
ゾーン30プラス荻窪4・5丁目地区
杉並区荻窪4・5丁目地区で実施された「ゾーン30プラス」。警察と道路管理者が連携し、速度規制と物理的デバイスを組み合わせた生活道路の交通安全対策の事例を紹介。
杉並区荻窪4・5丁目地区では、生活道路における交通安全対策「ゾーン30プラス」の整備が進められている。ゾーン30プラスは、最高速度30km/hの区域規制とハンプや狭さくなどの物理的デバイスを組み合わせることで、通過交通の速度抑制と歩行者・自転車の安全確保を図る施策である。本地区は、朝の時間帯を中心に荻窪駅へ向かう車両が地区内の生活道路に多数流入するという課題を抱えており、住宅密集地における交通安全対策のモデルケースとして整備が進められた。 (参考:国土交通省 ゾーン30プラス整備計画)
交通事故死者数全体の約半数は歩行中・自転車乗用中に発生しており、さらにそのうちの約半数が自宅から500m以内の生活道路で発生している。車道幅員5.5m未満の狭い生活道路では、歩行者・自転車乗車中の死傷者の割合が、幅員5.5m以上の道路と比較して約1.8倍に達する。 (参考:警視庁 ゾーン30とは)
車両速度と歩行者の致死率には明確な相関関係がある。警察庁の分析によると、車両速度が20〜30km/hの場合の歩行者致死率は0.9%であるのに対し、30〜40km/hでは3.0%、40〜50km/hでは8.4%、50km/h以上では17%と急激に上昇する。この科学的知見に基づき、生活道路における30km/h規制が安全対策の基準として採用されている。 (参考:警視庁 ゾーン30とは)
これまで生活道路の安全対策は、警察による速度規制と道路管理者による物理的対策がそれぞれ独自に実施されてきた。しかし、速度規制の標識だけでは運転者の意識に頼る部分が大きく、十分な速度抑制効果が得られないケースがあった。
荻窪4・5丁目地区は、1日約24万人が利用する区内最大の交通結節点である荻窪駅に隣接する住宅密集地である。朝の通勤時間帯を中心に、荻窪駅へ向かう車両が地区内の生活道路に流入し、通学路や住宅街の安全性が課題となっていた。 (参考:国土交通省 ゾーン30プラス整備計画、杉並区 荻窪駅周辺まちづくり)
2021年8月26日、国土交通省道路局と警察庁交通局は、生活道路の交通安全対策を強化するため「ゾーン30プラス」を創設した。道路管理者と警察が検討段階から緊密に連携し、最高速度30km/hの区域規制と物理的デバイスを組み合わせることで、「人優先の安全・安心な通行空間」の整備を推進する施策である。 (参考:国土交通省 報道発表資料)
杉並区では、ゾーン30プラスの整備にあたり、令和6年(2024年)に町会・商店会・教育施設などを対象とした地域意見聴取を実施した。物理的デバイスの設置は生活道路の景観や使い勝手に影響を与えるため、事前の丁寧な説明と意見交換が重視されている。また、学校・PTA・道路管理者・警察が合同で実施した通学路の点検結果も、整備計画に反映された。 (参考:杉並区議会 都市環境委員会)
令和6年(2024年)7月から11月にかけて、杉並区による整備工事が実施された。 (参考:杉並区議会 都市環境委員会)
ゾーン30プラスの最大の特徴は、計画段階から警察と道路管理者が共同で検討を進める点にある。従来のゾーン30が速度規制のみであったのに対し、ゾーン30プラスでは規制と物理的対策を組み合わせることで、ドライバーに速度抑制を促す環境を面的に整備する。
整備では以下のような交通静穏化技術が導入される。 (参考:内閣府 令和5年交通安全白書)
ハンプ(路面凸部) 道路上に設置する盛り上がりで、車両が通過する際に減速を促す。路面の緩やかな起伏により、時速30kmを超える速度で走行するドライバーに不快感を与えることで、自然な速度抑制効果が得られる。
狭さく 車道の一部を意図的に狭めることで、車両の通行速度を低下させる。見通しの良い直線道路での速度超過を防ぐとともに、通過交通を抑制する効果がある。
スムーズ横断歩道 歩道と車道の段差をなくし、歩道面を連続させた構造である。車両側が歩行者空間を横切る形となるため、ドライバーの歩行者優先意識を高める効果が期待される。
荻窪地区は住宅が密集し、通学路も多く存在する典型的な都市部の生活道路エリアである。同様の環境を持つ他の地域にとって、重要な参考モデルとなる。
警察庁が平成30年度末(2019年3月)までに整備された全国のゾーン30を対象に実施した調査では、整備前年度と整備翌年度の比較で、交通事故発生件数が約23.9%減少した。死亡・重傷事故の発生件数は29.4%減少し、対歩行者・自転車事故件数は26.5%減少という効果が確認されている。 (参考:警視庁 ゾーン30とは)
東京都内では2011年度から2025年度までに475区域でゾーン30が整備され、規制速度遵守率(30km/h以下の割合)が12.2ポイント向上するなど、ドライバーの安全意識の向上が確認されている。 (参考:警視庁 ゾーン30とは)
墨田区本所・石原地区は、2023年3月に東京都内で最初にゾーン30プラスを導入した地域である。同地区では速度抑制効果が確認された反面、周辺住民からは日常的な車両出入りへの影響について声が上がった。これを受け、区と警察は住民との対話の場を設け、安全性と利便性の両立を目指した設計変更を同年12月に実施するなど、継続的な効果測定と改善のサイクルを維持している。 (参考:墨田区 本所・石原地区ゾーン30プラス、国土交通省関東地方整備局 東京国道事務所)
全国でのゾーン30プラス導入は着実に拡大しており、2025年3月末時点で186地区、2025年6月には新たに71地区の整備計画が策定され、計263地区での展開が予定されている。 (参考:国土交通省 報道発表資料)
警察と道路管理者という異なる組織が検討段階から緊密に連携するゾーン30プラスの仕組みは、交通安全対策の枠を超えて、地域課題解決における協働のモデルを示している。
墨田区の先行事例が示すように、物理的デバイスの設置は地域の利便性にも影響を与える。整備前の丁寧な説明と意見交換、整備後のPDCAサイクルに基づく継続的な改善が、持続可能な対策の鍵となる。
2024年の道路交通法施行令改正により、2026年9月から中央線のない狭幅の生活道路における法定速度が一律で時速30kmに引き下げられる。この制度変更を見据え、各地域でゾーン30プラスの整備検討が加速することが予想される。 (参考:東京海上ディーアール コラム)
ゾーン30プラスは単なる交通安全対策にとどまらず、「人優先のまちづくり」という視点から道路空間を再考する契機となりうる。海外ではノルウェーが2019年に15歳以下の交通事故死者ゼロを達成し、フィンランドのヘルシンキが同年に歩行者交通死亡事故ゼロを達成するなど、先進的な取り組みが成果を上げている。 (参考:東京海上ディーアール コラム)
2026年3月時点の調査内容に基づいて作成
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