立ち入りを最小化したいが、地域資源として理解や支持を得るには人々が緑地に触れられる接点が要る。みつ池ではこのトレードオフを、文化財建築(旧山田邸)とその展望デッキという「窓」を用意することで解いた。人は森に入らずに森を眺め、四季の変化を体感できる。保全対象を傷めずに公開価値を生む、再現性のある空間モデルである。(参考:世田谷トラストまちづくり「成城みつ池緑地・旧山田邸」)
第二に、制度・運営・現場の三層が明確に役割分担された協働構造がある。世田谷区が特別保護区・特別緑地保全地区という制度で土地の改変を止め、公益財団の世田谷トラストまちづくりが管理運営と市民活動の基盤(ビジターセンター、定例会の場、調査の枠組み)を提供し、育てる会が日々の手入れとモニタリングを担う。行政の制度は継続性を、財団は専門性と場を、市民は現場の労力と観察の目を持ち寄ることで、特定個人の熱意に依存しない持続的な体制ができている。(参考:世田谷トラストまちづくり「特別保護区」、世田谷区「特別保護区」)
第三に、保全対象が「光」という都市固有の環境要因にまで踏み込んでいる点である。緑地の面積や樹木を守るだけでなく、夜間の明るさというホタルの繁殖を左右する条件を課題として認識し、カワニナ増殖やフラッシュ抑制といった具体策に落とし込んでいる。都市の生物多様性保全が、土地の確保にとどまらず「都市の暮らしがもたらす影響」の管理へと広がることを示す事例といえる。(参考:世田谷区議会議員 上川あや(2015年)ホタルに関する質問)
最も重要な成果は、都市住宅地のただ中に、ゲンジボタルの自生地と4か所の湧水湿地を含む生態系が現存し続けていることそのものである。ゲンジボタルの自生地は東京23区内で2か所しか確認されておらず、そのうちの一つがこの特別保護区にあたる。過去の調査(2004年度の生物調査)ではスイーピング・ビーティング・ライトトラップによる昆虫調査でゲンジボタルやトビケラ・カワゲラなどの水生昆虫が確認され、林の下草にはキンランやギンランといった、23区内では希少な植物も確認されたと調査に記録されている。(参考:世田谷トラストまちづくり 昆虫調査、世田谷区「特別保護区」)
湧水は野川へと注ぎ、崖線の水循環の一部を担っている。市民による水温・水量の継続計測が行われ、水環境の観測記録も残されており、都内の他の湧水と比べても硝酸態・亜硝酸態窒素の濃度が低い、という水質上の特徴が観測記録に示されている。制度による土地の保全と、市民による継続的なモニタリング・手入れが組み合わさることで、単に「開発から守られた土地」ではなく「観察され、記録され、手入れされ続ける生きた環境」が維持されている。(参考:東京湧水「成城みつ池緑地」、世田谷トラストまちづくり「成城みつ池を育てる会」)
体制面では、2003年発足の育てる会が20年以上にわたって毎月の活動を継続しており、年数回の観察会や旧山田邸の公開を通じて、非公開の保護区であっても地域の人々が緑地の価値に触れられる回路が保たれている。長期にわたる市民活動の継続そのものが、この保全モデルが機能していることの定性的な裏づけとなっている。(参考:世田谷トラストまちづくり「成城みつ池を育てる会」)
第一に、貴重な自然を「守るために閉じる」場所ほど、地域からの理解と支持を得る接点をどう確保するかが問われる。みつ池の旧山田邸・展望デッキのように、保全対象そのものには立ち入らせず、隣接する建築や高台から眺めさせる「窓」を設ける発想は、里山・湿地・希少種生息地など立ち入り制限を伴う保全地に広く応用できる。既存の文化財や古民家などのストックを、保全地を望む拠点として活用すれば、新たな大規模施設をつくらずに公開価値を生み出せる。(参考:世田谷トラストまちづくり「成城みつ池緑地・旧山田邸」)
第二に、保全方針の策定段階から住民を巻き込み、その参加者を実働団体へと接続する流れは、担い手不足に悩む自治体にとって示唆的である。整備方針づくりの検討会が「成城みつ池を育てる会」を生んだように、計画プロセスを住民の当事者化の場として設計することで、計画の実効性と担い手の確保を同時に進められる。(参考:世田谷トラストまちづくり「成城みつ池を育てる会」)
第三に、都市の生物多様性保全では「土地を確保して終わり」ではなく、光・水・餌といった生息条件を継続的に管理する視点が欠かせない。ホタルの繁殖に影響する夜間照明を課題として捉え、カワニナ増殖やフラッシュ抑制まで踏み込んだみつ池の対応は、希少種の保全を掲げる他地域にとって、守るべき対象を「面積」から「生息条件」へと具体化する手がかりになる。行政の制度・公益財団の運営基盤・市民の現場力を分担する三層構造も、特定の個人や熱意に依存しない持続的な保全体制のモデルとして参考になる。(参考:世田谷区議会議員 上川あや(2015年)ホタルに関する質問、世田谷トラストまちづくり「特別保護区」)
2026年07月時点の調査内容に基づいて作成
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