
みんなでGrow Up~南区共生プロジェクト~
福岡市南区が在住外国人へのインタビュー調査をもとに7つの交流企画テンプレートを整備し、公民館単位の校区組織が自主的に多文化共生イベントを展開した事例。令和7年度からは同様の取り組みが市内の他区にも広がっている。
福岡市南区は令和5年度(2023年度)から、在住外国人と地域住民・行政の交流や相互理解の促進を目的とした「みんなでGrow Up~南区共生プロジェクト~」に取り組んでいる。ネパール・ベトナム出身者を中心とする在住外国人へのインタビュー調査とワークショップを起点に、区の状況を可視化した「多文化共生ガイドブック」と、目的・対象者・準備物・分刻みのプログラムまで標準化した7種類の「交流モデル事業企画書」を作成した点が特徴である。 (参考:福岡市 みんなでGrow Up~南区共生プロジェクト~)
令和6年(2024年)には、この企画書とガイドブックを使って、南区内の少なくとも6つの校区(公民館単位の地域組織)が独自に交流イベントを展開し、区が主催した1年間の集大成イベント「YEAR-END PARTY 2024」につながった。南区の実践を踏まえ、令和7年度(2025年度)からは福岡市総務企画局国際部が東区・博多区でも同様の交流事業に予算を計上し、展開を広げている。 (参考:福岡市 みんなでGrow Up~南区共生プロジェクト~)
南区の在住外国人は2024年1月末時点で約6,500人(区人口約27万人)にのぼり、市内7区の中で3番目に多い。10年前の2014年と比べて約2,000人増加している。国籍別では市全体が1位中国・2位ネパール・3位ベトナムであるのに対し、南区は1位ネパール・2位ベトナム・3位中国と、市全体とは異なる構成になっている。年齢構成では19〜29歳が56%を占め、日本語学校や専門学校の留学生を中心とした若年層が多いことがうかがえる。 (参考:福岡市南区多文化共生ガイドブック)
福岡市全体でもネパール国籍住民は2025年4月末時点で13,535人となり、中国籍(13,505人)を抜いて最も多い国籍になった。2000年時点では46人だったことから、25年間で約300倍に増加したことになる。ネパール本国の政情不安や雇用機会の不足を背景に、日本語学校などへの留学(在留者の約8割)を目的に来日する若者が急増している。 (参考:福岡市の外国人人口、ネパールが最多に 25年で約300倍に)
南区では約10年前から日本語学校留学生と地域住民の交流事業が個別に行われてきたが、体系立った仕組みはなかった。ガイドブックが在住外国人自身への聞き取りとしてまとめた声には、生活習慣や文化になじめない、体調が悪いときに症状をうまく説明できない、近隣住民と知り合うきっかけが少ないといった課題が並ぶ。一方、地域側にも「外国人とどう接すればよいか分からない」という戸惑いがあった。塩原校区で実施された交流会は、「かねてより問題視されていた外国籍住民との生活上のトラブル」を、まず相手を知ることから距離を縮めようという動機で企画されており、共生の必要性は生活実感を伴う課題として認識されていたことが分かる。 (参考:福岡市南区多文化共生ガイドブック、令和6年 地域住民と外国人の交流事業事例集)
1. 在住外国人へのインタビューとワークショップ(令和5年度)
令和5年6月から10月にかけて、ネパール・ベトナム出身者を中心とする在住外国人へのインタビュー調査を実施し、生活上のニーズや困りごとを聞き取った。続く10月から11月には計3回のワークショップを開催し、NPO団体や日本語教室運営団体も交えて交流企画の方向性を検討した。 (参考:福岡市 みんなでGrow Up~南区共生プロジェクト~)
2. 多文化共生ガイドブックの作成
調査結果をもとに、日本人住民向けの「多文化共生ガイドブック」を作成した。「知ろう!」「話してみよう!」「交流してみよう!」「外国人住民向け情報」の4章構成で、南区の人口・国籍統計、在住外国人自身の声(住みやすい点・困っている点)、「やさしい日本語」の使い方、相談窓口までを1冊にまとめている。 (参考:福岡市南区多文化共生ガイドブック)
3. 7種類の「交流モデル事業企画書」の整備
ガイドブックと並行して、地域が実施できる交流イベントを「多文化共生交流モデル事業 企画書事例集」として標準化した。やさしい日本語学習会、外国人住民による講演会、日本語学校留学生との料理交流会、外国人住民によるカレー作り交流会、文化交流会(民族衣装ファッションショー)、外国人コミュニティ主催イベントへの同行参加、多文化共生まちづくりワークショップの7種で、いずれも目的・講師の見つけ方・対象人数・会場・準備物・分単位のタイムスケジュールまで記載されており、企画未経験の地域組織でもそのまま使える形式になっている。 (参考:多文化共生交流モデル事業 企画書事例集)
4. 校区単位での自主展開(令和6年)
令和6年(2024年)の1年間で、南区内の玉川・西高宮・西花畑・野多目・塩原・横手の6校区が、企画書テンプレートやガイドブックを活用しながら独自に交流事業を実施した。実施主体は各校区の公民館や自治協議会、人権尊重推進協議会、男女共同参画協議会など既存の地域組織で、講師も日本語学校留学生や校区在住の外国人住民など身近な人材を起用している。西高宮校区の学習会では、南区役所の紹介でNPO法人ドネルモが伴走支援に入った例もある。 (参考:令和6年 地域住民と外国人の交流事業事例集)
5. 区主催のイベントプランニングワークショップとYEAR-END PARTY
令和6年9月と10月には、区内在住・通勤する日本人と外国人合わせて15人が参加する「イベントプランニングワークショップ」を2回開催し、参加者自身が交流イベントの内容と役割分担を決めた。この企画をもとに、12月7日に日本人と外国人合わせて44人が参加する「YEAR-END PARTY 2024」を開催し、ベトナム・日本の歌やネパールの踊り、各国料理を囲んだ交流を行った。 (参考:令和6年 地域住民と外国人の交流事業事例集)
6. 市レベルでの同様の取り組みへの展開(令和7年度)
令和7年度(2025年度)、福岡市総務企画局国際部は在住外国人が多い東区・博多区・南区の3区を対象に、在住外国人コミュニティの中心となる人材とのつながりづくりや、日本人と外国人が参加するまちづくりワークショップを行う事業に予算を計上した。南区で先行して蓄積された手法が、市の事業枠組みに反映された形になっている。 (参考:福岡市議会 在住外国人との共生に関する答弁)
当事者インタビューを起点にした設計
思いつきでイベントを企画するのではなく、在住外国人本人への聞き取りとワークショップを経てからガイドブックと企画書を作る順序を踏んでいる。ガイドブックに掲載された「よいところ」「困ったこと」は、実際に南区に住む外国人からの回答であり、企画内容が当事者の実感に基づいている。
「企画書テンプレート」による再現性の確保
7つの企画は目的から準備物、進行の時間配分までフォーマット化されており、多文化共生の専門知識を持たない公民館職員や地域ボランティアでも実施できる設計になっている。実際に、令和6年(2024年)は6つの校区がこのテンプレートをベースに、ダーツサークルや茶道教室、シニア教室といった各校区の既存の地域資源と組み合わせて独自にアレンジしており、属人的なノウハウに依存しない形での横展開が実現しつつある。 (参考:令和6年 地域住民と外国人の交流事業事例集)
行政の伴走支援と地域の自走のバランス
区役所やNPOが最初のきっかけ・ノウハウ提供者として関与しつつ、実施主体はあくまで各校区の公民館や自治協議会である。西高宮校区のように区役所の紹介でNPOの伴走支援を受けて始まった例と、塩原校区のように校区が自ら在住外国人との接点を見つけて企画した例の両方が存在し、行政主導と地域主導のどちらの入口からも展開できる柔軟性を持つ。
「やさしい日本語」を共通言語とした標準化
ガイドブックと企画書のいずれにも「やさしい日本語」の使い方(難しい言葉を避ける、漢字にふりがなをふる、二重否定を避ける等)が明記されており、個別の外国語対応力に頼らずに交流を成立させる仕組みが組み込まれている。
区発の取り組みが市の政策枠組みに波及
行政区単位で先行実施されたモデルが、翌年度に市の総務企画局が所管する事業として他区に拡大された点は、基礎自治体内の一区が単独で終わらせず、政策として上位レベルに接続させた事例として位置づけられる。
令和5年度はインタビュー調査とワークショップ3回を通じて在住外国人のニーズを可視化し、多文化共生ガイドブックと7種類の企画書テンプレートという再利用可能な成果物を作成した。 (参考:福岡市 みんなでGrow Up~南区共生プロジェクト~)
令和6年(2024年)は南区内の6校区で少なくとも14件の交流事業が実施され、記録が残る範囲だけでも延べ500人以上が参加した。西高宮校区では、スリランカ出身者を講師に招いた交流会をきっかけに、その後の校区秋祭りでスリランカカレーの出店を実施し「長い行列ができる盛況」となった。単発のイベント参加にとどまらず、地域行事への継続的な参加につながった数少ない具体例である。 (参考:令和6年 地域住民と外国人の交流事業事例集)
一方で、野多目校区の「やさしい日本語教室」では、日本語学級を開講したものの外国人学習者の参加が思うように進まず、運営側はボランティア同士のつながりができた点を成果としつつも、教室の継続をめぐる悩みを残した。同校区が別に実施した「国際理解教育」の主催者からは「日本人に対しても周知活動は難しいが、外国人は更に難しいと感じた」との感想も出ており、交流の場を用意すること自体と、対象者に情報を届けて実際に参加してもらうことの間には別の課題があることがうかがえる。成果と同時にこの取り組みの限界も記録として残されている。
区主催のYEAR-END PARTY 2024には日本人・外国人合わせて44人が参加し、企画段階から関わった外国人住民自身が当日の企画メンバーとして紹介される形式が取られた。参加者からは「いろいろな国の方と交流できて世界が広がった」「地域でも交流の機会がもっと増えるといい」との声が寄せられている。 (参考:令和6年 地域住民と外国人の交流事業事例集)
令和7年度からは、福岡市総務企画局国際部が南区の実践を踏まえた同様の交流事業を東区・博多区・南区の3区で予算を計上して展開しており、区単位の取り組みが市の事業として広がる段階に入っている。 (参考:福岡市議会 在住外国人との共生に関する答弁)
交流イベントを企画する前に当事者インタビューで課題を可視化する順序は、他地域でも応用できる汎用的なプロセスである。南区の場合、思いつきで交流会を開くのではなく、まず在住外国人自身に「困っていること」を聞いた上でガイドブックと企画書を作成しており、この順序自体が再現可能なノウハウになっている。
交流ノウハウを目的・準備物・分単位の進行表まで含む「企画書テンプレート」として言語化した点は、担当者が異動しても引き継げる仕組みとして重要である。多文化共生や国際交流の専門知識を持つ職員がいない自治体でも、テンプレートに沿えば地域組織主体で交流事業を立ち上げられる可能性を示しており、特定の熱心な担当者やボランティアの存在に依存しない設計になっている。
新しい組織を立ち上げるのではなく、ダーツサークルや茶道教室、シニア教室、自治協議会といった既存の地域資源にテンプレートを持ち込んで展開した点も、他地域で転用しやすい要素である。ゼロから多文化共生専門の団体を作るよりも、既にある地域活動の枠組みに交流の要素を組み込む方が、立ち上げコストを抑えられる。
区が一律のイベントを実施するのではなく、公民館単位(校区)の小規模な自主企画を積み重ねる分散型のアプローチを取ったことで、校区ごとに異なる在住外国人の国籍構成や、地域が抱える具体的な課題(生活トラブルの有無など)に応じたカスタマイズが可能になっている。全区一律の大型イベントでは拾いきれない、校区固有の事情に対応できる設計といえる。
一方で、野多目校区の日本語教室のように、場を用意しても対象者に情報が届かず参加につながらなかった例も記録されている。交流の「企画」と「周知・集客」は別の課題であり、他地域が同様の取り組みを検討する際は、テンプレートの整備だけでなく、対象となる外国人住民への情報到達経路(日本語学校や外国人コミュニティとの連携など)をあわせて設計する必要があることを、この事例は示している。
2026年8月時点の調査内容に基づいて作成
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