
西鶴賀エリアリノベーション
長野市の権堂アーケード東側、西鶴賀町で2018年12月に始まった中心市街地活性化の取り組み。市場に出回らない遊休不動産「9軒長屋」を軸に、建築士会と協議会が伴走支援しながら空き家・空き店舗を改修し、飲食店や創業希望者、移住者による新規出店を継続的に呼び込んでいる。
権堂アーケード東側、通称「9軒長屋」を中心とする西鶴賀町一帯で、空き家・空き店舗をリノベーションし飲食店や創業希望者を誘致する「西鶴賀エリアリノベーション」が2018年12月から続いている。長野市中心市街地活性化協議会(事務局:株式会社まちづくり長野)と(公社)長野県建築士会ながの支部が協働し、長野市の「中心市街地遊休不動産活用事業」の一環として実施している。 (参考:西鶴賀エリアリノベーション | 株式会社まちづくり長野、長野市公式ホームページ)
事業開始から7年が経過した2025年時点で、シェアオフィス「C9」やシェアキッチン「西鶴賀キッチン&スペース」に加え、複数の飲食店・古着屋が新規開業し、20〜30代の若手や移住者による出店が相次いでいる。2025年秋にはAutumn Festivalや「空き家探検ワークショップ」といった新規イベントも開催され、取り組みは現在も継続中である。 (参考:ARURA、ごーやねっと)
西鶴賀通りは約150年前、遊郭への通り道として整備されたのが起源とされ、明治期以降は繁華街として発展した。昭和期には個人経営の飲食店や商店、職人が営む店が立ち並ぶ通りとして賑わい、長野オリンピックが開催された1998年前後には商店街に約100店舗が営業していたとされる。しかしバブル崩壊後は利用されない店舗が増加し、そのまま朽ちるか解体されてコインパーキングへ姿を変える建物が相次ぎ、商店街の店舗数はピーク時の半数程度の約50店舗まで落ち込んだ。 (参考:ARURA、abn長野朝日放送、ナガクル)
事業の核となった「9軒長屋」は、かつて金物店やスナック、寿司店などが営業していた築90年の長屋だが、いずれの区画も空き家化し、賃貸市場にも流通しない「遊休不動産」となっていた。空き家所有者の高齢化や相続関係の複雑さなどから、通常の不動産流通ルートに乗りにくい物件が地区内に点在していたことが課題だった。 (参考:株式会社まちづくり長野、長野市公式ホームページ)
こうした課題に対し、長野市中心市街地活性化協議会と(公社)長野県建築士会ながの支部が2018年12月に協働で「西鶴賀エリアリノベーション」を始動させた。長野市中心市街地活性化協議会は2007年9月に設立された法定組織で、都市機能増進の構成員である株式会社まちづくり長野と、経済活力向上の構成員である長野商工会議所が中核を担っている。事業は長野市の「中心市街地遊休不動産活用事業」の枠組みに位置づけられ、市の支援を受けながら協議会と建築士会が主体となって運営している。 (参考:まちかつ(中心市街地活性化協議会支援センター)、長野市中心市街地遊休不動産活用事業資料)
事業始動後まもない2019年3月30日、「第1回西鶴賀エリアリノベーションワークショップ」が開催された。定員50名の想定に対し150名以上が参加し、尾道空き家再生プロジェクト代表・豊田雅子氏の講演の後、参加者が実際に街を歩きながらグループで意見を交わした。建築士や学生、地域住民など多様な立場から、寺子屋、ゲストハウス、多国籍飲食店といったアイデアが出され、多様性ある暮らしを楽しめる街を目指す方向性が共有された。 (参考:ナガクル)
同年5月17日には、株式会社まちづくり長野の担当者がガイドを務めるまち歩きツアー「西鶴賀空き家事情」も開催された。参加者は権堂アーケード通りから西鶴賀通りを歩き、創業50年以上のパン店「エビスパン」や空き家3軒などを見学しながら、空き家の使い道を具体的に想像する機会を持った。 (参考:学芸出版社「まち座」)
協議会と建築士会は、開業希望者に対して事業計画・資金計画の相談、保健所対応、DIYによる内装工事(壁塗りワークショップなど)の支援を行い、設計事務所・建設会社・借主による三者打ち合わせを重ねながら改修を進める体制を敷いている。物件については、給排水設備や道路に面した外観、階段の設置といった建物の骨格に関わる部分の改修費用を貸主が負担し、テナント側の初期投資を抑える役割分担がとられている。 (参考:西鶴賀9軒長屋 店舗募集ページ)
2021年7月には9軒長屋の一角に、設計事務所「設計工房CRESS」とウェブ制作会社「natrium」によるシェアオフィス「C9」が開業し、2階には街の歴史を伝える写真館も設けられた。2023年6月には長屋を改修したシェアキッチン「西鶴賀キッチン&スペース」がオープンし、飲食店のお試し営業やイベント、ミーティングの会場として活用されている。2024年には古着屋「嬰(えい)」(4月、長野県立大学4年生が運営)、日本酒居酒屋「こよいのお酒 あお葉」(10月)、スパイスバー「gambheer」(10月、地域おこし協力隊員として移住した男性が運営)など、20〜30代の若手や移住者による新規開業が相次いだ。 (参考:ARURA、abn長野朝日放送)
2024年3月には、西鶴賀エリアリノベーションに加え、南石堂地区の「まちかど図書館ぼたん」(長野県立大学築山ゼミが参画)、空き家活用拠点「R-DEPOT」の新規プロジェクトの担当者が一堂に会し、それぞれの現状と課題を共有するトークイベントが開かれた。西鶴賀エリアリノベーションからは建築士会ながの支部長と若手出店者が登壇し、5年目を迎えた事業の到達点と課題が語られた。 (参考:note(R-DEPOT))
2025年に入ってからも、10月19日の「Autumn Festival」、11月23日の「第1回空き家探検WORKSHOP~東西鶴賀編~」(建築士と地元住民が参加者とともに地区内の空き家や隠れた魅力を探索する企画、定員40名・予約制・無料)、2026年4月29日開催予定の「西鶴賀の日」など、新規イベントの企画・開催が継続している。 (参考:ごーやねっと、株式会社まちづくり長野)
一般的な空き家バンクは所有者から売買・賃貸の意思表示があった物件を扱うのに対し、この事業は所有者の高齢化や権利関係の複雑さから流通市場に出てこない「遊休不動産」そのものを対象にしている。まちづくり会社の担当者や建築士会が地区を歩いて物件を発掘し、所有者との信頼関係を時間をかけて構築した上で活用につなげる点が特徴である。 (参考:株式会社まちづくり長野)
シェアキッチン「西鶴賀キッチン&スペース」やシェアオフィス「C9」の存在により、いきなり単独での本格開業をしなくても、間借りやイベント出店といった形で低リスクに試行できる環境が整っている。改修費用の役割分担(建物の骨格部分は貸主負担)と合わせて、若手や移住者が創業のハードルを下げやすい設計になっている。 (参考:西鶴賀9軒長屋 店舗募集ページ)
45年にわたって食堂を営んできた商店街会長のような既存事業者と、20代・30代の新規出店者が同じ通りで隣り合う構図が生まれている。既存事業者側にも「若い人が来れば自分たちも頑張ろうという気持ちになる」という声があり、新旧の店主が互いに刺激し合う関係が生まれている。 (参考:ARURA)
出店者の中には、地域おこし協力隊員として長野市に移住した後に西鶴賀で開業した例も含まれる。空き家活用の取り組みが、単なる不動産再生にとどまらず、地域外からの移住者が創業を通じて地域に定着する経路としても機能している。 (参考:ARURA)
事業開始から2025年までに、シェアオフィス「C9」(2021年7月)、シェアキッチン「西鶴賀キッチン&スペース」(2023年6月)に加え、食堂そら、Santa Cruz、コンドウ、下町食堂つるよし、こよいのお酒 あお葉などの飲食店、古着屋、スパイスバーなど複数の店舗が9軒長屋およびその周辺で開業した。 (参考:株式会社まちづくり長野、ARURA)
2019年の第1回ワークショップから7年近くが経過した2025〜2026年にかけても、Autumn Festival、空き家探検ワークショップ、西鶴賀の日といった新規イベントが継続的に企画されており、単発の再生事業で終わらず、住民や来街者の関心を維持し続ける仕組みとして機能している。 (参考:ごーやねっと)
長野市の資料によれば、2024年度は関連の「ながの門前まちあるき」を16回・延べ144人が参加し、空き家調査は97件実施された。この数値は西鶴賀単独の実績ではなく、南石堂地区など他エリアを含む事業全体の値である点に留意する必要があるが、西鶴賀を含む中心市街地でのリノベーション活動が継続的な体制のもとで積み重ねられていることを示している。同資料および他の公開情報からは、西鶴賀エリア単独での来街者数や経済波及効果、空き家所有者への具体的な波及効果(活用に至った遊休不動産の総数など)を示す定量データは確認できなかった。 (参考:長野市中心市街地遊休不動産活用事業資料)
流通市場に出てこない遊休不動産を対象にする場合、行政や不動産事業者による物件情報の公開だけでは掘り起こしにつながりにくい。まちづくり会社や建築士会など地域に根ざした中間支援組織が、所有者との対話を重ねて信頼関係を築きながら物件を発掘するプロセスは、空き家の相続・権利関係が複雑化している他地域でも応用可能な手法である。 (参考:株式会社まちづくり長野)
上下水道や外観、階段など建物の骨格に関わる改修を貸主負担とし、テナント側は内装や什器投資に集中できるようにする役割分担は、特定の地域に依存しない汎用的な工夫である。開業資金の負担を抑えることで、若手や移住者など資金力に乏しい創業希望者の参入障壁を下げる効果が期待できる。 (参考:西鶴賀9軒長屋 店舗募集ページ)
この事業は特定のカリスマ的な個人ではなく、中心市街地活性化協議会(まちづくり会社・商工会議所)と建築士会という複数の組織が役割を分担しながら7年以上継続している。属人性の低い体制で運営されている点は、担い手の異動や世代交代が避けられない他地域の中間支援組織にとって、持続可能な体制づくりの参考になる。 (参考:まちかつ(中心市街地活性化協議会支援センター))
前述の「調査時点の成果」で見た通り、継続的なイベント開催や新規出店の事例は確認できるものの、西鶴賀エリア単独での経済効果や空き家減少数といった定量的な成果指標は公開情報からは確認できなかった。他地域が同様の取り組みを横展開する際には、活動実績(イベント回数・参加者数)だけでなく、空き家の減少数や地域経済への波及効果をどう測定し公表するかという点を、事業設計の段階からあわせて検討する余地があるといえる。
2026年8月時点の調査内容に基づいて作成
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