
三茶のミライ(三軒茶屋駅周辺まちづくり基本計画)とエリアプラットフォーム構築
東京都世田谷区が令和4年に策定した三軒茶屋駅周辺まちづくり基本計画「三茶のミライ」。区民・商店街・大学・事業者を担い手に「9つの未来像」を掲げ、社会実験やモデルプロジェクトを重ねながら、令和9年度までに持続可能なまちづくり推進体制(エリアプラットフォーム)の構築を目指す官民連携の取り組み。
「三茶のミライ」は、東京都世田谷区が令和4年(2022年)3月に策定した三軒茶屋駅周辺まちづくり基本計画である。対象は三軒茶屋交差点を中心とした概ね半径300m以内で、その上位に位置する基本方針「進化し続ける交流のまち『三茶Crossing』」(平成31年/2019年3月策定)が描く将来像を、より具体的な取組みへ落とし込む役割を担う。区民・事業者・町会・商店街・大学・区といった「三軒茶屋駅周辺に関わりを持つ多様な主体」が、まちづくりの担い手として相互に連携することを前提に据えている点が最大の特徴である。(参考:三茶のミライ(三軒茶屋駅周辺まちづくり基本計画)|世田谷区、三軒茶屋駅周辺まちづくり基本方針|世田谷区)
計画は、まちの滞在性・回遊性・防災性の改善などを含む「9つの未来像」を掲げ、それを実現するためのソフト(活動・仕組み)とハード(空間整備)を一体で進める道筋を示す。そして最終的な出口として、令和9年度(2027年度)までに「地域との協働による持続可能なまちづくり推進体制」を構築することを目標に置いている。国土交通省が官民連携まちづくりで推進する「エリアプラットフォーム」に相当するこの推進体制を、社会実験・モデルプロジェクトを重ねながら段階的に立ち上げていく——計画そのものだけでなく「計画を実行し続ける体制」をゴールに据えたことが、この事例を単なる行政計画から区別している。(参考:三茶のミライ(三軒茶屋駅周辺まちづくり基本計画)|世田谷区)
三軒茶屋は、渋谷から東急田園都市線で二駅という利便性と、駅前に広がる濃密な商店街・飲食街の賑わいで知られる。一方で、その都市構造には積年の課題があった。三軒茶屋駅前には自動車が集約する交通広場(駅前ロータリー)がなく、歩道が3m未満と狭い箇所も残る。国道246号(玉川通り)と世田谷通りという二本の幹線がまちを分断し、南北の回遊がしにくい。加えて、建築物の老朽化も進み、駅周辺には旧耐震基準の建物や築20年以上の建物が数多く残っていた。狭い街路に商業と住宅が混在するがゆえに、賑わいと住環境の調和も難しいテーマとして横たわっていた。(参考:「三茶Crossing」で三軒茶屋はどう変わる? まちづくり基本方針を読み解く|タビリス)
こうした課題に対し、三軒茶屋交差点周辺では1981年以来、数十年にわたって市街地再開発が段階的に積み重ねられてきた。キャロットタワーを含む再開発はその象徴だが、玉川通りと世田谷通りに挟まれた「三角地帯」を含む三軒茶屋二丁目地区(第4工区)などは、都市計画道路の整備とあわせた大規模なハード整備であり、実現までに長い時間を要する。区は2019年に20年間を計画期間とする基本方針「三茶Crossing」を策定したが、幹線で分断された市街地の再編や老朽建築の更新といったハードの課題は、そもそも一朝一夕には解けない性質のものだった。(参考:三軒茶屋駅前の再開発が進行中!「三茶Crossing」で掲げる街の将来像とは?|アットホーム タウンライブラリー、三軒茶屋駅周辺のまちづくり|世田谷区)
ここで問われたのは、「時間のかかるハード整備を待つ間、まちの担い手をどう育て、ソフトのまちづくりをどう前に進めるか」という点である。基本方針が示した将来像を絵に描いた餅で終わらせず、多様な主体が「自分ごと」として動き続けられる状態をどうつくるか。この問いに答えるために、区は将来像を具体的な取組みへ翻訳する基本計画「三茶のミライ」を策定し、あわせて計画を回し続ける推進体制の構築に着手した。(参考:三茶のミライ(三軒茶屋駅周辺まちづくり基本計画)|世田谷区)
1. 計画づくり自体を参加型で行う
基本計画の検討は、専門的に議論する「まちづくり検討委員会」と、誰でも参加できる「三軒茶屋駅周辺まちづくり会議」を並走させて進められた。まちづくり会議は2019年10月の第1回「三軒茶屋の魅力を知ろう・語ろう!」を皮切りに、まちの魅力の共有からミライを思い描くワークショップ、計画素案への意見交換へと段階を踏み、2022年5月の第5回で基本計画の策定報告に至った。計画を「行政が作って住民に見せる」のではなく、検討の過程そのものを地域に開いた点が起点になっている。(参考:三軒茶屋駅周辺まちづくり会議|世田谷区)
2. 「9つの未来像」を主体・時期・場所ごとの取組みに分解する
「三茶のミライ」の中核は、まちが目指す姿を示した「9つの未来像」である。①歴史を継承しアートを生み出すまち、②個性豊かな店が通りを彩るまち、③暮らしの近くに「働く」があるまち、④くつろぎの空間が育まれるまち、⑤誰でも気軽に出かけられるまち、⑥拠点性を生かして人々の活動を支えるまち、⑦災害に強く、安全・安心のあるまち、⑧暮らしを通して様々な関係性が生まれるまち、⑨誰もがまちづくりに関われるまち——の9つで、文化芸術・商業・働く場・くつろぎ空間・回遊・交通結節・防災・交流・参加という論点を網羅する。計画では、この未来像それぞれに紐づく取組みを、「住む人/学ぶ人/土地建物を持つ人/働く人/支援する組織/行政」という主体別に整理し、短期(概ね5年以内)か長期(6年以上)かの目安、対象となるゾーン(Crossingゾーン・魅力共存ゾーン・玉川通り沿道ゾーン・バッファゾーン)、活用可能な区の支援施策、担当する区の関係所管までを一覧化した。「誰が・いつ・どこで・どの支援を使って」動けるかを明示することで、未来像を実行可能な行動へ翻訳している。(参考:三茶のミライ 参考資料2「9つの未来像実現のための取組み」(PDF)|世田谷区)
3. アクションアイデア集で「どこで・どうやって」まで示す
区は令和4年度以降、日本大学理工学部の都市計画研究室(泉山ゼミ)と連携し、駅周辺の8つの場所(プレイス)に関する全28の取組み(アクション)を「パタン・ランゲージ」の形式でまとめた「三茶のミライ・アクションアイデア集」を作成した。各アクションには、着手までの時間軸や巻き込む関係者、対象となる空間のタイプ、「三茶のミライ」のどの未来像につながるかといった情報が付され、場所単位で使える実践の手引きになっている。この検討の一環として、まちづくり会議第7回(2023年10月)ではまちを歩いて場所の課題と可能性を評価する「プレイス・ゲーム」も実践された。(参考:三茶のミライ・アクションアイデア集について|世田谷区、三軒茶屋駅周辺まちづくり会議|世田谷区)
4. 社会実験・モデルプロジェクトで先行して実装する
ハード整備の完成を待たず、区は道路空間を使った社会実験やモデルプロジェクトで、未来像の一部を先に「試す」段階に入っている。茶沢通りでの滞留空間の社会実験や、滞留家具を公募した三茶ストリートファニチャーデザインコンペ(結果はまちづくり会議第9回・2025年2月で報告)、地域主体の縁日「三茶縁日」などがそれにあたる。カメラマンによる撮影を通じて地域のつながりを生む「ときたま写真館」(ネイバースクールSETAGAYA発の取組み、2023年12月に茶沢通りで実施)のように、地域の担い手が自発的に始めた活動も「三茶のミライ実現につながる取組み」として位置づけ・可視化している。(参考:三茶のミライ実現につながる地域主体の取組み紹介|世田谷区、三軒茶屋駅周辺まちづくり会議|世田谷区)
5. 計画を「体制」へ転化する
これら一連の活動の到達点が、まちづくりを継続的に担う推進体制の構築である。まちづくり会議第8回(2024年3月)で「『三茶のミライ』の目的とまちづくりの推進体制」が報告され、その後、令和7年(2025年)10月には、地域団体と事業者、行政が手を組む「三茶モデルプロジェクト実行委員会」が立ち上げられた。実行委員会は、地域主体の取組みを実装・加速させることを目的に、具体的なプロジェクトを通じてまちづくり支援組織のあり方を検証する役割を担い、令和7年度には「三茶縁日」をモデルプロジェクトとして実施している。区はこの実行委員会を、令和9年度(2027年度)を目標とする「持続可能なまちづくり推進体制」の中核(まちづくり支援組織)へ育てようとしている。2026年5月31日には第10回まちづくり会議「三茶ファンミーティング―進むミライへ―」が開かれ、計画の進捗を地域と共有しながら次の段階へと歩みを進めている。(参考:三茶モデルプロジェクト実行委員会|世田谷区、三軒茶屋駅周辺まちづくり会議|世田谷区)
1. 計画を「絵」で終わらせない実装設計
「三茶のミライ」で特に注目されるのは、9つの未来像を抽象的な理念で止めず、「主体別 × 時期別 × 場所(ゾーン)別 × 活用可能な支援施策 × 担当所管」という多軸のマトリクスに分解した点にある。行政計画にありがちな「立派なビジョンはあるが、誰が動けばいいのか分からない」という空白を、取組み一覧とアクションアイデア集(パタン・ランゲージ)で埋め、「どこで・どうやって始めるか」まで示している。計画が同時に実行のガイドとして機能する構造になっている。(参考:三茶のミライ 参考資料2「9つの未来像実現のための取組み」(PDF)|世田谷区、三茶のミライ・アクションアイデア集について|世田谷区)
2. 「みんなの計画」——担い手を主語にした計画の書き方
区は「三茶のミライ」を「みんなの計画」と位置づけ、取組みの主語を行政ではなく「住む人・学ぶ人・働く人・土地建物を持つ人・支援する組織・行政」に開いた。行政がやること/やらないことを列挙する計画ではなく、それぞれの主体が「自分は何ができるか」を読み取れる計画として設計されている。参加の間口を、計画づくり(まちづくり会議)から実行段階(モデルプロジェクト)まで一貫して用意している点も、この思想の表れである。(参考:三茶のミライ(三軒茶屋駅周辺まちづくり基本計画)|世田谷区)
3. ハードの完成を待たず、ソフトと担い手を先に育てる
第4工区の再開発など大規模なハード整備は長い時間を要する。その完成を待つのではなく、社会実験・デザインコンペ・縁日といった軽量な取組みを先行させ、まちの担い手と使い方を育ててから体制・空間へつなげる順序が採られている。時間軸の長いハードと、すぐ着手できるソフトを切り分け、後者を先に回す発想である。(参考:三軒茶屋駅周辺まちづくり会議|世田谷区、三茶のミライ実現につながる地域主体の取組み紹介|世田谷区)
4. 学術連携を計画の「道具立て」に組み込む
アクションアイデア集のパタン・ランゲージや、まちを歩いて場所を評価する「プレイス・ゲーム」など、大学(日本大学・泉山ゼミ)のプレイスメイキングの方法論を、計画の検討プロセスに具体的なツールとして取り込んでいる。専門知を「監修」で終わらせず、住民が使える手法として実装した点に工夫がある。(参考:三茶のミライ・アクションアイデア集について|世田谷区)
5. 計画の「出口」を体制構築に置いている
多くのまちづくり計画は、計画の策定や個別事業の完了をゴールとしがちだが、「三茶のミライ」は令和9年度までの「持続可能なまちづくり推進体制(まちづくり支援組織)」の構築という、計画を回し続ける仕組みそのものを目標に据えた。しかも、いきなり法人を設立するのではなく、実行委員会+モデルプロジェクトで「支援組織のあり方を検証する」という慎重な段階設計を採っている。(参考:三茶モデルプロジェクト実行委員会|世田谷区)
現時点で確認できるのは、最終目標である推進体制の「完成」ではなく、計画から体制づくりへ向けた着実な進捗である。
一方で、フラットに見れば課題も残る。目標である「持続可能なまちづくり推進体制」は令和9年度に向けて構築途上であり、実行委員会が自立した支援組織として機能し続けられるかはこれからの検証にかかっている。第4工区をはじめとする大規模なハード整備は長期にわたり、滞在性・回遊性の改善が数値としてどこまで表れたかも、現時点では公表資料からは確認できない。計画の巧みさが、そのまま体制の持続性を保証するわけではない点には留意が必要である。(参考:三茶のミライ(三軒茶屋駅周辺まちづくり基本計画)|世田谷区、「三茶Crossing」で三軒茶屋はどう変わる?|タビリス)
ビジョンを「取組み集」に翻訳する型
将来像を掲げるだけの計画は多いが、「三茶のミライ」のように未来像を「主体別 × 時期別 × 場所別 × 支援施策 × 担当所管」のマトリクスに分解する手法は、行政計画の実行可能性を大きく高める。誰が・いつ・どこで動けばよいかが分かる計画は、住民や事業者が「自分ごと」として関わる入口になる。特別な財源や制度を前提にしないため、他自治体でも書き方として移植しやすい。
ハードが長期化する地区での「ソフト先行・体制先行」戦略
再開発や幹線再編のようにハード整備が10年・20年単位でかかる地区では、その完成を待つ間にまちの熱量が失われやすい。社会実験やモデルプロジェクトでソフトと担い手を先に育て、体制づくりを先行させる順序は、同様の課題を抱える駅前・中心市街地に示唆的である。
まちづくり支援組織を「いきなり作らず、検証してから育てる」段階設計
エリアプラットフォームやエリアマネジメント組織を立ち上げる際、最初から法人格や恒常的な体制を目指すとハードルが高い。三軒茶屋のように、実行委員会という緩やかな器でモデルプロジェクトを回しながら「支援組織のあるべき姿」を検証し、そこから持続可能な体制へ移行するアプローチは、体制構築のリスクを抑える現実的な道筋となる。
学術連携を「監修」でなく「道具」として使う
大学との連携を、計画への権威づけや助言に留めず、パタン・ランゲージやプレイス・ゲームのように住民が実際に使える手法として組み込むことで、専門知が現場で機能する。地域に近い大学・研究室を持つ自治体にとって、応用しやすい連携の形である。
留意点
三軒茶屋には、密度の高い商店街、キャロットタワーなどの拠点施設、複数の大学・事業者といった資源が集積しており、担い手の層が厚いという固有の条件がある。そのまま資源の乏しい地域へ横展開できるわけではない。ただし、「将来像を実行可能な取組みに翻訳し、ソフトを先行させ、支援組織を検証しながら段階的に体制へ育てる」という方法論自体は、特定の個人の熱量ではなく仕組みで回ることを志向しており、条件の異なる地域でも学べる普遍性を持つ。
2026年7月時点の調査内容に基づいて作成
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