
東京女子大学 松尾ゼミによる西荻窪地域連携プロジェクト
東京女子大学・松尾慎ゼミが杉並区西荻窪で、子ども食堂の運営支援や高齢者との絵本交流、外国にルーツを持つ子どもへの学習支援など、一つの大学ゼミが多世代・多文化にまたがる複数の継続的な地域連携活動を展開してきた事例。
西荻窪駅から徒歩約12分の場所にキャンパスを構える東京女子大学で、現代教養学部国際社会学科の松尾慎教授(2025年の学科再編前は心理・コミュニケーション学科に所属)が担当するゼミが、大学全体の連携事業とは別に、独自に地域と関わり続けている。杉並区が実施する社会教育事業「すぎなみ大人塾西荻コース」への参加をきっかけに、ゼミの活動は子ども食堂の運営支援、地域包括支援センター主催のサロンでの高齢者との交流、外国にルーツを持つ子どもへの学習支援、バリアフリー映画会でのボランティアといった複数の継続的な活動へと広がってきた。 (参考:東京女子大学|杉並区公式情報サイト すぎなみ学倶楽部)
杉並区は区内5大学等と包括協定を結び、大学が提供する公開講座や学生による地域ボランティア活動など、大学単位の連携事業に取り組んでいるが、本事例は大学全体の枠組みとは別に、一つのゼミが教員の専門性を軸にしながら、対象年代や分野の異なる複数の地域課題に横断的に関わり続けている点に特徴がある。 (参考:大学連携|杉並区公式ホームページ)
松尾慎教授は、日本語教育と社会言語学を軸に多文化共生をテーマとする研究者である。大学時代にウルドゥー語を専攻し、卒業後にバングラデシュで2年間を過ごした後、日本語教師としてのキャリアを歩み始め、その後もブラジルやインドネシア、台湾、イランなど複数の国で通算10年以上にわたり日本語教育に携わってきた。帰国後は東京女子大学で日本語教員養成課程を担当する一方、ビルマ・ミャンマー系難民支援者の呼びかけを受けて2014年に活動を始めた「Villa Education Center(VEC)」を2020年に任意団体として組織化するなど、外国にルーツを持つ人々の学びを支える活動に一貫して取り組んできた人物である。 (参考:松尾 慎 - 教員紹介|東京女子大学)
一方、西荻窪エリアには、以前から地域住民自身が担い手となって子どもの居場所づくりに取り組む土壌があった。地域グループ「近所のおじちゃん・おばちゃんクラブ」は2014年から、家庭とも学校とも異なるもうひとつの居場所として子ども食堂「西荻・寺子屋食堂」を運営しており、高齢化に伴う地域包括支援センターの見守り活動や、外国にルーツを持つ子どもへの学習支援ニーズも顕在化していた。 (参考:西荻・寺子屋食堂(子ども食堂)公式サイト)
こうした中、杉並区立社会教育センターが実施する「すぎなみ大人塾」は、「自分を振り返り、社会とのつながりを見つける大人の放課後」をキャッチフレーズに、住民が地域での活動を実践し人や場と関わるきっかけをつくる事業を展開しており、そのコースの一つである西荻コースに、松尾教授が2018年から講師として関わり始めた。大学のゼミという教育の場と、区民が集まる社会教育事業とが接続したことが、その後の一連の活動の起点となった。 (参考:すぎなみ大人塾|杉並区公式ホームページ、松尾 慎 - researchmap)
1. すぎなみ大人塾西荻コースへの参加
松尾教授は2018年9月29日にすぎなみ大人塾2018西荻コースの講師を単発で担当したのに続き、2019年10月19日から12月21日にかけて開催された2019西荻コースにも、東京女子大学として講師を務めた。同コースでは「西荻というまちを活性化させるために何ができるか」というテーマのもと、学生と多世代の住民が数回にわたり対話を重ね、地域が抱える課題の解決策を探った。この対話の場が、ゼミと西荻窪の住民・団体との接点を生み出す起点となった。 (参考:松尾 慎 - researchmap、東京女子大学|杉並区公式情報サイト すぎなみ学倶楽部)
2. 子ども食堂「西荻・寺子屋食堂」での運営支援
大人塾での対話をきっかけに、ゼミの学生は地域グループが2014年から運営する子ども食堂「西荻・寺子屋食堂」の手伝いに加わるようになった。同食堂は毎月第2・第4土曜日の午後6時から8時に「西荻・まちふれあい かがやき亭」で開催され、第2土曜日は親子連れ、第4土曜日は中高生を対象としている。学生は食堂の運営や子どもたちとの関わりを通じて、地域の子どもの居場所づくりの現場に継続的に加わっている。 (参考:西荻・寺子屋食堂(子ども食堂)公式サイト、東京女子大学|杉並区公式情報サイト すぎなみ学倶楽部)
3. 「善福寺サロン」での高齢者との絵本読み聞かせ
地域包括支援センター「ケア24善福寺」が主催する高齢者向けの交流会「善福寺サロン」にも、学生が参加している。ここでは学生が高齢の参加者と一緒に絵本を読む活動を通じて交流しており、子ども食堂とは異なる世代層との接点をつくっている。 (参考:東京女子大学|杉並区公式情報サイト すぎなみ学倶楽部)
4. 阿佐谷地域区民センターでの外国にルーツを持つ子どもへの学習支援
杉並区内に暮らす外国にルーツを持つ子どもたちを対象に、水曜ごとに阿佐谷地域区民センターを会場として学習のサポートを続けている。松尾教授自身が海外での日本語教育経験や難民支援団体の設立を通じて培ってきた専門性が、この活動の土台になっていると考えられる。 (参考:東京女子大学|杉並区公式情報サイト すぎなみ学倶楽部、松尾 慎 - 教員紹介|東京女子大学)
5. バリアフリー映画会でのボランティア
区内各所の区民センターで催されるバリアフリー上映会でも、視覚に障害のある来場者を席まで案内するなどの手伝いを学生が担当している。子ども、高齢者、外国にルーツを持つ子どもに加え、障害のある住民の支援にも活動の範囲が及んでいる。 (参考:東京女子大学|杉並区公式情報サイト すぎなみ学倶楽部)
大学全体の協定ではなく、一つのゼミが独自に築いたネットワーク
杉並区は区内5大学等(女子美術大学・女子美術大学短期大学部、高千穂大学、東京女子大学、東京立正短期大学、明治大学)と2019年4月に包括協定を締結し、大学による公開講座の開催や学生の地域ボランティア参加といった事業を展開している。本事例はこの全学的な枠組みとは別に、一人の教員のゼミが独自の人脈を通じて地域と関わり続けている点で、大学単位の連携協定とは異なるレイヤーの取り組みといえる。 (参考:大学連携|杉並区公式ホームページ、杉並区と区内高等教育機関との連携協働|地域貢献活動|東京女子大学)
単発のプログラムから複数の継続的な関わりへの分岐
すぎなみ大人塾西荻コースは2018年・2019年に開催された期間限定のプログラムだったが、そこで生まれた対話の関係性が、子ども食堂の手伝い、サロンでの交流、学習支援、映画会ボランティアという複数の継続的な活動へと分岐していった。単発の対話の場を、複数の恒常的な関わりに接続させている点は、大学と自治体による単発講座型の連携とは一線を画す。 (参考:東京女子大学|杉並区公式情報サイト すぎなみ学倶楽部)
教員の専門性と活動テーマの一貫性
松尾教授が自身のゼミで重視しているのは「聴くことができる学生」の育成であり、話すことよりも聴くことのほうが難しいという考えのもと、学生主体で自己発信力と傾聴力を養う指導を行っている。子ども食堂での対話、高齢者との交流、外国にルーツを持つ子どもへの学習支援は、いずれも住民の声に耳を傾ける姿勢が求められる活動であり、ゼミの教育方針と地域活動のテーマが一貫している。 (参考:松尾 慎 - 教員紹介|東京女子大学)
現時点で公開情報から確認できる範囲では、参加人数や具体的な効果を示す定量データは公表されていない。ただし、2018年に始まった大人塾西荻コースでの関わりが、2023年時点でも子ども食堂の手伝いや善福寺サロンでの交流、阿佐谷地域区民センターでの学習支援として継続していることが、区の公式情報サイトで確認できる。単発の連携で終わらず、5年以上にわたり複数の活動が並行して続いている点は、地域連携の持続性という観点で確認できる成果である。 (参考:東京女子大学|杉並区公式情報サイト すぎなみ学倶楽部)
また、松尾教授自身も杉並区立井草中学校の学校運営協議会委員(2023年4月~)、杉並区立井荻小学校の学校運営協議会委員(2024年10月~)、杉並区多文化共生推進懇談会委員(2024年4月~)といった区の委員を務めている。ゼミの活動を通じて築いてきた地域との関係が、教員個人の区政への関与にもつながっている。 (参考:松尾 慎 - researchmap)
「入り口」となる単発プログラムを、恒常的な受け皿につなげる設計
本事例が示すのは、大学と自治体の連携が必ずしも大規模な包括協定である必要はなく、住民との対話を目的とした単発の講座(大人塾のような社会教育事業)を「入り口」として、既存の地域活動(子ども食堂、地域包括支援センターのサロン、学習支援の場)に学生を接続させることで、継続的な関係に発展させられるという点である。他地域でも、公民館や生涯学習センターが主催する住民参加型講座に大学のゼミが参加し、そこで出会った地域団体との個別の関係づくりへとつなげる設計は、既存の予算や協定の枠組みを大きく変えずに再現可能である。
教員の専門性を軸にした活動テーマの選定
活動テーマを大学側の都合だけで決めるのではなく、教員自身の専門性(本事例では日本語教育・多文化共生)と地域の既存課題(外国にルーツを持つ子どもの学習支援など)を重ね合わせることで、学生にとっても学びの意義が明確になり、活動が単なるボランティア動員にとどまらない教育的な効果を持つ。この「専門性とテーマの一致」という設計思想は、大学の学部・学科を問わず応用可能な視点である。
大学全体の協定と、個別ゼミの活動を分けて捉える視点
自治体が大学連携を検討する際、包括協定のような大学単位の枠組みだけでなく、個別の教員・ゼミ単位での関係構築を並行して後押しすることで、より機動的で継続性の高い連携が生まれる可能性がある。本事例のように、大学全体の協定に基づく事業と、一つのゼミが独自に築くネットワークが並存するモデルは、他の大学所在自治体においても参考になる視点だろう。
2026年8月時点の調査内容に基づいて作成
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