
千葉市水環境・生物多様性保全計画
千葉市が2023年3月に策定した、水環境と生物多様性の保全を一体的に推進する10か年計画。生物多様性地域戦略など3計画を包含し、延べ2,179人・69団体への意見聴取を経て182の取組みと13の数値指標を設定。毎年の進行管理表で5段階評価を公開する。
千葉市水環境・生物多様性保全計画は、千葉市が2023年3月に策定した、2023年度から2032年度までの10か年計画である。2011年から続いてきた「千葉市水環境保全計画」の後継にあたり、河川・海域・地下水の保全を扱ってきた従来の水環境行政に、生物多様性の保全・再生を統合した点が最大の転換点となっている。基本理念には「水の環(わ)はぐくむ にぎわい輝く生命(いのち)のつながりを 子どもたちの未来へ」を掲げ、水循環が生態系ネットワークの基軸であるという認識のもと、水と生き物の施策を一体で推進する。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画について|千葉市、千葉市水環境・生物多様性保全計画 概要版)
計画は「千葉市環境基本計画」の個別計画に位置づけられ、生物多様性基本法に基づく「生物多様性地域戦略」、「生活排水対策推進計画」、水循環基本法を踏まえた「流域水循環計画」の3計画を1本に包含する構成をとる。「水環境の保全活用」「生物多様性の保全再生」「計画の推進体制の整備」の3つの取組みの柱の下に13の施策の方向性と計182の取組みを配置し、施策の方向性ごとに2032年度の数値目標を設定した。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画 概要版)
策定にあたっては、市民・小中学生・事業者・ボランティア団体の4主体延べ2,179人・69団体へのアンケート、市内全6区でのワークショップなど計7回の対話の場、市民説明会、パブリックコメントを実施し、寄せられた2,732件の意見を頻出語分析で可視化して計画に反映した。運用開始後はPDCAサイクルに基づく進行管理表を毎年公表し、13指標を5段階(S〜D)で評価した結果を得点率まで含めて市民に公開している。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画 本編、令和6年度進行管理表)
千葉市の水環境行政は、1999年3月策定の「千葉市水環境保全計画」に始まり、地下水保全に関する「千葉市地下水保全計画」(2006年3月)、「千葉市生活排水対策推進計画」(2001年3月改定)と分野別に計画が並立してきた。2011年4月にはこれら3計画を包含する形で水環境保全計画を再編し、2014年7月の水循環基本法施行を受けて2017年4月に一部改定するなど、「複数計画の統合」を段階的に進めてきた歴史がある。前計画が2022年度末に期間満了を迎えるにあたり、次期計画の姿が問われることになった。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画 本編)
前計画の最終評価では、成果と課題がはっきり分かれた。水質面では、河川のBOD(生物化学的酸素要求量)は17地点すべてで基準をクリアし、海域のCOD(化学的酸素要求量)は2011〜2020年の間ゼロ〜半分程度の低い達成率にとどまっていたが、2021年には全地点で基準を満たすまでに改善した。水辺と親しめる施設整備、調整池を公園として活用する整備、いなげの浜での砂浜再生といった取組みを進めた結果、河川ごとの水深・護岸の構造や海辺の水際環境といった物理面の目標もすべて達成した。一方、水辺の生き物については、市の最重要保護生物であるミナミメダカやホトケドジョウが一部流域で確認されるようになったものの、魚類・底生生物・植物の生息目標は総合的に見ると未達成が多く残った。河川の水量も2018年頃まで低調に推移し、2021年度にようやく評価9地点中6地点で目標を達成した段階で、海域の全窒素・全りんも未達成が残っていた。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画 本編)
2022年12月のCOP15で「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択され、2030年までに生物多様性の損失を反転させる「ネイチャーポジティブ」、陸と海の30%以上を保全する「30by30」、保護地域以外で保全に資する地域「OECM」といった枠組みが国際標準となった。国内では生物多様性基本法(2008年施行)が市町村にも生物多様性地域戦略の策定を努力義務として課し、千葉県は法施行に先立つ2008年3月に日本初の地域戦略「生物多様性ちば県戦略」を策定していたが、千葉市自身は独自の地域戦略を持っていなかった。市民からも「ネイチャーポジティブや30by30を計画に盛り込んでほしい」という意見が寄せられており、次期計画は水環境と生物多様性を束ねる初めての戦略として構想されることになった。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画 本編)
千葉市は千葉県で最も人口の多い都市でありながら、若葉区・緑区を中心にまとまった自然環境が残り、台地に樹枝状に入り込む谷地の湿地水田「谷津田」が市の原風景をなしている。谷津田の湧水は河川の源流として多様な生き物を育む一方、樹林の伐採や耕作の放棄が進み、外来種の侵入も加わって生態系の劣化が続いていた。加えて、策定前のアンケートでは市内の水環境について約半数が「わからない」と回答し、生物多様性についても約半数が「見たり聞いたりしたことはあるが、意味の理解は不十分」、約3割が「見たり聞いたりしたことがない」と回答するなど、市民への浸透不足が数字で裏付けられた。ボランティア活動の参加者の高齢化・減少により保全活動の継続が困難になっているという担い手の課題も、市民意見として明確に指摘されていた。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画 本編)
市は2020年度に次期計画の策定について千葉市環境審議会の意見を求め、自然環境保全専門委員会を中心とする検討体制を組んだ。2021年度に市民等への意見聴取と骨子の決定、2022年度に素案・原案の検討とパブリックコメントを行い、2023年3月に計画を策定、同年4月から運用を開始するという3か年のプロセスである。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画について|千葉市)
意見聴取は対象を4つの主体に分けて設計された。アンケートは市民426人、小中学生1,753人(小学生397人・中学生1,356人)、事業者55社、ボランティア団体等14団体の延べ2,179人・69団体から回答を得ており、小中学生が一般市民の4倍を超える最大の回答者群となっている点が特徴的である。2021年11月には放送大学客員教授の講演と意見交換を組み合わせたセミナーを対面・オンライン併用で開催し、同年12月から翌年1月にかけて、区ごとの公共施設等を会場として市内全6区で1回ずつワークショップを開催した。各回20人程度の規模で、東京湾・河川・森林・谷津田・野生生物などをテーマに課題と夢、その実現策を出し合う形式がとられた。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画 本編、次期千葉市水環境保全計画策定に関するワークショップについて|千葉市)
アンケートやワークショップを通じて集まった意見は合計2,732件にのぼり、市はこれを頻出語分析にかけて、出現5件以上の言葉を「水域環境」「陸域環境」「生物・生命」「課題・問題」「対策・取組」「夢・目標」の6分類で図示した。最頻出は「生き物・生物」(278件)で、「川」(215件)、「環境」(208件)、「人間・人」(202件)、「ごみ」(192件)が続き、市民の関心が水と生き物の双方にまたがることが定量的に示された。意見はワードクラウドとして計画書に掲載されたほか、「河川の両脇がコンクリートで固められ、水を流すだけの施設になっている」「谷津田を保全するための土地が担保されていない」といった個別の課題意見も分類・整理のうえ計画書に明記され、さらに本編の各施策ページには関連する市民意見(対策・夢)を掲載する構成がとられた。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画 本編)
2022年11月には策定途中の状況を報告する市民説明会を公募参加で開催し、素案・原案の検討とパブリックコメントを経て2023年3月に計画を策定した。成果物は本編・資料編に加え、概要版と子ども向け概要版の4種類が用意され、表紙には市内小学生が描いた「谷津田の生きものを大せつに」と題するポスターが採用されるなど、次世代への継承という理念がドキュメントの形にも反映されている。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画について|千葉市、千葉市水環境・生物多様性保全計画 本編)
計画は13の施策の方向性ごとに指標と2032年度目標を設定した。「水環境や水循環について理解している市民の割合100%」「多自然護岸整備河川等の延長17,449m(2029年度)」「谷津田の保全協定締結面積80.17ha」「自然観察会等の参加者数・開催数 累計2,450人・140回」「貴重な生物(ヘイケボタル、ニホンアカガエル等)のモニタリング地点数14地点」などがその例である。運用面では、指標ごとにS(5点)からD(0点)の5段階で進捗を評価し、柱ごとの得点率まで算出した進行管理表を毎年作成・公表する。指標の多くは上位の千葉市環境基本計画と共通化されており、計画間で評価の二重管理を避ける工夫がとられている。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画 概要版、令和6年度進行管理表)
本計画の最大の特徴は、生物多様性地域戦略・生活排水対策推進計画・流域水循環計画という根拠法の異なる3計画を、水循環という概念を軸に1本の計画へ統合したことである。森林・河川・農地・沿岸域・地下水をつなぐ水循環こそが生態系をつなぐ土台になっているという考え方により、水質保全と生物保全が別々の縦割り施策ではなく相互に支え合う関係として整理された。谷津田の保全が「水源かん養」(水環境)と「生物の生息地」(生物多様性)と「自然体験の場」(ふれあい)の3つの顔を持つ施策として位置づけられているのはその典型である。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画 本編)
13指標の筆頭には、水環境・水循環と生物多様性それぞれについて「理解している市民の割合100%」という、達成が容易でない認知度目標が置かれている。整備延長や水質達成率といったインフラ・環境指標だけでなく、市民の理解そのものを毎年WEBアンケートで測定し、一喜一憂を含めて公表する設計は、策定段階のアンケートで判明した「約半数がわからないと答える」現実を計画の中心課題に据えたことの表れといえる。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画 概要版、令和6年度進行管理表)
策定時のアンケートで小中学生1,753人から回答を集め、一般市民(426人)の4倍を超える規模とした点は、参加型の計画づくりとして独自性がある。学校を通じた調査により、通常のパブリック・インボルブメントでは届きにくい層の声を大量に取り込んだうえで、子ども向け概要版の作成や小学校への出張授業「いきもの探索隊」など、アウトプット側にも子ども向けチャネルを用意し、「子どもたちの未来へ」という基本理念を参加と発信の両面で具体化している。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画 本編、千葉市水環境・生物多様性保全計画 概要版)
谷津田の保全では、市が土地所有者と二者で保全協定を結び、保全活動を行うボランティア団体がいる場合は土地所有者・団体・市の三者で活動協定を結ぶという二層の協定スキームを運用しており、計画はこの協定面積(80.17ha)を数値目標化した。市の指針では概ね24か所の谷津田を候補地に選定し、うち14か所で協定締結を進めている。2006年開設の「大草谷津田いきものの里」は土地所有者の協力により整備された拠点施設で、ボランティアによる田んぼづくりや毎月の自然観察会が続く。こうした協定に基づく保全地は国の30by30目標を支えるOECMの考え方と親和的で、市内では2026年6月末時点で植草共生の森、堂谷津の里、坂月川ビオトープ、千葉市下大和田谷津の4か所が環境省の自然共生サイトに認定されている。 (参考:谷津田等の保全に関する情報|千葉市、大草谷津田いきものの里の概要|千葉市、自然共生サイト|千葉市)
進行管理表は、指標ごとの5段階評価に加えて柱ごとの得点率を算出して公表しており、2024年度は水環境の保全活用52%、生物多様性の保全再生40%、計画の推進体制の整備27%と、厳しい数字も隠さず開示している。計画に記載した水質達成率の基準値に誤りがあったことを注記して修正したり、交付実績ゼロが続く補助金制度について「事業の見直しについて検討中」と明記したりするなど、うまくいっていない事実を含めて評価結果を市民に公開する姿勢が一貫している。 (参考:令和6年度進行管理表)
計画開始から2年分の進行管理表が公表されており、2024年度時点で複数の指標が改善を示している。谷津田の保全協定締結面積は基準の61.89haから64.88haに拡大し、地権者との交渉により前年度から1.06ha増加した。特定外来生物(アライグマ・キョン等の哺乳類)の防除数は2024年度に499頭と前年度から約25%増え、計画期間累計897頭となった。自然観察会等の参加者は基準年度の92人・5回(2021年度)に対し2024年度245人・14回、計画開始からの累計530人・27回に達し、ボランティア育成講座の受講者も基準の17人・1回から79人・6回に増えた。多自然護岸整備は二級河川支川都川の河道築造工事などにより14,011mまで進み、地盤沈下は2012年度以降年間2cm以上の沈下が観測されない状態を維持してS評価が続いている。生物指標ではニホンアカガエルの卵塊数が基準の2,089個から2,828個へ約35%増加した。 (参考:令和6年度進行管理表)
一方で、計画の中核に据えた認知度指標は伸び悩んでいる。2024年度の理解度は水環境41.3%・水循環50.1%・生物多様性55.9%で、基準年度は上回るものの前年度からはいずれも低下しており、市は「さらなる啓発活動の実施が必要」と自己評価している。水質環境目標値の達成率は70.0%で、海域のCODなどが主な未達要因として残り、市は東京湾岸自治体との連携による汚濁負荷削減を課題に挙げる。ヘイケボタルの生息数は基準から約25%減少し、家庭系食品ロス量は4,021トンと基準年度(3,824トン)より増えてD評価となった。地域環境保全自主活動事業補助金は2022年度以降交付申請がなく、市民団体等によるモニタリング地点数も4地点(目標14地点)にとどまるなど、推進体制の柱の得点率は27%と3本柱の中で最も低く、担い手づくりが計画全体のボトルネックであることが進行管理を通じて明確になっている。 (参考:令和6年度進行管理表、令和5年度進行管理表)
計画期間中に、市内の谷津田やビオトープの環境省自然共生サイト認定が進み、2026年6月末時点で4か所が認定されている。いずれも若葉区・緑区に残る谷津の自然や市民協働で維持されてきたビオトープであり、市が協定を通じて土地と活動を担保してきた保全地が、国の30by30目標に接続する形で制度的な位置づけを獲得しつつある。 (参考:自然共生サイト|千葉市)
1. 計画統合は「軸となる概念」があって初めて機能する
生物多様性地域戦略の策定は市町村の努力義務だが、単独で策定するリソースがない自治体は多い。千葉市の事例は、既存の水環境計画の改定サイクルに合わせ、水循環という科学的な概念を接着剤にして生物多様性戦略を統合するという現実的な解を示した。単なる計画事務の合理化ではなく、「谷津田の保全が水源かん養と生息地保全を同時に満たす」といった施策レベルの相乗効果として統合の意味を説明できている点が、形式的な計画合冊と異なるところである。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画 本編)
2. 認知度を一級の指標に据えると、啓発の限界が可視化される
「理解している市民の割合」を毎年測定した結果、イベント参加者数が増えても全市的な理解度はほぼ動かない、という普及啓発施策の構造的な限界が数字で見えるようになった。多くの環境計画がイベント開催数や参加者数のアウトプット指標にとどまるなか、アウトカムとしての認知度を掲げて未達を公表し続ける設計は、啓発施策の再設計を迫る仕組みとして参考になる。 (参考:令和6年度進行管理表)
3. 辛口の自己評価公開が計画を「生きた文書」にする
得点率27%という数字や、交付ゼロが続く補助金の存在、基準値の誤記訂正まで公表する進行管理は、行政計画の評価が形骸化しやすいという一般的な課題への一つの回答である。補助金が使われない理由を「庁内に他制度があること、団体側の持ち出しがあること」と分析して見直しを明言するなど、評価が次の制度改善に接続されており、公表を前提にした評価が改善サイクルの駆動力になることを示している。 (参考:令和6年度進行管理表)
4. 子どもを最大の参加者群とする意見聴取は理念と接続してこそ生きる
小中学生1,753人という回答規模は、学校経由の調査設計により一般公募型の参加の偏り(関心層・高齢層への偏在)を補正する効果を持つ。千葉市の場合、それが「子どもたちの未来へ」という基本理念、子ども向け概要版、小学生ポスターの表紙採用、出張授業という一貫した流れに位置づいており、子ども参加を単発のイベントで終わらせないパッケージとして参考になる。 (参考:千葉市水環境・生物多様性保全計画 本編)
5. 土地は協定で担保できても、人は計画だけでは担保できない
二者・三者の協定スキームは、谷津田という私有地の保全を金銭買収に頼らず面積目標として管理する手法であり、自然共生サイト認定への展開も含めて再現性が高い。一方で、進行管理が示すのはボランティアの高齢化と担い手不足という策定前からの課題が計画開始後も解消していない現実である。保全地の制度的担保と担い手の確保は別の問題であり、後者には補助金の使い勝手や活動団体の負担構造まで踏み込んだ制度設計が必要になるという点で、本事例の苦戦自体が他地域への実践的な教訓となっている。 (参考:令和6年度進行管理表、谷津田等の保全に関する情報|千葉市)
2026年8月時点の調査内容に基づいて作成
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