
成城憲章と成城地区地区街づくり計画(住民の紳士協定を届出制度で担保する二層のまちづくり)
東京都世田谷区成城で、住民が2002年に定めた紳士協定「成城憲章」を土台に、2017年に世田谷区が「地区街づくり計画」を策定。理念(敷地250㎡)を憲章で掲げつつ、最低基準(125㎡)を届出制度で法的に担保する二層構造で、敷地の細分化やワンルーム化から良好な住環境を守る仕組みを整理する。
東京都世田谷区の成城地区(成城1〜9丁目、約226.6ha、約11,000戸)は、大正末期に小田急線成城学園前駅を中心とした学園都市・郊外住宅地として開発され、国分寺崖線のみどりと広い敷地・生垣が連なる閑静な住宅地として発展してきた。この住環境を守るため、住民組織である法人格成城自治会が2002年12月に紳士協定「成城憲章」を制定し、敷地の細分化制限やみどりの保全を自主ルールとして掲げた。
しかし憲章には罰則も届出義務もなく、お願いベースでは守らない開発が続いたため、住民は2015年に「成城地区まちづくり協議会」を立ち上げて計画原案をつくり、2017年5月に世田谷区が「成城地区地区街づくり計画」を策定した。これにより地区は世田谷区街づくり条例上の「街づくり誘導地区」に指定され、建築行為の事前届出が義務化された。理念(敷地面積250㎡以上)は憲章で掲げ続けつつ、守るべき最低ライン(敷地面積の最低限度125㎡など)を計画で制度的に担保する――住民の自主協定と行政の法定計画を重ねた二層構造が、この事例の核心である。 (参考:世田谷区「成城地区地区街づくり計画について」、東京都住宅政策本部「住民主体の憲章・地区街づくり計画の策定 成城地区」)
成城は1925年前後に開発された住宅地で、広い幅員の道路、生垣や大谷石を積んだ塀、自然豊かな環境といった良好な住環境が開発当初から住民に根づいていた。住宅地の形成期には、住民どうしで生け垣を設け庭を整えることを取り決めた自主的な申し合わせがあり、塀を立てる場合も生垣やツタを絡めたフェンスにするといった工夫が共有されていた。ルールで住環境を守る文化が早くから存在したのである。 (参考:東京都住宅政策本部「住民主体の憲章・地区街づくり計画の策定 成城地区」)
その環境が崩れ始めたのは相続と開発が重なったときである。1960年代後半以降、初代世代の代替わりや土地売却が相次ぐと、まず区画が分割され、庭木や生垣が姿を消し、周囲になじまない建物が現れ始めた。1990年前後の二代目の相続でこの傾向は加速し、かつての広い敷地と緑豊かな塀が失われていくことへの不安を、住民は次第に強く抱くようになった。 (参考:東京都住宅政策本部「住民主体の憲章・地区街づくり計画の策定 成城地区」)
危機感を受けて2002年に成城憲章が制定されたが、憲章は世田谷区街づくり条例第44条に基づく紳士協定であり、建築基準法などより厳しい水準を求める一方で、違反への禁止命令や罰則はない。開発案件が多く自治会だけでは対応しきれず、お願いベースでは従う事業者が少なかった。結果として、3畳程度の部屋からなる「寄宿舎」、敷地面積110㎡程度のワンルームマンション、間口2mの旗竿敷地、長屋建など、憲章の理念に沿わない開発が現実に続いたことが、次の一手を迫る具体的な課題となった。 (参考:成城自治会「建てる前に知る成城憲章」、東京都住宅政策本部「住民主体の憲章・地区街づくり計画の策定 成城地区」)
取り組みは、自主ルールを段階的に積み上げて最終的に法定計画へと「格上げ」していく道筋をたどった。
第1段階:憲章の制定(2002年)。
2001年に法人格成城自治会が「成城憲章プロジェクトチーム」を発足させ、建築の専門家をまちづくり相談員として招いて検討を進めた。2002年に憲章案を策定して住民説明会を開き、2002年12月11日に成城憲章を制定。敷地を細かく分けすぎないこと、生垣や庭木といった緑を残すこと、建物を敷地境界から控えて建てること、周辺の街並みや見た目に配慮することなどを、努力目標としての緩やかな決まりとしてまとめた。 (参考:成城自治会「建てる前に知る成城憲章」、東京都住宅政策本部「住民主体の憲章・地区街づくり計画の策定 成城地区」)
第2段階:区民街づくり協定への登録と将来像の共有(2011〜2014年)。
2010年の世田谷区街づくり条例改正で区民街づくり協定制度が創設されると、成城憲章は2011年8月に同制度の協定として登録された。これにより、事業者が建築計画を相談した際に区から憲章を案内できるようになった(ただし遵守義務までは生じない)。さらに2014年12月、自治会はまち誕生100年を控えて全戸配布の住民アンケート(2014年2月実施)を行い、成城の将来像を示す「成城ビジョン2014」を策定。憲章を守ろうという住民の意識が高まり、後の計画策定へとつながる素地ができた。 (参考:世田谷区「砧総合支所管内の区民街づくり協定」、成城自治会「成城ビジョン」、東京都住宅政策本部「住民主体の憲章・地区街づくり計画の策定 成城地区」)
第3段階:協議会の設立と計画への格上げ(2015〜2017年)。
より実効性を確保するため、2015年に「成城地区まちづくり協議会」を設立した。協議会は自治会の内部組織ではなく、より多くの住民や関係者が参加できる独立した会議体として立ち上げられた。専門家についても、従来は自治会が個別に依頼していた建築の専門家(まちづくり相談員)ではなく、区が用意する専門家派遣の仕組みを用いる形に改め、検討を進めた。2016年3月に協議会原案を作成し、4月に住民へ周知・意見募集、5月に住民提案として区に提出。区がこれを受けて計画案を作成し、2017年5月2日、世田谷区が「成城地区地区街づくり計画」を決定・告示した。地区は「街づくり誘導地区」に指定され、同年6月1日以降に着工する建築行為には、砧総合支所街づくり課への事前届出が義務づけられた。 (参考:世田谷区「成城地区地区街づくり計画について」、成城自治会「成城地区街づくり計画の届出について」、東京都住宅政策本部「住民主体の憲章・地区街づくり計画の策定 成城地区」)
1. 理念と最低基準を分離した「二層構造」。
憲章は成城憲章制定時(2002年)の平均的な敷地規模である250㎡以上の確保を目標として掲げ続ける。一方で地区街づくり計画の地区整備計画は、守るべき最低ラインとして敷地面積の最低限度を125㎡に設定した。高い理念を自主協定に、実効ある底値を法定計画に振り分けることで、「理念を下げずに最低ラインを法的に担保する」という両立を実現している。計画が決まった後も憲章はそのまま残され、法的な強制ではなく、引き続き住民からの働きかけ・依頼という形で運用していく仕組みになっている。 (参考:世田谷区「成城地区地区街づくり計画 計画図書」、東京都住宅政策本部「住民主体の憲章・地区街づくり計画の策定 成城地区」)
2. 現実の「抜け道」を狙い撃ちしたルール設計。
計画は、憲章時代に問題化した具体的な開発形態に対応する基準を用意した。用途の制限では住戸専用面積25㎡未満の長屋・共同住宅や、住戸数4戸以上の長屋を原則不可とし(一定の外壁後退等がある場合を除く)、ワンルーム化・寄宿舎化に歯止めをかけた。壁面等の位置は隣地境界から0.5m以上、建築物の高さは最高10mとし総合設計制度等の緩和は適用しない。道路に面する垣・さくは生垣またはフェンス等に沿った緑化とする(地盤面0.6m以下を除く)。緑化は敷地規模に応じて樹木の本数を規定し、たとえば敷地125〜150㎡未満で中木3本・準高木2本、200〜250㎡未満で中木7本・準高木2本を求める。抽象的な理念ではなく、細分化・ワンルーム・生垣喪失といった劣化の経路を具体的に塞いでいる点が特徴である。 (参考:世田谷区「成城地区地区街づくり計画 計画図書」)
3. 専門性と担い手を「脱・属人化」した体制。
検討の主体を、自治会とは別の開かれた協議会に置き、助言も自治会独自の相談員から区の専門家派遣制度へ切り替えた。特定の個人や自治会の内部資源に依存せず、行政の制度に専門性を接続したことは、担い手が交代しても仕組みが回り続けることを意識した設計といえる。あわせて、憲章の普及・啓発や事業者への働きかけ、街路樹の維持管理といった日常的な運用は引き続き住民が担っている。 (参考:東京都住宅政策本部「住民主体の憲章・地区街づくり計画の策定 成城地区」)
確認できる主要な成果は、住民の自主協定が行政の法定計画へと接続され、住環境ルールが制度として運用段階に入ったことである。2017年5月の計画決定・告示により成城地区は「街づくり誘導地区」となり、建築行為に事前届出が義務づけられた。憲章時代には難しかった、敷地面積の最低限度・用途・高さ・壁面後退・垣さくの緑化といった基準が、届出を通じて誘導される仕組みが整った。 (参考:世田谷区「成城地区地区街づくり計画について」、成城自治会「成城地区街づくり計画の届出について」)
制度面では、成城憲章が単独の紳士協定から、区民街づくり協定(2011年)を経て地区街づくり計画(2017年)へと重層化し、さらに成城ビジョン2014が将来像を補完する構成となった。届出義務を伴う法定計画を得た一方で、より高い水準(250㎡)を求める憲章を存続させたことで、法定の底値と住民の理念という二つの基準を併存させる運用が確立している。 (参考:東京都住宅政策本部「住民主体の憲章・地区街づくり計画の策定 成城地区」)
ただし留意すべき点もある。届出制度は許可制ではなく事前届出であり、最終的な適合は誘導・調整に委ねられる部分が残る。また、細分化の抑制効果や届出件数、緑量の変化といった定量的な検証データは、本調査で参照した公開資料からは確認できなかった。制度の効果を測るには、今後の運用実績の蓄積と公表が求められる段階にある。
成城の事例は、良好な住環境を持つ住宅地で「住民の自主ルールをどう実効化するか」に取り組む地域にとって、再現性のある示唆を含む。
一方で、成城が大正末期からのルール文化と法人格を持つ強い自治会という蓄積の上に成り立っている点は割り引いて捉える必要がある。同様の住民基盤がない地域では、第1段階の紳士協定づくりと合意形成により多くの時間と支援を要する可能性がある。
2026年7月時点の調査内容に基づいて作成
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