
中高生の多様な職業体験機会等の創出事業
福岡市が企業・大学等から中高生向けの職業体験や出前授業プログラムを募集し、「福岡市キャリア探究ポータル」で一元的に公開・マッチングする取り組み。2025年6月に始動し、毎年プログラムを拡充しながら学校の授業時間内での活用を後押ししている。
福岡市は2025年6月、市内の企業・大学・専門学校等から中学生・高校生向けの教育プログラム(座学形式の講義や出前授業、企業訪問による職場見学、実務・就業体験、教材の提供といった多様な形式)を募集し、「福岡市キャリア探究ポータル」に掲載することで、市内中学校・高等学校が授業の中で自由に選んで活用できるようにする「中高生の多様な職業体験機会等の創出事業」を開始した。プログラムの提供は無償で行われ、実施主体は福岡市総務企画局企画調整部企画課、運営事務局はEduPorte株式会社(福岡市東区)が受託している。
(参考:福岡市 中高生の多様な職業体験機会等の創出、福岡市キャリア探究ポータルサイト)
事業は単発のイベントではなく、毎年度企業・団体からプログラムを募集し、ポータルサイトの掲載プログラムを積み増していく「常設マッチング基盤」という設計が特徴で、2026年8月の調査時点でポータルには66件のプログラムが掲載されている。学校側は年間を通じてポータルを検索・申込みでき、2026年に入ってからは市内の公立中学校・私立高校等で少なくとも10件の授業実施レポートが公開されている。
(参考:福岡市キャリア探究ポータルサイト)
事業の背景には、2025年度からスタートした「第10次福岡市基本計画」がある。同計画は都市経営の基本戦略の一つに「多様な人材が育ち、チャレンジできる環境をつくる」を掲げ、政策推進プラン(第1次実施計画)の施策2-4「将来に夢や希望を抱き、意欲と志を持ってチャレンジする人材の育成」において、総務企画局・経済観光文化局・道路下水道局・教育委員会の連携による重点事業として「多様な職業体験機会等の創出(起業、建設業、技能職等)」を位置付けている。同施策は「将来の夢や目標を持っている」と答えた児童生徒の割合(小6:83.0%→84%、中3:70.4%→73%)を指標に掲げており、本事業はその達成手段の一つとして計画されている。
(参考:政策推進プラン(第10次福岡市基本計画 第1次実施計画))
高島宗一郎市長は2025年6月19日の定例記者会見で、基本計画(マスタープラン)の策定過程で子どもや若者から将来への不安やチャレンジ支援を求める声が多く寄せられたことを事業開始の理由として説明した。市長は、世の中には表からは見えにくい形で社会を支えている仕事や企業が数多くあることを踏まえ、生徒が知らない分野に触れるきっかけをつくりたいとの考えを述べている。
(参考:福岡市 市長会見2025年6月19日)
学校現場側の課題としては、教員が独自に企業とのつながりを築いてキャリア教育プログラムを組成する負担の大きさが挙げられる。教員向けの活用チラシは「企業と連携するって難しそう」「一から体験活動を考えるのは大変」といった教員の悩みに応える形でポータルの意義を説明しており、企業との個別調整を学校側が担わずに済む仕組みが求められていたことがうかがえる。
(参考:企業等が提供する教育プログラムを活用してみませんか(福岡市))
1. 企業・大学等からのプログラム募集
福岡市は毎年度、市内に本店または支店・営業所を有する企業・大学・専門学校等を対象にプログラムを募集している。応募条件は福岡市内に拠点を持つこと、プログラムを無料で提供できること(教材や材料にかかる費用のみ個別に相談可能)の2点のみで、企業規模は問わない。2026年度(令和8年度)の募集期間は5月11日から6月30日まで、募集件数は30件程度で応募順に対応する方式が取られた。
(参考:中学生・高校生向けの教育プログラムを募集します(令和8年度募集チラシ))
2. オンライン面談とプログラムのブラッシュアップ
応募後、受託事業者のEduPorte株式会社が事業者と約30分のオンライン面談を実施し、プログラム内容の確認やポータル掲載情報のヒアリングを行う。すでに完成された教育プログラムを持たない企業に対しても、受託事業者がメールやオンライン面談を通じてプログラムの作成・改善を支援する仕組みがあり、「体験を提供したいが形にできない」事業者の参入障壁を下げている。
(参考:中学生・高校生向けの教育プログラムを募集します(令和8年度募集チラシ))
3. ポータルサイトへの掲載と学校からの申込み
内容が確定したプログラムから順に「福岡市キャリア探究ポータル」で公開され、市内の中学校・高等学校(公立・私立を問わない)が随時閲覧し、授業や総合的な学習の時間に取り入れたいプログラムを選んでウェブ上から申込みできる。学校・事業者ともに個別の調整窓口を新たに設ける必要がなく、日程調整や準備は受託事業者が間に立って進める。実施後には学校側の声を反映してプログラム内容が見直される仕組みも組み込まれている。
(参考:企業等が提供する教育プログラムを活用してみませんか(福岡市))
4. 毎年度更新される募集サイクル
2025年6月19日の初回募集開始から約1年後の2026年5月〜6月に2回目の募集が行われており、毎年度プログラムを追加募集してポータルの掲載内容を更新していくサイクルが確立されている。募集チラシでは、小売・食品から保育・教育、医療・福祉、公共・インフラ、流通・建築・環境・製造、IT・情報、人材・金融・保険、法律、文化まで17分野にわたる企業・団体からすでに提供を受けていることが示されており、特定業種への偏りを避ける方針がうかがえる。
(参考:中学生・高校生向けの教育プログラムを募集します(令和8年度募集チラシ))
単発イベントではなく常設のマッチング基盤
多くの自治体のキャリア教育施策が「職業体験フェア」のような単年度・単発のイベント型で実施されるのに対し、本事業はポータルサイトを恒常的なインフラとして位置づけ、毎年プログラムを追加募集して掲載数を積み増していく設計になっている。2026年8月時点でポータルには66件のプログラムが掲載されており、学校は特定の実施日にとらわれず年間を通じて授業計画に組み込める。
(参考:福岡市キャリア探究ポータルサイト)
中間支援組織による「プログラム化」機能
本事業の運営を、行政でも学校でもない専門の受託事業者が担っている点も特徴である。EduPorte株式会社の代表は福岡市の公立小学校で15年間教員を務めた後、2023年に起業した人物であり、学校現場の事情を理解した上で、企業が持つ体験コンテンツを授業で使える形に落とし込む役割を果たしている。プログラムを持たない企業への企画支援と、教員・企業双方への個別調整の両方を受託事業者が担うことで、学校・企業のどちらか一方に負担が偏らない構造になっている。
(参考:EduPorte株式会社 会社概要、EduPorte株式会社プレスリリース)
「見えない仕事」への意図的な接続
掲載プログラムには大手企業だけでなく、行政書士事務所、保育園、伝統工芸(博多織)の企業など、生徒が普段接点を持ちにくい業種・職種が積極的に組み込まれている。「未来を描く1日!行政書士になってみよう」「地域の伝統をデザインする~博多織と考える未来のキャリア~」といったプログラムは、進学情報だけでは見えにくい職業の存在を伝える設計になっており、市長が会見で強調した、表からは見えにくい形で社会を支えている仕事が数多くあるという問題意識と一致する。
(参考:企業等が提供する教育プログラムを活用してみませんか(福岡市)、授業レポート Vol.8(福岡市立西陵中学校))
2026年1月から7月にかけて、ポータルサイトの「授業レポート」には少なくとも10件の実施記録が公開されている。福岡市立西陵中学校・福岡市立城香中学校・福岡市立多々良中央中学校といった公立中学校から、立花高等学校、第一学院高等学校(博多キャンパス)、精華学園高等学校(福岡東校)、飛鳥未来高等学校(福岡博多キャンパス)といった高等学校まで、公立・私立を横断する形で活用が広がっていることが確認できる。
具体的な実施例として、2026年2月には福岡市立西陵中学校の1年生約120名を対象に、ふくや(明太子を題材にした食と地域貢献の授業)、オリツギ(博多織の伝統文化ワークショップ)、トータルメディア開発研究所(「価値」を考える探究学習)の3事業者が同時並行で出前授業を実施した。生徒からは職業への興味喚起や価値観の多様性への気づきといった反応が報告され、教員からは体験を通じた学びの深まりや食育への接続を評価するコメントが寄せられている。
同年7月には福岡市立多々良中央中学校の1年生171名(5クラス)を対象に、第一生命保険株式会社が「ライフサイクルゲームⅢ」を用いた金融・消費者教育プログラムを実施した。すごろく形式で就労・収入・消費者トラブル・災害等を疑似体験する内容で、進路や就職を先送りに考えていた生徒が、体験を通じてその重要性に気づいたといった感想が報告されている。
(参考:授業レポート Vol.13(福岡市立多々良中央中学校))
福岡市は政策推進プランにおいて、本事業に対応する「体験型プログラム参加者数」の指標について、実績のない状態(-)から2028年度までに6,600人へ拡大する数値目標を掲げている。ただし2026年8月時点で、この目標に対する足元の進捗(累計参加者数や参加校数)を示す公式統計は確認できず、事業単体の定量的な達成度は公開情報からは判断できなかった。
(参考:政策推進プラン(第10次福岡市基本計画 第1次実施計画))
「単年度イベント」から「常設プラットフォーム」への転換
多くの自治体で実施されるキャリア教育の企業連携は、特定の日に企業を集めた一日限りの職業体験フェアが中心になりやすい。福岡市の事例は、募集・掲載・マッチングの仕組みをウェブ上の常設インフラとして構築することで、学校側が自校のカリキュラムに合わせて時期を選べる柔軟性と、プログラム提供企業を年々積み増していく拡張性を両立させている。単発イベントの運営ノウハウしか持たない地域でも、既存の産業振興部門が持つ企業リストを起点に、通年マッチング型へ段階的に移行する余地がある。
中間支援組織への「プログラム化」機能の外部委託
本事業が学校・企業双方の負担を抑えられている要因は、受託事業者が「企業の体験談を教育プログラムに翻訳する」機能を担っている点にある。プログラムを持たない企業でも参加できる設計は、CSR部門や広報部門を持たない中小企業・個人事業主の参加障壁を下げ、結果として大手企業だけに偏らない業種の多様性(保育、法律、伝統工芸等)につながっている。地域の産業構造が中小企業中心である自治体ほど、この「プログラム化支援」の役割を担う中間支援組織の有無が事業の裾野の広さを左右すると考えられる。
指標に基づく事業設計であることの意義と限界
本事業は基本計画の政策指標(体験型プログラム参加者数、将来の夢を持つ児童生徒の割合)に紐づけて設計されており、単なる話題づくりにとどまらず、教育施策全体のKPI管理の一部として位置付けられている点は他地域が参考にしやすい。一方で、2026年8月時点で事業単体の参加者数・参加校数といった実績が公開資料から確認できず、効果検証の材料が限られている点は課題である。他地域で同様の仕組みを導入する場合、事業単体の利用実績を継続的に可視化する体制をあらかじめ組み込むことが、成果検証と改善サイクルの観点から重要になる。
2026年8月時点の調査内容に基づいて作成
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