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世田谷区風景づくり計画の改定(令和8年4月)
世田谷区風景づくり計画の改定(令和8年4月)

世田谷区風景づくり計画の改定(令和8年4月)

世田谷区風景づくり計画の改定(令和8年4月)

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東京都世田谷区が景観法制定より前の平成11年から独自に進める「風景づくり」。全域を対象とする届出制度と区民主体の地域風景資産を組み合わせた景観計画を令和8年4月に改定し、改定のプロセス自体をデジタルスタンプラリーやまち歩きによる区民参加の機会として設計した取り組みを紹介する。

概要

世田谷区は、区の景観行政の基本となる「風景づくり計画」を令和8(2026)年3月に改定し、同年4月1日から運用を開始した。風景づくり計画は、景観法第8条と世田谷区風景づくり条例にもとづく景観計画であり、区全域を対象に、建築行為の届出誘導から区民主体の活動支援までを束ねる分野別の総合計画である。今回の改定は、10年の計画期間が区切りを迎えたことに加え、その間に見直された上位計画や社会情勢の移り変わりを踏まえて実施された。(参考:世田谷区「世田谷区風景づくり計画」

この事例の特徴は、計画の中身そのものよりも、改定という行政手続きの進め方にある。世田谷区は改定の目的を、区民の参加と協働によって風景づくりをさらに前へ進めることと、区民が風景づくりをより身近に感じられるようにすることに置き、改定作業と並行して、区内24か所を巡る「せたがや風景デジタルスタンプラリー」やオープンハウス、地域風景資産を巡るクイズラリーといった体験型のイベントを展開した。パブリックコメントで意見を募るだけの静かな改定ではなく、改定のプロセスそのものを、区民が自分のまちの風景を歩いて再発見する機会に変えた点に、この取り組みの新しさがある。(参考:世田谷区「せたがや風景デジタルスタンプラリーを開催しました」

背景・課題

世田谷区の風景行政は、国の景観法よりも早く始まっている。区は平成11(1999)年3月に「世田谷区風景づくり条例」(世田谷区条例第3号)を制定し、全国的な景観法(平成16年制定)に先立って、独自の理念のもとに風景づくりを進めてきた。国が景観法を整えたのちの平成19(2007)年12月11日には、東京都内でいち早く景観法にもとづく景観行政団体となり、平成20(2008)年に景観法に位置づく景観計画として「風景づくり計画」を策定・運用開始、平成27(2015)年に一度改定している。今回の令和8年改定は、この計画にとって二度目の全面改定にあたる。(参考:世田谷区「世田谷区風景づくり条例」日本大学生産工学部研究報告B「東京都世田谷区『風景づくり』の独自性」

世田谷区が「景観」ではなく「風景」という言葉を選び続けてきたことには理由がある。区の風景づくりは、建物の外観や色彩といった見た目を規制する発想だけでなく、そこで暮らす人々の日々の営みや、地域が長い時間をかけて育ててきた場所への愛着まで含めて「風景」と捉える。その源流には、昭和59(1984)年に区が区民から募って選んだ「せたがや百景」がある。百景は多くの人が大切に思う場所を可視化した一方で、「選んで終わってしまった」という反省を残した。選定した風景を誰がどう守り育てるのか——この問いが、その後の区民主体の仕組みづくりの出発点になっている。(参考:世田谷くみん手帖「地域風景資産とは」

もう一つの背景に、住宅都市としての世田谷が抱える構造がある。区の風景を特徴づける国分寺崖線の斜面林や農地、屋敷林、社寺林、そして低層住宅地の街並みは、その多くが民有地の上に成り立っている。相続や建て替え、宅地開発のたびに、風景は少しずつ塗り替えられていく。行政が直接コントロールできる範囲は限られ、日常の建築活動と区民一人ひとりの意識に、風景の行方が委ねられている。だからこそ区は、規制だけでなく区民の当事者意識をどう育てるかを、計画の中心的な課題に据えてきた。今回の改定が「身近さ」を目標に掲げたのも、この課題認識の延長にある。(参考:世田谷区「世田谷区風景づくり計画」世田谷区「国分寺崖線保全の取り組み」

取り組みのプロセス

全域を覆う届出制度と重点区域という二層の枠組み

風景づくり計画は、区全域を景観法第8条にもとづく景観計画区域とし、これを「一般地域」と「風景づくり重点区域」の二層で構成している。一般地域では、建物の用途に応じたゾーンごとに届出の基準が定められ、一定規模以上の建設行為に届出が義務づけられる。届出の目安は、低層住宅系ゾーンで延べ面積1,500㎡以上または高さ10m以上、住宅共存系ゾーンで1,500㎡以上または高さ15m以上、商業系ゾーンで3,000㎡以上または高さ30m以上とされ、このほか一定規模以上の開発行為(500〜3,000㎡以上)や樹林地の伐採(1,000㎡以上)、大規模な工作物も対象となる。届出者は「風景づくりの基準」に沿った計画を求められ、必要に応じて事前調整会議に出席する。区全域に薄く網をかけ、大きな開発が起きる場面で風景への配慮を促す仕組みである。(参考:世田谷区「風景づくり条例に基づく届出制度」

その上に、風景づくりを重点的に進める必要がある区域として「風景づくり重点区域」が重ねられる。重点区域は「水とみどりの風景軸」と「界わい形成地区」の二種類からなる。水とみどりの風景軸は、区の南西部を野川・多摩川に沿って約8km続く国分寺崖線とその周辺を対象とし、区が「みどりの生命線」と呼ぶ緑と水の連なりを景観の背骨として位置づけるものだ。界わい形成地区は、地域の合意にもとづいて指定される面的な重点地区で、令和4(2022)年6月に「奥沢1〜3丁目等界わい形成地区」が初めて指定され、同年10月から運用が始まった。奥沢地区では区域内のすべての建設行為が届出の対象となり、一般地域より踏み込んだ誘導が行われる。(参考:世田谷区「【風景づくり重点区域】界わい形成地区の取組みについて」

区民が主役になる「地域風景資産」

規制の枠組みと並んで、風景づくり計画のもう一つの柱が、区民主体の「地域風景資産」である。これは風景づくり条例に位置づけられた仕組みで、区民が愛着を寄せる身近な風景を自ら推薦し、それを区が審査したうえで登録していく。せたがや百景の反省を踏まえ、場所そのものの価値だけでなく、その風景を実際に守り育てる活動団体や運営体制の有無まで合わせて審査するのが特徴だ。これまで3回の選定を経て、第1回・第2回の66か所に加え、平成24年度の第3回で20か所が追加され、区内86か所が地域風景資産として登録されている。北烏山9丁目の屋敷林、大蔵の妙法寺の境内、桜上水の「江戸城御囲い松」の兄弟松、弦巻の双子の給水塔がそびえる風景など、名所旧跡だけでなく暮らしのなかの何気ない風景が並ぶ。(参考:世田谷くみん手帖「地域風景資産とは」

地域風景資産は、建設行為から場所を法的に守る保全制度ではない。区の役割は、風景づくりアドバイザーの派遣や課題解決の検討会、地図の作成、区民とともに歩く企画といった支援を通じて、風景を大切に思う区民の活動を後押しすることにある。清掃活動のような小さな取り組みでも、長く続けることに意味があるという考え方が、この仕組みの底に流れている。(参考:世田谷くみん手帖「地域風景資産とは」

これらの制度全体を専門的な立場から支えるのが、風景づくり条例第35条にもとづく区長の附属機関「世田谷区風景づくり委員会」である。学識経験者と公募区民あわせて7名以内で構成され、届出への意見や計画改定の審議など、風景づくりの重要事項を調査審議する。今回の改定も、この委員会での検討を経て進められた。(参考:世田谷区「世田谷区風景づくり委員会」

改定プロセスを「参加のキャンペーン」に変える

今回の改定作業は、令和6(2024)年5月に着手し、まず現行計画の検証・評価から始まった。7月には区政モニターアンケート、8月には庁内および風景づくり委員会での検討が行われ、令和7(2025)年2月に改定の骨子を、同年9月に改定素案を公表してパブリックコメントを実施している。手続きの骨格自体は、行政計画の一般的な改定手順に沿ったものだ。(参考:世田谷区「世田谷区風景づくり計画」

特徴的なのは、この手続きに体験型の区民参加を織り込んだ点である。改定骨子の公表に合わせて、令和7年2月1日から22日にかけて「せたがや風景デジタルスタンプラリー」を開催した。区内で個性ある風景が見られる24地点を巡回ポイントとし、スマートフォンの位置情報だけでアプリを入れずに参加できる形にしたもので、集めたスタンプを持って「風景づくり計画」改定骨子のオープンハウスに来場すると、オリジナル缶バッジづくりが楽しめる仕掛けにした。同年3月15日から5月6日にかけては、登録された地域風景資産のうち43か所を対象に、設問を解きながら現地を回る「せたがや地域風景資産クイズラリー2025」も実施し、その冊子をまち歩きの手引きとして配布した。(参考:世田谷区「せたがや風景デジタルスタンプラリーを開催しました」世田谷区「せたがや地域風景資産クイズラリー2025を開催しました」

素案段階でも、令和7年9月20日に北沢タウンホールのスカイサロンで「あれも!これも!?世田谷の風景」と題したオープンハウスを開き、改定素案の説明と意見募集を対面で行っている。パブリックコメントという文書提出の窓口を開くだけでなく、まちを歩き、風景を見つけ、その場で担当者と話す一連の体験を通じて、区民が改定に触れられる入口を複数用意した。こうした過程を経て、区は寄せられた意見を反映して計画をまとめ、令和8年3月に改定、4月1日から新計画の運用を始めた。(参考:世田谷区「世田谷区風景づくり計画」

この事例の特徴

第一の特徴は、「景観」ではなく「風景」という言葉に込められた思想が、制度の性格を一貫して規定している点である。景観法よりも早く条例を持った世田谷区にとって、風景づくりは行政が上から美観を規制する営みではなく、区民の暮らしと結びついた主体的な活動を含む概念だ。この考え方が、全域の届出制度という「規制の床」と、地域風景資産という「区民主体の積み上げ」を、対等な二本柱として併存させる制度設計につながっている。名前の選択が制度の輪郭を決めているという意味で、他の景観行政とは出発点が異なる。(参考:日本大学生産工学部研究報告B「東京都世田谷区『風景づくり』の独自性」世田谷区「世田谷区風景づくり条例」

第二に、規制の網羅性ではなく区民の当事者意識を、計画の目標として前面に据えた点が挙げられる。今回の改定が掲げた狙いは、崖線をより強く守るといった規制強化ではなく、「区民の参加と協働による風景づくりの更なる推進」と「区民が風景づくりを身近に感じられること」であった。景観計画の成否を、どれだけ厳しく建築を制御できたかではなく、どれだけ多くの区民が自分のまちの風景を自分ごととして捉えられたか、という物差しで測ろうとしている。(参考:世田谷区「世田谷区風景づくり計画」

第三に、その目標を、改定という行政手続きの設計そのものに落とし込んでいる点は、他の景観行政ではあまり見られない特徴である。一般に計画改定は、素案を公表しパブリックコメントを募る静的な手続きとして進むが、世田谷区はここにデジタルスタンプラリー、クイズラリー、オープンハウスという体験の層を重ね、改定期間を区民が風景を歩いて再発見する期間として設計した。改定内容を住民に「説明する」のではなく、改定を機に住民が風景に「出会う」ように組み立てられている。手続きを参加の入口として使い直したこの発想が、この取り組みを特徴づけている。(参考:世田谷区「せたがや風景デジタルスタンプラリーを開催しました」世田谷区「せたがや地域風景資産クイズラリー2025を開催しました」

調査時点の成果

まず制度面では、改定計画が予定どおり令和8年3月にまとまり、4月1日から運用が始まったこと自体が到達点である。全域を対象とする届出制度と、水とみどりの風景軸・界わい形成地区という重点区域、区民主体の地域風景資産という重層的な枠組みが、上位計画との整合を図りながら次の10年に向けて更新された。景観法にもとづく景観計画としての骨格を保ちつつ、区民参加と協働を軸に据え直した点で、計画の方向づけは明確になった。(参考:世田谷区「世田谷区風景づくり計画」

区民参加の面でも、改定プロセスは具体的な活動として結実した。改定骨子・素案の段階で、24か所を巡るデジタルスタンプラリー、43か所を巡るクイズラリー、二度のオープンハウスが実施され、パブリックコメントに加えて対面・体験の接点が複数生まれた。従来の意見募集手続きに比べ、区民が風景づくりに触れる入口が広がったことは確認できる成果といえる。(参考:世田谷区「せたがや風景デジタルスタンプラリーを開催しました」世田谷区「せたがや地域風景資産クイズラリー2025を開催しました」

一方で、成果を冷静に評価すべき点もある。イベントの参加者数や、それが計画への意見の質・量にどう反映されたかといった定量的な効果は、公表情報からは確認できない。区民主体の面的な展開にも時間がかかっており、界わい形成地区は制度が用意されてから、指定は令和4年の奥沢1地区にとどまる。地域風景資産も、場所を法的に守る保全制度ではなく価値を共有するソフトな仕組みであるため、登録された風景が実際に維持されるかは、地域の活動の継続力に依存する。区民の当事者意識を高めるという目標は、その性質上、短期の数値で成果を測りにくく、参加の入口を広げた今回の取り組みが持続的な担い手の育成につながるかは、今後の運用に委ねられている。(参考:世田谷区「【風景づくり重点区域】界わい形成地区の取組みについて」世田谷くみん手帖「地域風景資産とは」

他地域への示唆

第一に、景観・風景に関する計画の改定を、住民への「説明」ではなく住民との「出会い」の機会として設計し直せる、という発想が参考になる。多くの自治体で計画改定はパブリックコメント中心の静かな手続きにとどまりがちだが、世田谷区はまち歩き型のデジタルスタンプラリーやクイズラリーを改定期間に組み込み、住民が自分のまちの風景を歩いて再発見する体験に変えた。特別な予算規模や固有の地形に依存する手法ではなく、既存の計画改定というルーティンに参加の層を重ねる工夫であり、他地域でも応用の余地が大きい。(参考:世田谷区「せたがや風景デジタルスタンプラリーを開催しました」

第二に、景観行政を「規制」と「参加」の二層で組み立てるという構造は、住宅都市に共通する課題に対する一つの解を示している。風景の大半が民有地の上にあり、行政が直接守れる範囲が限られる地域では、大規模開発を届出制度で抑える「床」を敷きつつ、区民が推薦・登録する地域風景資産のように、下から風景の価値を積み上げる仕組みを併走させることで、規制だけでは届かない日常の風景に手を伸ばせる。規制と参加を対立させず、役割を分けて併存させる設計思想が参考になる。(参考:世田谷区「風景づくり条例に基づく届出制度」世田谷くみん手帖「地域風景資産とは」

第三に、制度に付ける「名前」が、その制度の性格を長く規定するという教訓である。世田谷区が景観法以前から「景観」ではなく「風景」という言葉を選び、区民の暮らしを含む概念として定義し続けてきたことが、規制中心ではなく区民主体の制度設計を自然に導いてきた。新たに景観・風景の枠組みを立ち上げる自治体にとって、どの言葉で自分たちの取り組みを名づけるかは、単なる呼称の問題ではなく、その後の制度の方向を決める最初の設計判断だといえる。(参考:日本大学生産工学部研究報告B「東京都世田谷区『風景づくり』の独自性」

最後に、この事例は、住民の当事者意識という定量化しにくい成果をどう扱うかという問いも投げかけている。参加の入口を広げること自体は成果だが、それが風景を守り育てる担い手の継続的な確保につながるかは別の課題である。参加の機会を「イベントとして開くこと」と、そこで生まれた関心を「日常の活動へ定着させること」の間には距離があり、この橋渡しをどう制度化するかは、区民参加型のまちづくりに取り組むどの地域にとっても共通の宿題となる。(参考:世田谷くみん手帖「地域風景資産とは」

参照元


2026年7月時点の調査内容に基づいて作成

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