
杉並区区立施設マネジメント計画 ― 老朽化施設の再編を住民参加ワークショップで進める対話型プロセス
杉並区は老朽化した区立施設の再編にあたり、懇談会中心の従来手法への反省から、ワークショップ・オープンハウス・常設意見フォームを組み合わせた対話型の住民参加プロセスへ転換。複数プロジェクトで段階的な合意形成を進めている。
杉並区は、令和6年度(2024年度)に「杉並区区立施設マネジメント計画(第1期)・第1次実施プラン」を策定し、老朽化が進む学校・保育園・図書館・集会施設などの再編・更新を進めている。この計画の特徴は、施設ごとの更新方針を区が一方的に決めるのではなく、ワークショップ、オープンハウス型の地域意見交換会、ポスティング、常設の意見受付フォームを組み合わせた多段階の住民参加プロセスを通じて検討する点にある。 (参考:区立施設マネジメントの取り組み|杉並区公式ホームページ)
令和6年度以降、旧上荻窪会議室等跡地、西宮中学校、高井戸東保育園・ゆうゆう高井戸東館、柿木図書館、旧若杉小学校跡地、杉並第一小学校移転後の跡地活用という6つの個別プロジェクトで、この対話型の検討方式が順次展開されている。区が用意した複数の「たたき台」プランについて住民同士がメリット・デメリットを議論し、段階を追って「素案」「案」へと合意形成を積み上げていく手法が共通の骨格となっている。 (参考:区立施設マネジメントの取り組み|杉並区公式ホームページ、杉並区区立施設マネジメント計画・杉並区区立施設再編整備計画|杉並区公式ホームページ)
杉並区の区立施設の多くは昭和30〜40年代に集中的に整備されており、老朽化への対応が財政上・安全上の課題となっている。区は施設の老朽化課題への計画的な対応を通じて財政負担の軽減・平準化を図り、将来にわたり区民に安全・安心な施設サービスを提供し続けることを目的に掲げ、令和6〜12年度(7年間)を計画期間とする区立施設マネジメント計画(第1期)と、令和6〜8年度(3年間)の具体的取組を定める第1次実施プランを策定した。 (参考:区立施設マネジメントの取り組み|杉並区公式ホームページ)
この計画への転換の背景には、従来の「区立施設再編整備計画」に対する明確な反省がある。旧上荻窪会議室等跡地の検討ページでは、区立施設再編整備計画に基づき進めていた検討について「施設の利用者や地域住民等の意見を十分に反映できていなかった」との課題から一旦休止し、新たに施設マネジメント計画を策定して対話的アプローチへ転換したと説明されている。高井戸東保育園・ゆうゆう高井戸東館の検討ページにも同様に、従来計画では「対象となる施設の利用者や地域住民等の意見を十分に反映できていなかった」という記述があり、複数のプロジェクトで共通する課題認識として明文化されている。 (参考:旧上荻窪会議室等の跡地活用と周辺施設の検討|杉並区公式ホームページ、高井戸東保育園・ゆうゆう高井戸東館の改築に関する検討|杉並区公式ホームページ)
西宮中学校の事例では、令和4年(2022年)8月に設置された「杉並区立西宮中学校・宮前図書館改築検討懇談会」を、周辺施設を含む地域全体の整備を検討する必要から発展的に解消し、新たな枠組みのワークショップへ移行した。単独施設の建て替え検討を、周辺の老朽化施設群を含めたエリア単位の検討へと広げる過程で、検討体制そのものを見直した点が特徴的である。 (参考:西宮中学校の改築と老朽化した周辺施設の更新等に関する検討|杉並区公式ホームページ)
基本形:課題共有からプラン検討への2段階構成
令和6年6月の総務財政委員会資料によれば、ワークショップは前半(1〜2回目)で対象施設の現状や建て替えに伴う論点を関係者間ですり合わせ、後半(3回目以降)は区が示した複数案(たたき台)それぞれの利点・課題を比較しながら改善策を検討する、という2段階構成で進められる。旧上荻窪会議室等跡地、西宮中学校、高井戸東保育園・ゆうゆう高井戸東館の3プロジェクトでは、令和6年4月から9月にかけてそれぞれ5回のワークショップが実施され、参加者は町会・自治会関係者、民生・児童委員や学校・図書館関係者などの関係団体、施設利用者・地域住民等の3層で構成された。参加人数は旧上荻窪29人、西宮中学校39人、高井戸東26人の合計94人であった。 (参考:「杉並区区立施設マネジメント計画」に基づくワークショップの取組について(総務財政委員会資料))
旧上荻窪会議室等跡地では、前身の区立施設再編整備計画の段階から(仮称)コミュニティふらっと上荻窪の整備が構想されており、新方式のワークショップでもこの集会施設整備の考え方を土台に、周辺の西荻北保育園・ゆうゆう上荻窪館・ケア24上荻を含めた再編案が検討されている。 (参考:旧上荻窪会議室等の跡地活用と周辺施設の検討|杉並区公式ホームページ)
補完チャネル:オープンハウスとポスティング、常設フォーム
ワークショップは参加者が限定される少人数形式であるため、区はそれ以外の意見も拾う仕組みを併設している。令和6年8月には各プロジェクトで予約不要・入退場自由のオープンハウス型地域意見交換会を開催し(旧上荻窪:8月4日・西荻地域区民センター、西宮中学校:8月3日・西宮中学校体育館、高井戸東:8月2日・浜田山会館)、パネル展示と職員による直接対話、アンケートを組み合わせた。あわせてポスティングによる意見聴取と、区公式ホームページ上に常設する意見受付フォームを設置し、ワークショップ参加者以外からも継続的に意見を集める体制を取った。各回の検討結果は「ワークショップニュース」として取りまとめ、区の公式ホームページで公開するほか対象施設内にも掲示し、参加していない住民にも情報が届く工夫をしている。 (参考:「杉並区区立施設マネジメント計画」に基づくワークショップの取組について(総務財政委員会資料))
個別プロジェクトへの展開
柿木図書館及び周辺施設の更新等に関する検討では、4回のワークショップ(施設概要共有、利用者アンケート等の参考資料を用いた検討、意見交換の深掘り、複数の更新方法=たたき台の比較検討)を実施したうえで、オープンハウスとアンケートを重ねて素案を練り上げている。 (参考:柿木図書館及び周辺施設の更新等に関する検討|杉並区公式ホームページ)
旧若杉小学校跡地の本格活用に関する検討では、令和6年11月から令和7年2月にかけて4回のワークショップを実施し、その後「たたき台」(令和7年7月)→「素案」2案(令和7年10月)→「案」(令和7年12月)という段階を踏み、令和7年3月・7月・10月に開催したオープンハウスでのアンケート結果を都度反映させながら合意形成を進めた。 (参考:旧若杉小学校跡地の本格活用に関する検討|杉並区公式ホームページ)
杉並第一小学校移転後の跡地活用に関する検討は「あさがやまちづくりセッション」の名称で実施されており、令和7年9月20日・10月26日に開催された第8回セッションでは「杉並第一小学校移転後の跡地活用のアイデアを考えよう」をテーマに議論している。この案件は敷地内に他の地権者が存在するため、地権者協議と並行しながら区民からの意見募集フォームを常設する形で進められている。 (参考:杉並第一小学校移転後の跡地活用に関する検討|杉並区公式ホームページ)
「たたき台→素案→案」の段階的合意形成
旧若杉小学校跡地の事例に典型的に見られるように、区が最初から一つの案を提示するのではなく、ワークショップでの議論を経た「たたき台」を、複数回のオープンハウスとアンケートでその都度検証しながら「素案」「案」へと精緻化していく設計になっている。1回の意見聴取で終わらせず、区民の反応を見ながら計画内容を修正していくプロセスを制度として組み込んでいる点は、他自治体の施設再編でも参考になる要素といえる。
関与度の異なる複数チャネルの併用
ワークショップ(深く継続的に関与する少人数の代表的な参加者)、オープンハウス(予約不要で広く浅く意見を拾う機会)、ポスティング・常設意見フォーム(参加のハードルが最も低い経路)という3種類の参加チャネルを組み合わせている点も特徴的である。時間的余裕や関心の度合いが異なる住民層を、単一の参加形式に頼らず取りこぼさない設計といえる。
検討体制を案件ごとに柔軟に選択
すべての案件を同じ枠組みで進めるのではなく、案件の進捗段階や既存の合意形成状況に応じて検討体制を選択している点も注目される。西宮中学校では既存の改築検討懇談会を発展的に解消して新たなワークショップへ移行した一方、杉並第一小学校本体の改築(移転後の跡地活用とは別の検討事項)では既存の「改築検討懇談会」形式を継続するなど、案件の性質に応じた使い分けが行われている。 (参考:杉並第一小学校改築検討懇談会(令和6年4月~)|杉並区公式ホームページ)
職員のファシリテーションスキルへの投資
旧若杉小学校跡地のワークショップを見学した第三者(合同会社Active Learners)のレポートでは、各テーブルを担当する区職員がファシリテーション研修で学んだことを実践している様子が言葉選びや振る舞いから伝わり、それが対話の場をスムーズに進める要因になっていたと記録されている。制度設計だけでなく、担当職員のファシリテーションスキル形成に投資している点は、住民参加プロセスの質を左右する要素として示唆に富む。 (参考:小学校の跡地活用について区民と職員が一緒に考える|合同会社Active Learners)
もっとも検討が先行している旧若杉小学校跡地の本格活用については、令和8年(2026年)6月時点で最終方針が決定している。上荻保育園と上荻児童館を移転のうえ建て替え、あわせて公園や誰でも使えるラウンジ機能を設ける方針が固まった。施設の供用開始は令和13年度(2031年度)以降、隣接する荻窪消防署天沼出張所の移転は令和15年度(2033年度)以降を見込む。令和6年度に実施したワークショップから約1年半をかけて、たたき台・素案・案という段階を踏んだ末に到達した結論である。 (参考:旧若杉小学校跡地の本格活用に関する検討|杉並区公式ホームページ)
旧上荻窪会議室等跡地、西宮中学校、高井戸東保育園・ゆうゆう高井戸東館の3プロジェクトも、令和8年6月時点でワークショップとオープンハウスでの意見聴取を経た「検討まとめ」資料が公表されている。柿木図書館は令和8年5月のオープンハウス・アンケート(348件、うちLoGoフォーム290件・紙58件)を経て素案の検討段階にある。 (参考:西宮中学校の改築と老朽化した周辺施設の更新等に関する検討|杉並区公式ホームページ、柿木図書館及び周辺施設の更新等に関する検討|杉並区公式ホームページ)
一方で、住民側からは複合化に伴う懸念の声も記録されている。西宮中学校と宮前図書館の複合化を巡っては、校庭面積の縮小への懸念や、図書館利用者からの静かな環境を求める声が地域住民のブログで指摘されているほか、ゆうゆう館(高齢者施設)の統廃合に対して「生きがいの場がなくなる」といった不安の声も挙がっている。また、既存の改築検討懇談会からワークショップへ検討体制が切り替わった際には、一部の懇談会参加者から「積み重ねた議論がリセットされるのではないか」という不信感が表明されたとの記録もある。これらは特定の個人による見解であり全住民の意見を代表するものではないが、施設再編という総論賛成・各論反対になりやすいテーマの難しさを示す事例として留意する必要がある。 (参考:西宮中学校と周辺区立施設の施設マネジメント計画|note)
老朽化した公共施設の再編・複合化は、総論では理解を得やすくても、個別の施設・地域単位では反対意見が出やすいテーマである。杉並区の事例は、区が最初から完成形を提示するのではなく「たたき台」の段階から住民に開示し、複数回のオープンハウスとアンケートで反応を確かめながら段階的に案を固めていくプロセスを、複数の施設更新案件で横展開している点に再現性がある。特定のカリスマ的な職員や地域リーダーに依存する属人的な仕組みではなく、委員会資料に明記された「1〜2回目で課題共有、3回目以降でプラン検討」という定型的な進行フォーマットとして制度化されている点は、他自治体でも導入しやすい要素といえる。
また、深く関与する意欲のある住民(ワークショップ)と、時間的制約から一度きりの参加にとどまる住民(オープンハウス)、さらに参加自体が難しい住民(常設フォーム・ポスティング)という異なる関与度の層を、単一の手法に頼らず複線的に拾う設計は、住民参加の「代表性」を高めるための工夫として参考になる。
他方、西宮中学校の事例で見られたように、既存の検討体制(懇談会)から新方式(ワークショップ)へ移行する際には、それまでの議論の蓄積がどう引き継がれるのかについて参加者の不信感が生じうる。検討体制を見直す自治体は、移行の理由と過去の議論の扱いを丁寧に説明するコミュニケーションを並行して設計する必要があるという教訓も、この事例からは読み取れる。
2026年8月時点の調査内容に基づいて作成
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