
西浦の森再生プロジェクト - キャンプ場運営会社が「大地の再生」で放置林を再生する取り組み
静岡県沼津市のキャンプ場「オートキャンプもぐら」敷地内で、内装工事会社が35年間放置された山林を「大地の再生」「土中環境」の手法で再生するワークショップ型プロジェクト。2024年6月からの10か月間で計8日間開催し、参加者の約9割が自然理解の深化を回答した。
「西浦の森再生プロジェクト」は、静岡県沼津市西浦河内でオートキャンプ場「オートキャンプもぐら」を運営する株式会社FORIEが、キャンプ場敷地内にある山林の環境再生に取り組むプロジェクトである。この山林は、およそ35年前に行われた造成工事の後、長らく手入れされないまま時が経ち、痩せた土壌に単一種の植生が広がり生物多様性を欠いた状態になっていた。FORIEは沼津市の「民間まちづくり活動支援事業(マチカツ)」ソフト部門ステップアップ型に採択され、2024年6月から2025年3月にかけての10か月間、計8日間のワークショップを開催した。(参考:令和6年度民間まちづくり活動支援事業 事業計画書「西浦の森再生プロジェクト」、令和6年度民間まちづくり活動支援事業 採択事業一覧)
ワークショップでは、伊豆で造園業を営む高橋洋平氏を講師に招き、「大地の再生」「土中環境」と呼ばれる全国的な環境再生の考え方をもとに、山道づくりや石積み、炭を用いた土壌改良などの実地作業を行った。事業の狙いは山林の物理的な再生そのものにとどまらず、この活動に賛同する参加者を集めてコミュニティを形成し、現代の山が抱える問題への理解を広げていくことに置かれている。(参考:事業計画書)
オートキャンプもぐらの敷地は、35年前に大企業によって造成・土木工事が行われたものの、その後利用されないまま放置されてきた山林である。事業計画書によれば、現在の土地は痩せて単一の植物が群生し、生物多様性が失われた状態にあり、現地では小規模ながら土砂が崩れた形跡が複数箇所で確認できる。活動報告書ではこれに加えて、山頂付近では立ち枯れた木々が目立ち、降雨のたびに斜面の土が流されて浸食が広がりつつあることも記録されている。当時の造成・植林によって山が本来持つ水を蓄え涵養する力(涵養力)が失われ、それが生物多様性の喪失や土砂災害のリスクにつながっているというのが、事業者の現状認識である。(参考:事業計画書、活動報告書)
事業計画書は、事業の目的を「環境再生に賛同してくれる人を集めコミュニティを作り、この活動の輪を広げていく」こと、そして参加者である沼津市民や周辺地域住民に「現代の山で起きている問題を理解してもらい、自然環境に対する意識の改善」を促すことと説明している。その根底には「無知だったことにより自然を意図せず破壊してしまった昭和、それを修復していくのが令和の時代」という時代を跨いだ問題意識があり、単なる環境保全活動ではなく、過去の開発の帰結を現代の当事者として引き受け直すという物語として事業が組み立てられている。(参考:事業計画書)
事業主体の株式会社FORIEは、静岡県伊豆市に所在し、内装仕上工事を主な事業とする建設会社である。同社が運営するオートキャンプもぐらは西浦河内に位置し、開業にあたってはオーナーの堀江和未氏が「山の土中環境を良くしたいという想いと、いままでアンダーグラウンドな世界で生きてきたから。あと、もぐらってかわいいよね」と、施設名の由来を語ったと報じられている。建設・土木の知見を持つ事業者が、自社が管理する遊休山林を舞台に環境再生活動を始めた点が、この事例の出発点になっている。(参考:「オートキャンプもぐら」が週末のみプレオープン中|沼津つーしん、株式会社FORIE 会社概要|建設業データベース)
FORIEは独自に手法を開発するのではなく、造園技師・矢野智徳氏が確立した「大地の再生」(2018年末時点で全国400件以上の施工・講座実績があるとされる)と、高田宏臣氏が提唱する「土中環境」という環境再生の考え方を土台に据えた。これらは、水と空気の滞りを取り除き土中の微生物ネットワークを回復させることで、コンクリートなどの無機物に頼らず自然の力で環境を修復していく「有機土木」的なアプローチとして知られている。この考え方を実践する伊豆の造園家・高橋洋平氏を講師に招き、ワークショップ形式で活動を進めた。(参考:事業計画書、大地の再生 結の杜づくり公式サイト、古来の土木が未来を変える。『土中環境』著者・高田宏臣さんに学ぶ、共生のまなざし|greenz.jp)
ワークショップは、2024年6月1・2日、9月28・29日、2025年2月1・2日、3月22・23日の計4回・8日間にわたって開催された。各回は30〜60分程度の座学で「大地の再生」「土中環境」の考え方を学んだ後、実際に山に入って道づくり、階段づくり、ボサ(枝葉)置き、石積みなどの作業を行う構成になっている。施工には落ち葉・枝・石といった山にある天然素材に加え、焼き杭や炭、籾殻を炭化させた「くんたん」といった持ち込み素材を組み合わせて用いた。1回あたりの参加者は10人程度を想定して設計されている。(参考:事業計画書)
活動報告書に示された相関図には、地元の中学生、沼津市の地域おこし協力隊員、炭の研究者、松崎町の地域おこし協力隊員、東京のラーメン店主、地元農家といった、居住地も職業も異なる多様な協力者が名を連ねている。市内の若年層から他自治体の地域おこし協力隊、遠方の事業者まで、山林再生という一つのテーマのもとに多様な立場の人々が関与する体制が形成された。(参考:活動報告書)
事業計画書では、環境再生に賛同する参加者を無料会員として組織し、会員同士がメールや専用の掲示板を介して緩やかにつながり続けられる場を用意することで、活動の担い手を少しずつ増やしていく構想が示されている。自然環境そのものの変化には5〜10年、場合によっては10〜20年単位の時間がかかる一方で、参加者コミュニティは1年程度で形づくれるという見通しのもと、まずは人のつながりを先行してつくる方針がとられている。(参考:事業計画書)
行政や地縁組織が主体となる一般的な緑地保全活動と異なり、本事例はキャンプ場という収益事業を営む民間企業が、自ら管理する遊休山林を再生の舞台にしている。キャンプ利用者がそのまま森の変化を体感できる立地にあるため、環境再生活動とキャンプ場の集客・体験価値づくりが同じ場所で重なり合う構造になっている点が特徴である。
森林や里山の環境再生に取り組む団体は多いが、本事例は矢野智徳氏・高田宏臣氏という、著書や全国での施工実績を通じて体系化された考え方を持つ実践者の系譜に連なる講師を招くことで、手法開発にかかる時間を短縮し、初期段階から専門性の裏付けを得ている。ゼロから独自の技術を模索するのではなく、既存の全国ネットワークに接続することでノウハウを地域に持ち込む形をとっている。
「昭和の開発を令和が修復する」というフレーズに象徴されるように、参加者に対して単なる自然保護への協力ではなく、過去の世代が意図せず破壊した環境を現代の世代が引き受け直すという物語を提示している点も特徴である。こうした物語性は、単発のボランティア参加ではなく、継続的な会員コミュニティへの参加意欲を喚起する仕掛けとして機能することが意図されている。
2024年6月から2025年3月までの10か月間で、計8日間のワークショップが予定通り開催された。参加者数は延べ30名以上に達したが、1日あたりの参加者は最大6名、最低1名にとどまり、当初想定していた1回10人程度という規模には届かない回もあった。(参考:活動報告書)
事業計画書では成果指標として「参加者の自然環境に対する意識の改善」を掲げ、アンケートによる検証を行うとしていた。活動報告書は、アンケートで約9割の参加者が「自然への理解が深まった」と回答した事実を、意識変容の証拠として位置づけている。これは、事業者自身が事前に設定した唯一の定量的な成果指標に対して、狙い通りの結果が得られたことを示している。(参考:活動報告書)
一方で活動報告書は、集客の不安定さ、資金確保策の未整備、天候による計画変更のしやすさ、参加層の偏り、参加者同士がつながる仕組みの弱さ、成果発信の不足という6つの反省点を自己申告している。10か月間の活動を通じて、コミュニティ形成という当初の目標に対する構造的な課題が事業者自身によって具体的に言語化された点は、この段階での重要な成果の一つといえる。(参考:活動報告書)
造成後に放置された山林や、活用しきれていない民有地は全国の観光・宿泊事業者にも一定数存在すると考えられる。本事例は、そうした遊休アセットを行政の緑地保全事業として扱うのではなく、事業者自身が自社の集客・体験価値づくりと一体化させながら再生に取り組むモデルを示している。活動が事業者の本業(キャンプ場運営)と結び付いているため、単年度の補助事業が終了した後も、施設運営を通じて活動を継続する動機付けが残りやすいという再現性がある。
「大地の再生」「土中環境」のように全国的に体系化された手法とその実践者ネットワークを活用することで、地域独自に技術を一から開発する手間を省き、早期に専門性を担保できる利点がある。一方で、講師謝礼や交通費といった外部依存のコストは活動を続ける限り発生し続ける。活動報告書が「継続的な資金確保の仕組みが未整備」と明記している点は、外部講師への依存から、地域内で手法を継承できる人材を育てる段階へどう移行するかが、次のステップの課題になることを示唆している。
本事例が自己申告した「集客の不安定さ」「資金確保の仕組み未整備」「広報不足」「参加者間の交流の仕組みの弱さ」といった課題は、特定の団体固有の問題ではなく、行政の少額助成制度(スタート支援型・ステップアップ型など)を活用して活動を立ち上げる多くの民間主体にも共通して起こりやすい構造的な課題であると考えられる。成功事例としてではなく、初期段階の活動が直面しやすいリスクを具体的に言語化した記録として、他地域で同種の活動を計画する主体が事前に対策を検討する材料になる。
2026年7月時点の調査内容に基づいて作成
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