
豊洲グリーン・エコアイランド構想(CITY IN THE GREENを掲げる環境まちづくりのエリアビジョン)
東京都江東区が工場跡地の大規模再開発を機に2011年に策定した豊洲地区の環境まちづくり構想。「緑の中の都市(CITY IN THE GREEN)」を掲げ、地権者・区・都の協議会が環境ロードマップで脱炭素・緑化・防災・エリアマネジメントを一体的に進める官民連携のエリアビジョンを紹介する。
豊洲グリーン・エコアイランド構想は、東京都江東区が、豊洲五丁目の一部と六丁目全域(以下「豊洲地区」)の大規模な工場跡地再開発を契機に、2011年(平成23年)6月に策定した環境まちづくりのエリアビジョンである。官民が連携・協働して環境に最大限配慮したまちづくりを基本方針に据え、およそ15年先のまちの姿を見据えながら、水・緑・光・風といった自然の恵みを最大限に活用した環境先進エリアを目指す。2013年(平成25年)には、都市の低炭素化の促進に関する法律(エコまち法)に基づく「低炭素まちづくり計画」へと位置づけられ、行政の正式な計画として裏づけを得た。 (参考:豊洲グリーン・エコアイランド構想 - 江東区、特別区協議会「23区最新情報・第6回 江東区/豊洲グリーン・エコアイランド構想」(2013年6月))
構想の根底にあるのは、「緑の中の都市」を合言葉に、まち全体を緑が包み込むほどの緑化を志向する発想であり、区はこれを「CITY IN THE GREEN(緑の中の都市)」と表現している。推進体制として、2012年(平成24年度)に地区内の地権者等と江東区・東京都で構成する「豊洲地区環境まちづくり協議会」を設立し、関係者が構想の目標を共有しながら、施策方針を具体化する行動計画「環境ロードマップ」を運用している。緑・水辺・脱炭素・交通・防災・エリアマネジメントといった複数のテーマを、一つのエリアビジョンの下で束ねている点に特徴がある。 (参考:豊洲グリーン・エコアイランド構想 - 江東区)
豊洲地区はもともと工場などが立ち並ぶ土地で、都心に近接しながらも、東雲運河などの水域や旧防波堤の緑といった豊かな自然環境に囲まれた地域だった。築地市場の豊洲への移転が決まり、これに合わせて民間事業者による大規模な開発が予定されるなかで、区内南部地域では急激に人口が増加していた。平成20年1月から平成25年1月までの5年間で区内人口は約5万2000人増え、その半数が南部地域に集中し、0〜9歳や30〜49歳といった子育て世帯の転入が目立つ地域となっていた。 (参考:特別区協議会「23区最新情報・第6回 江東区」(2013年6月))
かつて工場や倉庫が占めていた敷地の大規模な用途転換は、まちの姿を一から描き直せる稀有な機会でもあった。江東区はもともと、区内に大規模な清掃工場やごみの最終処分でつくられた埋立地が立地し、古くからごみ処理という課題と向き合ってきた経緯から環境施策に力を入れてきた地域である。平成16年には当時としては国内有数の規模を誇る風車(若洲風力発電施設)を稼働させ、環境学習情報館「えこっくる江東」を拠点に学びの機会を提供し、平成22年3月には「水と緑豊かな地球環境にやさしいまち」を掲げる江東区長期計画と、これを環境分野から下支えする位置づけの江東区環境基本計画を併せて策定していた。 (参考:特別区協議会「23区最新情報・第6回 江東区」(2013年6月))
こうした下地のうえに、区民の環境意識の高まりや環境施策への社会的要請、そして災害への対応の必要性が重なった。とりわけ2011年に発生した東日本大震災を経て、都市の防災機能の重要性が改めて認識されたことが、構想に防災の視点を強く組み込む契機となった。大規模再開発というタイミングを逃さず、増え続ける住民が安心して暮らせる「環境と防災を両立した先進的なまち」を、官民協働でどう形づくるかが課題となっていた。 (参考:豊洲グリーン・エコアイランド構想 - 江東区、特別区協議会「23区最新情報・第6回 江東区」(2013年6月))
区は2011年6月に構想を策定し、実現までの道のりを3つの時期に区分した。周辺地区のまち開きが見込まれる2015年度(平成27年度)までを立ち上げの「始動期」、続く2020年度(平成32年度)までをまちの形が整う「概成期」、それ以降を「成熟期」と位置づけ、約15年先のまちの姿を見据えた長期計画として設計されている。2013年(平成25年)10月18日には、エコまち法に基づく「低炭素まちづくり計画」として江東区が作成し、構想は環境配慮のビジョンであると同時に、法に裏づけられた都市計画上の計画としての性格を備えることになった。 (参考:国土交通省「低炭素まちづくり計画作成事例」、特別区協議会「23区最新情報・第6回 江東区」(2013年6月))
構想の実現に向けて、2012年(平成24年度)に「豊洲地区環境まちづくり協議会」が設立された。これは地区内の地権者等と江東区・東京都で構成される協議体で、まちづくりの関係者が構想の目標を共有する場であると同時に、施策を実行に移す母体でもある。協議会は、各施策の実施主体・時期・内容を定めた行動計画「環境ロードマップ」を作成・運用し、複数の地権者や事業者が個別に進める開発を、共通のビジョンに沿って束ねる役割を担っている。 (参考:豊洲グリーン・エコアイランド構想 - 江東区、特別区協議会「23区最新情報・第6回 江東区」(2013年6月))
構想は、環境まちづくりを進めるための基本的な枠組みとして「6つの視点」を掲げている。具体的には、(1)緑が身近にあり人がふれあえる緑環境、(2)水辺を生かし人が集える水域環境、(3)環境負荷を抑える先端技術の導入、(4)人と環境にやさしい移動手段(エコモビリティ)、(5)安全で安心な暮らしを支える生活環境、(6)環境コミュニティが担う持続的な運営の仕組み(エリアマネジメント)の6つである。これに、東日本大震災の教訓を踏まえた「自立できる安全なまち」を目指す防災まちづくりを重ね、緑・水・技術・交通・暮らし・コミュニティ・防災を一体として捉える構成になっている。 (参考:特別区協議会「23区最新情報・第6回 江東区」(2013年6月))
緑環境の視点では、まず公共が主導して「緑の骨格」をつくることが計画された。外周部には水辺に親しめる緑地帯を巡らせ、地区を縦横に走る主要道路の沿道や歩道にも植栽を施す。これを土台に、建物の屋上緑化や小さな生態系空間(ビオトープ)づくりを区民・企業とともに進めて敷地内の緑を厚くし、さらに住民参加で緑を育てる――公共の骨格づくり、民間の宅地緑化、住民参加という三層で緑化を積み上げる「CITY IN THE GREEN」の実現プロセスが描かれた。当時すでに竣工していた東京ガスの科学館「がすてなーに」や東京電力のテプコ豊洲ビル、新豊洲CUBEなどでも、屋上・空地の緑化や雨水利用が行われていた。 (参考:特別区協議会「23区最新情報・第6回 江東区」(2013年6月))
水域環境では、運河や海に面した立地特性を踏まえ、生きものがすみやすい護岸づくりなど、生態系に配慮したウォーターフロント整備が方針に掲げられた。一からまちづくりができる利点を生かし、太陽光や風力に加え、ガス導管の圧力差を活用した発電など先端的な省エネ技術の採用や、公共交通の拡充とシェア自転車(コミュニティサイクル)の普及による移動分野の脱炭素化も方針に盛り込まれた。防災面では、高潮・津波対策の防潮堤整備に加え、市場機能を活用した救援物資の集積やヘリの離発着拠点の確保、停泊船からのエネルギー供給など、臨海部・市場という豊洲ならではの機能を生かした備えが想定された。あわせて、住民が担い手となる環境まちづくりに向けて、参加型の話し合いの場づくりや、環境行動にポイントを付与する地域独自の仕組みの導入も検討された。 (参考:特別区協議会「23区最新情報・第6回 江東区」(2013年6月))
6つの視点のうち「エリアマネジメント」を具体化するため、2016年(平成28年)には環境まちづくり協議会の専門部会として「豊洲地区エリアマネジメント準備会」が設置された。将来エリアマネジメントの実施主体となる協議体を立ち上げ、円滑に運営していくための下準備を担う組織で、学校法人芝浦工業大学、江東区都市整備部まちづくり推進課、東京ガス不動産、東京電力パワーグリッド、三井不動産レジデンシャルが会員となり、東京都港湾局と東京都中央卸売市場がオブザーバーとして参加している。準備会は2017年3月から豊洲六丁目で清掃活動を試行的に始め、奇数月の金曜日に約30分の清掃を継続するなど、地道な地域活動を積み重ねている。構想自体も、概成期の終了を見据えて2020年度に一部改訂され、概成期を延長して運用が続けられている。 (参考:豊洲地区エリアマネジメント準備会 - 江東区、豊洲グリーン・エコアイランド構想 - 江東区)
多くの環境まちづくりが既成市街地への後付けで進められるのに対し、豊洲地区は工場・倉庫の全域的な土地利用転換という、一からまちを描き直せる条件のもとで構想が立てられた。緑の骨格を道路・公共空間の計画段階から組み込み、エネルギー供給の仕組みも街区形成と並行して設計できるため、後追いでは実現しにくい環境性能を、まちの構造そのものに織り込めた。この「白地に近い大規模再開発×環境ビジョン」という組み合わせが、本事例の前提条件として大きい。 (参考:特別区協議会「23区最新情報・第6回 江東区」(2013年6月))
「まちの中に緑がある」のではなく「緑の中にまちがある」という言い回しは、目指す姿を専門用語に頼らず一言で共有できる強いビジョンとして機能している。緑被率の観点でも、江東区全体の緑被率は18.7%(平成29年度/緑被面積751.26ha)であり、臨海部の埋立地という条件のなかで、公共が緑の骨格を先導し民間・住民が肉付けするという役割分担を明示することで、複数の主体が同じ方向に緑化を積み上げられるよう設計されている。 (参考:江東区のみどりの現状と課題(平成29年度緑被率等調査報告書)- 江東区、特別区協議会「23区最新情報・第6回 江東区」(2013年6月))
本事例は、(1)「エコアイランド構想」という長期ビジョン、(2)エコまち法に基づく「低炭素まちづくり計画」という法的裏づけ、(3)実施主体・時期・内容を定める「環境ロードマップ」という行動計画――の三層で組み立てられている。理念だけでも、法的位置づけだけでも、現場の行動計画だけでも欠けがちな「掛け声倒れ」を避け、ビジョンを制度と実務に橋渡しする構造になっている。 (参考:豊洲グリーン・エコアイランド構想 - 江東区、国土交通省「低炭素まちづくり計画作成事例」)
豊洲地区は複数の大手地権者・事業者が街区ごとに開発を進めるエリアであり、個々の事業をばらばらに進めれば、環境配慮の水準も景観も街区ごとに分断されやすい。そこで、地権者・区・都による協議会という器を先に用意し、共通の環境ロードマップで足並みをそろえ、さらにエリアマネジメント準備会という専門部会へと役割を分化させていった。ハードの整備からエリアマネジメント(運営・継続)へと、組織のかたちを段階的に進化させている点が特徴である。 (参考:豊洲地区エリアマネジメント準備会 - 江東区)
調査時点(2026年6月)で確認できる、構想の制度面・実装面の到達点は次のとおりである。なお構想は概ね15年スパンの長期計画であり、成果は途上の節目として捉えるのが妥当である。
行政計画としての確立:2011年策定の構想は、2013年10月18日にエコまち法に基づく低炭素まちづくり計画として江東区が作成し、ビジョンが法的裏づけのある計画へと位置づけられた。 (参考:国土交通省「低炭素まちづくり計画作成事例」)
推進体制と行動計画の継続運用:2012年設立の環境まちづくり協議会が、行動計画「環境ロードマップ」を運用し続けており、構想は2020年度の一部改訂を経て概成期を延長しながら現在も運用されている。一時的な計画づくりにとどまらず、10年以上にわたって体制が維持されている点が確認できる。 (参考:豊洲グリーン・エコアイランド構想 - 江東区)
エリアマネジメントの実働化:2016年に設置されたエリアマネジメント準備会が、芝浦工業大学・江東区・複数の地権者企業を会員として継続的に活動し、2017年3月から始めた地区内の清掃活動を隔月で続けている。計画上の「視点」が、現場の定例活動として動き出している。 (参考:豊洲地区エリアマネジメント準備会 - 江東区)
緑と水辺の骨格の具現化:地区を取り囲む親水緑地や、街区内の建物での屋上・空地の緑化、雨水利用、水生生物が生息できる護岸など、構想が掲げた「緑の骨格」「環境配慮の水辺空間」が、実際の公共空間や個別開発のなかに形となって現れている。 (参考:特別区協議会「23区最新情報・第6回 江東区」(2013年6月))
一方で、CO2削減量や緑被率の地区別の推移といった、構想全体の環境効果を定量的に裏づける公表データは、調査時点では十分に確認できなかった。長期計画ゆえに、環境性能の「結果」を数値で総括する段階には至っていないとみるのが妥当である。
工場跡地や倉庫地区の再編など、まちを一から描き直せる局面は、環境配慮を構造に組み込める数少ない機会である。豊洲の事例は、個別開発が動き出す前に「緑の中の都市」という分かりやすいビジョンと、それを支える計画・行動計画を用意しておくことで、複数の主体の開発を共通の方向にそろえられることを示している。再開発のスケジュールに対して、いかに早くビジョンと推進体制を整えるかが、環境まちづくりの成否を分ける論点になる。
理念(構想)、法的裏づけ(低炭素まちづくり計画)、現場の段取り(環境ロードマップ)を、それぞれ別の層として用意し重ねる構造は、他地域でも応用しやすい。理念だけでは実務に降りず、計画だけでは関係者が腹落ちしない、という双方の弱点を補い合える。エコまち法のような既存の制度的枠組みに自地域のビジョンを接続することで、計画に持続性と公的な後ろ盾を与えられる。
緑化を、公共が骨格(外周の親水緑地・街路樹・歩道緑化)を先導し、民間が宅地(屋上緑化・ビオトープ)を、住民が育成を担う三層で積み上げる考え方は、緑の量だけでなく担い手の持続性まで設計している点で参考になる。誰が何を担うのかを最初に分けておくことで、整備後の維持管理が宙に浮きにくくなる。
構想が「つくる」だけでなく、エリアマネジメント準備会という運営の器へと組織を進化させ、清掃活動のような地道な活動を継続している点は、整備後の「作って終わり」を避ける示唆を与える。一方で、本事例は複数の大手地権者・市場・公共が関わる大規模再開発という条件に支えられている側面が大きく、同じ枠組みをそのまま小規模な既成市街地に当てはめるのは難しい。その場合は、土地利用転換の機会づくりや、緑・水辺の骨格を担える公共空間の特定、関係者間の合意形成の土台づくりから始める必要がある点には留意したい。
2026年6月時点の調査内容に基づいて作成
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