
驛 THE TRAVEL BASE EKI(コミュニティ一体型ホテル)
JR長野駅前の遊休不動産をリノベーションし、訪日外国人旅行者と地域住民が交流するコミュニティカフェ併設のスモールホテル「驛」。段階的な実証を経て開業を予定し、県内主要駅への横展開も構想するブランド事業。
「驛 THE TRAVEL BASE EKI」は、JR長野駅善光寺口から徒歩1分に位置する既存ビルの2・3階をリノベーションし、2026年8月末の開業を予定する全6室のスモールホテルである。3階は約50平方メートル・定員4名の和風スイートルーム2室、2階は「寝台列車」をテーマにした客室4室(定員4名1室、定員2名3室)と約48平方メートル・18席のコミュニティカフェで構成される。運営するアンドクラフト株式会社(長野市、代表取締役:臼井亮哉)は、信州スタートアップ・承継支援2号投資事業有限責任組合(運営:ミライドア株式会社)、株式会社八十二長野銀行、株式会社日本政策金融公庫から総額5,600万円の資金調達を行い、開業準備を進めている。 (参考:資金調達に関するお知らせ - アンドクラフト株式会社、長野駅前にコミュニティ一体型ホテル誕生 - PR TIMES、信州の資源を世界の価値へアンドクラフト株式会社に投資を実行 - ミライドア株式会社)
なお、上記の客室構成・開業時期は2026年5月時点の発表に基づく計画である。本調査に近い2026年8月11日のSBC信越放送の取材では、客室数は4室、開業時期は9月を目指すと報じられており、直近では規模や開業時期に変更が生じている可能性がある。 (参考:絶賛リノベーション中!「遊休不動産」の活用し地域活性化へ 築50年以上の空きビル 宿泊施設を9月にオープンへ - SBC信越放送(Yahoo!ニュース))
施設名の「驛」(駅の旧字)は、アンドクラフトが公表資料で、単なる交通結節点にとどまらず人・文化・地域が行き交う場になってほしいという願いを込めて名付けたと説明している名称である。2階のコミュニティカフェを外国人旅行者と地域住民が気軽に交わる場として位置づけ、階段部分には信州文化をテーマにした壁画アートを設置する。長野駅前の1棟にとどまらず、「驛(EKI)」はインバウンド特化型複合宿泊施設のブランドとして構想されており、アンドクラフトは長野県内の主要駅前で遊休不動産を活用した同様の施設開業に関心を持つビルオーナーや事業者の募集も行っている。 (参考:信州の資源を世界の価値へアンドクラフト株式会社に投資を実行 - ミライドア株式会社、長野駅近くの遊休不動産をリノベーション 泊まれる「交流拠点」開業へ - 信濃毎日新聞デジタル)
長野駅周辺は善光寺や戸隠、周辺のスキーリゾートなど県内有数の観光地への玄関口である一方、アンドクラフトは「旅行者と地域住民が気軽に交わる場は多くない」という課題を発表資料で指摘している。外国人旅行者にとって駅前が宿泊のための通過点にとどまり、地域の文化や住民との接点を持つ機会が乏しいことが、コミュニティ機能を併設したホテルを構想する出発点になった。善光寺は訪日客に人気の観光スポットとして複数の民間調査でも上位に挙げられており、駅前エリアには一定のインバウンド需要が見込める一方で、その滞在を地域との交流につなげる仕組みは十分に整っていなかった。 (参考:資金調達に関するお知らせ - アンドクラフト株式会社、【2026年最新】長野で外国人に人気の観光スポット:善光寺が7位 - 訪日ラボ)
長野市は中心市街地に点在する空き家・空き店舗・空き地などの遊休不動産について、これを生かして中心市街地への出店・居住を後押しし、地域のつながりを取り戻すことを目的の一つとする政策課題として位置づけ、「長野市中心市街地遊休不動産活用事業」を実施している。THE TRAVEL BASE EKIはこの市の事業と直接紐づくものではないが、駅前という中心市街地の一等地にありながら十分に活用されていなかった既存ビルをリノベーションして再生する点で、長野市が抱える遊休不動産活用という課題と重なる取り組みといえる。 (参考:長野市中心市街地遊休不動産活用事業 - 長野市公式ホームページ)
アンドクラフトは2019年7月設立のデザイン会社で、「手仕事で世界のひとりに感動を」を理念に、地域滞在プロデュース・インバウンドマーケティング・ブランドデザインの3事業を展開してきた。同社はEKIに着手する前から、佐久市御牧原のサウナ付き一棟貸し宿「宙-SORA-」、小諸市の古民家を改装した「旅の宿 長寿楼」、2024年秋には善光寺と戸隠を結ぶ新諏訪地区の築100年の古民家を外国人向け宿泊施設とカフェの複合店舗に改装するプロジェクトなど、古い建物を宿泊・飲食の複合施設として再生する事業を段階的に手がけてきた。2025年には長野本社横の古民家を宿泊施設と居酒屋の複合店舗として、旧北国街道小諸宿界隈の古民家を宿泊施設とカフェの複合店舗として、それぞれ開業している。EKIはこうした小規模な実証を積み重ねた延長線上で、長野駅前という最も人通りの多い立地に投資する初めての旗艦拠点となる。 (参考:アンドクラフト株式会社公式サイト、長野のアンドクラフトが宿泊事業 飲食出店者と施設運営 - 日本経済新聞、新長野古民家プロジェクト(仮) - アンドクラフト株式会社)
EKIの開業に向け、アンドクラフトは地域の創業・第二創業・事業承継を支援する信州スタートアップ・承継支援2号投資事業有限責任組合(ミライドア株式会社が運営)からの投資実行を受け、2026年5月13日にその旨が発表された。これに株式会社八十二長野銀行と株式会社日本政策金融公庫からの融資を組み合わせ、総額5,600万円の資金を調達したことを5月に発表した。地域特化型の投資ファンド、地方銀行、政策金融公庫という性質の異なる3つの資金提供者を組み合わせた点が、この資金調達の特徴である。 (参考:信州の資源を世界の価値へアンドクラフト株式会社に投資を実行 - ミライドア株式会社、資金調達に関するお知らせ - アンドクラフト株式会社)
調達した資金をもとに、長野駅前の既存ビル2・3階のリノベーションを実施した。3階には約50平方メートルの和風スイートルーム2室(定員各4名)、2階には「寝台列車」をテーマにした客室4室(定員4名1室、定員2名3室)と、約48平方メートル・18席のコミュニティカフェを配置し、宿泊機能と交流機能を1つの建物内に併存させる構成とした。 (参考:長野駅前にコミュニティ一体型ホテル誕生 - PR TIMES)
2階のコミュニティカフェについては、2026年5月19日から7月にかけて運営パートナーとなる個人事業主を公募した。敷金・礼金は不要とする一方で厨房設備は入居者側の自己負担とし、家賃は固定額ではなく最低使用料5万円(税別)に売上の10%を加えた歩合制とした。最低でも2年程度は運営を継続することを募集の前提としつつ、ホテル併設による年間4,000人程度の宿泊客見込みを集客基盤として提示し、朝食提供が可能な事業者を優先する内容だった。募集は2026年7月をもって締め切られている。 (参考:THE TRAVEL BASE EKI|2F コミュニティカフェ運営パートナー募集 - アンドクラフト株式会社、長野駅前にコミュニティ一体型ホテル誕生、訪日外国人旅行者と地域をつなぐ拠点へ。 - フーズチャネル)
2026年7月30日から8月4日にかけて、「長野の文化と旅の拠点を、アートでつなぐ」をコンセプトとする「EKI × ART × CULTURE」壁画プロジェクトを実施した。全国で壁画制作の実績を持つアーティスト・emi tanaji氏が、2階から3階への階段壁面に、小布施町・岩松院が所蔵する葛飾北斎作「八方睨み鳳凰図」から着想を得た鳳凰のモチーフを制作した。制作にあたっては岩松院からモチーフ使用の了承を得ており、制作過程はビデオグラファーの関亮太氏が映像記録した。完成した作品はホテルゲストと地域住民の双方に公開する予定である。 (参考:「EKI × ART × CULTURE」壁画プロジェクト - アンドクラフト株式会社)
開業に向けては、2026年7月からホテル客室清掃(ベッドメイク、水回り清掃、リネン類の洗濯・乾燥)を担うパートスタッフの募集を開始し、8月中旬からの勤務開始を予定するなど、運営体制の整備を進めた。あわせて、地域ライターによるコンテンツとAIトラベルコンシェルジュを組み合わせた観光情報サービス「make i trip」を2026年秋にリリースする計画も明らかにしており、EKIをはじめとする県内の宿泊施設とインバウンド旅行者をつなぐデジタルツールとして位置づけている。 (参考:THE TRAVEL BASE EKI 清掃スタッフ募集のお知らせ - アンドクラフト株式会社、長野駅前にコミュニティ一体型ホテル誕生、訪日外国人旅行者と地域をつなぐ拠点へ。 - フーズチャネル)
EKIは、いきなり駅前という一等地に投資したプロジェクトではない。アンドクラフトは佐久市の一棟貸し宿、小諸市の古民家改装宿、新諏訪地区の古民家×カフェ複合施設と、規模の小さい物件から「古い建物を宿泊・飲食の複合拠点として再生する」というモデルを繰り返し実践し、運営ノウハウと収益性の見立てを積み上げたうえで、最も人通りが多く投資規模も大きい長野駅前への出店に踏み切っている。単発の大型投資ではなく、小さな実証を経てから旗艦拠点に進む順序自体が、この事例の土台になっている。 (参考:アンドクラフト株式会社公式サイト、新長野古民家プロジェクト(仮) - アンドクラフト株式会社)
コミュニティカフェの運営パートナー公募では、固定家賃ではなく売上に連動した歩合制の使用料を採用し、敷金・礼金を不要とすることで、開業希望者側の初期負担を抑えた設計になっている。ホテル併設という立地から見込める年間宿泊客数を集客基盤として明示した点も、独立開業のリスクを引き下げる工夫である。宿泊施設の集客力を活用し、地域の個人事業主が小さく飲食業に挑戦できる場を用意する仕組みは、単なるテナント誘致とは異なるアプローチといえる。 (参考:THE TRAVEL BASE EKI|2F コミュニティカフェ運営パートナー募集 - アンドクラフト株式会社)
多くの遊休不動産活用事例が個別物件ごとの単発プロジェクトにとどまるのに対し、EKIは当初から「県内主要駅前の空きビルを活用したインバウンド特化型複合宿泊施設ブランド」として構想されている点が特徴的である。アンドクラフトは長野駅前での開業と並行して、同様の施設開業に関心を持つビルオーナーや事業者を県内の他の観光拠点でも募集しており、1棟のリノベーション事業を出発点に、ブランドとしての面的な展開を最初から視野に入れている。 (参考:信州の資源を世界の価値へアンドクラフト株式会社に投資を実行 - ミライドア株式会社)
物理的な宿泊施設の整備と並行して、地域ライターの一次情報とAIコンシェルジュを組み合わせた観光情報サービス「make i trip」の開発を進めている点も特徴である。1棟のホテルが提供できる送客力には限りがあるが、県内の他の宿泊施設ともつながるデジタルツールを合わせて設計することで、単一施設を超えた広域のインバウンド接点を構築しようとしている。 (参考:長野駅前にコミュニティ一体型ホテル誕生、訪日外国人旅行者と地域をつなぐ拠点へ。 - フーズチャネル)
本調査時点(2026年8月)でEKIは開業直前の段階にあり、稼働率や宿泊者数といった開業後の運営実績は確認できていない。確認できる成果としては、地域特化型の投資ファンド、地方銀行、政策金融公庫という異なる性質の3つの資金提供者から総額5,600万円の調達に成功したことが挙げられる。単一の金融機関に頼らない資金調達が成立したこと自体が、事業計画に対する複数の金融関係者からの一定の評価を示している。 (参考:信州の資源を世界の価値へアンドクラフト株式会社に投資を実行 - ミライドア株式会社、資金調達に関するお知らせ - アンドクラフト株式会社)
コミュニティカフェの運営パートナー公募は2026年5月から7月にかけて実施され、予定どおり7月中に募集を締め切っている。具体的な応募数や選定されたパートナーの詳細は本調査時点で公表されていないが、開業前の期間内に公募プロセスが完了したことは確認できる。壁画アートプロジェクトについても、2026年7月30日から8月4日という予定期間内に制作が実施され、小布施町・岩松院からモチーフ使用の了承を得るなど、地域の文化資源との連携が計画どおり具体化した。 (参考:THE TRAVEL BASE EKI|2F コミュニティカフェ運営パートナー募集 - アンドクラフト株式会社、「EKI × ART × CULTURE」壁画プロジェクト - アンドクラフト株式会社)
信濃毎日新聞(2026年6月23日経済面)や北日本新聞、PR TIMES経由の各種メディアがEKIを取り上げており、開業前の段階から地域内外での認知形成が進んでいる。信濃毎日新聞はこの取り組みを「遊休不動産活用事業」として報じており、地域メディアの側からも遊休不動産の再生という文脈で捉えられていることがうかがえる。 (参考:長野駅近くの遊休不動産をリノベーション 泊まれる「交流拠点」開業へ - 信濃毎日新聞デジタル、長野駅前にコミュニティ一体型ホテル誕生、訪日外国人旅行者と地域をつなぐ拠点へ。|北日本新聞webunプラス)
一方で、コミュニティカフェの実際の運営事業者名、宿泊稼働率、旅行者と住民の交流実態、県内他駅への展開の具体的な進捗といった開業後の成果は、本調査時点では確認できていない。ブランドとしての構想や資金調達・準備プロセスは具体的に裏付けられるものの、事業として狙いどおりの成果を上げているかどうかは、開業後の追跡調査が必要な段階にある。
遊休不動産の活用を検討する他地域にとって、いきなり駅前一等地のような大規模・高コストな物件に投資するのではなく、まず小規模な物件で「古い建物×宿泊×飲食」といった事業モデルを試し、運営ノウハウや収益の見立てを確認したうえで旗艦拠点に進むという順序は、財務リスクを抑えながら遊休不動産活用を積み重ねていくうえで参考になる進め方である。
固定家賃を求めず、売上に連動した使用料と施設側の送客見込みを組み合わせて出店者の初期負担を抑える手法は、宿泊施設併設のカフェに限らず、道の駅や公共施設内のテナント誘致など、他地域が小規模事業者の出店を後押ししたい場面でも応用できる考え方である。
EKIは1棟の成功事例を積み上げるだけでなく、当初からビルオーナーや事業者を募る形で他の駅前への横展開を視野に入れている。単発のリノベーション事業を、同じ課題(駅前の遊休不動産、旅行者と住民の接点不足)を抱える他地域へのブランド展開として設計する発想は、単独の自治体・事業者の枠を超えて遊休不動産活用を広げていくうえで示唆的である。
壁画プロジェクトで、著名な文化財の所蔵先である岩松院から正式にモチーフ使用の了承を得たプロセスは、地域の文化資源を装飾として消費するのではなく、由来や背景を踏まえて敬意をもって扱うことの重要性を示している。観光施設が地域の歴史・文化と結びついた演出を行う際に、こうした手続きを踏むことは他地域でも参考になる姿勢である。
2026年8月時点の調査内容に基づいて作成
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