
世田谷区×区内大学の連携基盤と学生交流プログラム
世田谷区は区内6大学と20年以上かけて相互協力協定・産官学プラットフォーム・個別包括協定という重層的な連携基盤を築いてきた。その土台の上で、新庁舎屋上庭園の利活用を題材に1年生対象の学生交流プログラムを実施し、若者の地域参画と関係人口づくりを進めている事例。
世田谷区には、区内および隣接地域を含めて17もの大学(学部)が集積している。区はこの立地を資源ととらえ、大学どうしの相互協力協定「世田谷6大学コンソーシアム」(2001年発足)、大学・区・産業界による産官学連携の「世田谷プラットフォーム」、そして区と各大学が個別に結ぶ包括連携協定という、性格の異なる三層の枠組みを20年以上かけて積み重ねてきた。 (参考:世田谷区と区内大学との連携の取組み、世田谷6大学コンソーシアム(駒澤大学))
2025年夏、この連携基盤の上で「世田谷区学生交流プログラム」が実施された。プラットフォーム加盟6大学のうち5大学の1年生15名が、建設が進む区役所新庁舎の屋上庭園の利活用を題材に、2日間のグループワークとプレゼンテーションに取り組んだ。単発のイベントを新規に立ち上げたのではなく、恒常的に稼働している大学間・産官学の連携インフラの上に、若者が地域と接する「入口」を設けた点に特徴がある。 (参考:世田谷区と区内大学との連携の取組み、世田谷区学生交流プログラムを実施しました(国士舘大学))
大学が集積していること自体は、そのまま地域連携を生むわけではない。学生は所属大学の中に閉じがちで、他大学・地域・行政との接点は意識的に設計しなければ生まれにくい。とりわけ入学直後の1年生にとって、キャンパスの外に出て地域課題に触れる機会は限られる。一方で行政の側にも、新庁舎という大型の公共空間をどう使うかについて、多様なアイデアと将来の担い手を必要とする事情があった。
世田谷区はこの課題に、単発の企画ではなく制度の積み上げで応えてきた。まず2001年12月、区内の国士舘・駒澤・昭和女子・成城・東京農業・東京都市の6大学が「世田谷6大学コンソーシアム」として相互協力協定を締結し、大学が集積する利点を生かして教育・研究の交流と地域貢献を進める枠組みを整えた。次に、この6大学に区と区内産業界を加えた「世田谷プラットフォーム」が産官学連携の器として形成され、さらに2014年5月の昭和女子大学を皮切りに、区は各大学と個別の包括連携協定を結んでいった。区によれば協定は積み重なって現在14件に達し、14の大学(学部)と協定を結んでいる。区内には隣接地域を含めて17もの大学(学部)が集積しており、その厚みが連携の土台になっている。令和元年以降は区長と学長による懇談会も継続し、コロナ禍への対応やポストコロナ時代の連携が協議されてきた。 (参考:世田谷6大学コンソーシアム(駒澤大学)、世田谷区と区内大学との連携の取組み、大学間連携(成城大学))
こうした連携は、区の政策の言語化とも結びついている。世田谷区は2025年度(令和7年度)当初予算を「『学習する都市』推進予算」と名づけた。区長は、生涯を通じて学べる機会を地域に広げ、住民自身が話し合いを重ねて暮らしを良くしていけるまちを目指す思いを、この予算名に込めたと説明している。大学連携や地域の担い手づくりは、この「地域全体を学びの場にする」という枠組みの中に位置づけられている。 (参考:区のおしらせ「せたがや」令和7年4月15日号)
三層の連携基盤のうち、日常的な実務を担っているのが6大学コンソーシアムの「連携授業事業」である。2015年4月に始まったこの事業では、各大学が特色ある授業を教員ごと他大学に提供し、他大学の正課科目として履修できるようにしている。受講規模は小さくなく、昨年度は全体で1,578名、2026年度も5月時点で984名が受講を見込むなど、大学の壁を越えた学びが恒常的に回っている。図書館の相互利用や単位互換もあわせて整備され、6大学が「ひとつのキャンパス」のように使える環境が下地になっている。 (参考:世田谷6大学コンソーシアム連携授業事業、大学間連携(成城大学))
この基盤の上に載ったのが、2025年8月25日と9月1日の2日間で行われた「世田谷区学生交流プログラム」である。企画・運営は成城大学キャリアセンターが中心となり、世田谷区経済産業部が協力、庁舎の見学対応を庁舎管理担当課が担うという、大学と行政が役割を分担する体制が組まれた。参加したのはプラットフォーム加盟6大学のうち5大学(国士舘・駒澤・成城・東京都市・東京農業)の1年生15名で、テーマには「世田谷区役所新庁舎の屋上庭園の利活用を考える」という、まさに区が現在進行形で検討している公共空間の課題が設定された。 (参考:世田谷区学生交流プログラムを実施しました(成城大学)、世田谷区学生交流プログラムを実施しました(国士舘大学))
1日目は国士舘大学を会場に、産業界パートナーである人材育成企業の講師が「キャリアとは何か」「協働場面におけるコミュニケーション」を講義し、そのうえで区の協力により新庁舎の特別見学(展望ロビー、議場、防災センターなど)が行われた。学生は実際の庁舎空間を体感してから課題に向き合う流れになっている。2日目は成城大学のラーニングスタジオに会場を移し、他大学の学生と組んだチームごとに、屋上庭園の利活用案をプレゼンテーションした。プログラムは、行政や地域の実情を体感して理解を深めること、他大学の仲間と組んで多面的な見方や対話力を養うこと、成果発表で構想力と伝える力を鍛えること、という3つのねらいのもとに組み立てられていた。 (参考:世田谷区学生交流プログラムを実施しました(成城大学)、世田谷区学生交流プログラムを実施しました(国士舘大学))
第一の特徴は、単発のプログラムが「三層の連携基盤の上に載っている」という構造そのものにある。学生交流プログラムだけを取り出せば2日間・15名の小さな企画だが、その背後には20年以上続く6大学コンソーシアム、産官学のプラットフォーム、14大学・学部との個別協定、そして毎年千人規模が動く連携授業の実務がある。イベントを成立させているのは、この蓄積された事務局機能と信頼関係である。
第二に、対象を1年生に絞っている点が挙げられる。地域連携型の学びは3〜4年生のゼミや卒業研究として設計されることが多いが、本プログラムは入学まもない学生に、他大学交流と行政理解の入口を早期に提供している。関係人口を長い時間軸で育てる設計といえる。
第三に、行政が現に抱える実課題を教材にしていることである。新庁舎は段階的に整備が進み、屋上庭園については区民参加のワークショップも重ねられている。学生に与えられた「屋上庭園の利活用」というテーマは、架空の演習ではなく、区が実際に区民とともに考えているテーマと地続きになっている。 (参考:世田谷区本庁舎等整備)
第四に、産官学プラットフォームの「産」の部分がキャリア教育として具体的に生きている点がある。プラットフォームには鉄道・通信・金融など区内の企業・団体が名を連ねており、今回のプログラムでも人材育成企業の講師によるキャリア・協働の講義が組み込まれた。大学連携が学術交流にとどまらず、産業界の知見を若者育成に接続する回路として機能している。 (参考:世田谷プラットフォーム)
連携基盤の稼働実績は、連携授業事業の受講者数に表れている。昨年度は6大学全体で1,578名、2026年度も5月時点で984名の受講見込みと、大学の枠を越えた学びが定量的に継続していることが確認できる。 (参考:世田谷6大学コンソーシアム連携授業事業)
学生交流プログラムについては、5大学15名の1年生が参加を終え、参加学生からは、通常の授業では味わえない活動や新たな価値観に触れられた、物事を多面的に捉えられるようになった、相手の話に耳を傾ける姿勢や対話の方法を今後に生かしたい、といった感想が寄せられた。他大学の学生や行政との協働を通じて、対話力や地域への理解が育まれたことがうかがえる。区と各大学の個別包括協定は14件に達し、学長懇談会も継続していることから、単発プログラムを支える制度面も維持されている。 (参考:世田谷区学生交流プログラムを実施しました(成城大学)、世田谷区学生交流プログラムを実施しました(国士舘大学)、世田谷区と区内大学との連携の取組み)
一方で、フラットに見れば留意点もある。学生が提案した屋上庭園の利活用案が、実際の整備計画にどこまで反映されたかは公開情報からは確認できず、本プログラムはあくまで教育・交流を主眼とした位置づけと考えるのが妥当である。参加規模も15名と小さく、加盟6大学のうち昭和女子大学は今回参加していない。連携基盤の厚みに比べれば、学生プログラム自体はまだ入口段階にあるといえる。
最大の示唆は、学生と地域をつなぐ単発プログラムを「続く形」にするには、その下に恒常的な基盤が要るという点である。世田谷の学生交流プログラムが成立するのは、20年以上の協定、常設の事務局、毎年動く連携授業といったインフラがあるからだ。イベントだけを模倣しても長続きしにくく、まず複数の大学・行政・産業界をつなぐ事務局機能や協定を整えることが先決になる。
第二に、1年生を対象にする早期エンゲージメントの設計は、関係人口を長期的に育てるうえで参考になる。卒業間際に地域と出会うのではなく、入学直後から他大学・行政との接点を持たせることで、在学中から卒業後まで続く関わりの起点をつくれる。
第三に、行政の実課題を教材化する双方向モデルである。公共空間の利活用のように、行政が現に答えを探しているテーマを学生の探究課題に据えれば、学生には実践の場が、行政には多様な発想と将来の担い手が生まれる。演習のための架空課題ではなく、進行中の計画とつなぐことが価値を高める。
ただし再現性には条件がある。世田谷の「大学集積」という立地はどの地域にもあるわけではなく、この点は属人的ではないものの地域固有の資源である。移植可能なのは大学集積そのものではなく、複数の大学をつなぐ「プラットフォーム/事務局機能」の作り方であり、大学が少ない地域では近隣大学との広域連携や、単一大学との深い協定が現実的な解になる。加えて、大学連携・生涯学習・担い手育成といった分散しがちな施策を「学習する都市」という言葉で束ね、予算とメッセージを一致させた手法は、規模を問わず他自治体が参考にできる政策デザインの工夫といえる。 (参考:区のおしらせ「せたがや」令和7年4月15日号、世田谷区と区内大学との連携の取組み)
2026年7月時点の調査内容に基づいて作成
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