
HOME/WORK VILLAGE(旧池尻中学校跡地・旧IID世田谷ものづくり学校の跡地活用)
東京都世田谷区が旧区立池尻中学校(旧IID世田谷ものづくり学校)の跡地をリノベした産業活性化拠点。飲食・物販、コワーキング、スモールオフィス等を備え、区・小田急電鉄・新設運営会社の三者協働で運営する。創業支援拠点をあえて日常に開き、先行モデルを継承しつつ更新した廃校活用の事例。
HOME/WORK VILLAGE(ホームワークヴィレッジ)は、東京都世田谷区が旧区立池尻中学校の跡地(池尻2-4-5)を活用して整備した産業活性化拠点である。校舎棟・体育館棟・校庭を一体的にリノベーションし、飲食・物販店舗、シェアキッチン、コワーキングスペース、スモールオフィス、子ども向けスクール、ブックラウンジ、屋上菜園、広場などを詰め込んだ延床面積約6,318㎡の複合施設で、2025年4月16日に部分開業し、同年7月24日にグランドオープンした。区が公募で選んだ株式会社散歩社を代表法人とする6社の共同体が母体となり、施設運営のために新設された方方(ほうぼう)株式会社が、世田谷区・小田急電鉄とともに三者協働で運営を担う。(参考:産業活性化拠点「HOME/WORK VILLAGE」について|世田谷区、世田谷区立池尻中学校跡地を活用した複合施設「HOME/WORK VILLAGE」開業|小田急電鉄(PR TIMES))
この場所は、2004年に廃校となった旧池尻中学校を2004〜2022年に「IID世田谷ものづくり学校(Ikejiri Institute of Design)」として再生させ、都内初の民間主導・独立採算の廃校活用モデルとして知られた土地でもある。HOME/WORK VILLAGEは、その約18年の蓄積を引き継ぎつつ、創業支援に特化していた前身から「働く・遊ぶ・学ぶ」を混ぜ合わせ、地域住民が日常的に立ち寄れる場へと役割を広げた「廃校活用の第二世代」といえる取り組みである。施設名には、暮らし(HOME)と仕事(WORK)を見つめ直し、社会に残された宿題(HOMEWORK)に地域ぐるみで取り組むという意味が込められている。(参考:世田谷区の廃校から生まれた複合施設「HOME/WORK VILLAGE」7月24日グランドオープン|方方株式会社(PR TIMES)、創業支援、教育、都市農園など廃校施設で多様な活動、世田谷区「HOME/WORK VILLAGE」|新・公民連携最前線(日経BP))
旧池尻中学校は2004年3月末に廃校となり、同年10月からは民間が校舎を再生した「IID世田谷ものづくり学校」として生まれ変わった。運営事業者が区と定期建物賃貸借契約を結び、行政の建物を民間主導・独立採算で運営するこのモデルは、都内で初めての廃校活用事例として注目を集めた。かつての教室にはデザイン・建築・映像・食・アート・ファッションなど多分野のクリエイターがオフィスを構え、ファブラボ世田谷やコワーキング、ギャラリー、カフェなどを備えて、ワークショップや展示・セミナーを通じた創業支援・産業活性化の場として約18年間機能した。(参考:「IID 世田谷ものづくり学校」が閉館|FASHIONSNAP)
その世田谷ものづくり学校は、区との賃貸借契約の満了に伴い2022年5月31日に閉館した。18年にわたり地域の交流と創造の拠点だった場所をどう次につなぐかが、区の課題となった。単に建物を貸すだけでも、行政が直営で施設を抱えるのでもなく、前身が育てた「産業活性化・創業支援の拠点」という性格をどう継承・発展させるか——ここが跡地活用の出発点になった。(参考:世田谷ものづくり学校(令和4年5月31日閉館)|世田谷区)
区は令和元年(2019年)12月以降、有識者や民間事業者との意見交換を重ね、令和3年2月に基本コンセプトを、同年7月にはサウンディング型市場調査を実施したうえで、令和4年7月に運営事業者を公募するプロポーザルに踏み切った。区が掲げた狙いは明確で、区内の既存産業を活性化させながら、新たな価値を生み出せる人材を育て確保し、区の産業にイノベーションを起こすことで、地域経済が持続的に発展していく拠点をつくることだった。校舎だけでなく体育館・校庭を含めた一体活用を条件とし、既存産業の活性化支援(KPIの設定を必須とする)、起業・創業支援、産業と連携した学びの支援、区民・事業者に開かれたスペースといった機能を求めた。(参考:旧池尻中学校跡地活用事業の運営事業者選定に係るプロポーザルの実施について|世田谷区)
1. 前身の担い手を巻き込んだ事業者選定
プロポーザルには6事業者が参加を表明し、5事業者が提案書を提出。令和5年(2023年)1月のプレゼン審査を経て、株式会社散歩社を代表法人とする共同体が運営事業候補者に選ばれた。構成法人は、まちの研究所株式会社、オールドファッション株式会社、MIRAI-INSTITUTE株式会社、フリー株式会社(freee)、小田急電鉄株式会社である。散歩社の内沼晋太郎氏(下北線路街「BONUS TRACK」の運営で知られる)、オールドファッションの間中伸也氏、MIRAI-INSTITUTEの小柴美保氏(シェアオフィス「MIDORI.so」運営)など、いずれも前身の世田谷ものづくり学校に関わってきた顔ぶれが中心にいた点が特徴的で、場所の文化を知る担い手が世代交代を担った。(参考:旧池尻中学校跡地施設における運営事業候補者の選定結果について|世田谷区、小田急電鉄(PR TIMES))
2. 三者協働+新設運営会社というスキーム
運営にあたっては、2024年7月に施設運営を担う方方(ほうぼう)株式会社が新設された(代表取締役はオールドファッションの間中伸也氏)。世田谷区・小田急電鉄・方方の三者が基本協定を締結し、区と運営事業者で構成する運営委員会が施設の運営方針を決める一方、日々の運営は方方が独立採算で担う。デベロッパーである小田急電鉄は、地元の担い手を中心に置き、その土地ならではの価値を引き出す「支援型開発」の考え方でこの拠点に関与している。(参考:新・公民連携最前線(日経BP)、小田急電鉄(PR TIMES))
3. 開業前から地域と対話を重ねる
開業に先立ち、運営側は「旧池尻中学校跡地活用シンポジウム」を連続開催し、地域住民や関心層との対話を積み重ねた。2024年6月の初回には50名超が参加して保坂展人区長も登壇し、同年10月28日の第2回は「お店とまちづくり」をテーマに、三茶ワークカンパニーの土屋勇太氏、小田急電鉄の向井隆昭氏、設計を担ったブルースタジオの大島芳彦氏らが登壇して、まちにおける「店」の役割を掘り下げた。テナント募集と並行して、生活者・ワーカー・商店主・地権者・行政など多様な登場人物を巻き込みながら場をつくっていく姿勢がとられた。(参考:旧池尻中学校跡地活用シンポジウムVol.2|HOME/WORK VILLAGE(note))
4. 段階的な開業
施設は2025年4月16日に校舎棟1階を除くエリアを先行して開業し、同年7月24日に校舎棟1階の店舗群を加えてグランドオープンした。グランドオープン時には飲食・物販を中心に14の店舗・施設が新たに加わっている。校舎棟・体育館棟・校庭の3エリアからなり、開館時間は8:30〜23:30と朝から夜まで幅広い。(参考:方方株式会社(PR TIMES)、小田急、池尻中学校跡地を複合施設にリノベ|Impress Watch)
5. 「働く・遊ぶ・学ぶ」を一つ屋根の下に
校舎棟には、1階に個性的な15店舗ほどの飲食・物販店、フードビジネスの起業を支援するシェアキッチン、ポッドキャストやライブ配信に対応するスタジオが並び、上階には社会課題解決型ビジネスなどに向けた全15区画のスモールオフィス、起業を伴走するインキュベーションマネージャーが常時いるコワーキング「MIDORI.so IKEJIRI」、幼児〜小学生向けのクリエイティブラーニングスクール、屋上には会員制の都市型菜園が置かれた。体育館棟にはランニングステーションを兼ねたスポーツコミュニティスタジオ、屋内遊び場、Takram Japanとバリューブックスが手がけたブックラウンジ「とつとつと」(総合受付を兼ねる)が入り、かつての校庭は誰でも使える広場として、週末のマルシェやスポーツ体験イベントの舞台になる。(参考:Impress Watch、新・公民連携最前線(日経BP)、産業活性化拠点「HOME/WORK VILLAGE」について|世田谷区)
1. 「廃校活用の第二世代」——先行モデルを継承しながら更新した
IID世田谷ものづくり学校という都内初の廃校活用モデルが約18年かけて育てた場所を、同じ産業活性化の枠組みのまま次の担い手が引き継いだ点に、この事例の希少性がある。しかも新しい担い手の中心には、散歩社・オールドファッション・MIRAI-INSTITUTEなど前身に関わってきた人々がいる。先行事業の「人・文化・記憶」を切り捨てずに継承しながら、創業支援に特化した専門施設から日常利用の複合施設へと役割を更新した。廃校活用が全国で一巡し「次の更新期」を迎えるなかで、ゼロから作り直すのではなく前世代を土台に積み上げる設計は示唆に富む。(参考:FASHIONSNAP、世田谷・池尻に廃校をリノベした新複合施設HOME/WORK VILLAGEが誕生!|ウォーカープラス)
2. 「消極的な理由で来てほしい」——産業拠点をあえて日常に開く
運営側は施設のあり方を「気軽に行ける図書館のような場所」と表現し、「行く場所がないから今日はHOME/WORK VILLAGEに行こうか」という"消極的な理由"で立ち寄れる場を目指すと語る。創業支援・産業活性化の拠点は、ともするとオフィスと支援プログラムだけの閉じた専門施設になりがちだが、あえて店舗・広場・菜園・ブックラウンジを混在させ、目的がなくても入れる敷居の低さを設計した。「オフィスだけでは世田谷区らしくない」という発想で15店舗ほどの個性的な店を入れたのは、産業と生活を地続きにしようとする意図の表れである。(参考:ウォーカープラス、新・公民連携最前線(日経BP))
3. 区・デベロッパー・新設運営会社の三者協働という器
区が直営で抱えるのでも、単純に建物を賃貸するのでもなく、「世田谷区(政策とKPI)+小田急電鉄(開発・支援型開発)+方方(独立採算の現場運営)」という役割分担を、基本協定と運営委員会で束ねるガバナンス設計を採っている。産業活性化という行政の政策目的を、民間の自立した場づくりの力で実装する仕組みであり、公共施設の再生における公民連携のひとつの型を示している。(参考:新・公民連携最前線(日経BP)、産業活性化拠点「HOME/WORK VILLAGE」について|世田谷区)
4. 店を「まちづくりの主役」に据える
象徴的なのが、テナントを賑わいの添え物ではなく地域の担い手として位置づけている点である。旧技術科室を使い、グランドピアノとレコード3,000枚超を備えて昼は食堂・夜はミュージックバーになる「Marked池尻/GOOD TEMPO」、料理人との対話を演出する「劇場型キッチン」を掲げる「洋食api」、障がいのある職人が製品を手がけるレザークラフト「UNROOF」など、店それぞれが固有の物語を持ち込む。開業前シンポジウムで「お店とまちづくり」を正面から論じたことにも、この思想が表れている。(参考:新・公民連携最前線(日経BP)、旧池尻中学校跡地活用シンポジウムVol.2|HOME/WORK VILLAGE(note))
2025年7月のグランドオープンから間もない段階であり、産業活性化の最終的な効果(区内産業への波及やKPIの達成度)を数値で評価できる時期にはない。現時点で確認できるのは、施設が計画どおり立ち上がり、稼働を始めたという事実である。
一方で、フラットに見れば、本質的な評価はこれからである。区が必須とした「既存産業活性化のKPI」がどの程度達成されるか、スモールオフィスやコワーキングから実際に区内産業のイノベーションや創業が生まれるか、そして方方株式会社が独立採算で持続的に運営を続けられるかは、いずれも今後の検証にかかっている。賑わいづくりとしての集客と、産業政策としての成果は必ずしも一致しないため、両者をどう両立させるかがこの拠点の真価を問うことになる。(参考:新・公民連携最前線(日経BP)、旧池尻中学校跡地活用事業の運営事業者選定に係るプロポーザルの実施について|世田谷区)
創業支援を「閉じた専門施設」にしない設計
産業活性化・創業支援の拠点は、オフィスとプログラムだけで構成すると利用者が限られ、地域から孤立しやすい。HOME/WORK VILLAGEのように、店舗・広場・菜園・ブックラウンジなど「目的がなくても立ち寄れる」機能を意図的に混ぜ、日常利用の人流を呼び込む設計は、支援施設の稼働と持続性を高める現実的な工夫である。産業と生活を地続きにする発想は、多くの自治体が抱える遊休公共施設の活用に応用できる。
先行事業を「継承しながら更新する」世代交代の型
廃校活用や公共施設の民間活用は全国で一巡し、初期事業が更新期を迎えつつある。前世代の担い手・文化・記憶を切り捨てて刷新するのではなく、それらを引き継ぐ人材を新しい体制の中心に据えて役割を拡張する——この「継承しながら更新する」設計は、同様に更新期を迎える先行事例を持つ地域にとって参考になる。場所の記憶を資産として次の事業に載せ替える発想である。
行政の政策目的と民間の自立採算を両立させるガバナンス
「自治体(政策・KPI)+デベロッパー(開発・支援)+現場運営会社(独立採算)」という三者協働を、基本協定と運営委員会で束ねる仕組みは、公共施設の再生において政策性と事業性のバランスをとる一つの型である。行政が直営で抱えるリスクも、民間任せで政策目的が薄れるリスクも避けやすい。KPIを条件に組み込みつつ運営は民間の裁量に委ねる設計は、他の公民連携事業にも移植しやすい。
留意点:担い手の厚みと立地条件への依存
この事例は、下北線路街BONUS TRACKやシェアオフィス運営など実績のあるプレーヤーが世田谷に厚く集積し、しかも前身施設の関係者という「土地勘のある担い手」がそろっていたことに支えられている。世田谷という購買力・ブランドや、東急・小田急沿線という立地条件も無視できない。特定のプレーヤーの力量に依存する側面はあり、そのまま条件の異なる地域へ横展開できるわけではない。ただし、「支援施設を日常に開く」「先行事業を継承して更新する」「政策と採算を三者協働で束ねる」という方法論自体は、担い手を育てる時間軸さえ確保できれば、他地域でも学べる普遍性を持つ。
2026年7月時点の調査内容に基づいて作成
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