
世田谷区実証実験提案制度(公民連携によるPoC)
世田谷区が民間の実証実験(PoC)に区費用を上限付きで負担し、行政課題起点の「テーマ設定型」と民間シーズ起点の「民間提案型」で提案を募る公民連携制度。官民連携窓口せたがやCo-Labを土台に、窓口から実証・事業化までを一気通貫で設計した仕組みを紹介する。
世田谷区実証実験提案制度は、民間事業者の技術やノウハウを地域・行政課題の解決に活かすため、区が実証にかかる経費の一部を負担して民間の実証実験(PoC)を後押しする公民連携の仕組みである。令和7年度(2025年度)に開始した。区が解決したい課題を提示して解決策を募る「テーマ設定型」と、民間が自由にアイデアを持ち込む「民間提案型」の2方式で提案を受け付け、採択された事業には区が実証経費の一部(1事業あたり上限。令和7年度は50万円、令和8年度は100万円)を負担する。区が平成29年度から運営してきた官民連携提案窓口「せたがやCo-Lab(せたがやコラボ)」を土台に、寄せられた提案を「実証まで進める」ための予算措置を制度として整えた点が核心にある。 (参考:世田谷区実証実験提案制度(世田谷区)、令和7年度「せたがやCo-Lab」による取組み状況について(世田谷区))
世田谷区は平成29年度、官民連携のつなぎ役となる提案窓口「せたがやCo-Lab」を開設し、庁内外の連携アイデアを常時受け付ける体制を続けてきた。窓口を通じた連携は年々増えていたものの、その中身は区政情報のPR協力やイベント・講座協力、事業協力・協働が大半を占め、効果検証を伴う「実証実験の実施」は令和6年度時点で2件にとどまっていた。提案が連携協定やPR協力の段階で止まりやすく、実証まで踏み込むハードルが残っていたと言える。 (参考:令和7年度「せたがやCo-Lab」による取組み状況について(世田谷区))
背景には二つの構造的な課題があった。第一に、区民サービスの向上や事務の効率化には民間の技術活用が有効である一方、実現性や効果がまだ検証されていないアイデアは、通常の調達(委託・購入)には乗せにくく、少額でも公費を投じて素早く試す枠組みが存在しなかったこと。第二に、民間側から見ると、行政と組んで実証しても事業化(その後の調達)につながる保証がなく、参加の動機が弱かったことである。行政課題の解決策を「試す」段階を制度として用意し、あわせて民間の参加インセンティブを設計することが求められていた。 (参考:世田谷区実証実験提案制度(世田谷区))
制度の対象は、「区民サービスの向上」「事務の改善・効率化」「財源や人材など経営資源の最適化・効率化」につながり得るものの、実現性や効果の裏付けをこれから確かめる必要がある事業とされている。採択されると、区が実証経費の一部を負担する。募集は「テーマ設定型」(区が課題=テーマを設定し、それに対する解決策を募る)と「民間提案型」(ジャンルを問わず民間の自由提案を募る)の2方式で行われた。 (参考:世田谷区実証実験提案制度(世田谷区))
初年度の令和7年度は、年3回(1〜2月・4月・5〜6月)に分けて募集し、テーマ設定型・民間提案型あわせて17件の提案が集まった。このうちテーマ設定型は採用2件、民間提案型は採用1件で、民間提案型の残る14件は「区の課題解決にマッチしない」「実証実験の趣旨に適合しない」「既に類似事例を実施中」などの理由から事前対話の段階で終了した。応募のなかったテーマは翌年度に継続募集する運用も取られている。採用された3事例は、既存の点字ブロックにコード情報を付与し、スマートフォンをかざすと音声で誘導する歩行支援システム(W&Mシステムズ合同会社/テーマ設定型・庁舎整備担当部)、幅広い子ども・若者から意見を募るオンラインプラットフォーム(株式会社Liquitous/テーマ設定型・子ども・若者部)、障害者施設で働く人の工賃向上に向けた「世田谷フォント」活用の実証(株式会社フクフクプラス/民間提案型・障害福祉部)である。 (参考:令和7年度「せたがやCo-Lab」による取組み状況について(世田谷区))
令和8年度は制度を継続しつつ、庁内所管課から多くのテーマ相談が寄せられていることを踏まえ、テーマ設定型による募集を優先する形へと運用を調整した。少額随意契約の基準額引き上げに合わせて予算上限も1事業あたり50万円から100万円へと引き上げられた。この年度に採択されたのは、多機能移動販売車「うえたん号」による買い物困難の改善と健康相談(ウエルシア薬局株式会社)、ギグワーカーが配送を担うサービス「Hakobini」によるブックボックス(図書館配送)の拡充(日鉄ソリューションズ株式会社)、AIボイスボットによるコールセンター自動対応(株式会社電話放送局)、教育支援計画作成ソフトによる教員の業務効率化と教育の質向上(株式会社LITALICO)の4件である。福祉・図書館・窓口対応・教育と、対象分野が横断的に広がっている点が特徴的だ。 (参考:世田谷区実証実験提案制度(世田谷区)、令和7年度「せたがやCo-Lab」による取組み状況について(世田谷区))
第一の特徴は、「少額・機動的な予算措置を制度化した」ことである。多くの自治体では実証実験を民間の無償協力に頼るか、逆に大型の委託契約で行うかに二極化しがちだが、本制度は1事業あたり上限50〜100万円という少額の区負担を用意し、「窓口に寄せられた提案を実証まで進める」中間のレイヤーを制度として組み込んだ。予算上限の50万円から100万円への引き上げも、少額随意契約の基準額引き上げという実務的な制度改正と連動させている。 (参考:世田谷区実証実験提案制度(世田谷区)、令和7年度「せたがやCo-Lab」による取組み状況について(世田谷区))
第二に、行政課題起点の「テーマ設定型」と民間シーズ起点の「民間提案型」を併用する双方向の設計である。区が抱える課題に解決策を募る流れと、民間の技術・アイデアを取り込む流れの両方を一つの制度に束ねている。 (参考:世田谷区実証実験提案制度(世田谷区))
第三に、事前対話を選別のゲートとして機能させている点である。令和7年度の民間提案型では、採用1件に対し14件が事前対話の段階で終了した。区の課題との適合性や実証の趣旨を対話の中で見極め、公費を投じる前にミスマッチを絞り込む仕組みが働いている。 (参考:令和7年度「せたがやCo-Lab」による取組み状況について(世田谷区))
第四に、実証の「出口」を設計していることである。効果検証を経た事業化(プロポーザル等の調達)の場面で、実証を担った事業者に対し総配点(加点部分を除く)の10%を限度とした加点が行われる可能性が用意されている。実証で終わらせず事業化につなげる道筋を示すことで、民間の参加動機を高める狙いがうかがえる。 (参考:世田谷区実証実験提案制度(世田谷区)、令和7年度「せたがやCo-Lab」による取組み状況について(世田谷区))
制度初年度の令和7年度は、17件の提案に対し3事業を採択して実証を実施した。制度の立ち上げと並行して、官民連携全体でも「実証実験の実施」件数が令和6年度の2件から令和7年度は9件へと増加している。区は、この伸びを実証実験提案制度の成果と、制度を使わずに行う無償実証の提案増の両方によるものと分析している。少額でも公費を投じる枠組みが、実証に踏み出す動きを後押しした一例と読み取れる。 (参考:令和7年度「せたがやCo-Lab」による取組み状況について(世田谷区))
土台となるせたがやCo-Lab全体の官民連携の実施件数も、令和5年度92件、令和6年度119件、令和7年度121件と増加基調にあり、区が設定するテーマ数も令和6年度の2件から令和7年度は5件へと増えている。令和8年度は予算上限を100万円に引き上げたうえで4事業を採択し、実証を継続している。一方で、本制度は2年目に入ったばかりであり、個々のPoCが本格的な事業化・調達にまで至ったかどうかは、調査時点で公表されている情報が限られる。現時点の成果は「実証を回す仕組みが立ち上がった」段階として捉えるのが妥当である。 (参考:令和7年度「せたがやCo-Lab」による取組み状況について(世田谷区)、せたがやCo-Lab(官民連携提案窓口)(世田谷区))
官民連携の提案窓口を設ける自治体は多いが、寄せられた提案が連携協定やPR協力の段階で止まり、実証や事業化まで進みにくいという課題は各地に共通する。世田谷区の事例が示すのは、既存の窓口の上に「少額の公費負担」という一枚のレイヤーを制度として重ねるだけで、「窓口→実証→事業化」を一気通貫で設計できるという点である。実証実験の実施件数が2件から9件へ伸びたことは、少額予算が実証を実行に移すレバーになりうることを具体的に示している。 (参考:令和7年度「せたがやCo-Lab」による取組み状況について(世田谷区))
再現性の観点で参考になるのは、入口と出口の両方に設計を効かせている点だ。入口では事前対話でミスマッチを絞り込んで公費の投入先を選別し、出口では事業化時の加点というインセンティブで民間の参加動機を高める。この「絞り込み」と「動機付け」を両輪にする発想は、特定の人材や地域固有の資源に依存せず、制度・予算・窓口の組み合わせで成立しているため、他自治体でも移植しやすい。加えて、令和7年度にテーマ設定された移動販売による買い物支援には応募がなく、翌年度に継続募集されたとみられ、令和8年度には移動販売車の提案が採択されている。この流れからは、行政課題を粘り強く投げかけ続ける運用の重要性もうかがえる。単発の公募で終わらせず、テーマを育てながらマッチングしていく姿勢が、制度を機能させる鍵になっている。 (参考:世田谷区実証実験提案制度(世田谷区)、令和7年度「せたがやCo-Lab」による取組み状況について(世田谷区))
2026年7月時点の調査内容に基づいて作成
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