
福岡市認知症フレンドリーセンター
福岡市が2018年度から進める「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」の拠点として2023年9月に開設。ユマニチュード普及や認知症にやさしいデザインの導入、若年性認知症支援を柱に、当事者・家族・企業が交流し協働する相談・体験拠点。
福岡市認知症フレンドリーセンターは、健康づくりサポートセンター・あいれふ(福岡市中央区舞鶴2丁目5-1)2階に2023年9月15日に開設された、認知症の人や家族が気軽に立ち寄れる相談・交流拠点である。市が2018年度から推進する「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」の取り組みを集約する拠点として位置づけられ、相談対応に加え、認知症コミュニケーション・ケア技法「ユマニチュード®」の講座、AR(拡張現実)を使った当事者体験、認知症の人と企業が共同開発した製品の展示などを行っている。運営は市が医療コンサルティング会社の株式会社メディヴァに委託しており、同社が開設支援から日常運営までを担う。 (参考:認知症フレンドリーセンターとは|公式サイト、福岡市 福岡市認知症フレンドリーセンター、メディヴァ プレスリリース)
施設は英国スターリング大学認知症サービス開発センター(DSDC)の認知症対応デザイン評価で最高評価の「ゴールド認証」を取得しており、公共施設としては国内初の受賞となった。 (参考:テヲトル「認知症にやさしいデザインとは?」)
日本は急速な高齢化により認知症有病率が高まっており、85歳以上では約3人に1人、90歳以上では約2人に1人が認知症になるとされる。こうした状況を踏まえ、福岡市は「認知症になっても、住み慣れた地域で安心して自分らしく暮らせるまち」を目指し、2018年度に「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」を開始した。 (参考:メディヴァ「福岡市が目指す『認知症フレンドリー社会』」)
プロジェクトの根底には、従来の介護制度が認知症の人を「判断能力の低下した保護対象」として一方的に捉え、本人の意思や暮らし方を軽視しがちだったという課題認識がある。認知症になっても本人の暮らし方に合わせてソフト・ハード両面から社会環境を変えていく必要があるとの考えのもと、行政・医療介護機関・企業・大学・市民が一体となってまちをデザインする方針が掲げられた。 (参考:メディヴァ「福岡市が目指す『認知症フレンドリー社会』」)
プロジェクト開始から数年の間に、ユマニチュード普及、認知症にやさしいデザインの指針づくり、企業コンソーシアム「福岡オレンジパートナーズ」の設立など複数の施策が並行して進められたが、これらの取り組みを一つの場所に集約し、当事者・家族・企業・行政が実際に顔を合わせて交流できる拠点が存在しないという課題があった。この課題に対応する形で、プロジェクトの活動を集約する拠点施設として認知症フレンドリーセンターが構想された。 (参考:福岡100 認知症フレンドリーシティ・プロジェクト)
1. ソフト施策の先行整備(2018年度〜)
センター開設に先立ち、市は2018年度からユマニチュード講座の普及、認知症にやさしいデザインガイドラインの策定、認知症サポートチームによる訪問相談、認知症カフェの開設促進など、ソフト面の施策を段階的に積み重ねた。2021年6月には産学官民で構成する企業コンソーシアム「福岡オレンジパートナーズ」を設立し、国内初となる、認知症の人だけが登録できる「オレンジ人材バンク」も立ち上げている。 (参考:福岡100 認知症フレンドリーシティ・プロジェクト、福岡市 福岡オレンジパートナーズ)
2. 拠点施設の開設と運営体制(2023年9月)
こうした個別施策の集大成として、2023年9月15日に「健康づくりサポートセンター・あいれふ」2階に認知症フレンドリーセンターが開設された。市は開設準備段階から運営を医療コンサルティング会社メディヴァに委託し、同社の担当者が市側と細部まで協議を重ねながら整備を進めた。開所記念式典には高島宗一郎福岡市長に加え、ユマニチュードを考案したイヴ・ジネスト氏、ロゼット・マレスコッティ氏の両名も参加した。 (参考:メディヴァ「見学レポート」、日本ユマニチュード学会 開所記念式典レポート)
3. 認知症にやさしいデザインの実装
センターの空間設計には、スターリング大学の評価基準を国内向けにアレンジした独自の手引き(約30項目)が適用された。具体例として、トイレのサインを目線より低い、認識しやすい高さに配置したこと、壁と便器の色を明確に分けて境目を認識しやすくしたこと、記憶や経験則に頼らず直感的に行き先が分かるピクトグラムを館内に配置したことなどが挙げられる。この取り組みにより、開設と同時にスターリング大学から「ゴールド認証」を取得した。 (参考:テヲトル「認知症にやさしいデザインとは?」)
4. ユマニチュードの普及と国際連携
福岡市は政令指定都市として国内で初めてユマニチュードの普及に本格的に取り組んでおり、地域リーダーの育成や講座を継続的に実施している。開所式典の時点で、地域リーダーや認証取得施設のスタッフら約30人が学ぶ拠点として機能していた。2023年11月7日には、ユマニチュードに取り組む8団体の一つとして、自治体としては唯一「国境なきユマニチュード憲章」に署名し、2025年9月1日には市内に「国境なきユマニチュード推進本部」を創設した。国内外の知見を集約し、アジア地域への情報発信拠点となることを掲げ、2026年10月には「国境なきユマニチュード国際会議 in 福岡2026」の開催も予定されている。市内の小中学校や公民館でもユマニチュード講座を実施している。 (参考:日本ユマニチュード学会 開所記念式典レポート、福岡市 国境なきユマニチュード推進本部、福岡市 ユマニチュードに関するプロモーション活動)
5. 若年性認知症支援の追加(2024年9月)
開設から1年後の2024年9月3日、センターに若年性認知症支援コーディネーターが新たに配置された。65歳未満で発症する若年性認知症は就労中の本人や家族の生活に大きな影響を及ぼすことから、本人・家族に加え、医療機関スタッフや職場の同僚など周囲の関係者からの相談にも対応し、情報提供や制度・サービスへの橋渡しを行う体制を強化した。 (参考:認知症フレンドリーセンター「若年性認知症支援コーディネーターを配置しました」)
「保護対象」から「協働のパートナー」への転換
多くの認知症施策が本人を支援対象として位置づける中、福岡市は「オレンジ人材バンク」を通じて当事者を企業の商品モニターや研修講師として起用するなど、本人を専門家・協働者として扱う仕組みを制度化している。センターはこうした活動の展示・交流の場としても機能しており、支援から活躍へという理念を空間として体現している点が特徴である。 (参考:福岡市 福岡オレンジパートナーズ)
国際的な技法導入を自治体の国際連携拠点化につなげた点
フランス発祥のケア技法であるユマニチュードを一自治体として本格導入するだけでなく、国際憲章への署名や推進本部の設置という形で、福岡市自身が国内外への発信拠点となることを目指している点は、単なる技法の輸入にとどまらない特徴である。 (参考:福岡市 国境なきユマニチュード推進本部)
デザインの効果が認知症以外にも波及するという発見
館内デザインについて、感覚刺激を抑え情報を把握しやすくした工夫は、認知症の人に限らず、感覚が敏感な子どもや発達特性による認知の偏りを持つ人などにも過ごしやすさをもたらし得ると考えられる。特定の対象に向けたデザイン改善が、結果としてユニバーサルデザインとしての価値を持つことを示す事例である。 (参考:こここ「デザインのまなざし編集後記 in 福岡②」)
行政直営ではなく専門事業者への運営委託
センターの開設支援・運営を医療コンサルティング会社に委託したことで、行政の内部調整だけでは実現しにくいスピード感と、当事者視点を反映した柔軟な現場運営を両立させている。 (参考:メディヴァ「見学レポート」)
来館者数が想定を大きく上回るペースで推移
年間の来館目標は1,000人程度だったが、実際には開設からわずか半年でその数を大きく上回る4,000人以上が訪れる結果となった。想定を上回る反響を受け、SNSでの情報発信を通じて一般利用者だけでなく企業担当者や行政関係者、海外からの視察者まで幅広い層が来館している。2026年4月時点の記事でも、月600〜700人程度の来館が続いていると報告されており、開設から2年半以上が経過した後も一定の利用が継続していることがうかがえる。 (参考:メディヴァ「見学レポート」、テヲトル「認知症にやさしいデザインとは?」)
企業連携の拡大
センターの活動基盤となる「福岡オレンジパートナーズ」は、2021年6月の設立から3年弱で参加企業・団体数が110社・団体(2024年3月末時点)に達し、園芸用品やガスコンロなど認知症の人にもやさしい製品の共同開発につながっている。 (参考:福岡市 福岡オレンジパートナーズ)
デザイン認証と国際的な位置づけの獲得
開設と同時にスターリング大学から国内公共施設として初めてゴールド認証を取得したほか、2023年11月には自治体として唯一「国境なきユマニチュード憲章」に署名し、2025年9月には「国境なきユマニチュード推進本部」が福岡市内に設置された。これらは福岡市の取り組みが国際的にも一定の評価を得ていることを示す成果といえる。 (参考:テヲトル「認知症にやさしいデザインとは?」、福岡市 国境なきユマニチュード推進本部)
専門相談体制の拡充
2024年9月に若年性認知症支援コーディネーターを配置したことで、就労世代の認知症当事者とその家族、職場関係者まで対象を広げた専門相談窓口が整い、相談機能の対象層が拡大した。 (参考:認知症フレンドリーセンター「若年性認知症支援コーディネーターを配置しました」)
拠点整備より先にソフト施策を積み上げるプロセス設計
福岡市は2018年度のプロジェクト開始から5年をかけて、講座・デザイン指針・企業連携といったソフト施策を先行させ、その集大成として拠点を開設した。いきなり大規模な施設整備から着手するのではなく、低コストで検証可能な施策を積み重ねながら、機運と実績が伴った段階で拠点化するという順序は、予算規模の異なる他自治体でも参考にしやすい進め方である。
運営の外部委託による立ち上げスピードと現場感の両立
行政が直営でゼロから専門拠点を運営しようとすると、人材確保やノウハウ蓄積に時間を要しやすい。医療・介護分野に知見を持つ民間事業者に開設支援から運営までを委託した福岡市の手法は、行政だけでは実現しにくいスピード感と現場の柔軟性を両立させる一つのモデルとして、他分野の拠点整備にも応用できる。
当事者を「専門家」として処遇する仕組みの汎用性
オレンジ人材バンクのように、支援対象とされてきた当事者を企業活動における専門家・協働者として位置づけ直す発想は、認知症に限らず高齢者福祉や障害者福祉全般における当事者参画のあり方に応用できる視点である。属人的な取り組みではなく、企業コンソーシアムという仕組みとして制度化されている点が、他地域への再現性を高めている。
デザイン基準の明文化による横展開のしやすさ
センター単体の改装にとどまらず、認知症にやさしいデザインを約30項目の手引きとして明文化したことで、他の公共施設や介護施設への横展開が可能な形になっている。単発の設計事例ではなく、基準として言語化する取り組みは、同種の環境整備を検討する他自治体にとっても参考になる。
2026年8月時点の調査内容に基づいて作成
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