
福岡市買い物支援施策(Uber Eats連携・移動販売・送迎バス)
福岡市が高齢化に伴う「買い物弱者」対策として、Uber Eatsとの宅配実証、グリーンコープとの移動販売協定、校区単位の送迎バス「おにぎり号」、新規事業者向け補助金など複数の手法を並行整備している複合施策。単一策に頼らないポートフォリオ型のアプローチが特徴。
福岡市は高齢化に伴う「買い物弱者」問題に対し、単一の解決策を選ぶのではなく、複数の手法を並行して整備する複合施策を展開している。2019年度(令和元年度)に福岡市社会福祉協議会(以下、市社協)が「買い物等支援推進員」を配置して以降、宅配サービスを活用した実証事業(Uber Eatsとの連携)、移動販売の協定(グリーンコープ生協ふくおか)、新規事業者の参入支援(移動スーパー参入促進費補助金)、校区単位の送迎支援(西区金武校区の「おにぎり号」)、既存の宅配・移動販売事業者の情報を集約したガイドブックの整備など、地域特性や住民のニーズに応じて選べる支援体制を築いてきた。
(参考:福岡市 買い物に関するサポート、福岡市社会福祉協議会 買い物困難の問題)
一連の施策に共通するのは、市がすべてを直接担うのではなく、Uber Eats Japan、グリーンコープ、地元企業といった多様な民間主体と個別に連携し、校区自治協議会や社協が地域ニーズの掘り起こしと橋渡し役を担う「マッチング型」の運営体制である。
福岡市社協によれば、内閣府の調査で60歳以上の高齢者の約16%が日常の買い物を不便に感じているとされており、この結果をもとに、福岡市内でも人口の4.2%にあたる約6万9千人が同様の困難を抱えていると見積もられている。全国規模では、農林水産省が2018年に発表した推計で、買い物弱者は2015年時点で約824万人に上り、10年前から147万人増加していた。
(参考:福岡市社会福祉協議会 買い物困難の問題)
こうした状況の背景には、高齢化による身体的状況の変化、近隣商店の閉店による買い物環境の変化、坂道が多いなどの地理的特性、バス・電車の減便や路線廃止といった要因が重なり合っている。単身高齢世帯の増加や運転免許の自主返納者の増加も、一般に買い物弱者化を進める要因として指摘される。
(参考:福岡市社会福祉協議会「買い物支援」~地域と事業者の協働で課題解決へ~)
具体例として、西区金武校区では地域内にスーパーがなく、公共交通の利便性も低い状況が続いていた。金武校区自治協議会が住民アンケートを実施したところ、多くの住民が買い物や移動の支援を求めていることが明らかになり、後述する送迎バス導入のきっかけとなった。
(参考:福祉新聞Web「買い物支援バス運行 地元企業の協力で実現(福岡市社協)」)
こうした課題を受け、市社協は2019年度から買い物等支援推進員を配置し、各区社協の生活支援コーディネーターと連携しながら、地域の求めと民間事業者の協力を結びつける体制を整えてきた。同年度には5地域が先行的な試行地域として選定され、その知見は事例集「買い物で広がる ささえあいと笑顔の輪~買い物支援事例集~」としてまとめられている。
1. 宅配サービスの実証(Uber Eatsとの連携、2023年度〜2024年度)
福岡市は官民連携プログラム「福岡100ラボ」の採択事業として、2023年度(令和5年度)からUber Eats Japan合同会社と共同で、ネットを通じた民間の宅配サービスをより多くの市民に活用してもらうための課題整理を目的とする事業に取り組んだ。初年度は2023年7月1日から2024年2月29日まで、高齢・障がい・子育て・介護等の事情で買い物に困っている人や、運転免許を返納するなどして今後の買い物継続に不安を抱く55歳以上の住民を対象にモニターを募集し、Uber Eats未経験者を条件として、市内の西鉄ストアや大賀薬局、ローソンなど提携店舗での注文を体験してもらった。参加者には複数回のアンケート回答と引き換えに割引特典を提供したほか、スマートフォン操作に不安がある人向けに市民センターなどで使い方講座を、イオンモールなどで登録会を開催し、この年度は高齢者ら1,450人が参加した。
(参考:週刊高齢者住宅新聞Online、Uber Eats と福岡市が買い物支援共同事業を開始、マイリビング福岡「”買い物難民”を支援!福岡市とUber Eatsが連携」)
2024年度(令和6年度)も同様の枠組みでモニター募集を継続し(2024年7月1日〜2025年2月28日)、追加の募集を同年8月15日から9月20日まで実施した。福岡市の事業ページ(福岡100)では、本事業が令和6年度をもって締めくくられた旨が明記されている。
(参考:福岡100ラボ「Uber Eatsと連携した買い物支援共同事業について」、福岡市 Uber Eats と連携した買い物支援共同事業について、福岡100「Uber Eats と連携した買い物支援共同事業」)
2. 移動販売の協定(グリーンコープ生協ふくおかとの協定、2026年3月)
グリーンコープ生協ふくおかは2011年、県から地域福祉分野の移動販売事業として認定を受け、翌2012年3月に軽トラック4台体制で「みんなのお店元気カー」を発足させ、以来県内4エリア・30拠点を巡回してきた。高齢化の進展に伴い、買い物支援に加えて見守り機能の重要性が高まったことを受け、2026年3月27日、福岡市とグリーンコープ生協ふくおかは「買い物支援(移動販売)に関する協定」の締結式を行った。協定は、買い物が困難な住民に購買の場と地域交流の機会を提供する「買い物支援」と、定期訪問を通じて住民の異変に気づき早期対応につなげる「見守り支援」の両面を目的に掲げている。
(参考:グリーンコープ共同体「福岡市との買い物支援(移動販売)に関する『協定締結式』を開催」、西日本新聞me)
3. 新規事業者の参入支援(移動スーパー参入促進費補助金)
市内で日常の買い物が不便な地域を対象に、移動スーパー事業に新規参入する中小事業者向けの補助金制度も設けている。生鮮三品(野菜・魚・肉)を含む食料品や日用品を扱う移動スーパー事業が対象で、野菜だけ・魚だけを扱う移動販売車やキッチンカーは補助対象から除外される。申請にあたっては福岡県の同種補助金への同時申請も求められており、市と県の制度を組み合わせて新規参入のハードルを下げる設計になっている。
(参考:福岡市 福岡市移動スーパー参入促進費補助金事業者の募集について)
4. 校区単位の送迎支援(金武校区「おにぎり号」、2025年1月〜)
西区金武校区では、地域内にスーパーがなく交通の便も悪いという課題を踏まえ、金武校区自治協議会が住民に調査をかけたところ、買い物や移動を支援してほしいという声が多数集まった。市社協の後押しのもと、2025年1月16日に買い物等送迎支援バス「おにぎり号」の運行が始まった。添乗ボランティア1人を含め定員9人のバスは毎週水曜・木曜の午前10時から運行し、校区内の複数の乗車地点から大型商業施設や食品スーパー、金融機関、郵便局といった拠点を順番に回り、出発した乗車地点まで戻ってくる経路を運行する。車両と運転手は地元企業・林ホールディングズが地域貢献活動として無償で提供している。
(参考:福祉新聞Web「買い物支援バス運行 地元企業の協力で実現(福岡市社協)」)
5. 情報基盤の整備(買い物支援ガイドブック)
各区の社会福祉協議会は、食料品・日用品の宅配や移動販売を行う協力商店の情報をまとめた「買い物支援ガイドブック」を東区・博多区・中央区・南区・城南区・早良区・西区の7区それぞれで作成・公開している。新規掲載店舗をまとめた更新版も別途発行されており、地域住民が身近な支援先を探せる情報基盤として機能している。
1. 手法を1つに絞らない「ポートフォリオ型」の買い物支援
多くの自治体の買い物支援策が送迎バスや移動販売など単一の手法に集中しがちな中、福岡市は宅配(Uber Eats)、移動販売(グリーンコープ)、送迎(校区バス)、新規参入支援(補助金)、情報提供(ガイドブック)という異なる性質の手法を同時並行で整備している。買い物困難の背景には身体的制約・交通事情・商業集積の有無など地域ごとに異なる要因が絡むため、単一の「正解」を決め打ちせず、地域特性や住民の状態に応じて使い分けられる選択肢を用意している点が特徴である。
2. 校区自治協議会主導のボトムアップ型の解決
金武校区の送迎バス導入は、市が計画を主導したのではなく、校区自治協議会が住民アンケートを実施してニーズを可視化し、地元企業が車両・運転手を無償提供するという地域資源の掛け合わせで実現した。市社協はこうした地域の動きに資金や車両を直接投じるのではなく、後方支援・橋渡し役として支える立場に徹しており、行政主導の画一的なサービス設計ではなく、地域ごとの担い手構造に応じたボトムアップ型の合意形成プロセスとなっている。
3. 買い物支援と見守り機能の統合
グリーンコープとの協定は、単なる商品販売の場の提供にとどまらず、定期的な訪問を通じて住民の異変に気づき、行政への情報提供につなげる「見守り支援」を明示的に事業目的に組み込んでいる。買い物という日常的な接点を、高齢者の安否確認や福祉的モニタリングの機会としても活用する発想は、買い物支援策を福祉の入り口として位置づけ直すものといえる。
4. 専門職の配置による地域と事業者のマッチング機能
市社協に「買い物等支援推進員」を配置し、協力事業者の開拓や地域との橋渡しを専任で担う体制をとっている点も特徴である。個々の校区や自治協議会が単独で事業者を探し交渉する負担を軽減し、Uber Eatsやグリーンコープのような広域展開する民間事業者との連携を、市全体で一括して構築・調整できる仕組みになっている。
Uber Eats連携は2年度にわたり実施され、初年度に1,450人が参加
2023年度の実施では高齢者らを中心に1,450人がモニターとして参加した。2024年度も同様の枠組みで募集を行ったが、福岡市が公開する事業ページでは本事業は令和6年度をもって終了と位置づけられており、2025年度以降の継続実施は確認できなかった。実証事業として一定の参加規模を集めた一方、参加後の継続利用率や買い物頻度の変化など、事業の効果を定量的に示すデータは公開情報の範囲では確認できなかった。
(参考:週刊高齢者住宅新聞Online、福岡100「Uber Eats と連携した買い物支援共同事業」)
金武校区の送迎バスは2025年1月の運行開始から継続中
「おにぎり号」は2025年1月16日の運行開始以降、調査時点まで週2回(水・木曜)の運行を継続している。地元企業による車両・運転手の無償提供という形で、行政の追加予算に依存しない運営体制が成立している点は、持続性の観点から確認できる成果といえる。
(参考:福祉新聞Web)
移動販売の協定は2026年3月に締結されたばかり
グリーンコープとの協定は調査時点(2026年8月)から見て約5か月前の締結であり、見守り機能を含めた運用実績の検証はこれからの段階にある。既存の移動販売事業(2012年開始、4地域30か所)自体は10年以上の実績があるが、協定に基づく見守り機能の強化がどのような効果を生んでいるかは、今後の追跡が必要である。
(参考:グリーンコープ共同体プレスリリース)
買い物支援ガイドブックは市内7区で整備が完了
各区社協が作成するガイドブックは7区すべてで公開されており、新規掲載店舗の更新も継続的に行われている。個別の送迎バスや移動販売が特定の校区に限定されるのに対し、ガイドブックは既存の宅配・移動販売事業者の情報を集約することで、市内全域をカバーする基盤として機能している。
単一の「勝ちパターン」を求めず、複数手法を並行整備する発想
送迎バス、移動販売、宅配、補助金、情報提供という異なる性質の手法を同時に持つ福岡市の設計は、人口密度や商業集積度が地域ごとに異なる自治体にとって、単一の解決策を全域に一律導入しようとする発想からの転換を促す。過疎地域には送迎、商業施設への距離はあるが人口集積のある地域には宅配、既存の商店街が残る地域には情報提供(ガイドブック)というように、地域特性に応じて手法を選び分けるフレームワークとして参照できる。
地域の担い手アンケートを起点にした需要の可視化
金武校区の事例は、行政やコンサルタントが需要を推計するのではなく、地域の自治組織自身が住民アンケートを実施して需要を可視化し、それを地元企業への協力依頼の根拠として使った点に再現性がある。地元企業の遊休資産(社用車・ドライバー)を無償提供という形で引き出す際にも、行政からの委託ではなく「地域からの要請」という形をとることで、企業側が地域貢献活動として参加しやすい構図をつくっている。
買い物支援を福祉的な見守りの接点として設計する視点
グリーンコープとの協定にみられるように、買い物支援の枠組みに「見守り」の機能を明示的に組み込む設計は、高齢者福祉の予算・体制が限られる自治体にとって、既存の移動販売・宅配事業者との連携を再定義する形で展開できる可能性がある。ただし、この統合が成立するには移動販売事業者側に定期訪問という接触機会がもともと備わっている必要があり、単発の宅配サービスにはそのまま当てはめにくい点には留意が必要である。
実証事業を制度として定着させる設計の重要性
Uber Eatsとの連携が2年度の実証を経て終了したという事実は、官民連携の実証事業を一過性で終わらせず制度として定着させることの難しさを示す教訓でもある。実証で得られた知見(対象となる住民像、利用のハードルなど)を、送迎バスや移動販売など他の恒常的な手法にどう引き継ぐかは、同様の実証を検討する他自治体にとっても共通の課題といえる。
2026年8月時点の調査内容に基づいて作成
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