
長野リビングラボ
長野県立大学発のベンチャー「合同会社キキ」が2021年、長野県みらい基金の「次の信州創生プロジェクト」の一環で立ち上げた大学発リビングラボ。「はたらく」をテーマに学生と企業経営者が対話する場を運営し、その後さとのば大学地域事務局などへ発展した。
長野リビングラボは、長野県立大学の学生2人が創業したベンチャー「合同会社キキ」と、同大学ソーシャル・イノベーション創出センター(CSI)が運営する大学発リビングラボである。「はたらく」をテーマに掲げ、大学生と社会人が世代を超えて自らの生き方・働き方を対話する場として2021年に始動した。毎月1日に開催する定例会「ついたちかい」を入口に、企業経営者や人事担当者を交えた対話イベント「ハタラクラボ」を年4回程度開催する構成をとる。(参考:次の信州創生プロジェクト|長野地域 長野リビングラボ、2021年度|リビングラボ事業|ハタラクラボ|合同会社キキ)
本事業は、公益財団法人長野県みらい基金が推進する「次の信州創生プロジェクト」の一環として、県内4地域(長野・小海・松本・駒ヶ根)に展開されたリビングラボ群の一つに位置づけられる。他の3地域がそれぞれ文化発信、世代間の資産継承、中心市街地活性化をテーマとするのに対し、長野リビングラボは若者の「はたらく」をテーマに選んだ点が特徴である。(参考:地域づくりの拠点、県内4つのリビングラボを応援してください。|長野県みらいベース)
北信地域の学生の多くは、地元で働きたいという希望を持ちながらも、都市部と比べて多様な職業・キャリア情報に触れる機会が乏しく、「地元で働く道筋が見えない」という課題を抱えていた。合同会社キキは、こうした情報格差が若者の地域外流出と地域の高齢化を招く一因になっているとみて、学生と地域の企業をつなぐ対話の場づくりに取り組んだ。(参考:2021年度|リビングラボ事業|ハタラクラボ|合同会社キキ)
合同会社キキの代表社員である九里美綺と川向思季は、県立長野図書館「信州・学び創造ラボ」のワークショップで出会った、2018年開校の長野県立大学1期生・2期生である。新型コロナウイルスの緊急事態宣言下で、地域活動に取り組んでいた学生たちが経済的な理由で活動継続を断念せざるを得ない状況に直面したことをきっかけに、学生同士が将来像を継続的に語り合える場をつくりたいという動機からシェアハウス事業を始め、その延長線上でリビングラボ事業に参画した。(参考:Key Person Vol.53 合同会社キキ 代表社員 九里美綺・川向思季|ながの情報 Nagano Joho NEXT)
長野県みらい基金の「次の信州創生プロジェクト」は、中山間地域の過疎化・高齢化が進むなかで、世代を超えて人が寄り合い助け合いながら「信州らしい」豊かさを享受できる地域づくりを目指し、県内4地域それぞれに大学等と連携したリビングラボを設置する枠組みとして立ち上げられた。長野地域では、長野県立大学准教授・馬場智一がファシリテーターとして加わり、大学発ベンチャーであるキキが実行主体を担う体制がとられた。(参考:次の信州創生プロジェクト|長野地域 長野リビングラボ、2021年度|リビングラボ事業|ハタラクラボ|合同会社キキ)
1. プロジェクトの始動とコアチーム編成(2021年)
長野リビングラボは2021年6月頃に始動し、初年度活動を2022年3月末まで約10か月間実施した。運営はキキの九里美綺・川向思季と、ファシリテーターの馬場智一准教授が中心となり、学生主体のコアチームを編成する形で進められた。(参考:2021年度|リビングラボ事業|ハタラクラボ|合同会社キキ)
2. 「ついたちかい」による日常的な入口づくり
毎月1日に定例会「ついたちかい」を開催し、学生が気軽に立ち寄って近況やもやもやを話せる場を設けた。この定例会を、より深いテーマを扱う「ハタラクラボ」への入口として位置づけている。(参考:地域づくりの拠点、県内4つのリビングラボを応援してください。|長野県みらいベース)
3. 「ハタラクラボ」による対話イベントの開催
2021年8月の第1回を皮切りに、「ローカルでのファーストキャリアの作り方」「働くにおける『はじめまして』のつくり方」「わたしからはじまる『働く』ってなんだ?」の3回と、番外編「長野でいいの?どこがいいの?」を加えた計4回の対話イベントを開催した。学生、大学のキャリアセンター職員、企業経営者・人事担当者が同じテーブルを囲み、世代や立場を越えて「はたらく」について語り合う構成をとった。(参考:2021年度|リビングラボ事業|ハタラクラボ|合同会社キキ)
4. 複数事業への展開(2022年度以降)
初年度の活動終了後、キキは単発のリビングラボ事業にとどまらず、複数の継続事業へと活動を広げた。創業事業であるシェアハウスの運営を拡大させたほか、2023年度から全国型地域留学プログラム「さとのば大学」の長野地域事務局を長野市門前エリアで開始し、2024年度には一般社団法人ウィルドア(willdoor)と共同で探究学習プログラム「マイプロジェクト」の長野地域事務局も立ち上げた。地域実践型インターンシップも2023年から2024年にかけて4か月間の長期型を実施し、長期型4社・短期型9社の企業と学生をつないでいる。(参考:2024年の振り返りと2025年の抱負_川向思季|合同会社キキ、さとのば大学長野地域事務局|合同会社キキ)
1. 大学発ベンチャーが実行主体を担う運営モデル
長野リビングラボは、行政や財団が直接運営するのではなく、地元大学の卒業生・在学生が設立したベンチャー企業が実行主体となり、大学教員がファシリテーターとして伴走する体制をとった。学生自身が当事者として企画・運営に携わることで、対話イベントのテーマ設定や進行が学生目線に近づいた。(参考:2021年度|リビングラボ事業|ハタラクラボ|合同会社キキ)
2. 「答えを教えない対話」を軸にした場のデザイン
ハタラクラボの各回は、キャリアの「正解」を提示するセミナー形式ではなく、経営者・人事担当者と学生が対等な立場で悩みや問いを共有する対話形式で設計されている。この設計思想は、後年に長野ロータリークラブと合同で始まった大学生との哲学対話事業にも引き継がれ、経営者と学生が肩書きを外して対話する場として継続している。(参考:経営者と学生が「肩書き」を脱ぎ捨て、一人の人間として向き合う 長野ロータリークラブと県内大学生との哲学対話|合同会社キキ)
3. 期限付きプロジェクトを恒常的な事業ポートフォリオへ転換
リビングラボとしての助成期間は限られていたが、キキはその枠組みで得た人脈とノウハウを、シェアハウス運営、地域実践型インターンシップ、さとのば大学・マイプロジェクトの地域事務局運営など、複数の恒常事業へと展開した。単年度の助成事業を「点」で終わらせず、その後の事業群を生み出す起点として位置づけた点が特徴的である。(参考:2024年の振り返りと2025年の抱負_川向思季|合同会社キキ)
4. 県内4地域が並走する多元的リビングラボ網の一角
長野リビングラボは、長野県みらい基金が同時に支援する小海(文化発信)、松本(世代間資産継承)、駒ヶ根(中心市街地活性化)のリビングラボと並走する形で運営された。単独の地域プロジェクトとしてではなく、県全体で複数のテーマ・地域が並行して知見を蓄積する枠組みの一部として設計されている点も特徴である。(参考:地域づくりの拠点、県内4つのリビングラボを応援してください。|長野県みらいベース)
初年度の対話実績と定性的な学習効果
初年度(2021年6月〜2022年3月)には、月例の「ついたちかい」に加えて4回のハタラクラボを開催し、学生と企業関係者の対話の場を継続的に提供した。参加した学生からはキャリアについてみんなで考える機会を作り出せたとの声が上がり、明確な答えではなく、参加者が問いを持ち帰るという学習効果が確認されている。(参考:2021年度|リビングラボ事業|ハタラクラボ|合同会社キキ)
組織としての存続と事業の多角化
合同会社キキは2020年3月に創業し、2023年3月に創業3周年を迎えた。シェアハウス事業、地域実践型インターンシップ(長期型4社・短期型9社)、さとのば大学長野地域事務局(2023年度開始、2024年度から通年滞在の学生を受け入れ)、一般社団法人ウィルドアと共同運営するマイプロジェクト長野地域事務局(2024年度開始)など、複数事業を並行運営する組織へと成長した。一方で代表の九里美綺は選択肢が増えることに伴う責任の所在を、川向思季は個々人の個性を組織としてどう支えるかを今後の課題として挙げており、事業拡大に伴う体制面の模索が続いている。(参考:キキ、迷っています!|合同会社キキ)
関連事業への波及
リビングラボと同じ「学生と社会人がフラットに対話する」という設計思想は、2023年11月に長野市が市内学生15人を「長野はたらく大使」に任命した施策(市内8社を訪問するオープンカンパニー)にも引き継がれ、参加学生からは業種への先入観が払拭された、長野での就職の選択肢が広がったといった声が報告されている。長野ロータリークラブとの哲学対話事業も2022年度から継続し、参加者はのべ50名を超える。(参考:長野はたらく大使の活動報告!長野市で働く魅力って?|長野県就活ナビ2027、経営者と学生が「肩書き」を脱ぎ捨て、一人の人間として向き合う 長野ロータリークラブと県内大学生との哲学対話|合同会社キキ)
リビングラボの成果を「単年度の実施回数」ではなく「後続事業の起点」として評価する視点
長野リビングラボは、助成期間中の対話イベント開催数だけを見れば小規模な取り組みだが、そこで得られた人脈・信頼関係・運営ノウハウが、その後のインターンシップ事業や全国型プログラムの地域事務局運営へと接続された。期限付きの補助事業を単発の成果物として評価するのではなく、地域内に継続的な活動基盤を生み出す「助走期間」として位置づける評価軸は、他の期限付き地域プロジェクトを設計・評価する際にも応用できる。
大学発ベンチャーを地域内の人材定着装置として活用する設計
長野県立大学の卒業生・在学生が設立したベンチャーが実行主体を担ったことで、プロジェクト終了後も創業者自身が地域に住み続け、後続事業を生み出す担い手として機能した。地域出身・在学の若者が立ち上げた法人に事業運営を委ねる座組みは、外部コンサルタントへの委託と異なり、プロジェクト終了後も地域内に知見と人材が残りやすいという再現性のある利点を持つ。
「答えを教えない対話」という手法の分野横断的な転用可能性
キャリア形成という特定テーマのために設計された対話形式が、後年には長野ロータリークラブとの哲学対話事業など、テーマの異なる別事業にも応用された。特定の属人的な関係性に依存する要素はあるものの、「経営者と学生が肩書きを外して問いを共有する」という対話手法そのものは、キャリア教育に限らず、他分野の世代間交流事業を企画する際の汎用的な参考になる。
2026年8月時点の調査内容に基づいて作成
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