
第10次福岡市基本計画
福岡市が2025年度に始動させた10年間の総合計画。市内12万人の小中学生対象タブレットアンケートや、福岡地域戦略推進協議会(FDC)が半年がけで取りまとめた民間主導の提言を、行政の総合計画審議会による審議と並走させ、複数のチャンネルから意見を集めて策定した点が特徴。
第10次福岡市基本計画は、福岡市が2025年度(令和7年度)から2034年度(令和16年度)までの10年間を対象に策定した最上位の総合計画である。福岡市基本構想に掲げる都市像「住みたい、行きたい、働きたい アジアの交流拠点都市・福岡」の実現に向け、8つの分野別目標と3つの都市経営の基本戦略を定めている。
(参考:第10次福岡市基本計画(本編))
この事例の特徴は、計画そのものの内容以上に策定プロセスにある。市内約12万人の小中学生を対象に一人一台端末(タブレット)でアンケートを実施し、児童生徒の実行委員会がその結果を「福岡こども未来サミット」で発表・投票にかけたほか、地元経済界が組織する福岡地域戦略推進協議会(FDC)が半年がかりで独自に民間の意見を取りまとめて市長に提言するなど、行政の総合計画審議会による審議と並行して複数のチャンネルから意見を集める設計がとられた。
(参考:福岡市 福岡市政だより令和7年2月1日号【特集】第10次福岡市基本計画、福岡地域戦略推進協議会 提言書)
福岡市は1889年(明治22年)の市制施行当初、九州では鹿児島市・長崎市に次ぐ3番目の規模の都市だったが、その後の国の出先機関・企業支店・大学等の集積により陸・海・空の広域交通の拠点機能を高め、九州の中枢としての地位を築いてきた。前身にあたる第9次福岡市基本計画の期間中には人口が20万人以上増加し、市税収入も約1.3倍に伸びるなど、成長を続ける都市として評価されてきた。
(参考:第10次福岡市基本計画(本編)、フクリパ「2035年の福岡市はどうなる? 新たな福岡を描く第10次基本計画が今春スタート」)
一方で、地球規模の気候変動や脱炭素の機運の高まり、Well-beingやダイバーシティ&インクルージョンといった新たな価値観の広がり、少子高齢化の進展による労働人口の減少、海外情勢の不安定化に伴う物価高騰など、計画策定時の社会経済情勢は大きく変化していた。福岡市自身も、将来的な人口減少や単独世帯の増加を見据え、地域コミュニティの活性化や福祉の充実、国際競争力の高いビジネス環境の創出など、持続可能なまちづくりへの対応を課題として認識していた。
(参考:第10次福岡市基本計画(本編))
策定プロセスに先立つ2023年7月のキックオフイベントでは、2012年の都市高速道路全線開通・環状線誕生から2020年の人口160万人突破に至る年表が示され、黒瀬武史・九州大学大学院人間環境学研究院教授からは第9次計画期間を「成長の10年間」と評価する発言があった一方、不動産価格や物価高騰による生活の質の低下を懸念する指摘も出された。福岡アジア都市研究所が国内外の同規模都市(第3極都市)と比較した調査でも、福岡市は生活の質に関する指標は向上している半面、都市成長の面ではバルセロナなど海外都市に引き離されている実態が示されており、成長を誇るだけでなく足元の課題を直視する土壌の上で計画づくりが始まった。
(参考:Plat Fukuoka「福岡市に再び必要な総合計画に関する議論の時」)
1. 民間主導による下地づくり(2023年7月〜2024年11月)
福岡市が計画の終期を迎え次期計画の検討に入るのに先立ち、2023年7月19日には次期基本計画策定に向けた民間主導の意見募集キックオフイベントが開催された。その場では、第9次計画期間の成長を評価しつつも不動産価格や物価高騰による生活の質の低下を懸念する声、他都市との比較調査に基づく課題提起がなされている。この流れを受け、福岡地域戦略推進協議会(FDC)は2024年4月から約半年間、イベント開催や経済団体へのヒアリングを通じて独自に民間主導の意見集約プロジェクトを実施し、その結果を提言書にまとめて2024年11月9日に高島宗一郎市長へ提出した。提言は「あらゆる生活の質の向上と都市の成長を統合的に考え、持続可能にする」「福岡都市圏・九州広域の中核都市として、相互裨益する成長を生み出す」という2つの基本戦略と、イノベーション創出や多様な人材の共生環境整備など4つの施策方向性を提示した。
(参考:福岡地域戦略推進協議会 提言書、Plat Fukuoka「福岡市に再び必要な総合計画に関する議論の時」)
2. 総合計画審議会による審議(2024年4月〜11月)
行政側では、学識経験者・民間企業・地域団体代表ら有識者で構成する福岡市総合計画審議会が、2024年4月の総会を皮切りに「都市の成長部会」「生活の質部会」の2部会と全体総会をあわせて計11回開催し、計画の内容を審議した。審議会は同年11月26日、会長を務める萩島理・九州大学副学長のもとで「第10次福岡市基本計画(答申)」を高島市長に答申し、新たに子ども・若者に特化した目標を盛り込んだ点を特徴として示した。
(参考:福岡市 福岡市総合計画審議会(令和6年度)、西日本新聞me「福岡市の第10次市基本計画案、高島市長に答申 新たに子どもや若者特化の目標示す」)
3. 子どもの意見聴取(12万人アンケートとこども未来サミット)
策定過程の柱の一つが、市内約12万人の小中学生を対象に、一人一台端末を使ったタブレットアンケートを実施したことである。集まった回答は児童生徒10名からなる実行委員会が取りまとめ、「福岡こども未来サミット」の場で発表した。サミットでは実行委員会が提示したまちづくりの案を4つの都市像に分類し、小中学生によるオンライン投票を実施。投票では「自然にやさしく魅力あふれるまち」が最多得票となり、自然・環境への関心の高さが浮き彫りになった。
(参考:福岡市 福岡市政だより令和7年2月1日号【特集】第10次福岡市基本計画)
4. 素案に対するパブリックコメント(2024年9月〜10月)
審議会での議論と並行して、計画原案を対象としたパブリックコメントが2024年9月10日から10月7日まで実施された。FDCも会員企業・団体に向けて意見提出を呼びかけるなど、行政の正式な手続きと民間ネットワークの双方から意見が寄せられる形がとられた。
(参考:福岡地域戦略推進協議会「『第10次福岡市基本計画』の原案に対するパブリックコメントの募集」)
5. 計画決定と広報、実施計画への展開(2024年11月〜2025年6月)
審議会答申を受けた市は2024年11月28日の市政運営会議で計画案を確認し、2025年2月1日号の市政だよりで特集を組んで市民に周知したうえで、2025年4月に計画を本格スタートさせた。あわせて、計画を4年単位で具体化する第1次実施計画「政策推進プラン(令和7年度〜令和10年度)」の策定に向けて2025年3月24日から4月23日までパブリックコメントを行い、同年6月に策定した。
(参考:福岡市 政策推進プラン(第10次福岡市基本計画 第1次実施計画))
1. 「量」と「質」を両立させた子どもの意見聴取設計
一人一台端末による12万人規模の全数に近いアンケートで意見の「量」を確保しつつ、その結果を児童生徒の実行委員会自身に取りまとめさせ、サミットでの発表・投票という形で「質」を担保した点は、確認できた範囲では他の自治体の総合計画策定であまり例を見ない工夫といえる。単に子ども向けの意見箱を用意するのではなく、GIGAスクール構想で整備済みの端末インフラを活用し、集計から発信までの一部を子ども自身に委ねたことで、行政が代弁するのではない一次情報に近い声を計画づくりに組み込んでいる。
2. 行政審議会と民間経済団体による二重トラックの意見集約
福岡市総合計画審議会が正規の手続きとして審議を進める一方、地元経済団体等で構成するFDCが独自に半年間の意見収集プロジェクトを走らせ、審議会答申の直前にあたる2024年11月9日に市長へ提言書を提出した。両者は基本戦略の骨格(生活の質向上と都市成長の好循環、広域的な役割)で重なる内容を打ち出しており、行政手続きの外側にもう一つの意見集約チャンネルを持つことで、財界や実務者の感覚と行政計画との乖離を縮める狙いがうかがえる。
3. 「多様な人材の受け入れ環境」を独立した基本戦略に格上げ
第10次計画では、従来の「生活の質の向上」と「都市の成長」という2本柱の基本戦略に加えて、多様な人材を育て、集め、挑戦を後押しする環境をつくるという3本目の基本戦略を新設した。これは人口が増え続けてきた福岡市の強みを前提にしつつも、全国的な人口減少社会の到来を見据え、成長そのものではなく「人材を惹きつけ、挑戦を後押しする環境」を都市経営の目標に据え直した点で、量的拡大を前提にしにくくなった時代の総合計画の書き方を示している。
(参考:第10次福岡市基本計画(本編))
4. 市民意識調査の初期値を目標ごとに明記したPDCA設計
8つの分野別目標それぞれに、2024年度に18歳以上の市民4,500人を対象として実施した市民意識調査の結果を初期値として計画本文に明記している。例えば目標1「一人ひとりが心豊かに暮らし、自分らしく輝いている」では「年齢や性の違い、国籍、障がいの有無などに関わらず、誰もが尊重される」と思う市民の割合が63.9%であることを起点値として示すなど、施策の効果を定性的な理念だけでなく定点観測できる指標に落とし込んだうえで、政策推進プランの中で進捗を評価しPDCAサイクルを回す仕組みとしている。
(参考:第10次福岡市基本計画(本編))
計画運用の仕組みが稼働段階に入った
2025年4月の計画スタートに続き、同年6月には4年間の実施計画である第1次「政策推進プラン(令和7年度〜令和10年度)」が策定され、具体的な事業と予算編成、進捗の定性・定量評価によるPDCAサイクルの運用が始まっている。分野別目標ごとに市民意識調査の初期値が公開されたことで、今後の定期調査によって施策の効果を市民自身が数値で確認できる体制が整った。
(参考:福岡市 政策推進プラン(第10次福岡市基本計画 第1次実施計画))
子どもの意見が計画の方向性に反映された
福岡こども未来サミットでのオンライン投票で「自然にやさしく魅力あふれるまち」が最多得票となったことは、分野別目標のうち「人と自然が共生し、身近に潤いと安らぎが感じられる」という目標4や、都市経営の基本戦略に掲げる自然環境・景観の保全といった方針と方向性が一致しており、少なくとも計画の理念面において子どもの声が反映される形になったことが確認できる。
(参考:福岡市 福岡市政だより令和7年2月1日号【特集】第10次福岡市基本計画)
具体的な効果測定はこれから
計画期間は10年間であり、調査時点(計画スタートから1年強)ではまだ初期段階にある。分野別目標に紐づく市民意識調査の初期値は公開されたものの、施策の実施によって数値がどう変化したかを示す次回以降の調査結果はまだ公表されておらず、政策推進プランに基づく個々の事業の定量的な成果についても、現時点で確認できる公開情報は限られる。
既存インフラを使った子ども参加の再現可能な型
GIGAスクール構想により多くの自治体で一人一台端末が整備された今、大規模な子どもアンケートの実施自体は特別な予算や体制を新設しなくても可能になっている。福岡市の事例が示すのは、単にアンケートを取るだけでなく、結果の取りまとめや発表を子ども自身の実行委員会に委ねる工程を挟むことで、行政による要約を介さない意見の伝わり方を作れるという点であり、端末環境が整っている自治体であれば規模の大小を問わず応用しやすい。
地元経済団体との並走体制は既存の合意形成インフラを生かす
FDCのような広域の経済団体・地域プラットフォームが存在する地域では、行政の審議会手続きと並行して民間主導の意見集約を走らせることで、行政計画と経済界・実務者の感覚とのギャップを事前に埋めておける。ただし、この手法はFDCのような組織基盤がすでに存在することが前提となるため、そうした民間プラットフォームを持たない自治体では、商工会議所や地域経済団体との協定づくりなど、並走体制そのものを一から構築する必要がある点には留意が必要である。
初期値の公開が計画の検証可能性を高める
分野別目標ごとに市民意識調査の初期値を計画本文に明記した設計は、理念先行になりがちな総合計画に検証可能性を持たせる工夫として、他自治体の総合計画・マスタープラン改定でも応用しやすい。特に、10年単位の長期計画は策定時の熱量が薄れた数年後に形骸化しやすいため、次回調査での変化を市民が確認できる状態を最初から用意しておくことは、計画の実効性を担保する仕組みとして参考になる。
2026年8月時点の調査内容に基づいて作成
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