
芦田川流域治水協議会・芦田川水系流域治水プロジェクト
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2018年の西日本豪雨を契機に、国・広島県・福山市・府中市・世羅町など14機関が2020年に設立した協議会が、河川整備・ダムの事前放流・内水対策・森林保全までを一体的に進め、気候変動を踏まえて計画を継続的に更新している流域治水の取り組み。
芦田川流域治水協議会は、広島県東部の備後地域を流れる一級河川・芦田川の流域全体で水害被害を軽減させるため、国土交通省中国地方整備局福山河川国道事務所を事務局として2020年7月31日に設立された協議会である。芦田川は三原市の世羅台地に源を発し、世羅町・府中市・福山市を経て瀬戸内海(備後灘)に注ぐ流路延長約86km、流域面積約860km²の河川で、流域には備後圏域の中心都市である福山市(人口約46万人、2020年国勢調査)を含む複数の自治体が含まれる。(参考:芦田川 - Wikipedia)
協議会には福山市・府中市・世羅町の3市町長に加え、広島県の農林水産局・建設事務所、農林水産省中国四国農政局、林野庁近畿中国森林管理局、森林研究・整備機構、気象庁広島地方気象台、国土交通省福山河川国道事務所・八田原ダム管理所という河川行政の枠を超えた14の組織が正式メンバーとして参加している。協議会は、河川管理者だけが担ってきた対策の枠組みを離れ、氾濫の及ぶ範囲まで視野に入れた流域のあらゆる主体が力を合わせる「流域治水」へと軸足を移すことを目的に、河川・流域・避難の各対策を統合した「芦田川水系流域治水プロジェクト」を2021年3月に策定・公表し、以降ほぼ毎年改定を重ねている。(参考:芦田川流域治水協議会 設立趣旨・規約、芦田川流域治水協議会|福山河川国道事務所)
直接の契機は2018年7月豪雨(西日本豪雨)である。7月5日から7日にかけて梅雨前線に暖湿気流が流れ込み、芦田川流域では累加雨量が400mmを超える地点も出た。芦田川本川の山手水位観測所(福山市)では観測史上最高となる水位5.97mを記録し、河川整備計画で定めた計画高水位(5.83m)を超過、最大流量も整備計画目標の2,100m³/sを上回る2,385m³/sに達した。この結果、福山市内では約2,000ha(広島県内で最大規模)、2,061戸が浸水し、府中市でも52ha・224戸が浸水した。福山市駅家町では農業用ため池の決壊に伴う土砂崩れも発生し、人的被害も出ている。(参考:平成30年7月豪雨の概要について|福山河川国道事務所)
この豪雨で浮き彫りになった課題は、外水(河川からの氾濫)よりも先に内水(下水道や水路が雨水を排水しきれずに生じる浸水)による被害が広範囲に先行して発生したことだった。芦田川・府中市域は下流低平地に広がる市街地構造のため、いったん浸水すると水が引きにくく長期化しやすい。さらに住民が内水の状況を目視で確認しづらいために避難判断が遅れ、実際の避難者数も少なかったことが、国土交通省側の事後の課題整理で指摘されている。(参考:平成30年7月豪雨の概要について|福山河川国道事務所)
こうした水害は芦田川流域に限らず、同年の西日本豪雨や2019年の東日本台風でも全国各地で甚大な被害をもたらした。これを受け国土交通省は、河川管理者だけに委ねてきた治水の枠組みを見直し、氾濫が及ぶ範囲まで含めた流域の住民・企業・関係機関が共に水害軽減に取り組む方向へと舵を切り、全国の一級水系ごとに協議会を設置して対策の全体像をまとめる「流域治水プロジェクト」の策定・公表を求める方針を示した。芦田川水系は、この全国一斉展開(2021年3月30日、全109水系で公表)に先立ち、被災の大きかった水系の一つとして2020年7月末に協議会を設立している。(参考:流域治水プロジェクト|国土交通省水管理・国土保全局)
1. 協議会の設立と枠組みづくり(2020年7月〜)
2020年7月31日、「芦田川流域治水協議会」規約が施行され、目的・構成・公開原則が明文化された。規約では協議会の下に非公開の「幹事会」を置き、実務レベルの情報交換・調整を担わせたうえで、その結果を協議会に報告する二層構造としている。同年9月30日に第1回協議会が開催され、設立趣旨と流域の現状が共有された。(参考:芦田川流域治水協議会 設立趣旨・規約)
2. 流域治水プロジェクトの策定と公表(2021年3月)
第2回協議会(2021年3月15日、書面開催)を経て、河川対策・流域対策・避難対策を一体化した「芦田川水系流域治水プロジェクト」が策定・公表された。ここでは氾濫の防止・減少、被害対象の減少、被害の軽減と早期復旧・復興という3つの対策軸が設定され、それぞれに事業主体(国・県・市町)と対策工程(短期・中期・中長期)を紐づける形が採られている。(参考:芦田川流域治水協議会|福山河川国道事務所)
3. 毎年度の改定とプロジェクト2.0への深化(2022年〜2025年)
協議会は第3回(2022年3月)、第4回(2023年6月)、第5回(2024年3月、書面開催)、第6回(2024年7月)、第7回(2025年6月)と、ほぼ年1回のペースで開催され、そのたびにプロジェクトの進捗確認と対策の見直しが行われてきた。2024年3月には、気温上昇を2℃に抑えた場合でも2040年ごろには芦田川の降雨量が1割強、流量が2割ほど増え、洪水の起こりやすさが倍増するという試算が示されたことを受け、これまでと同じ安全水準を保てるよう対策を前倒しする「流域治水プロジェクト2.0」が公表されている。(参考:流域治水プロジェクト2.0|芦田川流域治水協議会)
4. ハード・ソフト・グリーンインフラを組み合わせた事業実施
プロジェクトのロードマップは、①河道掘削・堤防整備・排水機場整備などのハード対策、②立地適正化計画の防災指針や止水板設置補助・住宅嵩上げ補助といった被害対象そのものを減らす対策、③ハザードマップ整備やマイタイムライン作成支援、防災ステーション整備などのソフト対策、④淵・瀬・河畔林の保全や魚がのぼりやすい川づくりを目指すグリーンインフラの取組、という4本柱で構成される。福山市街地に近い草戸・水呑地区の河道掘削を最優先区間とする一方、上流の土生・目崎・父石地区の橋梁改築・堤防整備は中期以降に位置づけるなど、限られた予算・工期の中で優先順位を明示している点が実務上の特徴となっている。(参考:令和4年度 芦田川水系流域治水プロジェクト(案))
1. 協議会(公開)と幹事会(非公開)の二層構造
芦田川流域治水協議会の規約は、協議会自体を報道機関に開いた場で運営することを基本としつつ、実務レベルの検討を担う幹事会については非公開で運用する二段構えを定めている。政治的な合意形成の場と、実務調整の場を意図的に分離することで、透明性を保ちながらも協議の実効性を落とさない運営を可能にしている。配布資料についても原則としてただちに公開するという運用が規約に定められており、実際にこれまでの第1回から第7回までの次第・資料は漏れなくウェブで閲覧できる状態になっている。(参考:芦田川流域治水協議会 設立趣旨・規約)
2. 河川行政に閉じない構成員――農林水産省・林野庁・気象庁までを正式メンバーに
一般的な河川の協議会が河川管理者・自治体中心になりがちなのに対し、芦田川流域治水協議会は農林水産省中国四国農政局(農業用水利施設)、林野庁近畿中国森林管理局・森林研究整備機構(森林・治山)、気象庁広島地方気象台(気象情報)までを委員・幹事として正式に組み込んでいる。これは、上流域の森林整備やため池管理、気象情報の精度が下流の治水リスクに直結するという認識を制度設計に反映したものであり、水系全体を一つの流域として扱う「流域治水」の理念を組織構成そのもので体現している。(参考:芦田川流域治水協議会 設立趣旨・規約)
3. 気候変動シナリオに紐づく数値目標と「プロジェクト2.0」への制度的更新
プロジェクト2.0では、2℃上昇シナリオでの降雨量・流量の変化率を明示したうえで、「現行計画と同じ完了時期までに、目標とする治水安全度を達成する」という方針を掲げ、平成30年7月洪水と同規模の洪水(気候変動考慮後)が発生した場合の浸水世帯数を34,123世帯からゼロにするという定量目標(KPI)を設定している。単発の計画策定にとどまらず、気候変動シナリオの更新に合わせて計画自体を改定するサイクルをあらかじめ規約と運用の中に組み込んでいる点は、一過性のハザードマップ更新とは異なる制度的な工夫といえる。(参考:流域治水プロジェクト2.0|芦田川流域治水協議会)
4. 既存ダムの治水以外の機能を掘り起こす「ハイブリッドダム」
流域内の八田原ダムでは、事前放流によって空けた治水容量を平時の発電機会拡大にも活用する「ハイブリッドダム」の運用高度化が2023年度から試行されている。2024年度は4月4日から11月8日までの期間に9回にわたって試験的な運用を実施し、通常時より約1,222MWh多く発電した。これは一般家庭約4,700戸が1カ月に使う電力量に匹敵し、CO2排出量を約684t抑えた計算になると中国電力は説明している。治水目的で確保されていた容量を脱炭素にも活用するという発想は、新規のインフラ投資を伴わずに既存資産の価値を広げる工夫として注目できる。(参考:八田原ダムにおける発電電力量増加(ハイブリッドダム)の取組|中国電力)
5. 土地利用規制の強化を見据えた「特定都市河川」指定の検討
プロジェクト2.0のロードマップには、雨水の流出抑制に関する検討と並んで「特定都市河川の指定に向けた検討」が新たに追加項目として盛り込まれている。特定都市河川に指定されると、開発行為に対する雨水浸透阻害行為の許可制など、流域全体の土地利用に踏み込んだ規制を導入できるようになる。ハード整備や運用改善だけでなく、土地利用規制という制度的手段まで視野に入れて検討を進めている点は、流域治水を単なる公共事業の積み上げにとどめない姿勢の表れといえる。(参考:流域治水プロジェクト2.0|芦田川流域治水協議会)
1. 2018年被害への対応事業172件が完了
プロジェクト2.0の資料によれば、平成30年7月洪水で福山市域に生じた浸水被害に対しては、2023年度(令和5年度)までに国・広島県・福山市による172事業が実施され、概ね対策が完了したとされている。優先区間である草戸・水呑地区の河道掘削は、5カ年加速化対策(2021〜2025年度)の短期整備完了時点で進捗率が0%から100%に達している。(参考:流域治水プロジェクト2.0|芦田川流域治水協議会)
2. 国管理区間の河川整備率は51%から65%(目標)へ
国土交通省が直轄で実施する河川対策に限ってみると、5カ年加速化対策の目標として河川整備率を約51%から約65%まで引き上げることが掲げられており、草戸・水呑地区の完了によって計画高水位以下での流下が可能になったと整理されている。一方、上流側の土生・目崎・父石地区では、橋梁改築・築堤等の進捗が18%、浸透対策・耐震対策の進捗が24%(いずれも2025年度〈令和7年度〉の短期整備完了時点)にとどまっており、区間による進捗の差が資料上でも明示されている。(参考:令和4年度 芦田川水系流域治水プロジェクト(案))
3. 内水対策の雨水貯留量が約17倍に拡大
内水被害の軽減を目的とする対策では、雨水貯留量が約11,000m³から約192,000m³(2025年7月時点更新値)へと大幅に引き上げられ、雨水排水量も約9m³/sの追加確保が進められている。2018年豪雨で先行して発生した内水浸水への対応として、外水対策とは別建てのKPIで進捗が管理されている点が特徴である。(参考:流域治水プロジェクト2.0|芦田川流域治水協議会)
4. 2026年6月の大雨では大規模な浸水被害を回避
2026年6月24日からの大雨では、芦田川の矢野原観測所(府中市)で避難判断水位(警戒レベル3相当)に達し、福山市は29学区に警戒レベル4の避難指示を発令したが、実際の住宅被害は新市町を中心に床上浸水3件・床下浸水13件にとどまり、人的被害・避難者もなかった。2018年豪雨時の2,061戸(福山市)と比較すると被害規模は大幅に小さいが、両者は降雨量・降雨パターンが異なるため、この差を対策の効果のみに帰することはできない。あくまで整備が進んだ後に実際に発生した大雨への対応実績として記録しておく必要がある。(参考:福山市 被害報(2026年6月24日からの大雨))
1. 「流域」の関係者を早期に、行政区分を超えて協議会に位置づける
芦田川流域治水協議会が河川・自治体だけでなく農政・林政・気象の各機関を設立当初から正式メンバーに含めていたことは、流域治水を看板倒れにしないための実務的な工夫として他地域でも参考になる。上流の森林・農地管理が下流の治水に影響するという構造は多くの河川流域に共通しており、関係機関を「意見を聞く相手」ではなく「対策の実施主体」として協議会に位置づけることが、対策の実効性を左右する。
2. 情報公開のルールを規約レベルで明文化する
協議会を原則公開・資料速やかに公表とする一方、実務調整の幹事会は非公開とする二層構造は、透明性の確保と迅速な合意形成という、しばしばトレードオフになりがちな2つの要請を規約上の設計で両立させた例である。多くの分野横断的な協議会で「何を公開し、何を非公開とするか」が曖昧なまま運用されがちな中、この切り分けを規約に明記しておくアプローチは応用範囲が広い。
3. 気候変動シナリオの更新を、計画改定サイクルに組み込む
「プロジェクト2.0」という更新の枠組みは、気候変動による外力の増大を前提に、目標とする安全度を維持するための対策を定期的に見直す仕組みを制度化したものである。ハザードマップや地域防災計画を策定した後に長期間見直されないまま放置されがちな他地域にとって、更新のトリガー(気候変動シナリオの改定)と更新の単位(プロジェクト全体の版数管理)をあらかじめ決めておく発想は転用しやすい。
4. 既存ダム・ため池など「すでにある資産」の機能を組み合わせて価値を作る
ハイブリッドダムの取組は、治水のために確保している容量を平時の発電量拡大にも役立てるという、新規投資を最小限に抑えた工夫である。同様に、プロジェクトのロードマップでは老朽化・利用低下したため池を雨水貯留施設や活用転換の対象として位置づけており、これも新設ではなく既存資産の役割転換によって治水機能を積み増す発想といえる。多目的ダムやため池を抱える他の流域でも、事前放流協定や施設の機能転換によって同様の価値創出が可能である。
5. 外水(河川氾濫)だけでなく内水(排水不良)を独立したKPIで追跡する
芦田川流域では2018年豪雨で内水被害が外水被害に先行して顕在化し、住民の避難判断の遅れにつながった。プロジェクトが外水対策(浸水世帯数ゼロ)と内水対策(雨水貯留量・排水量)を別のKPIとして管理していることは、下流低平地を抱える他の都市河川流域にとっても、見えにくい内水リスクを可視化し対策の優先順位づけに反映させる具体的な方法として参考になる。
2026年09月時点の調査内容に基づいて作成
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