
住宅跡地を「崖線の森」に戻す(成城みつ池北緑地の拡張整備で国分寺崖線の緑をつなぐ)
東京都世田谷区が、国分寺崖線に残る成城みつ池北緑地に隣接する旧・成城四丁目十一山市民緑地と住宅跡地2か所を取得・統合した緑地整備事例。宅地化前の崖線の地形と雑木林を復元し、隣接する特別保護区と同じ樹種を植えて崖上と崖下をつなぐことで、点在する民有地の緑を面的につなぎ直す取り組みを整理する。
成城みつ池北緑地は、東京都世田谷区成城四丁目、国分寺崖線の傾斜部にある区立緑地である。既開園区域は面積約2,110平方メートルで、平成25年(2013年)に開園した。斜面には崖の下から上へと散策路が通され、樹齢を重ねたアカマツやモミジなど崖線のみどりに親しめるよう園内が整えられている。天候の良い日には、樹間ごしに富士山や丹沢連峰を見渡すこともできる。南に隣接する成城みつ池緑地(神明の森みつ池特別保護区)とともに、崖線沿いに連なるみどりの一角を占めている。 (参考:世田谷区「成城みつ池北緑地」)
本事例が扱うのは、この緑地を核として、隣接する土地を取り込みながら崖線のみどりを広げていく「拡張整備」である。区は、かつて世田谷トラストまちづくりの市民緑地として公開されていた成城四丁目十一山市民緑地(約794平方メートル)を令和2年(2020年)12月に取得し、あわせて緑地に隣接する住宅跡地2か所を、いずれも成城みつ池北緑地として一体的に整備することとした。単に空いた土地を植栽するのではなく、宅地化される前の崖線の地形や雑木林を「復元」し、隣接する特別保護区で見られる樹種を植えて生態的なつながりを回復させる点に、この整備の性格がよく表れている。 (参考:世田谷区「成城みつ池北緑地の整備計画について」、世田谷区「成城みつ池北緑地拡張整備のお知らせ No.1(令和5年3月)」)
国分寺崖線は、長い年月をかけた多摩川の侵食によって武蔵野台地の縁に生じた崖が連なる地形で、立川市から世田谷区まで続く。崖の斜面には樹林が残り、崖下からは各所で湧水がわく。世田谷区はこの一帯を「世田谷のみどりの生命線」と位置づけ、崖線の緑と水を守ることを緑施策の柱の一つとしている。成城のみつ池一帯はこの崖線上にあり、23区内で数少ないゲンジボタルの自生地を含む神明の森みつ池特別保護区や、区が保存樹林として指定するアカマツの巨木が点在する、自然環境の濃い場所である。 (参考:世田谷区「国分寺崖線保全の取り組み」、世田谷トラストまちづくり「成城四丁目十一山市民緑地」)
課題は、この崖線の緑が近年の住宅開発によって大幅に減っていることにある。崖の斜面地は宅地として造成されやすく、いったん建物が建てば地形も樹林も失われる。区は国分寺崖線保全整備条例(2005年制定)や斜面地の建築制限条例などで開発を規律してきたが、規制だけでは、すでに宅地化された土地や、相続などを機に手放される緑を取り戻すことはできない。崖線のみどりは面として連続してこそ生態系や景観の価値を保てるが、実際には民有地の宅地化によって虫食い状に分断されていくのが実情である。 (参考:世田谷区「国分寺崖線保全の取り組み」、世田谷区「世田谷みどり33について」)
成城四丁目十一山市民緑地は、その分断のリスクを象徴する土地だった。ここは崖線に広がる貴重な斜面林で、区が保存樹林に指定する複数のアカマツの巨木が並び、野川ぞいからその姿を見上げられる。もともとは土地所有者の意思により、都市緑地法にもとづく市民緑地制度を使って一般公開されていた。しかし市民緑地は土地所有者との契約にもとづく仕組みであり、相続などによって将来失われる可能性を残す。そこで区は、この貴重なみどりを恒久的に守るため、令和2年12月に所有者から土地を取得し、都市公園として整備し直す道を選んだ。「十一山」という名は、起伏の激しい尾根が幾重にも重なる地形を山々の連なりになぞらえて地域で親しまれてきた呼称とされ、崖線特有の起伏に富んだこの地形そのものが守るべき対象となっている。 (参考:世田谷トラストまちづくり「成城四丁目十一山市民緑地」、世田谷区「成城みつ池北緑地の整備計画について」)
区は取得した土地と住宅跡地を、性格の異なる三つの区画に分けて整備方針を組み立てた。いずれも「成城みつ池北緑地」として一体化するが、扱いは同じではない。第一に、旧・成城四丁目十一山市民緑地は、既存の斜面林と保存樹林を守るために保全区域とし、一般利用者は立ち入らせず、外周フェンスと管理者用の出入口だけを整えて閉鎖管理とする。第二に、既存緑地の東に接する住宅跡地(東側)は、区道沿いに新たな出入口を設けて既存の広場まで園路を通し、崖の上側にも新たな出入口を設けて、斜面の上下を行き来できる利用区域とする。第三に、住宅跡地(西側)は、敷地に残る車庫や塀といった工作物を取り払ったうえで、宅地開発が行われる以前の崖線の起伏と雑木林の姿へ戻す区域とする。 (参考:世田谷区「成城みつ池北緑地拡張整備のお知らせ No.1(令和5年3月)」、世田谷区「成城みつ池北緑地拡張整備のお知らせ No.2(令和5年11月)」)
植栽は、隣接する成城みつ池緑地とのつながりを意識して選ばれている。西側の復元区域には、崖線の雑木林を代表するコナラやクヌギに加え、季節ごとに色づくモミジなどを配置し、再生した斜面が崩れないよう高さ1.2メートルの擁壁で支えて、その内側は立入禁止とする。東側の利用区域には、みつ池緑地で見られるウグイスカグラやムラサキシキブといった樹種を取り入れる。既存緑地のシンボルであるモミジとのつながりも意識され、崖線のみどりが樹種のレベルで連続するよう配慮されている。整備にあたっては、かつての庭にあった大谷石や景石、生垣、クスノキを撤去せずに用い、住宅地としての趣や成城の街並みになじむ佇まいを残すことも方針に盛り込まれた。園路には段差のない舗装を用い、夜間に死角となる暗がりが生じないよう足元灯を配するなど、利用者の安全にも配慮している。 (参考:世田谷区「成城みつ池北緑地拡張整備のお知らせ No.2(令和5年11月)」、世田谷区「拡張予定地の整備計画のお知らせ(令和4年7月)」)
もっとも、整備は計画どおりには進まなかった。区は当初、住宅跡地(西側)を第1期として令和5年度に整備し、東側などの工事を経て早期の開園を見込んでいた。ところが東側の住宅跡地は埋蔵文化財包蔵地に指定されており、令和5年9月の試掘調査で土器や石器の破片といった遺物、住居跡などの遺構が出土し、追加の発掘調査が必要になった。このため工事は第2期・第3期に分けられ、開園は当初予定より1年ほど遅れ、令和5〜6年度にかけての整備となった。さらに令和6年9月に行われた第3期工事の入札は参加者がなく不調となり、工事は翌年度へ延期された。区は令和7年8月に、第3期の拡張工事を令和7年9月から令和8年1月にかけて実施し、令和8年(2026年)2月の開園を予定するとの見通しを地域に知らせている。 (参考:世田谷区「成城みつ池北緑地拡張整備のお知らせ No.2(令和5年11月)」、世田谷区「成城みつ池北緑地拡張整備のお知らせ No.3(令和6年11月)」、世田谷区「成城みつ池北緑地拡張整備のお知らせ No.4(令和7年8月)」)
1. 「守る・使う・戻す」を一つの緑地内で描き分けている。
拡張後の成城みつ池北緑地は、同じ名称の緑地でありながら、区画ごとに性格が異なる。保存樹林の残る旧・十一山市民緑地は一般利用者を入れない保全区域とし、東側の住宅跡地は崖上と崖下をつなぐ通り抜けの利用区域とし、西側の住宅跡地は雑木林を復元する区域とする。生態的価値の高い樹林の核心には人を入れず、その縁や跡地で人が緑に触れられるようにする構えは、南隣のみつ池緑地が旧山田邸の展望デッキで採った「保全と享受の両立」と通じる発想であり、崖線一帯で一貫している。 (参考:世田谷区「成城みつ池北緑地拡張整備のお知らせ No.2(令和5年11月)」、世田谷区「成城みつ池北緑地の整備計画について」)
2. 「植える」のではなく「地形ごと戻す」復元の思想。
住宅跡地の整備は、更地に木を植えるのではなく、宅地化される前の状態を想定して「崖線の地形を復元する」ことを出発点に置いている。構造物を撤去し、擁壁で斜面を保護しながら、崖線の主要樹種であるコナラ・クヌギ・モミジを植え、隣接する特別保護区で見られる樹種をそろえることで、地形・植生の両面で失われた崖線の森を再生しようとする。宅地化で分断された緑を、地形のスケールから復元して面としてつなぎ直す点に、この事例の新規性がある。 (参考:世田谷区「拡張予定地の整備計画のお知らせ(令和4年7月)」、世田谷区「成城みつ池北緑地拡張整備のお知らせ No.1(令和5年3月)」)
3. 民家の庭の記憶を公共緑地に引き継いでいる。
住宅跡地の整備では、庭にあった大谷石や景石、生垣、クスノキをそのまま用い、成城らしい住宅地の風情を宿す出入口へと仕立てている。跡地を無機質な更地に均すのではなく、そこにあった暮らしと景観の文脈を残す設計であり、低コストで場所固有の趣を保ちながら、崖線の緑と住宅地の街並みを滑らかにつなぐ工夫となっている。 (参考:世田谷区「成城みつ池北緑地拡張整備のお知らせ No.2(令和5年11月)」)
4. 市民緑地から都市公園への「格上げ」で恒久保全を担保している。
旧・十一山市民緑地は、土地所有者の契約にもとづく市民緑地として公開されていたが、契約型の仕組みは相続などで将来失われる可能性を残す。区が土地を取得して都市公園化することで、崖線の貴重な斜面林を制度的に恒久保全へと移した。市民緑地制度で「つなぎ」ながら、機を見て区が取得して恒久化するという二段構えは、民有の緑を守る現実的な経路を示している。 (参考:世田谷トラストまちづくり「成城四丁目十一山市民緑地」、世田谷区「成城みつ池北緑地の整備計画について」)
第一の成果は、崖線の貴重なみどりを、失われる前に公有地として確保できたことである。区は令和2年12月に成城四丁目十一山市民緑地を取得し、保存樹林のアカマツ大木群を含む斜面林を恒久保全の対象とした。あわせて隣接する住宅跡地2か所を取り込むことで、既開園区域(約2,110平方メートル)に加えて崖線沿いのみどりを面的に広げる下地が整った。契約型の市民緑地にとどめず取得・都市公園化へ進めた判断は、宅地化で分断されがちな崖線の緑を確実に残すうえで意味を持つ。 (参考:世田谷区「成城みつ池北緑地の整備計画について」、世田谷トラストまちづくり「成城四丁目十一山市民緑地」)
第二に、整備が「保全・利用・復元」という具体的な計画へ落とし込まれ、段階的に実行に移された点である。区は令和4年から地域に整備計画・整備方針・整備プランを継続的に知らせ、住宅跡地(西側)の第1期工事、旧・十一山市民緑地や東側の第2期工事を順次進めてきた。第3期の拡張工事は令和7年9月から令和8年1月に実施され、令和8年2月の開園が予定された。調査時点(2026年7月)の区ホームページでは、成城みつ池北緑地について通常の開園時間(4〜9月は午前9時〜午後5時、10〜3月は午前9時〜午後4時)が案内され、工事や閉鎖の告知は見当たらないことから、拡張整備はおおむね予定通り完了し、開園に至ったものとみられる。 (参考:世田谷区「成城みつ池北緑地拡張整備のお知らせ No.4(令和7年8月)」、世田谷区「成城みつ池北緑地」)
一方で、留意すべき点もある。本調査で参照できた公開資料は、区が地域に配布した整備方針やスケジュールのお知らせが中心で、復元した斜面林の植栽本数や活着状況、崖線のみどりの連続がどの程度回復したかといった、生態的な効果を裏づける定量データは確認できなかった。また、この整備は用地取得を伴う行政主導の緑地事業であり、埋蔵文化財の発掘調査による1年程度の遅延や、工事入札の不調によるさらなる延期といった、取得から開放までに時間を要する現実的な難しさも示している。復元型の緑地が意図した機能を発揮したかどうかは、開園後の樹林の生育とモニタリングの蓄積を待って評価すべき段階にある。 (参考:世田谷区「成城みつ池北緑地拡張整備のお知らせ No.2(令和5年11月)」、世田谷区「成城みつ池北緑地拡張整備のお知らせ No.3(令和6年11月)」)
成城みつ池北緑地の拡張整備は、既存の保全地の隣で手放される土地をどう緑として取り戻すかという、緑の多い自治体に共通する課題に、再現性のある手がかりを与える。
一方で、この事例が国分寺崖線という際立った自然資産と、特別保護区という強力な保全の核、そして用地を取得できる財政的余力の上に成り立っている点は割り引いて捉える必要がある。核となる保全地や取得原資に乏しい地域では、同じ手法をそのまま移すことは難しく、市民緑地制度や寄附による基金など、取得を支える仕組みづくりと組み合わせて検討することが求められる。
2026年7月時点の調査内容に基づいて作成
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