
谷中二・三・五丁目地区 不燃化特区(台東区・東京都の助成制度)
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台東区谷中二・三・五丁目地区は2014年に不燃化特区の指定を受け、老朽建築物の除却・建替え助成や専門家の個別派遣、税制優遇により木密地域の防災性向上を進める。約10年で不燃領域率は46.8%から51.2%に上昇し、目標年次は2030年度へ見直された。
谷中二・三・五丁目地区(台東区)は、2014年4月1日に東京都から首都直下地震対策としての「不燃化特区」の指定を受けた地区である。江戸期以来の寺社や路地が残り、関東大震災や戦災の被害を免れたために大規模な土地区画整理が行われてこなかった歴史的な木造住宅密集地域である一方、老朽木造建築物や幅員4m未満の狭あい道路が数多く残り、防災上の課題を抱えてきた。 (参考:不燃化特区制度(谷中二・三・五丁目地区) 台東区ホームページ)
台東区と東京都は、老朽建築物の除却助成・建替え助成、建築士や弁護士など専門家を個別に派遣する「士業派遣」、固定資産税・都市計画税の減免という支援策を組み合わせ、街区単位の区画整理ではなく個々の建物更新を積み重ねる漸進的な手法で不燃化を進めている。指定から約10年が経過した2024年12月時点の不燃領域率は51.2%にとどまり、当初計画が掲げた「2025年度末までに57.8%」という目標達成は困難となったことから、2026年3月改定の整備プログラムでは目標年次を2030年度、目標値を70%へと見直している。 (参考:不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和8年3月版)
当地区は台東区北西部にあり、西側で文京区、東側で荒川区と隣接する28.7haの区域である。地区の外側を不忍通り・言問通り・道灌山通りといった幹線道路が取り囲む形になっている。JR日暮里駅や東京メトロ千駄木駅にも近く都心へのアクセスは良い一方、寺社が点在し、古くからの町並みの雰囲気を今に伝える住宅地でもある。震災・戦災の被害を受けなかったことで古い街並みは残ったが、その分、区画整理などの面的な基盤整備の機会がないまま市街地が形成され、防災上の弱点を抱え続けてきた。 (参考:不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和8年3月版、谷中地区まちづくりについて 台東区ホームページ)
具体的な課題は複数ある。地区内の木造・防火造建築物は約58%を占め(2024年12月時点)、敷地の56.8%は100㎡に満たない小規模区画である。幅員6m以上の主要生活道路の整備が遅れているため、幅員6m以上の道路網から140mより離れた範囲は災害時に消防活動が困難な「消防活動困難区域」となっているほか、幅員4m未満の狭あい道路や隅切りのない交差点も多く、建築物の接道不良や車両通行の支障も生じている。公園・広場面積も人口一人あたり1.55㎡と区平均(3.81㎡)を大きく下回る。加えて、寺院の土地を借りて住宅や店舗を構えている所有者が多いなど地権関係の調整が難しい住宅地が存在し、建替えの合意形成を難しくしてきた。東京都の地域危険度調査(第9回、2022年9月公表)でも、谷中三丁目は倒壊危険度4・火災危険度4・総合危険度4(5段階中)と評価されている。 (参考:不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和8年3月版、同 令和4年2月改定版)
こうした木造住宅密集地域(木密地域)は山手線の外側に沿ったエリアに広く分布しており、東京都は東日本大震災を踏まえて2012年に「木密地域不燃化10年プロジェクト」を開始し、特に甚大な被害が想定される地区を「不燃化特区」に指定して集中的に不燃化を進める制度を設けた。谷中地区では既に2002年度から密集住宅市街地整備促進事業による道路・公園整備が進んでいたが、これに不燃化特区の個別助成を組み合わせることで、老朽建築物の更新を加速させる狙いがあった。都は2026年4月時点で44地区を不燃化特区に指定しており、2024年の能登半島地震で石川県輪島市の木密地域が火災により約5万㎡焼失したことも踏まえ、市街地不燃化の重要性を改めて強調している。 (参考:不燃化特区制度 東京都都市整備局、街みちネット「台東区における密集市街地整備の取り組み」 UR都市機構)
2002年度〜:密集住宅市街地整備促進事業による基盤整備
台東区は2002年度から密集住宅市街地整備促進事業を開始し、避難路ネットワークの形成に向けた主要生活道路・防災区画道路の拡幅整備や公園整備を進めてきた。2006年度には地区内に約6,850㎡の防災広場「初音の森」を整備し、かまど型ベンチ、災害用トイレ、消火用の防火水槽などを配置した災害時の避難拠点とした。 (参考:街みちネット「台東区における密集市街地整備の取り組み」 UR都市機構、不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和8年3月版)
2014年4月:不燃化特区指定と新防火規制の導入
2014年4月1日、地区は東京都から不燃化特区の指定を受けるとともに、地区内の準防火地域約25.8ha(地区全体28.7haのうち環状四号線沿道と三崎坂周辺の商業系区域・約2.9haを対象外とした範囲)に東京都建築安全条例に基づく新防火規制を導入し、建築物を準耐火・耐火の水準に更新するよう誘導する制度を導入した。あわせて、老朽建築物除却助成・戸建及び共同建替え助成・士業派遣・戸別訪問支援・固定資産税等減免という支援メニューの運用を開始した。 (参考:不燃化特区制度(谷中二・三・五丁目地区) 台東区ホームページ)
2020年度〜2022年度:地区計画と景観形成ガイドラインの策定
不燃化を進める一方で歴史的街並みを損なわないよう、2020年10月に「谷中地区地区計画」(地区整備計画区域約32.6ha)を決定し、敷地面積の最低限度や壁面位置、色彩・意匠の制限等を定めた。続いて2022年3月には「谷中地区景観形成ガイドライン」(対象エリア約91.1ha)を策定し、防災性向上と景観保全の両立を図る枠組みを整えた。 (参考:谷中地区 地区計画 台東区ホームページ、不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和8年3月版)
2021年度〜:遺贈された土地とポケットパークの整備
公園不足を補うため、2021年度に地区内の431.07㎡の土地について所有権移転を受け、2025年度に埋蔵文化財調査を実施したうえで2026年度中の整備工事が予定されている。2022年度には近隣に216.07㎡の「谷中ほたるさわポケットパーク」も整備された。 (参考:不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和8年3月版)
2026年4月:助成拡充と整備プログラムの改定
2026年4月には老朽建築物除却助成の上限額を拡充し(2026年4月1日以降の承認申請受付分から適用)、整備プログラムを改定して不燃領域率の最終目標達成年次を2025年度末から2030年度末へ、目標値を57.8%から70%へと見直した。この見直しは、東京都が2025年3月28日に公表した新たな「防災都市づくり推進計画〈基本方針〉」(2030年度までに全整備地域で不燃領域率70%以上とする方針)の流れに沿ったものである。 (参考:不燃化特区制度(谷中二・三・五丁目地区) 台東区ホームページ、不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和8年3月版)
区画整理に頼らない「制度の重ね合わせ」による漸進的更新
谷中地区は歴史的な寺社・路地を保全する必要から、土地区画整理のような面的な基盤整備を行うことが難しい。そこで、新防火規制による建築物の不燃化誘導、地区計画・景観ガイドラインによる街並み保全、不燃化特区の個別助成という性格の異なる3種類の制度を重ねて運用し、権利者ごとの建替えを積み上げることで面的な不燃化を目指す設計になっている。 (参考:不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和8年3月版、谷中地区 地区計画 台東区ホームページ)
士業派遣・戸別訪問による伴走型支援
老朽建築物の所有者に対し、建築士・弁護士・税理士・ファイナンシャルプランナー等を個別に派遣する「士業派遣」と、老朽木造住宅所有者への戸別訪問支援を組み合わせている点が特徴である。寺院所有地の借地関係など複雑な権利調整や、所有者が抱える資金計画・相続の相談に、行政が直接専門家をつなぐ体制を敷いている。 (参考:不燃化特区制度(谷中二・三・五丁目地区) 台東区ホームページ)
遺贈された土地を防災空地に転用する手法
密集市街地では用地買収による公園整備が難しいことが多いが、谷中地区では遺贈により区に所有権が移転した431.07㎡の土地を、埋蔵文化財調査を経て防災空地として整備する計画を進めている。新規の用地取得を伴わずに公共空地を確保する手法として、通常の都市整備事業にはあまり見られない工夫である。 (参考:不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和8年3月版)
まちづくり協議会との20年以上にわたる協働
2000年度に発足した谷中地区まちづくり協議会と区が継続的に連携し、協議会内の防災対策部会が地域の防災活動の担い手となっている。不燃化特区の指定や助成メニューの検討にあたっても、この住民組織との協働関係が土台となってきた。 (参考:不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和4年2月改定版)
地区の不燃領域率は2016年度の46.8%から2021年度に49.8%、2024年12月(参考値)には51.2%へと上昇した。約10年で4ポイント台の改善にとどまり、2021年策定の当初計画が掲げた「2025年度末までに57.8%」という目標には届かない見込みとなったことから、2026年3月改定の整備プログラムでは目標年次を2030年度、目標値を70%に引き上げて再設定している。 (参考:不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和4年2月改定版、同 令和8年3月版)
地区内の木造・防火造建築物の棟数は2021年度時点の996棟から2024年12月時点で約905棟に減少した。道路整備も進み、幅員6mの主要生活道路A路線の整備率は2021年度の約70%から2024年度時点で約84%へ、幅員8mのG路線は約38%から約58%へと上昇している。 (参考:不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和4年2月改定版、同 令和8年3月版)
公共空間の確保では、防災広場「初音の森」(6,850㎡、2006年度整備)に加え、「谷中ほたるさわポケットパーク」(216.07㎡、2022年度整備)が新たに整備され、遺贈された土地(431.07㎡)についても2026年度中の整備が予定されている。地区全体で約7,450㎡の公園・広場用地が確保された。 (参考:不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和8年3月版)
歴史的街並みの保全と防災性向上は制度設計次第で両立しうる
大規模な区画整理を行わずとも、規制誘導(新防火規制)、エリア計画(地区計画・景観ガイドライン)、個別助成(不燃化特区)を組み合わせることで、街並みを維持しながら不燃化を段階的に進めることができる。歴史的資源を抱え、面的な再開発について住民合意を得にくい地域にとって参考になる制度設計である。 (参考:不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和8年3月版)
専門家の個別派遣は権利関係の複雑さという共通課題に対応できる
木造住宅密集地域の多くは、借地・借家関係の複雑さや所有者の資金計画・相続の不安が建替えを阻む要因となっている。谷中地区の士業派遣・戸別訪問という手法は特定の地域事情に依存する属人的な仕組みではなく、他の木密地域でも制度として再現可能なアプローチである。 (参考:不燃化特区制度(谷中二・三・五丁目地区) 台東区ホームページ)
成果は緩やかであり、目標の定期的な見直しを前提とすべき
10年間の継続的な助成にもかかわらず不燃領域率の上昇は年平均0.5ポイント程度にとどまり、当初の目標年次・目標値は達成できなかった。東京都自身も2025年3月に新たな推進計画〈基本方針〉を公表して2030年度までに全整備地域で不燃領域率70%以上とする方針を示しており、谷中地区の目標年次・目標値の見直しもこの枠組みに沿って行われている。木密地域の改善は長期にわたる漸進的な取り組みであることを前提に、数年単位で進捗を検証し目標を更新していく運用が、他地域で同様の制度を設計する際にも現実的である。 (参考:防災都市づくり推進計画〈基本方針〉令和7年3月改定 東京都都市整備局、不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和8年3月版)
用地買収が難しい密集市街地では、寄付・遺贈された土地の活用も選択肢になる
谷中地区の遺贈地活用は特殊な事例ではあるが、士業派遣という相続・資産相談の窓口を既に地域内に持っていたことが、こうした土地の把握・活用につながった可能性がある。空地確保に苦慮する木密地域において、専門家派遣の相談機能を土地の寄付・遺贈の受け皿としても位置づける発想は、他地域でも検討の余地がある。 (参考:不燃化推進特定整備地区整備プログラム(谷中二・三・五丁目地区)令和8年3月版)
2026年9月時点の調査内容に基づいて作成
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