
京王線(笹塚駅〜仙川駅間)連続立体交差事業・鉄道付属街路事業
東京都が施行する京王線笹塚〜仙川間約7.2kmの連続立体交差事業。25箇所の「開かずの踏切」除却と高架化を軸に、世田谷区など沿線3区が側道・駅前広場・高架下活用を担い、約18年の長期事業を沿線まちづくりの契機として活かす取り組みを整理する。
京王線(笹塚駅〜仙川駅間)連続立体交差事業は、東京都(建設局)が施行主体となり、京王電鉄京王線の笹塚駅から仙川駅までの約7.2kmを高架化する都市計画事業である。区間内の8駅(代田橋・明大前・下高井戸・桜上水・上北沢・八幡山・芦花公園・千歳烏山)を高架駅に改築し、計25か所ある踏切をなくすとともに、都市計画道路7路線についても鉄道との立体交差化を行い、あわせて鉄道に沿う側道(鉄道付属街路)を整備する。事業区間は渋谷区笹塚から世田谷区給田にまたがり、渋谷・世田谷・杉並の3区が関係する。(参考:京王電鉄「事業の概要」、東京都建設局「京王線連続立体交差事業」)
制度上は「道路の整備」として位置づけられる鉄道の高架化事業だが、この事業の要点は、踏切除却という交通対策にとどまらず、高架下空間・側道・駅前広場という新たな公共空間を沿線に生み出し、それを各区が受け皿として沿線まちづくりへつなげる点にある。2013年度(平成25年度)の事業化から2031年3月(令和12年度末)の完成予定まで、約18年におよぶ長期事業として進行している。(参考:国土交通省「再評価結果(令和4年度事業継続箇所)」、世田谷区「連続立体交差事業及び鉄道付属街路事業を進めています」)
事業化の最大の根拠は、区間内に集中する「開かずの踏切」である。笹塚〜仙川間の25箇所の踏切はいずれもピーク時に遮断が長く、2019年度時点で1時間のうち最大57分遮断される踏切が存在した。国の再評価資料によれば、本事業で除却する25箇所の踏切はすべて、改正踏切道改良促進法に基づく「改良すべき踏切道」に指定されており、京王線は全国的にも開かずの踏切が集中する路線として知られる。(参考:東洋経済オンライン「踏切25カ所撤去『京王線高架化』の進み具合は?」、国土交通省「再評価結果(令和4年度事業継続箇所)」)
踏切は道路交通を妨げるだけでなく、市街地を線路で南北に分断する要因でもある。下高井戸〜明大前間は京王線でも屈指の混雑区間で、混雑率は129%(2022年度)、朝ピーク時には上りだけで1時間に26本の列車が走る。列車本数が多いほど踏切の遮断時間は延び、道路交通と鉄道が相互に制約し合う構造になっていた。(参考:東洋経済オンライン「踏切25カ所撤去『京王線高架化』の進み具合は?」)
防災面の課題も大きい。線路による市街地の分断は、地震などの災害時に列車が駅間で停車すると踏切が遮断されたままになり、緊急車両の通行や救急活動の支障となる。また沿線火災の際に、線路で隔てられた消火栓や防火水槽へアクセスしにくいという問題も抱えていた。踏切渋滞の解消・市街地の一体化・防災性の向上という複合的な課題が、都施行の連続立体交差事業として整理された背景にある。(参考:国土交通省「再評価結果(令和4年度事業継続箇所)」)
事業は複数主体の役割分担で構成される。鉄道の高架化本体は東京都が施行主体となり、実際の鉄道工事は京王電鉄が担う。都市計画上は平成24年度(2012年度)に都市計画変更が決定され、平成25年度(2013年度)に事業化、平成26年(2014年)2月28日に事業認可が告示されて用地取得に着手、平成30年度(2018年度)に工事着手という段階を踏んでいる。当初は令和5年(2023年)3月末が事業認可期間だったが、令和4年(2022年)3月に期間が延伸され、現在は令和13年(2031年)3月末の完成が予定されている。(参考:東京都建設局「京王線連続立体交差事業」、国土交通省「再評価結果(令和4年度事業継続箇所)」)
高架本体と並行して、鉄道に沿う側道を「鉄道付属街路事業」として沿線区が担う。杉並区は付属街路第6号線・第9号線などの都市計画決定を担い、世田谷区は区内の付属街路を施行する(例として第9号線の一部・松原三丁目地内は延長約35m・幅員6mで整備)。井ノ頭通り(都道)の立体化には東京都道路整備保全公社が関わるなど、鉄道・道路・側道の整備を都・区・公社・鉄道事業者が分担して進める仕組みになっている。(参考:世田谷区「連続立体交差事業及び鉄道付属街路事業を進めています」、杉並区「京王電鉄京王線(笹塚〜仙川駅間)連続立体交差事業」)
工事は全体を8工区に分け、各駅間でまず下り線側に高架橋を構築して下り線を高架化し、地上の線路を撤去したうえで上り線側の高架橋を建設する、という順序で進められる。用地取得を伴う大規模事業のため、令和3年(2021年)を基準とする再評価時点では用地取得率77%・事業進捗率22%で、全8工区のうち6工区が工事に入り2工区が未着手という段階だった。その後、2024年4月に最後の工区が着手して全8工区で工事が始まり、2025年には仙川〜千歳烏山をはじめ各地で高架橋が姿を現す段階に入っている。明大前駅は2面4線化され、乗り換え・ホームの機能も強化される計画である。(参考:国土交通省「再評価結果(令和4年度事業継続箇所)」、東洋経済オンライン「踏切25カ所撤去『京王線高架化』の進み具合は?」、京王電鉄「工事の進捗状況」)
沿線まちづくりの面では、世田谷区が「京王線沿線まちづくり通信」を発行し(創刊号から2019年7月発行の第19号まで)、京王電鉄も広報誌「Keio高架化Information」を発行する(2026年4月発行のVol.8が直近)など、事業の進捗や側道・駅前広場の考え方を住民に伝える取り組みが続けられている。各駅では駅舎の外観デザインについて区民からアイデアを募って決定するプロセスがとられ、駅ごとに周辺地区の街づくり懇談会が開かれてきた。とりわけ明大前駅と千歳烏山駅は交通結節拠点と位置づけられ、駅前広場の基本構想が策定されている。千歳烏山駅では、既存商店街への交通流入に配慮しつつ駅東側に交通広場を整備し、新規バス路線の導入で交通結節機能を強化するとともに、烏山区民センター・烏山図書館を含む駅周辺の一体的な整備が構想されている。(参考:世田谷区「京王線沿線まちづくり通信」、世田谷区「連続立体交差事業について」)
第一の特徴は、連続立体交差事業を交通対策としてだけでなく「まちづくりの器」として能動的に位置づけている点である。国の再評価資料は、本事業の効果として「高架下の有効利用による生活の質の向上」「連立事業を契機とした街の活性化」「踏切除却等による防災性の向上」の3点を明記しており、鉄道インフラ整備が沿線のまちづくり事業と一体的に進められることを制度側も前提としている。踏切除却で生まれる高架下・側道・駅前広場という空間を、誰がどう使うかを事業の初期から計画に組み込んでいる。(参考:国土交通省「再評価結果(令和4年度事業継続箇所)」)
第二に、鉄道インフラを担う都と、まちづくりの受け皿を担う区という役割分担が明確なことである。高架化本体は東京都、側道(鉄道付属街路)と駅前広場・地区まちづくりは沿線区、鉄道工事は京王電鉄という分担のもと、事業が渋谷・世田谷・杉並の区界をまたいで進む。下高井戸・桜上水・上北沢・芦花公園などでは世田谷区と杉並区がそれぞれ方針を持ち、付属街路の都市計画決定を各区が担うなど、広域インフラと基礎自治体のまちづくりを接続する仕組みが働いている。(参考:杉並区「京王電鉄京王線(笹塚〜仙川駅間)連続立体交差事業」、世田谷区「連続立体交差事業及び鉄道付属街路事業を進めています」)
第三に、約18年におよぶ超長期事業のなかで、住民の関心と当事者意識を維持する継続的なコミュニケーションが設計されている点である。「沿線まちづくり通信」の継続発行、駅舎デザインの区民募集、駅別の街づくり懇談会は、完成までの長い期間、住民が事業を「自分たちのまち」の変化として受け止め続けるための装置として機能している。(参考:世田谷区「京王線沿線まちづくり通信」)
事業は完成前の段階にあり、成果は「事業の物理的進展」と「まちづくりの計画的準備」に整理できる。物理面では、令和3年基準の再評価で用地取得率77%・事業進捗率22%だったところから、2024年4月に全8工区で工事着手、2025年には各地で高架橋が出現する段階へ進んだ。費用便益分析では事業全体のB/Cが1.3(残事業1.6)とされ、総便益約1,701億円のほぼ全体を移動時間短縮便益(約1,606億円)が占める見込みである。事業評価監視委員会は事業継続を妥当と評価している。(参考:国土交通省「再評価結果(令和4年度事業継続箇所)」、東洋経済オンライン「踏切25カ所撤去『京王線高架化』の進み具合は?」)
一方で、25箇所の踏切除却や高架化そのものはまだ実現しておらず、渋滞解消・市街地一体化・防災性向上といった主要な効果は事業評価上の見込みにとどまる。まちづくりの成果も、駅舎デザインの決定や明大前・千歳烏山の駅前広場基本構想、各駅の懇談会といった計画・構想段階が中心である。当初令和5年度末だった認可期間が令和12年度末まで延伸された経緯は、用地取得が事業の律速となり長期化しやすいこの種の大規模事業の難しさを示している。現時点は「成果」というより、長期事業の折り返しに向けて物理的な工事と受け皿づくりが並走している段階と捉えるのが妥当である。(参考:国土交通省「再評価結果(令和4年度事業継続箇所)」、世田谷区「連続立体交差事業について」)
第一に、連続立体交差事業のような大規模鉄道インフラ事業は、踏切解消という交通対策の枠を超えて、高架下・側道・駅前広場という新規の公共空間を沿線に一斉に生み出す「またとない機会」でもある。この機会を活かすには、インフラが完成してから使い方を考えるのではなく、事業の初期段階から受け皿となるまちづくり計画(駅前広場構想、地区計画、高架下活用方針)を並行して準備する姿勢が要る。本事例では国の事業評価自体が「連立事業を契機とした街の活性化」を効果に位置づけており、インフラ事業をまちづくりの起点として制度的に接続する考え方は他地域でも参照できる。
第二に、広域インフラを担う都道府県と、まちづくりを担う基礎自治体の役割分担を明示し、区界をまたぐ横断調整の枠組みを持つことの重要性である。本事例では都が鉄道高架化を、沿線区が付属街路・駅前広場・地区まちづくりを、鉄道事業者が鉄道工事を担い、複数区が同一路線で連携している。この分担は特定の人物の属人的な調整力ではなく、鉄道付属街路事業・地区計画・まちづくり通信といった制度と仕組みに支えられており、他地域でも再現しやすい構造といえる。
第三に、10〜20年におよぶ超長期事業で住民の当事者意識を切らさないための、継続的なコミュニケーション設計である。定期的な情報発信(通信)、意思決定への参加機会(駅舎デザイン募集)、駅ごとのきめ細かな対話(街づくり懇談会)を長期にわたり続けることは、完成後の空間を「地域が使いこなす」土台になる。あわせて、遮断時間や混雑率、踏切の法指定といった課題の定量化が事業の正当性と継続の説得力を支えている点、そして用地取得が事業を律速し長期化しやすいことを前提に、受け皿となるまちづくりの側にも柔軟なスケジュール設計を織り込むべき点は、同種の事業に取り組む地域への実務的な教訓となる。
2026年07月時点の調査内容に基づいて作成
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