
住みよい沼津をつくる市民運動
1980年に沼津市自治会連合会の呼びかけで発足し45年以上続く、清掃活動と道路側溝の汚土清掃を両輪とする市民主体の環境美化運動。2024年度は自治会455団体・約10万人が参加し、行政は資材提供と収集に役割を絞って継続を支えている。
静岡県沼津市では、1980年(昭和55年)、沼津市自治会連合会が中心となって立ち上げた「住みよい沼津をつくる市民運動連絡協議会」を中心に、市内の自治会や各種団体が道路・公園・海岸の清掃と、道路側溝にたまった汚土の除去を自主的に実施する取り組みが45年以上続いている。(参考:住みよい沼津をつくる市民運動実践活動について/沼津市)
2024年度(令和6年度)の実績では、清掃活動に自治会455団体・90,228人とその他団体225団体・14,244人の計約10万4千人が参加し、道路側溝の汚土清掃には自治会216団体・52,169人が参加した。行政(沼津市)が担うのは清掃用袋の用意と、住民が集めたごみ・汚土の引き取りに限られ、実働は住民組織に委ねるという明確な役割分担のもとで、大規模な参加実績を長期間維持している。(参考:住みよい沼津をつくる市民運動実践活動について/沼津市)
協議会が発足したのは昭和55年(1980年)で、沼津市自治会連合会が呼びかけ役を担った。市公式サイトでの説明は「沼津市を住みやすく、きれいにするための活動」という一文にとどまり、発足当時の具体的な環境課題やきっかけを詳述する記録は、市の公式資料の範囲では確認できなかった。(参考:住みよい沼津をつくる市民運動実践活動について/沼津市)
環境省(当時は環境庁)が全国の自治体に環境美化活動の実施を促す「環境美化行動の日」を制定したのは1989年であり、沼津市の取り組みはこれに9年先行して自治会連合会側の自発的な呼びかけから始まっている。大阪府豊中市でも1982年(昭和57年)に「まちを美しくする運動推進本部」が発足しており、国の制度的な後押しがない段階から、住民組織主導での環境美化運動が複数の地域で自発的に生まれていた可能性がうかがえる。(参考:環境美化行動の日について(環境省)、まちを美しくする運動/豊中市)
沼津市の地域自治は、単位自治会、28の地区連合自治会、中学校区単位で18ある地区コミュニティ推進委員会という3層構造で成り立っている。市民運動協議会は、この重層的な自治組織を土台に、市内の自治会・団体を広く動員する枠組みとして機能してきた。(参考:沼津市の自治会について/沼津市)
一方で、沼津市の自治会加入率は平成21年度(2009年度)の86.6%から令和6年度(2024年度)には77.9%まで低下しており、全国的な自治会離れの傾向は沼津市も例外ではない。市が挙げる要因は、生活の利便性向上や価値観の多様化、単身・共働き世帯の増加や少子高齢化、集合住宅の増加によるマンション管理組合との役割の代替などである。全国的にも、総務省が令和4年にまとめた「地域コミュニティに関する研究会」報告書では、自治会加入率が平成22年の78.0%から令和2年には71.7%まで低下したことが示されている。(参考:自治会加入促進マニュアル/沼津市、地域コミュニティに関する研究会報告書/総務省)
同報告書は、加入率低下が自治会の会費収入減少による財政基盤の弱体化と、担い手不足という課題を同時に招き、清掃活動を含む地域活動の規模縮小や中止という悪循環につながりうると指摘している。沼津市の市民運動が、こうした全国的な逆風の中でどのように参加実績を維持してきたかは、後述の「調査時点の成果」で確認する。(参考:地域コミュニティに関する研究会報告書/総務省)
清掃活動・汚土清掃のいずれも、実施を希望する自治会・団体が10日前までに「ごみ清掃活動計画書」または「汚土清掃活動計画書」を沼津市地域自治課へメール・FAX・郵送・持参のいずれかで提出する。あわせて、集積場所を地図上に落とし込んだ図面を計画書に添えることが求められる。(参考:令和8年度側溝汚土清掃注意事項/沼津市)
清掃活動の対象は道路・公園・海岸に散らばるごみや雑草類で、不法投棄されたごみや漂着流木は対象に含まれない。一方、汚土清掃は道路側溝に堆積した土砂が対象で、河川・農業用水路の土砂や各家庭の敷地から出た土は対象に含まれない。回収したごみは、市が定める「空き缶・空きビン」「可燃物・草木」「プラスチック・ビニール類」「埋め立てごみ」という4区分に従って分別収集される。(参考:ごみ清掃活動注意事項/沼津市、自治会長ハンドブック/沼津市)
申請の受付とごみ袋提供は政策推進部地域自治課、ごみの収集は環境政策課系の部署、側溝汚土の収集は建設部道路管理課が担当しており、一つの市民運動を複数部署が分担して支える体制になっている。住民組織が計画・実働を担い、行政は資材提供と収集という限定的な役割に徹する分業構造が、清掃活動と汚土清掃の双方に共通している。(参考:住みよい沼津をつくる市民運動実践活動について/沼津市)
汚土清掃は、地区連合自治会単位で割り当てられた週別のローテーション表に沿って日曜日に実施され、収集は翌週の月曜から金曜にかけて行われる。凍結事故の防止を理由に12月・1月・2月は側溝清掃自体を見合わせるため、実質的な実施期間は年間9か月程度に限られる。ゴールデンウィークやお盆をはさむ時期は汚泥処理場自体が稼働を止めるため、その間は収集を依頼できない。汚土は土のう袋に入れて出せば袋ごと回収されるが、木箱や発泡スチロールなどの容器に入れて出した場合は中身の土のみが回収され、容器そのものは回収されない。ごみが混入した汚土は別途「ごみ清掃活動計画書」の提出が必要になるなど、運用上の細かなルールが定められている。(参考:令和8年度側溝汚土清掃注意事項/沼津市、自治会長ハンドブック/沼津市)
多くの自治体の環境美化運動が散乱ごみやポイ捨てごみの清掃を中心とするのに対し、沼津市の市民運動は、道路側溝の汚土清掃という排水インフラの維持管理を独立した活動の柱として組み込んでいる点が特徴的である。比較のために調べた尼崎市「10万人わがまちクリーン運動」、西宮市「わがまちクリーン大作戦」、北九州市「市民いっせいまち美化の日」などはいずれも美化清掃が中心で、側溝の土砂除去を全市規模の市民運動として独立に位置づけている例は見当たらなかった。景観美化という直接的な便益に加え、大雨時の排水機能維持という実利的な価値を住民が体感できる活動設計は、参加の動機づけという観点からも意味を持つと考えられる。(参考:10万人わがまちクリーン運動/尼崎市、わがまちクリーン大作戦/西宮市、市民いっせいまち美化の日/北九州市)
協議会が計画・実働の主体を担い、行政はごみ袋の提供と収集という限定的な支援に徹する構造は、住民側の裁量を尊重しつつ行政負担を抑える設計になっている。この分業モデル自体は尼崎市・西宮市の運動にも共通して見られる形態だが、沼津市の場合は申請窓口・ごみ収集・汚土収集を地域自治課・環境政策課系・道路管理課という異なる3部署に分けることで、単一部署への業務集中を避けている点が特徴である。(参考:住みよい沼津をつくる市民運動実践活動について/沼津市)
尼崎市の「10万人わがまちクリーン運動」は、市制施行80周年の節目に全市一斉参加への期待を込めて名付けられたが、令和8年度の実参加者数は15,667人にとどまる。これに対し沼津市の市民運動は、清掃活動だけで自治会・団体合わせて10万人を超える参加実績を、運動の名称を掲げることなく積み上げている。西宮市の「わがまちクリーン大作戦」(令和7年度実績58,911人)、北九州市の「市民いっせいまち美化の日」(令和5年度実績65,346人)といった他都市の実績と比較しても、沼津市の参加規模の大きさは際立っている。(参考:10万人わがまちクリーン運動/尼崎市、わがまちクリーン大作戦/西宮市、「昨年は6万5千人参加&ごみ収集量343トン」(市民いっせいまち美化の日)/北九州ノコト)
沼津市が公表する実績データによれば、清掃活動・汚土清掃とも参加規模は近年一貫して拡大している。
| 年度 | 清掃活動(自治会) | 清掃活動(団体) | 汚土清掃(自治会) |
|---|---|---|---|
| 令和2年度(2020) | 332団体・71,853人 | 174団体・12,310人 | 127団体・80,284人 |
| 令和3年度(2021) | 350団体・71,704人 | 170団体・18,679人 | 173団体・12,972人 |
| 令和4年度(2022) | 415団体・83,617人 | 224団体・16,258人 | 211団体・48,865人 |
| 令和5年度(2023) | 450団体・89,704人 | 257団体・15,025人 | 214団体・52,262人 |
| 令和6年度(2024) | 455団体・90,228人 | 225団体・14,244人 | 216団体・52,169人 |
清掃活動への参加自治会数は令和2年度の332団体から令和6年度には455団体へ、参加人数は71,853人から90,228人へと、5年間で一貫した増加傾向を示している。汚土清掃についても参加自治会数は127団体から216団体へと拡大した(令和2年度の自治会参加人数80,284人は他年度と比べて突出しているが、市公表データの原数値をそのまま示している)。(参考:住みよい沼津をつくる市民運動実践活動について/沼津市)
前述の通り、沼津市の自治会加入率は令和6年度時点で77.9%まで低下しているが、同じ期間に市民運動への参加自治会数・参加人数はむしろ増加している。両者の関係を直接説明する市の分析資料は確認できておらず、加入率低下と参加実績増加が併存している背景(加入世帯あたりの参加率が上がっているのか、自治会数自体の変動が影響しているのか等)は不明である。この点は、今後の推移を注視すべき論点として留意する必要がある。(参考:自治会加入促進マニュアル/沼津市)
沼津市の事例は、住民組織が計画・実働を担い、行政は資材提供と収集という限定的な役割に徹するという明確な分業によって、45年以上にわたり大規模な参加実績を維持してきた。自治体問題研究所の論考は、清掃活動のような地域活動について「本来行政が主催すべき行事を自治会が下請けしている」という批判的な見方も存在すると指摘しており、行政と住民組織の役割分担のあり方は一様に評価できるものではない。沼津市の場合は、行政側の関与を資材提供・収集という後方支援に絞り込み、計画立案や当日の運営は住民組織の裁量に委ねることで、双方の負担を一定の範囲に抑える設計になっている点が参考になる。(参考:町内会・自治会の特質と現代的課題/自治体問題研究所)
清掃活動に加えて道路側溝の汚土清掃を独立した活動の柱とする設計は、比較調査した他地域の同種の運動には見られなかった要素である。ポイ捨てごみの清掃という景観美化の効果に加え、排水機能の維持という具体的な便益を住民自身が実感できる活動を組み込むことは、参加意義を持続させる工夫として他地域でも応用可能な視点だろう。ただし、この設計が参加率向上に直接寄与したことを定量的に裏付ける資料は確認できておらず、他都市比較から得られる示唆にとどまる点には留意が必要である。(参考:10万人わがまちクリーン運動/尼崎市、わがまちクリーン大作戦/西宮市、市民いっせいまち美化の日/北九州市)
沼津市の市民運動は、自治会連合会という中間組織の呼びかけを起点に発足し、単位自治会・地区連合自治会・地区コミュニティ推進委員会という3層の自治組織を通じて市内全域の参加を実現している。自治会加入率が全国的に低下する中で、こうした重層的な中間組織を維持し、動員のチャネルとして機能させ続けられるかどうかは、同種の全市規模運動を検討する他地域にとっても共通の課題となりうる。(参考:沼津市の自治会について/沼津市)
2026年7月時点の調査内容に基づいて作成
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