
つくば生きもの緑地ネットワークと国立環境研究所の自然共生サイト
国立環境研究所が構内緑地を国の自然共生サイト・OECMに登録し、筑波研究学園都市の研究機関・企業・NPO・保育園に呼びかけて緑地を面でつなぐネットワークを主導。生きものが行き来する緑地を地域全体で守る30by30の先進事例。
国立環境研究所(茨城県つくば市)は、構内に残る里地里山の緑地を「つくば生きもの緑地 in 国立環境研究所」と名づけ、2023年10月25日に環境省の「自然共生サイト」として認定を受けた。同日にはつくばこどもの森保育園の園庭ビオトープも認定され、いずれもつくば地域で初めての自然共生サイトとなった。翌2024年8月には、保護地域以外で生物多様性が守られている区域を示す国際的な枠組み「OECM」として国際データベースに登録された(2024年8月23日に国立環境研究所が公表)。認定された植生保全優先区域は当初5.1ヘクタール(研究所の後の資料では敷地の約22%にあたる約5.3ヘクタールと記載)である。 (参考:つくば地域初の自然共生サイト - 国立環境研究所、「つくば生きもの緑地 in 国立環境研究所」がOECMとして国際データベースに登録 - 国立環境研究所)
この事例の核心は、一つの緑地を認定して守ることそのものよりも、生きものが緑地と緑地の間を行き来する実態を踏まえ、筑波研究学園都市に集積する研究機関の緑地を「面」としてつなぐ点にある。国立環境研究所は、農研機構・森林総合研究所・筑波大学・産業技術総合研究所などに呼びかけて緑地の相互見学や情報共有を行う「つくば生きもの緑地ネットワーク」を主導し、研究都市の緑地を地域全体で保全する30by30(2030年までに陸と海の30%以上を保全する国際目標)の先進的な取り組みとなっている。本稿では、認定制度の手続き面より、研究機関群の緑地をネットワーク化し、生物多様性保全を多様な主体の「自分ごと」へと広げていく仕組みに焦点を当てる。 (参考:つくば生きもの緑地ネットワーク - 国立環境研究所、つくば生きもの緑地in国立環境研究所 - 環境省ecojin)
筑波研究学園都市は、研究機関を計画的に集積させて建設された都市であり、その敷地内には里地里山の自然が比較的良好に残されている。国立環境研究所の構内にもコナラやクヌギの雑木林が残り、研究学園都市の規定で敷地の30%以上を緑地として確保することが定められているうえ、研究所独自の「環境配慮に関する基本方針」により、緑地を地域の自然の一部として多様な生きものが生育できるよう管理する方針がとられてきた。 (参考:つくば生きもの緑地in国立環境研究所 - 環境省ecojin)
一方で課題も明確だった。つくば市は人口が増加を続け、開発圧力のなかで貴重な緑地環境が失われる可能性がある。加えて、研究機関にとって生物多様性の保全は本来の業務ではなく、各機関の中で優先されにくいという構造的な事情がある。担当する石濱史子主幹研究員は、機関ごとに業態が異なり立場や関心もまちまちであるため、どう連携を進めるかはなお模索中で、課題の一つだとしている。 (参考:つくば生きもの緑地in国立環境研究所 - 環境省ecojin)
そして最も本質的な課題は、生きものが一つの緑地だけで暮らしているわけではないという点である。鳥や昆虫は緑地と緑地の間を行き来し、個々の敷地を孤立した状態で守るだけでは地域の生態系は維持できない。どの敷地にどのような動植物が残り、どう管理されているかという情報が機関をまたいで共有されていなければ、緑地のつながりを意識した効果的な保全は難しい。研究学園都市の緑地を「点」ではなく「面」のネットワークとして捉え直すことが求められていた。 (参考:つくば生きもの緑地から始める30by30 - NEWSつくば、つくば生きもの緑地in国立環境研究所 - 環境省ecojin)
国立環境研究所は、構内緑地で伐採や除草を最小限にとどめ、適宜手を入れる管理を続けてきた。石濱研究員によれば「伐採・除草はあまりせず、適宜手を入れる管理法で、適度に明るさを保つ林を維持」しており、草刈りも「刈り過ぎても、少な過ぎてもダメ」という考え方のもと年2回程度を基本に調整している。こうした管理の結果、環境省レッドリストの絶滅危惧Ⅱ類であるキンランやフナバラソウをはじめ、ジュウニヒトエ、ツリガネニンジン、ワレモコウなどが生育し、ニホンノウサギやニホンアカガエルも確認されている。構内の秋津の池は、樹林と水辺が隣り合う里地の環境に依存するニホンアカガエルにとって、2〜3月の重要な産卵場所となっている。 (参考:つくば生きもの緑地から始める30by30 - NEWSつくば、国立環境研究所の構内緑地と自然共生サイト認定(2025年) - 国立環境研究所、つくば生きもの緑地in国立環境研究所 - 環境省ecojin)
研究所は2023年4月にこの植生保全優先区域を自然共生サイトとして申請し、同年10月25日に認定を受けた。認定はつくばこどもの森保育園の園庭ビオトープ(0.22ヘクタール、樹木医ら専門家とともに維持管理)とあわせてつくば地域初となり、2024年8月にはOECMとして国際データベースに登録された(同月23日に研究所が公表)。自然共生サイトは、国立公園などの保護地域に頼らず、民間や研究機関の主体的な取り組みによって生物多様性が保全されている区域を国が個別に認定する制度であり、30by30目標の達成手段の一つとして位置づけられている。 (参考:つくば地域初の自然共生サイト - 国立環境研究所、「つくば生きもの緑地 in 国立環境研究所」がOECMとして国際データベースに登録 - 国立環境研究所)
つくば生きもの緑地ネットワークは2019年に始まった。筑波大学や高エネルギー加速器研究機構(KEK)など29の公的機関を含め、民間も合わせると約300もの研究施設が集積する研究学園都市の特性を活かし、これらの施設に残る緑地と、そこに集う研究者の専門知をつなごうとする取り組みである。コロナ禍でいったん休止していたが2023年春に再開され、農研機構や防災科学技術研究所などに改めて参加が呼びかけられた。各敷地に残る動植物の種類や現状、管理の実態を機関どうしで持ち寄り、地域の研究者の知見を束ねてより効果的な緑地管理につなげることをねらいとしている。 (参考:つくば生きもの緑地から始める30by30 - NEWSつくば、つくば生きもの緑地in国立環境研究所 - 環境省ecojin)
ネットワークの活動は、相互の緑地見学会、交流セミナー、そして年1回の意見交換会を軸に展開している。参加機関は研究機関にとどまらず、企業(応用地質、戸田建設など)、NPO(つくば環境フォーラムなど)、保育園、行政(つくば市)にまで広がっている。研究機関の緑地が点在する研究学園都市において、管理主体どうしが顔の見える関係で結びつき、緑地のつながりを地域全体で意識する場が形づくられている。 (参考:つくば生きもの緑地ネットワーク - 国立環境研究所)
ネットワークは情報共有の場にとどまらず、具体的な保全・調査の実践を伴っている。2024年には、ツリガネニンジンの群生が見られる筑波大学構内緑地の見学会(5月、35名)、草原・林・湿地が混在する葛城の大規模緑地の見学会(10月、研究機関・企業・NPOから17名)などが開かれた。外来種ワルナスビについては、地上部を抜き取る駆除を時期を変えて複数回実施し、分布拡大の抑制と段階的な根絶が可能かを検証している。また、研究所が進める野生動物観測用のカメラトラップネットワーク(「Snapshot Japan」)といった研究手法も、筑波大学のフェスタ(2024年11月、来場250名以上)などで紹介され、最新の調査技術を保全の文脈に結びつけている。 (参考:つくば生きもの緑地ネットワーク - 国立環境研究所)
年1回の意見交換会は、ネットワークの中心的な交流の場となっている。2024年6月の会には大学6機関・企業3機関・行政3機関・NPO5機関の計39名が集まり、農研機構・森林総合研究所・筑波大学の研究者が話題提供を行った。2025年7月の第2回意見交換会は「土壌」をテーマに、現地26名・オンライン11名の計37名が参加して土壌微生物や土壌動物の多様性を学び、グループディスカッションを行った。オンラインを併用しながら、多様な業態の機関が継続的に集う運営が定着しつつある。 (参考:つくば生きもの緑地ネットワーク - 国立環境研究所)
国立環境研究所の取り組みは、つくば市の政策とも呼応している。つくば市は2024年度の完成を目指して生物多様性つくば戦略の策定を進めており、研究機関主導の緑地ネットワークと、自治体の戦略づくりが並行して動く構図が生まれている。研究都市に集まる科学的知見と、行政の計画とが接続することで、地域全体の生物多様性保全の枠組みが厚みを増しつつある。 (参考:つくば生きもの緑地から始める30by30 - NEWSつくば)
第一の特徴は、「点」の保全から「面」のネットワークへと発想を広げた点である。多くの自然共生サイトが個々の区域を認定・保全する取り組みであるのに対し、本事例は生きものが緑地間を移動する実態を出発点に置き、近接する研究機関の緑地を相互につなぐことを目指している。研究機関という明確な管理主体がまとまって存在する研究学園都市の地理的条件を活かした、面的な保全のアプローチである。 (参考:つくば生きもの緑地から始める30by30 - NEWSつくば、つくば生きもの緑地in国立環境研究所 - 環境省ecojin)
第二に、研究都市に蓄積した専門知を保全のために持ち寄る設計である。約300の研究施設と多分野の研究者が集まる環境を活かし、分布情報や管理ノウハウを機関横断で共有する。土壌をテーマにした意見交換会のように、見学会やセミナー自体が異分野・異業種の研究者が学び合う場として機能しており、緑地の保全活動が知の交流の場を兼ねている点に独自性がある。 (参考:つくば生きもの緑地ネットワーク - 国立環境研究所)
第三に、生物多様性の保全が本来業務でない主体を「自分ごと」として巻き込もうとする姿勢である。石濱研究員は「より多くの人に生き物への興味を持っていただき、それぞれが『自分ごと』として実感できるメンバーを増やしていきたい」と述べている。実際、ネットワークの輪は研究機関から企業・保育園・NPOへと広がっており、業態の違いで協力体制づくりが手探りであることを認めつつ、興味を入口に当事者を増やしていく現実的な進め方がとられている。 (参考:つくば生きもの緑地in国立環境研究所 - 環境省ecojin)
第四に、認定が次の認定を呼ぶ「連鎖」を生んでいる点である。国立環境研究所のつくば地域初の認定は呼び水となり、ネットワークに参加する応用地質のつくばオフィス内緑地も自然共生サイトに認定されるなど、研究学園都市に認定地が面的に広がりつつある。先行する一機関の認定が、周辺機関の参加や認定の動機づけになる構造が見てとれる。 (参考:当社つくばオフィス内の緑地が自然共生サイトに認定 - 応用地質株式会社、つくば生きもの緑地ネットワーク - 国立環境研究所)
2026年6月の調査時点で確認できる成果は次の通りである。
一方で、留意すべき点もある。緑地をつなぐ「生態系ネットワーク」としての効果、すなわち緑地間の生きものの移動や個体群の維持がどの程度改善したかという連結効果は、現時点では定量的に検証されていない。意見交換会や見学会による情報共有・関係づくりが先行している段階であり、業態の異なる機関の協力体制は研究所自身が「手探り」と認めている。認定面積についても資料によって5.1ヘクタールと約5.3ヘクタールの記載があり、区域の確定と数値の整理は今後の課題として残る。 (参考:つくば生きもの緑地in国立環境研究所 - 環境省ecojin、国立環境研究所の構内緑地と自然共生サイト認定(2025年) - 国立環境研究所)
単独の緑地保全を「面」のネットワークへ広げる発想。 自然共生サイトのような区域認定の取り組みは、個々の緑地を守ることで完結しがちである。本事例は、移動する生きものの視点から近接する緑地を相互につなぎ、地域全体で生態系を維持しようとする点に新しさがある。大学キャンパス、企業団地、病院、自治体施設など、まとまった敷地と管理主体を持つ緑地が点在する都市であれば、それらを緩やかに結ぶ発想は広く応用できる。 (参考:つくば生きもの緑地から始める30by30 - NEWSつくば)
既存の組織群を保全のプラットフォームとして組み込む。 研究学園都市という条件は特殊に見えるが、要点は「敷地内に緑地を持ち、管理する組織が複数まとまって存在する」ことを活かした点にある。新たな団体を一からつくるのではなく、既にある組織どうしを情報共有から結びつけ、見学会・共同駆除・調査へと段階的に発展させる進め方は、属人的なリーダーシップに依存しにくく、機関間の枠組みとして再現性が高い。 (参考:つくば生きもの緑地in国立環境研究所 - 環境省ecojin、つくば生きもの緑地ネットワーク - 国立環境研究所)
「興味」を入口にした自分ごと化の段階設計。 生物多様性が本来業務でない主体に最初から大きな負担を求めるのではなく、まず緑地の見学や生きものへの興味から入ってもらい、情報共有、共同の駆除・調査、そして認定へと当事者性を少しずつ高めていく。「それぞれが『自分ごと』として実感できるメンバーを増やす」という担当者の言葉どおり、関心の喚起を起点に据えた巻き込み方は、多様な主体の協働を必要とする他地域の取り組みに示唆を与える。 (参考:つくば生きもの緑地in国立環境研究所 - 環境省ecojin)
先行する認定を「呼び水」にして連鎖を生む。 一機関の自然共生サイト認定が、ネットワークを通じて周辺機関・企業の認定や参加の動機づけになっている。地域に認定地を面的に増やしたい自治体にとって、行政が個別に働きかけるだけでなく、先行事例を核にした機関どうしのネットワークが、保全の輪を自律的に広げる装置になり得ることを本事例は示している。 (参考:当社つくばオフィス内の緑地が自然共生サイトに認定 - 応用地質株式会社、つくば生きもの緑地ネットワーク - 国立環境研究所)
2026年6月時点の調査内容に基づいて作成
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